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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第10章 2016年度春季団体戦1日目(2016年5月8日日曜)
53/487

52手目 ラッシュ

 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!

 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!

 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!


【先手:裏見(都ノ) 後手:松田(帝仁)】

挿絵(By みてみん)


 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!

 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!

 ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!


【先手:裏見(都ノ) 後手:藤原(首都農業)】

挿絵(By みてみん)


 うらっしゃあああああッ!

「ま、負けました」

 相手の男子は、がっくりとうなだれた。

「ありがとうございました」

 一礼して終了。2回戦と3回戦は、私の圧勝で閉幕。

「ここは、こうしたほうが良かったんじゃない?」

「ああ、うーん、そっか……」

 感想戦を終えて、席を立つ。相手の男子は、仲間のところへ駆け寄った。

「部長ぉ、都ノみやこのの連中、やっぱ強いじゃないですかぁ」

「うちは初段が最高だし、多少はね?」

 Dクラスも、聖ソフィアみたいなチームばかりじゃないみたい。

 安心した私はお茶を飲んで、風切かざぎり主将へ報告に向かった。

裏見うらみ、もう終わったのか?」

「先輩こそ、ずいぶん早く終わってましたよね?」

 私のところが40手台のとき、投了の声が聞こえたような。

「相手が最初から諦めぎみでな、あんまり考えなかった」

「そうですか。私も勝ちました」

「大谷も勝ったし、松平まつだいら穂積ほづみ妹のところは勝勢だ。三宅みやけも勝つだろう」

 10分後、風切先輩の予想通り、穂積お兄さんをのぞいた全員が勝利した。

 6勝1敗。というわけで、初日の結果は――


挿絵(By みてみん)


 こうなりました。

 3連勝とはいかなかったけど、順調な滑り出しだ。

「団体戦で勝つってのは、いいなぁ」

 と三宅部長。ご満悦。

「あたしだって、役に立てたでしょ?」

 穂積さんは腰に手をあてて、念入りに確認してきた。

「ああ、最初から期待してたぞ」

 部長は、始まるまえと違うことを言ってのけた。

 実力が出せないんじゃないかって、そう聞いた覚えがあるんだけど。

 まあ、2回戦と3回戦の相手は、Dクラス7位と8位。

 9位は聖ソフィアで10位がうちだから、実質的に最下位のチームだ。

 穂積さんの実力は、もっとうえと当たったときに判断したい。

「さて、これで初日は終わりだが、どうする? 飲みに行くか?」

 三宅先輩は、打ち上げを提案した。これには、風切先輩が異議をとなえた。

「毎週飲んでたら、肝臓と財布がもたないだろ」

「それも、そうだな……とはいえ、現地解散は味気ないぞ」

「あたしはべつに現地解散でいいですよ。お兄ちゃんと帰ります」

 穂積さんの横やりに、三宅先輩は腕組みをして目をとじた。

「ひとりで帰る男子大学生の身にもなってくれ」

「えぇ、先輩、彼女とかいないんですか?」

 あのさぁ……そういうプライベートな突っ込み方、どうなの?

