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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第10章 2016年度春季団体戦1日目(2016年5月8日日曜)
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50手目 ズラされる読み

挿絵(By みてみん)


 キタ。予想どおりの2四飛。

 ここで同飛、同歩、2一飛が利くかどうか……それは成立していない、というのが明石くんの読みだと思う。飛車交換で先手がイイなら、2四飛とするのは悪手。採算があってやっているはずだ。

 例えば、2四同飛、同歩、2一飛、2八飛。このとき、1一飛成、2九飛成が金当たりになっているから、1三龍とは取れない。一回受けて(例えば3八銀とか)、1九龍、1三龍の流れだけど、今度は2六桂みたいな痛打がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 次の3八桂成に同金とできない。それは王手放置。7九玉の位置が微妙。途中、1一飛成としないでいきなり5二銀と絡む順も考えられる。でも、3一歩で止まっていそう。

 うむむ……ここまで考えて、若干駒組みが遅れていることに気づいた。もうすこし早めに入城しておいたほうが良かったかも……後悔、先に立たず。

「2六歩」

 私は飛車交換を拒否した。明石くんは、

「冷静ですね」

 とつぶやいてから、5四飛と寄った。私は8八玉と入る。

 一応は安全になった。問題は、後手にターンを回してしまったこと。

 明石くんは、細い目元を閉じているのか開けているのか分からないレベルで、じっと考え込んだ。読みなおしているのかしら? 2六歩の進行が予定外だった? ……いや、それはない。仮に後者だとしたら、私のことを舐め過ぎだ。明石くんは、相手を見くびっていくタイプではないと思う。多分。

「9三桂」


挿絵(By みてみん)


 直接的に攻めてきた。ほんと攻撃的。

 私のほうは2六歩と打ったから、すぐに攻める手はない。

「5九金」

 受けに回る。

「それは危ないですよ。4四飛」

「え?」

 5四飛と回った直後に飛車寄り? 一手損じゃない?

 4六銀か4六歩……あッ! 3九角ッ!


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 し、しまった。手拍子だった。私は青ざめる。

 挙動不審になるのを我慢して、なんとか軌道修正をこころみる。

 4四飛に4六歩なら3九角はないけど、4七銀の打ち込みがある。そのあとで3九角と打たれたら、今度こそジ・エンド。4六銀、3九角と直接打たれたほうがマシ。そのあとがどうなるかだけど……4六銀、3九角、5八飛、8四角成……いや、7五角成? 端を狙うなら、こっちに成ってきそう。7六歩と退かすことができないし……それに、私から5五歩の反撃を開始したとき、6五馬と寄って狙う手がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 この手は、4七と玉頭を同時に狙って一挙両得……なんだけど、5六銀で止める手があるのよね(4八金は6九銀の割り打ちがあるので却下)。やっぱり8四角成、5五歩、7四馬のほうがいい? これは4七と9六歩を同時に見ていて、悪いとは言えない。5六銀と弾かれるおそれもない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 待って。8四角成、5五歩、7四馬、5六銀は、馬に当たってはいない。でも、後手は飛車が動きにくい。私のほうは3六歩から飛車をイジメていくことができる。

 となると、7五角成、5五歩、6五馬、5六銀に8三馬が本命? これなら、8四飛か9四飛と回って、8五桂から上部攻撃をすることができる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 7五角成のほうがあやしいかな。

 とりあえず、角を打つかどうか打診してみましょう。

「4六銀」

 3九角、5八飛。

 明石くんは10秒ほど考えて、7五角成と途中でひっくり返した。


挿絵(By みてみん)


 よし、相手の方針が明確になってきた。

 5六銀と打たせて、馬を撤退してから飛車をスライドさせるつもりだ。

「5五歩」

「6五馬」

 私は5六銀と打って、馬の引き場所を打診した。

「8三馬」

 9二まではさすがに引かないか――私は続きを考えた。

 のこり時間は私が17分、明石くんが16分。拮抗している。

 ひとまずの予定としては、3六歩と突いて、飛車を端に寄るかどうかを訊きたい。この手は、3七桂〜4五桂の準備でもあるから必要。そこで飛車を寄ってこないなら、4五桂跳ねの順をみる。9四飛とスライドさせるなら、今度は受けを考えないといけない。クリティカルに攻めてくるなら、9四飛〜8五桂〜9七桂成〜9六歩。

 この端攻め自体は、どうしようもないわね。こちらの陣形は圧迫されていて、8〜9筋から押し返すことができないからだ。だとすれば……隣接地帯から押し返す。

「3六歩」

「9四飛」

「6六歩」

 この手に、明石くんは一瞬だけ手をとめた。

「なるほど、策ナシというわけではありませんか……8五桂」

「6七角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 角のにらみで止める。

 明石くん、長考。読んでいなかったのか、それとも――

 息苦しい時間が続く。正直、先手がいいように思えなくなってきた。

 

 パシリ

 

 9七桂成の王手。

 同玉、9六歩、8八玉、9七歩成、同香、9六歩、同香、同飛、9七歩。

「6六飛」


挿絵(By みてみん)


