473手目 心に春を
※ここからは、新巻くん視点です。
うわーん、兎丸と別々の大学になっちゃった。
俺の学力じゃ、八ツ橋は無理だった。
中央線の駅のホームで、涙のお別れ。
「兎丸、俺たちの友情は永遠だ」
「よしよし、通う大学が違うだけで、地域はいっしょだからいいじゃない」
くぅーん。
電車も別方向なんだよなあ。
俺がのぼりで、兎丸がくだり。
「じゃ、虎向、気を付けてね。降りる駅、間違えないように」
「兎丸も気をつけろよ」
というわけで、御茶ノ水へ移動だあ。
電車で揺られて、到着。
学生街だけあって、新入生っぽいのがたくさんいるなあ。
どこの大学かはわかんない。
ここはいろんな大学が集まってて、店舗も若者向けが多かった。
坂を少しくだったところに、ガラス張りの建物を発見。
中に入ると、1年生らしき人間でごったがえしていた。
んー……だれかいないかな。
こういうときって、どうすればいいんだ?
たまたま座った席で、となりのひとに話しかけるか。
ヤバそうなやつだったらスルーで。
俺たちはぞろぞろと、講堂へ入った。
中はけっこうきれいだけど、なんとなく殺風景だった。
奥へ詰めて──あ、だれかきた。
おばあさんだった。
なんか場違いというか……いや、そういうことは、思わないほうがいいな。
けど、浮いているのはたしかで、周りもちょっと見ていた。
そのうちオリエンテーションが始まって、SNSへの投稿は気を付けましょうとか、詐欺にかからないようにしましょうとか、そういう話があった。
解散後、もらった資料を片手に、履修相談へ向かう。
これはマジでよくわからないから、先輩や教員に教えてもらえるのだ。
ちょっと小さめの教室で、順番を待つ。
前のほうのテーブルにスタッフがいて、ひとりずつ面談形式。
待っている学生は、うしろのほうのスペースで、履修要項やらなんやらと格闘。
中には、すでに仲良くなっているメンバーもいた。
聞き耳を立てていると、高校が同じっぽい。
ぐぅ、そういう経路でないと、すぐに友だちを作るのは、難しいよな。
どうすればいいんだ?
ま、とりあえず気長にやるか。
スマホをいじって、科目を登録しようとする。
えーと、取らないといけない科目は、これとこれと……ん?
これは取る必要あるのか?
よくわかんなくなってきた。
俺がうんうんうなっていると、人影があらわれた。
ロングボブの、おめめぱっちり男子。
かわいい系? スタッフかな?
「難しいよね。手伝おうか?」
「あ、お願いします」
どうやら2年生らしく、親切にいろいろと操作してくれた。
単位を取りやすい授業と、取りにくい授業も教えてくれた。
できあがったスケジュール表を見て、先輩は、
「1年生はフレキシブルに動けないし、こんな感じでいいよ。あとで先生にも確認してみて」
とOKを出してくれた。
「ありがとうございました」
「ところでさ、きみ、将棋指すでしょ」
……………………
……………………
…………………
………………え?
「いや……その……」
「ごまかさなくていいよ。さっき、廊下に貼ってあった詰将棋のちらし、見てたでしょ? あれ、うちのパンフなんだよね。将棋部、どう?」
「えーと、サークルは検討中で……」
俺の肩に、大きな手がおかれた。
ふりむくと、大柄なマッチョマンが、満面の笑みで歯をみせていた。
「おまえも将棋部員にならないか?」
「あの……ふたりとも、履修相談会のスタッフなんですよね?」
「「ちがう」」
うわぁあああああああああッ!
……………………
……………………
…………………
………………
というわけで、部室に連行されてしまった。
いや、部室じゃないな、これ。
教室をただ借りてるだけっぽい。
白がベースカラーの部屋で、テーブルも学生用のものが並んでいた。
俺が拉致されたときには、何人かが対局していた。
かわいい系の先輩──中禅寺主将は、
「はーい、捕獲してきたよ」
とあいさつした。
もはや狩りじゃないか。
俺を担いでいる大柄な先輩──新田部長は、
「よーし、棋力確認だ」
と言って、俺を将棋盤のまえに下ろした。
なんだこれ、指さないといけない流れなのか。
新田先輩は反対側に座ると、腕まくりをして、
「30秒将棋だ。よろしくお願いしますッ!」
と声をあげた。
「よ、よろしくお願いします」
パシリ パシリ パシリ
……強いな、このひと。
これが大学将棋か?
