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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第75章 2018年度春季個人戦1日目(2018年4月15日日曜)
493/493

475手目 年度の指し初め

※ここからは、松平まつだいらくん視点です。

 さーて、個人戦なわけだが──ちょっと困ったことになった。

 俺自身について、ではなく。

 窓から景色を眺めていると、重信しげのぶ先輩に話しかけられた。

「浮かない顔してるけど、どうしたの?」

 俺はふりむいて、

「ちょっと考えごとをしてて……」

 と返した。

「今日の作戦?」

「いえ、新歓の結果で……」

 ああ、と、重信先輩も納得した。

「ふたり強豪が入ったけど、そのふたりしか入らなかった、って点ね」

 そうなんだよなあ。

 六連むつむら越知おちしか入らないとは、思わなかった。

 重信先輩は、

「ガチンコ系のクラブってことで、敬遠されてるっぽいね、平賀ひらがさんの話だと」

 と指摘した。

「ガチなのは本当なんで、なんとも言えないですが……」

「でもさ、僕みたいなのもいるんだし、もっと気楽に入ってもらっても、いいと思う。大会にまったく顔を出さないとかは、困るけど」

 難しいよなあ、このへんは。

 ひとまず、今日の個人戦をがんばるか。

 と、気合を入れようとしたところへ、星野ほしのがやってきた。

「おはよ~」

「おはよう。これで全員か?」

 俺は周囲を見た。

 車田くるまだ青葉あおば愛智あいちの2年生勢と、3年生の俺。

 三宅みやけ先輩は就活で休み。風切かざぎり先輩はシードで来てない。

 女子は2日目から。

 1年生の六連は、さっき見かけた。

 よし、全員そろったな、と思いきや、星野は、

「もうひとり連れてきたよ」

 と言って、男子を紹介してきた。

 短髪の、ちょっと不自然な髪型で、春なのに日焼けしていた。

 その不自然さは、もともと坊主頭だったのを、最近伸ばしたからだ、と気づいた。

 髪がかれてないのだ。

 目が大きくて、いかにも好青年、というイメージだった。

 服装は──色彩がちぐはぐだな。

 その柄の黄色いシャツに白いズボンは、変だろ。

 ずいぶんとハキハキした調子で、

古賀こがです。よろしくお願いします」

 とあいさつしてきた。

 だれだよ。

 星野は、

「僕の高校の後輩で、野球部だったんだけど、大学では別のことをしたいらしいから、引っ張ってきた」

 と添えた。

 古賀は、

「本日は、よろしくお願いします」

 と言って、背筋を伸ばし、綺麗な一礼。

 俺は戸惑ってしまう。

「お、おう……新入部員、ってことか?」

「敵情視察をしに来ました」

 ん? どういうことだ?

 俺が訊き返そうとするよりも早く、星野は、

「いや、古賀くんも出るんだよ」

 と訂正した。

 古賀は、えッ、という顔になった。

「相手チームを調べるんですよね?」

「自分で指してみたら、よく調べられるだろ」

「は、はぁ……」

 おい、騙されてるぞ。

 俺が呆れる中、古賀は将棋盤とチェスクロを持たされていた。

 俺は、星野を手で呼び出して、小声で、

「ヤル気のないメンツは、入れちゃダメなんだぞ」

 と注意した。

 星野は、

「彼はすごくマジメだから、ヤル必要が生じたら、ヤルよ」

 と笑って返した。

 また黒いこと考えてるなあ。

 やれやれという感じで、俺は対局会場へ移動した。

 最初が肝心だ。今回は2日目に残るぞ。

 順番にくじを引いていく。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………マズいところを引いた。

 俺の対局相手は、教室のすみっこで待っていた。

 1年生の白須しらすだった。

 ポケットに手を突っ込み、ガムを膨らませていた。

 服装は凝っていて、白をベースにしたストリート系。

 白須は、俺に気づいて、

「……松平さんですか?」

 と訊いてきた。

「ああ、よろしく」

「このまえ、代々木公園で会いましたね」

 覚えてるのか。記憶力がいいな。

 ともかく、やることは将棋だ。

 気おくれはしないぞ。

 俺がそう決意したところで、白須は、

「失礼」

 と言ってから、口もとにティッシュをやり、ガムを吐き出した。

 そのままゴミ箱に捨てる。

 なんというか、律儀だな、うん。

 着席して、駒を並べる。

 白須は淡々としていた。動作すべてが。

 駒音が聞こえなくなったところで、幹事の声がした。

「準備はよろしいですか? ……それでは、始めてください」

「「よろしくお願いします」」

 白須は、チェスクロを軽く押した。

 俺は7六歩、白須は3四歩。

 そこから2六歩、4四歩、4八銀、3二飛と進んだ。


挿絵(By みてみん)