 そこ? ……あるとは思ってたけど、本命では読んでいなかった。

 飛車を縦に撤退したあとで、香車を重ねてくるほうがメインかと……うーん、これなら角を打った甲斐があるんじゃないかなぁ。この飛車は動きにくいと思う。

 反撃のチャンスじゃない? 5四歩と突っかけたい。以下、同歩、5七銀、6四飛と飛車を追い払って……ん? 追い払ったあとが続かない? ……いや、続く。6六歩と拠点を整備して、次に6五銀と出ればいい。問題は、6六歩と打った瞬間、後手に選択肢が発生していることだ。次に6五銀は見えるはずだから、飛車を動かして……それとも、6五銀のときに飛車を動かせばいいから、ほかの手……ん? 待ってよ。6六歩に8四飛以外の手だと、6五銀、8四飛、9六桂で飛車が死んでない?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 飛車の行き場所はすくない……あ、でも、6六歩に4四香もあるのか。6五銀なら4七香成の強襲……んー、だけど、この場合は6五銀と出ずに、4六歩〜4五歩と香車を殺しにいく手があるわね。冷静に対処すればいいだけだ。

 つまり、6六歩と打った時点で、後手は飛車を逃がさないといけない。あらかじめ8四飛としておけば、9六桂に7四飛、6五銀、7五飛(!)というエアポケットみたいな逃げ場所がある……後手の行動は、だいたい絞れた。

「5四歩」

 残り時間が惜しいし、ちゃっちゃと仕掛けましょう。

「同歩」

 5七銀、6四飛、6六歩、8四飛、6五銀。

 後手の対応や、いかに?

「……9六歩」


挿絵(By みてみん)


 端攻め……というよりは、9六桂の防止? 両方かな。

 これは同歩、9七歩と垂らしてくるパターン。そこで同桂なら9六香と走って桂馬を入手できるし、取らないなら楔がのこる。同玉は危な過ぎるからないとして……まあ、取らないで放置かな。そのあいだに動きたい。

 ちょっと考えてるのは、7六銀〜8五銀なのよね。一見、4七馬で全然ダメにみえる。でも、7六銀、4七馬、8五銀は、6四飛、7六桂、5八馬、同金、6九銀の引っかけに5三角と一回王手しておく。6二金みたいな軽い受けには6四桂、同歩(5三金なら7二桂成、同玉、5一飛)、3五角成と自陣に利かせてどうかしら。以下、7八銀成、同玉、9八歩成なら5一飛が激痛。6一飛の受けに6二馬、同玉、5三金、7一玉(5一玉と飛車を取るのは5二銀で詰み)、7一玉、6二銀、8二玉、6一銀不成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これはさすがに勝ってる。

 5三角に6二香とガッチリ受けてきたら、後手は攻め駒が足りなくなる。

 いずれにせよ、4七馬は見た目ほど厳しくない。悪くて五分のはずだ。

 私は自分の読みを見なおして、9六歩と取った。

「9七歩」

「7六銀」

 明石くんは、ふむと息をもらした。

「その手は強いですね」

 いえいえ、それほどでも。

「個人戦終了後、主将に自局評価させましたが、やはり過小気味でしたか……5五歩」


挿絵(By みてみん)


 うッ……読んでない手がきた。

 4七馬と突っ込んでこないの? 釣り餌としては最高だったでしょ?

 私はお茶を飲んで、自分を落ち着かせた。

 この手の狙いは、なに? ……8五銀に4四飛? 4七の地点に被せるつもり?

 そこに逃げられると、8五銀はぼやけてしまう。

 私は7六銀〜8五銀の構想が頓挫しかけて、若干あせった。とにかく落ち着く。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 8五銀、4四飛に5四歩と垂らす手があるわね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 さすがに5三歩成とされたら、後手は勝てない。

 同飛か4二金と寄るはず。本命は……同飛かしら。4二金は2三角成だ。

「8五銀」

 初志貫徹。銀をぶつけた。

「4四飛」

「5四歩」

 明石くんは30秒ほど考えて、スッと手を伸ばした。

「こちらですね」


挿絵(By みてみん)


 また読みをズラされた。私は片目をつむる。

 本命に5四同飛、次点で4七馬かと思ったんだけど……えーい、こうなったら、4二金を悪手にしてやるわよ。

「6五桂ッ!」

 放置なら5三歩成だ。むりやりにでも5四の歩を取らせる。

「5四飛」

「2三角成ッ!」

 馬を作って自陣に利かせた。4五馬〜5四歩〜5三歩成が目標だ。

 さすがの明石くんも、これには長考した。

 のこり時間は、私が5分、明石くんが3分。

「これは正念場です……時間がいくらあっても足りない……」

 明石くんの本音が漏れた。いくら能面でも、時間は正直だ。

 2分……1分……動いた。

「最後の1分はのこします。8四歩」


挿絵(By みてみん)


 今度は私が前のめりになる。またまた読みにない手を指してきた。

 香車を5六に打つ準備かしら? それとも、一回手を渡した?

 あまり惑わされないようにしないと、持ち時間のアドバンテージがなくなる。

「負けました」

「ありがとうございました」

 唐突に、となりの対局が終わった。

 大谷おおたにさんの相手が首をかしげて、盤面をなおしている。

 どうやら1勝したようだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 よし、決めた。当初の方針を堅持する。

「4五馬」

 飛車を退かせてから5四歩〜5三歩成だ。銀を取られるあいだに決める。

 

 ピッ

 

 明石くん、1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4四飛」

 ? ……飛車をくれるの?

 てっきり2四飛だとばかり……4四同馬、同歩、2一飛……いや、ちがう。先に5四歩だ。5三にと金を作れるかどうかが焦点。飛車はあくまでも援軍。

 私はのこり2分まで考えて、4四同馬と取った。

「同歩」

「5四歩」

「これが利くといいのですが……」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………端角?

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