終盤、ちょっともつれたところもあったけど、負けた。
「負けました」
「ありがとうございましたッ! よし、次はひそかだ」
まだ指すのかよ。
中禅寺先輩は、椅子に座ると、駒をなおした。
「じゃ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
パシリ パシリ パシリ
……新田先輩より強いぞ、このひと。
主将だから、当たり前か。
今度は、いいところなく負けた。
「負けました」
「ありがとうございました。強いね、きみ」
なんだその、囲い込みのお世辞みたいな台詞は。
中禅寺先輩は、
「高校のとき、将棋やってたの?」
と訊いてきた。
「ええ、まあ……」
「大和大学将棋部は、アットホームな雰囲気の、ホワイトサークルだよ」
いかにもブラック企業っぽい説明じゃないか。
どうやって逃げるかな、と考えていたら、もうひとり入ってきた。
金髪ショートの、いかにもヤル気のなさそうな、眠たそうな目の少女だった。
服装もちょっとだらしなくて、右手をポケットに突っ込んでいた。
「ちわ」
中禅寺先輩は、
「あ、心春さん、ちょうどいいところにきた。新しい1年生が来たから、指さない?」
と誘った。
コハルさんは、椅子に座るなり、
「このあと用事あります」
と答えた。
「そっか……えーと、新巻くんだったよね? 入部はいつでも受け付けるから、よろしく。あ、ひとつ注意点として、活動はキャンパスごとになるよ。大会前だけ集まるけど、他はネットとかで調整してる。じゃ、また会えるのを楽しみにしてるね」
え? ……これで解放?
それなら、最初から拉致らないで欲しい。
ま、ごたごたしないうちに帰る。
教室を出て、1階へ移動。
どうしたもんかな。
腹が減ってきたし、学食とやらに行ってみるか。
俺は5号館に移動した。
ここが学食……んー、ザ・学食だ。
高校より綺麗で大きいくらいか。
メニューは安い。カレーでも食うか。
俺は食券を買って、並んだ。
カレーを受け取って、席につく。
なんかさみしい。
味は、まあ、値段相応だった。
ひとりで黙々と食べていると、ふと通行人と目が合った。
さっきのコハルさんだった。
コハルさんは、お盆も持たず、お茶のコップを手にしていた。
あっちも俺に気づいた。
「……さっきあった男子?」
俺が、そうだ、と答えると、コハルさんは勝手に前に座った。
そして、
「新田さんに、連行されたの?」
と尋ねてきた。
「ああ」
「入るかどうかは、慎重に考えたほうがいいよ。しつこそうなのは新田さんだけど、新田さんはここには普段、顔出さないから」
「部長なのに?」
「大和はキャンパスごとの活動で、新田さんは藝術学部だから、別キャンパス。中禅寺さんは建築学科だから、このへんにいるけど、あのひとは放置してくれる」
なんだ、そうなのか。
そのとき俺は、正式な自己紹介がまだなことに気づいた。
「コハルさんって、名字?」
「名字は持統。持つに、統一。アラマキは名字っぽいけど、下の名前は?」
「虎向だ。虎に向かう」
「ふーん」
会話が、いきなり止まった。
俺はちょっと気まずくなって、
「持統さんは、将棋部に入るの?」
と訊いた。
お茶を飲みかけていた持統は、手をとめた。
「ん……入るよ」
「そっか」
また会話が止まった。
こんどは、持統のほうから質問してきた。
「私がヤル気なさそうだから、入らないと思った?」
「え……いや……」
「いいよ、じっさいヤル気ないし。だけどさ、私がイキれるのって、これしかないんだよね」
俺は、返事ができなかった。
イキリたいから将棋? ……それしか取り柄がないってことか?
それとも、謙遜?
解釈しかねていると、さらに別方向から、おとなびた声が聞こえた。
「心春ちゃん」
ふりむくと、講堂で会ったおばあさんが立っていた。
ニコニコ顔だった。
「お待たせ……あら」
おばあさんは、俺のほうにも視線を向けて、
「こんにちは、心春のお友だち?」
と訊いてきた。
「いえ……さっき会ったばっかりで……」
「将棋の話をしてただけ。おばあちゃん、時間ないし、早く帰ろ」
持統はそう言って、俺にあいさつもさせてくれなかった。
席を立ち、去ろうとする──2歩進んで、俺のほうにふりむいた。
「さっきも言ったけど、よく考えたほうがいいよ。4年間、将棋をする必要なんて、ないんだからさ」




