50手目 ズラされる読み
キタ。予想どおりの2四飛。
ここで同飛、同歩、2一飛が利くかどうか……それは成立していない、というのが明石くんの読みだと思う。飛車交換で先手がイイなら、2四飛とするのは悪手。採算があってやっているはずだ。
例えば、2四同飛、同歩、2一飛、2八飛。このとき、1一飛成、2九飛成が金当たりになっているから、1三龍とは取れない。一回受けて(例えば3八銀とか)、1九龍、1三龍の流れだけど、今度は2六桂みたいな痛打がある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
次の3八桂成に同金とできない。それは王手放置。7九玉の位置が微妙。途中、1一飛成としないでいきなり5二銀と絡む順も考えられる。でも、3一歩で止まっていそう。
うむむ……ここまで考えて、若干駒組みが遅れていることに気づいた。もうすこし早めに入城しておいたほうが良かったかも……後悔、先に立たず。
「2六歩」
私は飛車交換を拒否した。明石くんは、
「冷静ですね」
とつぶやいてから、5四飛と寄った。私は8八玉と入る。
一応は安全になった。問題は、後手にターンを回してしまったこと。
明石くんは、細い目元を閉じているのか開けているのか分からないレベルで、じっと考え込んだ。読みなおしているのかしら? 2六歩の進行が予定外だった? ……いや、それはない。仮に後者だとしたら、私のことを舐め過ぎだ。明石くんは、相手を見くびっていくタイプではないと思う。多分。
「9三桂」
直接的に攻めてきた。ほんと攻撃的。
私のほうは2六歩と打ったから、すぐに攻める手はない。
「5九金」
受けに回る。
「それは危ないですよ。4四飛」
「え?」
5四飛と回った直後に飛車寄り? 一手損じゃない?
4六銀か4六歩……あッ! 3九角ッ!
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
し、しまった。手拍子だった。私は青ざめる。
挙動不審になるのを我慢して、なんとか軌道修正をこころみる。
4四飛に4六歩なら3九角はないけど、4七銀の打ち込みがある。そのあとで3九角と打たれたら、今度こそジ・エンド。4六銀、3九角と直接打たれたほうがマシ。そのあとがどうなるかだけど……4六銀、3九角、5八飛、8四角成……いや、7五角成? 端を狙うなら、こっちに成ってきそう。7六歩と退かすことができないし……それに、私から5五歩の反撃を開始したとき、6五馬と寄って狙う手がある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
この手は、4七と玉頭を同時に狙って一挙両得……なんだけど、5六銀で止める手があるのよね(4八金は6九銀の割り打ちがあるので却下)。やっぱり8四角成、5五歩、7四馬のほうがいい? これは4七と9六歩を同時に見ていて、悪いとは言えない。5六銀と弾かれるおそれもない。
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………………
ん? 待って。8四角成、5五歩、7四馬、5六銀は、馬に当たってはいない。でも、後手は飛車が動きにくい。私のほうは3六歩から飛車をイジメていくことができる。
となると、7五角成、5五歩、6五馬、5六銀に8三馬が本命? これなら、8四飛か9四飛と回って、8五桂から上部攻撃をすることができる。
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………………
7五角成のほうがあやしいかな。
とりあえず、角を打つかどうか打診してみましょう。
「4六銀」
3九角、5八飛。
明石くんは10秒ほど考えて、7五角成と途中でひっくり返した。
よし、相手の方針が明確になってきた。
5六銀と打たせて、馬を撤退してから飛車をスライドさせるつもりだ。
「5五歩」
「6五馬」
私は5六銀と打って、馬の引き場所を打診した。
「8三馬」
9二まではさすがに引かないか――私は続きを考えた。
のこり時間は私が17分、明石くんが16分。拮抗している。
ひとまずの予定としては、3六歩と突いて、飛車を端に寄るかどうかを訊きたい。この手は、3七桂〜4五桂の準備でもあるから必要。そこで飛車を寄ってこないなら、4五桂跳ねの順をみる。9四飛とスライドさせるなら、今度は受けを考えないといけない。クリティカルに攻めてくるなら、9四飛〜8五桂〜9七桂成〜9六歩。
この端攻め自体は、どうしようもないわね。こちらの陣形は圧迫されていて、8〜9筋から押し返すことができないからだ。だとすれば……隣接地帯から押し返す。
「3六歩」
「9四飛」
「6六歩」
この手に、明石くんは一瞬だけ手をとめた。
「なるほど、策ナシというわけではありませんか……8五桂」
「6七角ッ!」
角のにらみで止める。
明石くん、長考。読んでいなかったのか、それとも――
息苦しい時間が続く。正直、先手がいいように思えなくなってきた。
パシリ
9七桂成の王手。
同玉、9六歩、8八玉、9七歩成、同香、9六歩、同香、同飛、9七歩。
「6六飛」
そこ? ……あるとは思ってたけど、本命では読んでいなかった。
飛車を縦に撤退したあとで、香車を重ねてくるほうがメインかと……うーん、これなら角を打った甲斐があるんじゃないかなぁ。この飛車は動きにくいと思う。
反撃のチャンスじゃない? 5四歩と突っかけたい。以下、同歩、5七銀、6四飛と飛車を追い払って……ん? 追い払ったあとが続かない? ……いや、続く。6六歩と拠点を整備して、次に6五銀と出ればいい。問題は、6六歩と打った瞬間、後手に選択肢が発生していることだ。次に6五銀は見えるはずだから、飛車を動かして……それとも、6五銀のときに飛車を動かせばいいから、ほかの手……ん? 待ってよ。6六歩に8四飛以外の手だと、6五銀、8四飛、9六桂で飛車が死んでない?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
飛車の行き場所はすくない……あ、でも、6六歩に4四香もあるのか。6五銀なら4七香成の強襲……んー、だけど、この場合は6五銀と出ずに、4六歩〜4五歩と香車を殺しにいく手があるわね。冷静に対処すればいいだけだ。
つまり、6六歩と打った時点で、後手は飛車を逃がさないといけない。あらかじめ8四飛としておけば、9六桂に7四飛、6五銀、7五飛(!)というエアポケットみたいな逃げ場所がある……後手の行動は、だいたい絞れた。
「5四歩」
残り時間が惜しいし、ちゃっちゃと仕掛けましょう。
「同歩」
5七銀、6四飛、6六歩、8四飛、6五銀。
後手の対応や、いかに?
