52手目 ラッシュ
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
【先手:裏見(都ノ) 後手:松田(帝仁)】
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラっ!
【先手:裏見(都ノ) 後手:藤原(首都農業)】
うらっしゃあああああッ!
「ま、負けました」
相手の男子は、がっくりとうなだれた。
「ありがとうございました」
一礼して終了。2回戦と3回戦は、私の圧勝で閉幕。
「ここは、こうしたほうが良かったんじゃない?」
「ああ、うーん、そっか……」
感想戦を終えて、席を立つ。相手の男子は、仲間のところへ駆け寄った。
「部長ぉ、都ノの連中、やっぱ強いじゃないですかぁ」
「うちは初段が最高だし、多少はね?」
Dクラスも、聖ソフィアみたいなチームばかりじゃないみたい。
安心した私はお茶を飲んで、風切主将へ報告に向かった。
「裏見、もう終わったのか?」
「先輩こそ、ずいぶん早く終わってましたよね?」
私のところが40手台のとき、投了の声が聞こえたような。
「相手が最初から諦めぎみでな、あんまり考えなかった」
「そうですか。私も勝ちました」
「大谷も勝ったし、松平と穂積妹のところは勝勢だ。三宅も勝つだろう」
10分後、風切先輩の予想通り、穂積お兄さんをのぞいた全員が勝利した。
6勝1敗。というわけで、初日の結果は――
こうなりました。
3連勝とはいかなかったけど、順調な滑り出しだ。
「団体戦で勝つってのは、いいなぁ」
と三宅部長。ご満悦。
「あたしだって、役に立てたでしょ?」
穂積さんは腰に手をあてて、念入りに確認してきた。
「ああ、最初から期待してたぞ」
部長は、始まるまえと違うことを言ってのけた。
実力が出せないんじゃないかって、そう聞いた覚えがあるんだけど。
まあ、2回戦と3回戦の相手は、Dクラス7位と8位。
9位は聖ソフィアで10位がうちだから、実質的に最下位のチームだ。
穂積さんの実力は、もっとうえと当たったときに判断したい。
「さて、これで初日は終わりだが、どうする? 飲みに行くか?」
三宅先輩は、打ち上げを提案した。これには、風切先輩が異議をとなえた。
「毎週飲んでたら、肝臓と財布がもたないだろ」
「それも、そうだな……とはいえ、現地解散は味気ないぞ」
「あたしはべつに現地解散でいいですよ。お兄ちゃんと帰ります」
穂積さんの横やりに、三宅先輩は腕組みをして目をとじた。
「ひとりで帰る男子大学生の身にもなってくれ」
「えぇ、先輩、彼女とかいないんですか?」
あのさぁ……そういうプライベートな突っ込み方、どうなの?
私があきれる一方で、三宅先輩は赤くなって頬をかいた。
「彼女なら地元にいる」
「遠距離恋愛ですかぁ?」
遠距離でも近距離でもいいでしょ。まったく。
それにしても、三宅先輩に彼女がいたなんて、初耳――のつもりだったけど、どこかで聞いたことがあるような気もした。かなり年下だったような。
「拙僧はどちらでもかまいませんが、できれば八王子方面にしていただきたいです」
私も同意する。できれば、自宅に近い方向へ移動して欲しい。
「だったら、立川でよくないか?」
と三宅先輩。
「立川だと、飲むか遊ぶかしかないぞ?」
と風切先輩。
「勉強するわけじゃないから、どのみち飲むか遊ぶだろ」
「まあ、そう言われるとそうなんだが……」
三宅先輩と風切先輩は、ああでもないこうでもないと、意見が分かれた。
すると、大谷さんが、
「初日ですし、それぞれ好きなほうに分かれてもいいと思います」
とアドバイスした。全員便乗する。
「んー、だったら、部長の立場で悪いんだが、俺はここで解散していいか?」
三宅先輩が、いきなりそう申し出た。
私たちは、なにか用事があるのかとたずねた。
「じつは他大の役職持ちと仲良くなって、飲みに誘われてるんだ」
なんだ、そういうことなら、遠慮せずに言ってくれてもいいのに。
私たちは快諾して、三宅先輩がまず抜けた。
スマホをいじりながら、駅のほうへ向かう。連絡を取り合っているのだろう。
それに乗じて、穂積兄妹も動いた。
「では、僕たちもこのへんで……今日はお役に立てず、すみませんでした」
「来てくれただけでも助かった。来週も大丈夫か?」
「はい……えーと、風切くんでしたっけ?」
「ああ、妹が寝坊しないように、引っ張って来てくれ」
これには、穂積さんがなにか言いかけた。
でも、お兄さんになだめられて、すぐに姿を消した。
「やれやれ、とんだ新入部員だな」
風切先輩は、ようやく肩の荷が下りたように、そうつぶやいた。
「まあ、悪いやつじゃなきゃ、それでいいがな……ほかのメンバーは、どうする?」
私たちは、めいめい提案をした。
「立川で食事にしませんか?」
「俺は多摩センターのほうが助かります。気になってる店もありますし」
「立川か多摩センター……無難だな。大谷は?」
風切先輩は、大谷さんにもたずねた。
「拙僧、裏見さんがアルバイトをしている道場に行ってみたいと思います」
「裏見がアルバイトしてる道場? ……高幡の『駒の音』か?」
「はい。高幡不動ならば、駅前に飲食店もあります」
