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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第73章 東京案内(2018年2月8日木曜)
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470手目 サイエンスフィクション

※ここからは、平賀ひらがさん視点です。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………はッ!?

 目を覚ますと、視界には工作用テーブル。

 って、ボクの勉強机じゃん。

 カーテンから、うっすらと朝日が入っていた。

 時計を見る、って、時計どこ?

 部品の山をかきわけて、スマホをさがした。

 あったあった。


 10:49


 うわぁああッ! 寝坊したッ!

 ボクは着替えて顔を洗うと、身支度もそこそこに家を出た。

 電車に乗って、大学へ。

 中央線を、都心から逆方向。そんなに混んでない。

 部室へ到着したときには、ミーティングの開始時刻は過ぎていた。

「ごめんッ! 遅刻したッ!」

 室内には、1年生のメンバーが集まっていた。

 司会をしていたさとるは、黒マスクの下で、

「始まったばかりだよ」

 と言った。

 うう、怒ってるかな?

 ホワイトボードには、なんか書いてあるし。

 端っこに座る。

 覚は、ファイルをひらきながら、

「それでは、全員そろいましたので、来年度に向けた会議を開催します」

 と宣言した。

 なんかかっこいい名前ないのかな。

 ホワイトボードに書いてあるのは、今日の議題だった。

「まず、来年度のタスクについてです。割り当ては事前に決めてありますが、今日は細かいところを調整します」

 うんたらかんたら。

 このへんは、単なる事務作業。

「次に、新歓へ向けての活動です」

 このあたりから本番。

 といってもなあ。

 マルちゃんは腕組みをしながら、

「この大学に来る1年生は、もう決まっちゃってるんだよね?」

 と訊いた。

 覚は、

「まだ後期日程は終わってないけど、ほぼ決まってるかな」

 と答えた。

 だよね。

 後期の枠は少ないもん。

 マルちゃんは、

「だったら、こっちは待つしかないんじゃないかなあ。ムリに勧誘するのもね」

 と言った。

 覚が気まずそうでしょ、経緯的に。

 ま、将棋やめるとかやめないとかでぐだぐだした覚が悪い、たぶん。

 ここで、だんが挙手。

「強豪が入ってきそう、っていう噂もないんだよね?」

「ないね」

 覚のあっさりとした返答に、室内は静かになった。

 テンション上げていこう。

 暖は、

「戦力補強について、愛智あいちくんはどう考えてるの?」

 と質問を変えた。

「できると思ってる」

「チームの底上げ?」

 それもあるけど、と、覚はことわって、

「高3の動向を、ちょっと調べてみた。確定情報も多い。でも、西日本は不明なひとが多かったし、関東だって、白須しらすっていうすごく強い男子の進学先が、まだわからないらしいんだ。それにさ、各都道府県の3番手まででも、141人いるわけでしょ。そんなに把握するのは、ムリだと思う」

 と説明した。

 なるほどね、言われてみれば、そうか。

 覚は、

「だから、強い子が入ってくる可能性は、あきらめないほうがいいんじゃないかな」

 と締めくくった。

 みんな納得。

 そのあとは、新歓ブースの申込みとか、定例会をどうするかとか、そういう話が中心だった。最後にみんなで学食ランチをして、1局指して、解散。

 ボクは鞄を持つと、部室をあとにした。

 そのまま電車に乗って、都内へ移動。

 銀座の地下改札を出ると、いのっちこと、伊能いのう美絵みえちゃんが……いないなあ。

 銀座駅、ごちゃごちゃしすぎなんだよね。

 デパートなんかと直結してるから、迷路みたい。

 MINEで連絡を入れると、出口の番号が送られてきた。

 そっちへ移動。

 ライオン像より、だいぶ離れてるな、これ。

 インバウンド観光客を通り過ぎぃ、買えない価格のブランド広告を通り過ぎぃ。

 小さな地下ショップの前で、いのっちは待っていた。

 黒のズボンに、黒のジャンパー。ひたいにゴーグル。

「よ、遅かったな」

「部活してた」

「んじゃ、上がろうぜ」

 階段を昇って地上に出ると、中心街から離れたところに出た。

 そこに、古い建物があった。

 えーと、何時代の建物だろ。平成じゃなさそう。

 ボクは、黒い石に刻まれた、お店の名前を読み上げた。


 大円銀行銀座支店


 ここだよ、ここ。

 ボクは動画を撮った。

 いのっちは、あたりを見回して、

「んー……聖地巡礼にしては、地味だな」

 とつぶやいた。

「いやいや、聖地なんてこんなもんでしょ」

「そもそもさ、ネット小説だろ」

 そこは関係なーい。

 ボクたちが来ているのは、知るひとぞ知るネットSF小説『UBASTE』の舞台なのだ。実名は伏されてるけど、周囲の描写から、この銀行が舞台のひとつということで、考察勢の意見は一致していた。

