470手目 サイエンスフィクション
※ここからは、平賀さん視点です。
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………………はッ!?
目を覚ますと、視界には工作用テーブル。
って、ボクの勉強机じゃん。
カーテンから、うっすらと朝日が入っていた。
時計を見る、って、時計どこ?
部品の山をかきわけて、スマホをさがした。
あったあった。
10:49
うわぁああッ! 寝坊したッ!
ボクは着替えて顔を洗うと、身支度もそこそこに家を出た。
電車に乗って、大学へ。
中央線を、都心から逆方向。そんなに混んでない。
部室へ到着したときには、ミーティングの開始時刻は過ぎていた。
「ごめんッ! 遅刻したッ!」
室内には、1年生のメンバーが集まっていた。
司会をしていた覚は、黒マスクの下で、
「始まったばかりだよ」
と言った。
うう、怒ってるかな?
ホワイトボードには、なんか書いてあるし。
端っこに座る。
覚は、ファイルをひらきながら、
「それでは、全員そろいましたので、来年度に向けた会議を開催します」
と宣言した。
なんかかっこいい名前ないのかな。
ホワイトボードに書いてあるのは、今日の議題だった。
「まず、来年度のタスクについてです。割り当ては事前に決めてありますが、今日は細かいところを調整します」
うんたらかんたら。
このへんは、単なる事務作業。
「次に、新歓へ向けての活動です」
このあたりから本番。
といってもなあ。
マルちゃんは腕組みをしながら、
「この大学に来る1年生は、もう決まっちゃってるんだよね?」
と訊いた。
覚は、
「まだ後期日程は終わってないけど、ほぼ決まってるかな」
と答えた。
だよね。
後期の枠は少ないもん。
マルちゃんは、
「だったら、こっちは待つしかないんじゃないかなあ。ムリに勧誘するのもね」
と言った。
覚が気まずそうでしょ、経緯的に。
ま、将棋やめるとかやめないとかでぐだぐだした覚が悪い、たぶん。
ここで、暖が挙手。
「強豪が入ってきそう、っていう噂もないんだよね?」
「ないね」
覚のあっさりとした返答に、室内は静かになった。
テンション上げていこう。
暖は、
「戦力補強について、愛智くんはどう考えてるの?」
と質問を変えた。
「できると思ってる」
「チームの底上げ?」
それもあるけど、と、覚はことわって、
「高3の動向を、ちょっと調べてみた。確定情報も多い。でも、西日本は不明なひとが多かったし、関東だって、白須っていうすごく強い男子の進学先が、まだわからないらしいんだ。それにさ、各都道府県の3番手まででも、141人いるわけでしょ。そんなに把握するのは、ムリだと思う」
と説明した。
なるほどね、言われてみれば、そうか。
覚は、
「だから、強い子が入ってくる可能性は、あきらめないほうがいいんじゃないかな」
と締めくくった。
みんな納得。
そのあとは、新歓ブースの申込みとか、定例会をどうするかとか、そういう話が中心だった。最後にみんなで学食ランチをして、1局指して、解散。
ボクは鞄を持つと、部室をあとにした。
そのまま電車に乗って、都内へ移動。
銀座の地下改札を出ると、いのっちこと、伊能美絵ちゃんが……いないなあ。
銀座駅、ごちゃごちゃしすぎなんだよね。
デパートなんかと直結してるから、迷路みたい。
MINEで連絡を入れると、出口の番号が送られてきた。
そっちへ移動。
ライオン像より、だいぶ離れてるな、これ。
インバウンド観光客を通り過ぎぃ、買えない価格のブランド広告を通り過ぎぃ。
小さな地下ショップの前で、いのっちは待っていた。
黒のズボンに、黒のジャンパー。ひたいにゴーグル。
「よ、遅かったな」
「部活してた」
「んじゃ、上がろうぜ」
階段を昇って地上に出ると、中心街から離れたところに出た。
そこに、古い建物があった。
えーと、何時代の建物だろ。平成じゃなさそう。
ボクは、黒い石に刻まれた、お店の名前を読み上げた。
大円銀行銀座支店
ここだよ、ここ。
ボクは動画を撮った。
いのっちは、あたりを見回して、
「んー……聖地巡礼にしては、地味だな」
とつぶやいた。
「いやいや、聖地なんてこんなもんでしょ」
「そもそもさ、ネット小説だろ」
そこは関係なーい。