 私があきれる一方で、三宅先輩は赤くなって頬をかいた。

「彼女なら地元にいる」

「遠距離恋愛ですかぁ?」

 遠距離でも近距離でもいいでしょ。まったく。

 それにしても、三宅先輩に彼女がいたなんて、初耳――のつもりだったけど、どこかで聞いたことがあるような気もした。かなり年下だったような。

「拙僧はどちらでもかまいませんが、できれば八王子方面にしていただきたいです」

 私も同意する。できれば、自宅に近い方向へ移動して欲しい。

「だったら、立川でよくないか?」

 と三宅先輩。

「立川だと、飲むか遊ぶかしかないぞ?」

 と風切先輩。

「勉強するわけじゃないから、どのみち飲むか遊ぶだろ」

「まあ、そう言われるとそうなんだが……」

 三宅先輩と風切先輩は、ああでもないこうでもないと、意見が分かれた。

 すると、大谷さんが、

「初日ですし、それぞれ好きなほうに分かれてもいいと思います」

 とアドバイスした。全員便乗する。

「んー、だったら、部長の立場で悪いんだが、俺はここで解散していいか?」

 三宅先輩が、いきなりそう申し出た。

 私たちは、なにか用事があるのかとたずねた。

「じつは他大の役職持ちと仲良くなって、飲みに誘われてるんだ」

 なんだ、そういうことなら、遠慮せずに言ってくれてもいいのに。

 私たちは快諾して、三宅先輩がまず抜けた。

 スマホをいじりながら、駅のほうへ向かう。連絡を取り合っているのだろう。

 それに乗じて、穂積兄妹も動いた。

「では、僕たちもこのへんで……今日はお役に立てず、すみませんでした」

「来てくれただけでも助かった。来週も大丈夫か?」

「はい……えーと、風切くんでしたっけ?」

「ああ、妹が寝坊しないように、引っ張って来てくれ」

 これには、穂積さんがなにか言いかけた。

 でも、お兄さんになだめられて、すぐに姿を消した。

「やれやれ、とんだ新入部員だな」

 風切先輩は、ようやく肩の荷が下りたように、そうつぶやいた。

「まあ、悪いやつじゃなきゃ、それでいいがな……ほかのメンバーは、どうする?」

 私たちは、めいめい提案をした。

「立川で食事にしませんか?」

「俺は多摩センターのほうが助かります。気になってる店もありますし」

「立川か多摩センター……無難だな。大谷は?」

 風切先輩は、大谷さんにもたずねた。

「拙僧、裏見さんがアルバイトをしている道場に行ってみたいと思います」

「裏見がアルバイトしてる道場? ……高幡の『こま』か?」

「はい。高幡不動ならば、駅前に飲食店もあります」

 うーん、この提案はマズい。

 私のアルバイト先ってだけじゃなく、風切先輩が出禁の道場でもあった。

 案の定、風切先輩は、強い難色をしめした。

「今から将棋道場は、センスがないだろ」

「拙僧、最初から女子大生らしいセンスは持ち合わせておりません」

 ちょっとちょっと、変人の特権みたいにひらきなおるの禁止。

 さすがにここは、風切先輩に加勢する必要がありそう。

 そう考えたとたん、遠くから私たちを呼ぶ声がきこえた。

「おーい、隼人はやと!」

 見れば、土御門つちみかど先輩がこちらに向かってきていた。扇子を振っている。

 風切先輩は、渡りに船とばかり、この呼び出しに応じた。

公人きみひと、どうした?」

「すこーし顔を貸してくれんか?」

 唐突な提案。風切先輩は眉をひそめた。

「顔を貸す? ここで話せばいいだろ?」

「まあまあ、そう言わずにな。むかしから、話し合いは御簾みすのうらと決まっておる」

「ミス? なんかミスがあったのか?」

 土御門先輩は、いろいろごまかして、風切先輩の肩をつかんだ。

「それでは、借りていくぞい。また会おうぞ」

 ポカーンとする私たちをよそに、風切先輩はその場から連れ去られた。

 それとも、道場に行きたくなくて逃げたのかしら。

 どちらもありそう。

「あの様子だと、すぐに帰って来そうにありませんね」

 と大谷さん。私もうなずきながら、

「そうね……っていうか、大谷さん、そんなに将棋道場に行きたいの?」

 とたずねた。

「はい。都ノのまわりを調べてみましたが、『駒の音』が一番有名だと聞きました」

 あ、うーん、そういうことか。純粋に練習したいわけね。

「だったら、一緒に行きましょう。ついでに高幡で食事する感じで」

「松平さんは、それでもよろしいのですか?」

「ああ、俺は裏見が行くところならどこへでも……ごふッ!?」

 

  ○

   。

    .


 高幡不動でモノレールをおりた私たちは、そのまま道場へと向かった。

 お店はちょうど夕食どきで、混雑していたからだ。

 ちょっと失敗だったかな、と思いつつ、アクセサリー店の階段をあがった。

「おはようございます」

 バイトのときと同じ調子で入ってしまった。恥ずかしい。

 店内の視線が、一斉にこちらへ向けられた。

「あ、香子きょうこお姉ちゃんだッ!」

「リベンジマッチ! リベンジマッチ!」

 あっという間に、小学生の集団に囲まれてしまった。

「ごめん、今日はお仕事じゃないの」

「え? そんなの関係ないじゃん?」

 もぉ、これだから男子小学生は。どんだけ負けず嫌いなのよ。

 私が対応に四苦八苦していると、道場主の宗像むなかたさんが給湯室から出てきた。

「あら、裏見さん、こんばんは」

「こんばんは」

 宗像さんは、うしろの面子をチラ見して、

「お友だちですか?」

 とたずねた。私は、そうだと答えた。

 すると、宗像さんはにっこりして、

「ちょうど良かったです。人手が足りないので、手伝っていただけませんか?」

 と頼んだ。私はなるべくもうしわけなさそうな表情を作って、

「今日は非番で……」

 と答えた。

たちばなさんから『都合が悪くなったのでシフトを抜けたい』という連絡がありました」

 あのさぁ……どうせ晩稲田おくてだの飲み会でしょ。予想がつくわよ。

「リベンジマッチ! リベンジマッチ!」

 ああ、もぅ、指せばいいんでしょ、指せば。

「大谷さんたち、悪いけど、てきとうに遊んどいてくれる?」

「承知しました」

 私が謝る横で、小学生たちはジャンケンをしていた。

「ほい、ほい、ほい……よっしゃッ! 俺が一番ッ!」

 そう言ってガッツポーズしたのは、よく日に焼けた短パンの少年だった。

 ここの常連の須賀すがくんだった。

「今日は勝つぜ」

 須賀くんは、特撮ヒーローみたいなポーズで、私を指差した。

 年上を指差さない。しつけ大事。

「ほらほら、さっさと準備しましょ」

 私たちは席について、駒をならべた。

 子どもだけで指していたらしく、盤面がぐっちゃぐちゃ。

「道具は大事に扱わないとダメでしょ。何分?」

「10秒」

「30秒」

「10秒」

「30秒」

 須賀くんは、椅子をうしろにかたむけた。危ない。

「10秒ッ!」

「そんなに速く指しても、実力がつかないわよ。30秒」

 須賀くんは「チェッ」と言ってから、チェスクロをセットした。

「じゃんけん……」

「振り駒」

 私はそう注意して、歩を5枚集めた。

 カシャカシャやって、盤上にほうる。

「歩が1枚。私の後手ね……よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 私たちは一礼して、後手番の私がチェスクロを押した。

「今日は負けないからなぁ。7六歩ッ!」

 3四歩、2六歩、4四歩、5六歩、4二飛。


挿絵(By みてみん)


 はい、ノーマル四間。裏芸で倒してあげる。

「振り飛車には負けないぞッ! 4八銀ッ!」

 私は6二玉とあがった。

 須賀くんは、ほとんど考えないで6八玉。

 7二玉、7八玉、3二銀、7七角、4三銀、2五歩、3三角、5七銀。

「8二玉」

 ここで、須賀くんの手がとまった。

「あれ? もしかして穴熊?」

「ノーコメント」

 須賀くんはいぶかしそうな顔をしつつ、8八玉と入った。

 私は5四銀と出て、6六歩を強要。

 端に手をかける。

「9二香」


挿絵(By みてみん)


 小学生だからって、容赦しないわよ。かかってきなさいッ!

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