「……9六歩」
端攻め……というよりは、9六桂の防止? 両方かな。
これは同歩、9七歩と垂らしてくるパターン。そこで同桂なら9六香と走って桂馬を入手できるし、取らないなら楔がのこる。同玉は危な過ぎるからないとして……まあ、取らないで放置かな。そのあいだに動きたい。
ちょっと考えてるのは、7六銀〜8五銀なのよね。一見、4七馬で全然ダメにみえる。でも、7六銀、4七馬、8五銀は、6四飛、7六桂、5八馬、同金、6九銀の引っかけに5三角と一回王手しておく。6二金みたいな軽い受けには6四桂、同歩(5三金なら7二桂成、同玉、5一飛)、3五角成と自陣に利かせてどうかしら。以下、7八銀成、同玉、9八歩成なら5一飛が激痛。6一飛の受けに6二馬、同玉、5三金、7一玉(5一玉と飛車を取るのは5二銀で詰み)、7一玉、6二銀、8二玉、6一銀不成。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これはさすがに勝ってる。
5三角に6二香とガッチリ受けてきたら、後手は攻め駒が足りなくなる。
いずれにせよ、4七馬は見た目ほど厳しくない。悪くて五分のはずだ。
私は自分の読みを見なおして、9六歩と取った。
「9七歩」
「7六銀」
明石くんは、ふむと息をもらした。
「その手は強いですね」
いえいえ、それほどでも。
「個人戦終了後、主将に自局評価させましたが、やはり過小気味でしたか……5五歩」
うッ……読んでない手がきた。
4七馬と突っ込んでこないの? 釣り餌としては最高だったでしょ?
私はお茶を飲んで、自分を落ち着かせた。
この手の狙いは、なに? ……8五銀に4四飛? 4七の地点に被せるつもり?
そこに逃げられると、8五銀はぼやけてしまう。
私は7六銀〜8五銀の構想が頓挫しかけて、若干あせった。とにかく落ち着く。
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…………………
………………
8五銀、4四飛に5四歩と垂らす手があるわね。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
さすがに5三歩成とされたら、後手は勝てない。
同飛か4二金と寄るはず。本命は……同飛かしら。4二金は2三角成だ。
「8五銀」
初志貫徹。銀をぶつけた。
「4四飛」
「5四歩」
明石くんは30秒ほど考えて、スッと手を伸ばした。
「こちらですね」
また読みをズラされた。私は片目をつむる。
本命に5四同飛、次点で4七馬かと思ったんだけど……えーい、こうなったら、4二金を悪手にしてやるわよ。
「6五桂ッ!」
放置なら5三歩成だ。むりやりにでも5四の歩を取らせる。
「5四飛」
「2三角成ッ!」
馬を作って自陣に利かせた。4五馬〜5四歩〜5三歩成が目標だ。
さすがの明石くんも、これには長考した。
のこり時間は、私が5分、明石くんが3分。
「これは正念場です……時間がいくらあっても足りない……」
明石くんの本音が漏れた。いくら能面でも、時間は正直だ。
2分……1分……動いた。
「最後の1分はのこします。8四歩」
今度は私が前のめりになる。またまた読みにない手を指してきた。
香車を5六に打つ準備かしら? それとも、一回手を渡した?
あまり惑わされないようにしないと、持ち時間のアドバンテージがなくなる。
「負けました」
「ありがとうございました」
唐突に、となりの対局が終わった。
大谷さんの相手が首をかしげて、盤面をなおしている。
どうやら1勝したようだ。
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………………
よし、決めた。当初の方針を堅持する。
「4五馬」
飛車を退かせてから5四歩〜5三歩成だ。銀を取られるあいだに決める。
ピッ
明石くん、1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4四飛」
そこ? ……飛車をくれるの?
てっきり2四飛だとばかり……4四同馬、同歩、2一飛……いや、ちがう。先に5四歩だ。5三にと金を作れるかどうかが焦点。飛車はあくまでも援軍。
私はのこり2分まで考えて、4四同馬と取った。
「同歩」
「5四歩」
「これが利くといいのですが……」
パシリ
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…………………
………………端角?