 振り飛車党。

 ちらっと聞いてはいたが、集中的に調査はしていなかった。

 序盤は流そう。

 2五歩、3三角、6八玉、9四歩、7八玉。

 白須はなんというか、手に迷いがなかった。

 ほとんど考えていない、あるいは、体が勝手に動いている、というイメージ。

 このあたりは何百局と指してるだろうから、当然ではある。

 4二銀に、俺は9六歩と突いた。

 端の打診に対して、白須はすぐに囲い始めた。6二玉。

 以下、5六歩、4三銀、7七角。


挿絵(By みてみん)


 穴熊を見せたら、どうだ? 反応するか?

 期待に反して、白須はノータイムで7二銀。

 相穴かどうかも考えないのか。

 だったら、こっちも素直に指すぞ。

 8八玉、7一玉、5八金右、5二金左、5七銀。


挿絵(By みてみん)


 普通に組めそうではあるが──

 8二玉、7八金、3五歩、1六歩、4二角。

 白須も動き始めた。

 4六銀、5四歩、2六飛、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 っと、仕掛けてきた。

 ギアチェンジが強い。

 俺は同銀と取って、3三角に4六歩と支えた。

 角交換は許容する。

 白須も躊躇なく、7七角成。

 以下、同桂、3三桂。

 穴熊はポシャったものの、こっちにも攻め筋が生まれた。

「2四歩」

 ストレートにいく。

 同歩、同飛、4五桂、同歩、3三角。


挿絵(By みてみん)


 これは……2一飛成だと、2二飛のぶつけがある。

 俺は2三飛成で、浅めに入った。

 白須は素早く持ち駒を手にした。

 3四に置く──3四銀打。

 それって、俺が良くないか?

 振り飛車側から捌かない、ってことだろ。

 俺は10秒ほど考えて、2八龍と引いた。

 白須はスッと2二飛。

 もちろん取らない。2五歩。

 2一飛、2四角で、と金の製造を目指す。


挿絵(By みてみん)


 同角、同歩はないだろ、さすがに……2二角か、やっぱりな。

 俺は3六歩。

 2筋が停滞しているうちに、突破口をひらく。

 同歩、4八龍、3一飛、3三歩。

 押さえ込みは難しい。

 2三歩、5七角、3三角。

 よし、ここだ。

「7五角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車に当てる。

 白須は4二歩と打って、受けた。

 後手は大渋滞。作戦通り。

 8六歩で、上部にプレッシャーをかけていく。

 後手は、凝りがたちを解消するのに、時間がかかるはずだ。

 3五銀、8五歩。

 白須、ここで本局初の長考。

 俺も、8四歩以下の筋を読んだ。

 先手の穴熊模様に、銀冠ではなく速攻で対応したのは、白須の方針だろう。

 そのぶん、玉頭に隙が生じている。

「……」

「……」

 白須は、あごに手をあてて、少しばかり左を向いた。

 視線がリアルに向かっていないから、脳内将棋盤っぽい。

 そこから姿勢をもどして、歩を突いた。


挿絵(By みてみん)


 反発するのか──なるほど、一理ある。

 6六角、同角、同歩は、6四角で3七を狙われてしまう。

 となれば、5七しかない。

 これが銀当たり……ん? ちがうな、銀には当たってるが、3五角と出たら、7七角成、同金、3五飛で、角をすっぱ抜かれてしまう。


挿絵(By みてみん)


 (※図は松平くんの脳内イメージです。)


 つっても、角の引き場所は、ここしかないんだよな。

 俺は黙って5七角と引いた。

「6四歩」

 悠々と高美濃へ切り替えてきた。

 さすがにそれは許さない。

「8六桂」

 6三金、6六歩、2二角、6七金右。

 白須は10秒ほど考えて、7三銀と補強した。


挿絵(By みてみん)


 どうしたもんか。

 8九玉~8八銀~8七銀で、むりやり銀冠にするか?

 ちょっとためらいもあったが、先手からも迂闊に動けない。

「8九玉」

「7二玉」


挿絵(By みてみん)

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