うーん、この提案はマズい。
私のアルバイト先ってだけじゃなく、風切先輩が出禁の道場でもあった。
案の定、風切先輩は、強い難色をしめした。
「今から将棋道場は、センスがないだろ」
「拙僧、最初から女子大生らしいセンスは持ち合わせておりません」
ちょっとちょっと、変人の特権みたいにひらきなおるの禁止。
さすがにここは、風切先輩に加勢する必要がありそう。
そう考えたとたん、遠くから私たちを呼ぶ声がきこえた。
「おーい、隼人!」
見れば、土御門先輩がこちらに向かってきていた。扇子を振っている。
風切先輩は、渡りに船とばかり、この呼び出しに応じた。
「公人、どうした?」
「すこーし顔を貸してくれんか?」
唐突な提案。風切先輩は眉をひそめた。
「顔を貸す? ここで話せばいいだろ?」
「まあまあ、そう言わずにな。むかしから、話し合いは御簾のうらと決まっておる」
「ミス? なんかミスがあったのか?」
土御門先輩は、いろいろごまかして、風切先輩の肩をつかんだ。
「それでは、借りていくぞい。また会おうぞ」
ポカーンとする私たちをよそに、風切先輩はその場から連れ去られた。
それとも、道場に行きたくなくて逃げたのかしら。
どちらもありそう。
「あの様子だと、すぐに帰って来そうにありませんね」
と大谷さん。私もうなずきながら、
「そうね……っていうか、大谷さん、そんなに将棋道場に行きたいの?」
とたずねた。
「はい。都ノのまわりを調べてみましたが、『駒の音』が一番有名だと聞きました」
あ、うーん、そういうことか。純粋に練習したいわけね。
「だったら、一緒に行きましょう。ついでに高幡で食事する感じで」
「松平さんは、それでもよろしいのですか?」
「ああ、俺は裏見が行くところならどこへでも……ごふッ!?」
○
。
.
高幡不動でモノレールをおりた私たちは、そのまま道場へと向かった。
お店はちょうど夕食どきで、混雑していたからだ。
ちょっと失敗だったかな、と思いつつ、アクセサリー店の階段をあがった。
「おはようございます」
バイトのときと同じ調子で入ってしまった。恥ずかしい。
店内の視線が、一斉にこちらへ向けられた。
「あ、香子お姉ちゃんだッ!」
「リベンジマッチ! リベンジマッチ!」
あっという間に、小学生の集団に囲まれてしまった。
「ごめん、今日はお仕事じゃないの」
「え? そんなの関係ないじゃん?」
もぉ、これだから男子小学生は。どんだけ負けず嫌いなのよ。
私が対応に四苦八苦していると、道場主の宗像さんが給湯室から出てきた。
「あら、裏見さん、こんばんは」
「こんばんは」
宗像さんは、うしろの面子をチラ見して、
「お友だちですか?」
とたずねた。私は、そうだと答えた。
すると、宗像さんはにっこりして、
「ちょうど良かったです。人手が足りないので、手伝っていただけませんか?」
と頼んだ。私はなるべくもうしわけなさそうな表情を作って、
「今日は非番で……」
と答えた。
「橘さんから『都合が悪くなったのでシフトを抜けたい』という連絡がありました」
あのさぁ……どうせ晩稲田の飲み会でしょ。予想がつくわよ。
「リベンジマッチ! リベンジマッチ!」
ああ、もぅ、指せばいいんでしょ、指せば。
「大谷さんたち、悪いけど、てきとうに遊んどいてくれる?」
「承知しました」
私が謝る横で、小学生たちはジャンケンをしていた。
「ほい、ほい、ほい……よっしゃッ! 俺が一番ッ!」
そう言ってガッツポーズしたのは、よく日に焼けた短パンの少年だった。
ここの常連の須賀くんだった。
「今日は勝つぜ」
須賀くんは、特撮ヒーローみたいなポーズで、私を指差した。
年上を指差さない。しつけ大事。
「ほらほら、さっさと準備しましょ」
私たちは席について、駒をならべた。
子どもだけで指していたらしく、盤面がぐっちゃぐちゃ。
「道具は大事に扱わないとダメでしょ。何分?」
「10秒」
「30秒」
「10秒」
「30秒」
須賀くんは、椅子をうしろにかたむけた。危ない。
「10秒ッ!」
「そんなに速く指しても、実力がつかないわよ。30秒」
須賀くんは「チェッ」と言ってから、チェスクロをセットした。
「じゃんけん……」
「振り駒」
私はそう注意して、歩を5枚集めた。
カシャカシャやって、盤上にほうる。
「歩が1枚。私の後手ね……よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
私たちは一礼して、後手番の私がチェスクロを押した。
「今日は負けないからなぁ。7六歩ッ!」
3四歩、2六歩、4四歩、5六歩、4二飛。
はい、ノーマル四間。裏芸で倒してあげる。
「振り飛車には負けないぞッ! 4八銀ッ!」
私は6二玉とあがった。
須賀くんは、ほとんど考えないで6八玉。
7二玉、7八玉、3二銀、7七角、4三銀、2五歩、3三角、5七銀。
「8二玉」
ここで、須賀くんの手がとまった。
「あれ? もしかして穴熊?」
「ノーコメント」
須賀くんはいぶかしそうな顔をしつつ、8八玉と入った。
私は5四銀と出て、6六歩を強要。
端に手をかける。
「9二香」
小学生だからって、容赦しないわよ。かかってきなさいッ!