ボクたちが来ているのは、知るひとぞ知るネットSF小説『UBASTE』の舞台なのだ。実名は伏されてるけど、周囲の描写から、この銀行が舞台のひとつということで、考察勢の意見は一致していた。
ボクは、
「いのっち、マジメに読んでないでしょ?」
と指摘した。
いのっちは笑った。
「わりぃわりぃ、オレはハードSFファンなの。アンディ・ウィアーとかさ」
むぅ、そこは反論できない。
とりあえず、巡礼したってことで、よし。
ボクが満足していると、いのっちは、
「ところで、この銀行のどこにSF要素あんの?」
と訊いてきた。
「この銀行から持ち出された濃縮ウランをめぐる冒険譚なんだよ」
「あ、そこはちょっと読んだからわかるんだけどさ、核テロ=SFじゃないじゃん?」
むむむ、グッドな推論。
ボクが答えに窮していると、いのっちは、
「例えば、『太陽を盗んだ男』はSFに分類されてないよな」
とつけくわえた。
ボクは首をかしげた。
「なにそれ?」
「昔の映画だよ。首都工の部室にあったから、何人かで見た。磁気テープなんだぜ、これが」
うわぁ、磁気テープかあ。
骨董品だね。
「どういう映画なの?」
「高校教師が、原爆を作る話。内容はあんまり科学的じゃないな。原子力発電所からプルトニウムを盗むんだが、このタイプのプルトニウムじゃ、原爆を作るのは難しいんだよ。すくなくとも、個人が作るおもちゃみたいな仕組みじゃ、核兵器としては使えない」
「そっか、まあ、核テロは、ボクの意見じゃないんだけどね。濃縮ウランはフェイクで、じつは別のものが保管されていた、っていう説が、最近有力」
「あ、そうなの? 真理の意見だと、なに?」
よくぞ訊いてくれました。
「ずばり、変形合体ロボだよッ!」
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………………
「いのっち、どうしたの?」
「い、いや、そっか、ロボか、でも、銀行と関係なくね?」
「銀行の地下が秘密基地になってるんだよ」
「銀行に秘密基地は、おかしくね?」
「キッチンカーが秘密基地の戦隊だっていたじゃん」
いのっちは腕組みをして、
「たしかに、カレー屋が秘密基地の戦隊もいたなあ。今の質問は、オレが悪かった」
と謝ってから、
「で、次の聖地は?」
と訊いてきた。
「次は、ここ」
ボクはスマホを見せた。
「……ん? 病院跡?」
「旧日本陸軍が使ってた病院らしいよ」
いのっちは、じぶんもスマホで調べてみて、
「……心霊スポット? いよいよSF関係ないな」
と言った。
「幽霊と思われてたものが、じつは科学的な原理で~って、よくあるじゃん」
「まあ、そうだが……ひとまず、行ってみるか。にしても、こりゃ遠いぜ」
ボクたちは電車に乗って、乗り換え、乗り換え、現地についた。
降りてみたら、うん、まあこんな感じだよね、という各停の駅。
整備はされてるけど、駅ビルはなかった。
いのっちは、改札を出た途端、
「あ、ここ、ハイパーマンの聖地じゃん。どっかで聞いたことあると思った」
と言って、動画を撮り始めた。
ボクも撮る。
それから、徒歩で病院跡まで移動した。
すると、突然視界に、ザ・廃墟という感じの、コンクリート建造物があらわれた。
清掃がまったくされてなくて、壁に黒い染みが流れている。窓は、封鎖されているもの、ガラスにヒビが入っているもの、うっすらと中が見えるものと、ばらばらだった。入り口は木の板で厳重に閉じられていて、【立入禁止】のプラカードが、わざわざぶら下げてあった。
うひゃー、ここかあ……東京にこういう廃ビルが現れると、怖いなあ。
今は4時。寒空の下で、そこだけ異界みたいになっていた。
いのっちは、ちょっと険しい表情で、
「……さすがに入んないよな?」
と訊いてきた。
意外とビビってるな。
ボクもビビってる。
「廃墟は勝手に入っちゃダメなんだよ」
「そっか……写真は任せた」
心霊写真になりませんように、と。
カシャカシャ
いのっちは、
「で、ここはストーリー上、どういう場所なの?」
と尋ねた。
「ここはね、謎の人体実験があったところらしいよ」
「人体実験ねえ……ちょっとSF味が出てきたか」
でしょ。
いのっちは、ひたいのゴーグルをなおしながら、
「もしかして、ゾンビものかあ?」
と読んだ。
「あ、それ、ネットだと有力説」
「だけど、ゾンビものはもっとこう、バンバン銃撃って……」
「そこのおふたりさん」