 ボクは、

「いのっち、マジメに読んでないでしょ?」

 と指摘した。

 いのっちは笑った。

「わりぃわりぃ、オレはハードSFファンなの。アンディ・ウィアーとかさ」

 むぅ、そこは反論できない。

 とりあえず、巡礼したってことで、よし。

 ボクが満足していると、いのっちは、

「ところで、この銀行のどこにSF要素あんの?」

 と訊いてきた。

「この銀行から持ち出された濃縮ウランをめぐる冒険譚なんだよ」

「あ、そこはちょっと読んだからわかるんだけどさ、核テロ=SFじゃないじゃん?」

 むむむ、グッドな推論。

 ボクが答えに窮していると、いのっちは、

「例えば、『太陽を盗んだ男』はSFに分類されてないよな」

 とつけくわえた。

 ボクは首をかしげた。

「なにそれ?」

「昔の映画だよ。首都工の部室にあったから、何人かで見た。磁気テープなんだぜ、これが」

 うわぁ、磁気テープかあ。

 骨董品だね。

「どういう映画なの?」

「高校教師が、原爆を作る話。内容はあんまり科学的じゃないな。原子力発電所からプルトニウムを盗むんだが、このタイプのプルトニウムじゃ、原爆を作るのは難しいんだよ。すくなくとも、個人が作るおもちゃみたいな仕組みじゃ、核兵器としては使えない」

「そっか、まあ、核テロは、ボクの意見じゃないんだけどね。濃縮ウランはフェイクで、じつは別のものが保管されていた、っていう説が、最近有力」

「あ、そうなの? 真理まりの意見だと、なに?」

 よくぞ訊いてくれました。

「ずばり、変形合体ロボだよッ!」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「いのっち、どうしたの?」

「い、いや、そっか、ロボか、でも、銀行と関係なくね?」

「銀行の地下が秘密基地になってるんだよ」

「銀行に秘密基地は、おかしくね?」

「キッチンカーが秘密基地の戦隊だっていたじゃん」

 いのっちは腕組みをして、

「たしかに、カレー屋が秘密基地の戦隊もいたなあ。今の質問は、オレが悪かった」

 と謝ってから、

「で、次の聖地は?」

 と訊いてきた。

「次は、ここ」

 ボクはスマホを見せた。

「……ん? 病院跡?」

「旧日本陸軍が使ってた病院らしいよ」

 いのっちは、じぶんもスマホで調べてみて、

「……心霊スポット? いよいよSF関係ないな」

 と言った。

「幽霊と思われてたものが、じつは科学的な原理で~って、よくあるじゃん」

「まあ、そうだが……ひとまず、行ってみるか。にしても、こりゃ遠いぜ」

 ボクたちは電車に乗って、乗り換え、乗り換え、現地についた。

 降りてみたら、うん、まあこんな感じだよね、という各停の駅。

 整備はされてるけど、駅ビルはなかった。

 いのっちは、改札を出た途端、

「あ、ここ、ハイパーマンの聖地じゃん。どっかで聞いたことあると思った」

 と言って、動画を撮り始めた。

 ボクも撮る。

 それから、徒歩で病院跡まで移動した。

 すると、突然視界に、ザ・廃墟という感じの、コンクリート建造物があらわれた。

 清掃がまったくされてなくて、壁に黒い染みが流れている。窓は、封鎖されているもの、ガラスにヒビが入っているもの、うっすらと中が見えるものと、ばらばらだった。入り口は木の板で厳重に閉じられていて、【立入禁止】のプラカードが、わざわざぶら下げてあった。

 うひゃー、ここかあ……東京にこういう廃ビルが現れると、怖いなあ。

 今は4時。寒空の下で、そこだけ異界みたいになっていた。

 いのっちは、ちょっと険しい表情で、

「……さすがに入んないよな?」

 と訊いてきた。

 意外とビビってるな。

 ボクもビビってる。

「廃墟は勝手に入っちゃダメなんだよ」

「そっか……写真は任せた」

 心霊写真になりませんように、と。


 カシャカシャ


 いのっちは、

「で、ここはストーリー上、どういう場所なの?」

 と尋ねた。

「ここはね、謎の人体実験があったところらしいよ」

「人体実験ねえ……ちょっとSF味が出てきたか」

 でしょ。

 いのっちは、ひたいのゴーグルをなおしながら、

「もしかして、ゾンビものかあ?」

 と読んだ。

「あ、それ、ネットだと有力説」

「だけど、ゾンビものはもっとこう、バンバン銃撃って……」


「そこのおふたりさん」

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