表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
477/487

伊能美絵の祝祭

※ここからは、伊能いのうさん視点です。

 クラッカーがはじけた。

 火薬の匂いがただよう。

 狭い研究室には、十数人のポスドク、院生、学部生。

 ノンアルコールのシャンパンが開けられた。

 眼鏡をかけた、白衣の女性──都ノみやこの折口おりぐち先生は、グラスを片手に、

「よーし、年末の大掃除、ご苦労だった。カンパーイ」

 と音頭をとった。

 カンパーイ。

 喉を潤す。なかなか美味いじゃん、これ。

 オレが感心していると、折口先生は、

「しかーし、なんで松平まつだいらは来ないんだ。用事ってなんだ。せっかく日程をイブイブにしたんだぞ」

 と、いきなり愚痴り始めた。

 いやあ、イブ前日も忙しいでしょ。

 一方、となりにいた真理まりは、

「くぅ、松平まつだいら先輩、やっぱり彼女がいるのか……」

 と、プルプルしてた。

 なんだあ、失恋かあ。

 オレは真理の肩を叩いて、

「ま、とりあえず食おうぜ」

 と慰めた。

 クリスマスといえば、フライドチキン。

 シャンパンを飲み干して、コーラに切り替える。

 最初にサラダを食べて……次にタンパク質。炭水化物は、あと。

 チキンは、まだ熱々だった。

「真理も食うか?」

「ボクはナゲットがいい」

 こっちにあるぞ。食え食え。

 真理は貪るように食べたあと、

「それにしても、すごいメンツだなあ。『月刊メカ』で見かけたひとがいる」

 と興奮した。

 だなあ。

 声をかけたいけど、1年生じゃ、ちょっとね。

 なーんて思ってると、ひとりの女性が声をかけてきた。

 厚めのセーターに、パンツルック。

 肩まで伸ばした髪を、うしろでまとめていた。

 おッ、このひと、知ってる。

 今年の大学ロボコンの、日本代表メンバーじゃん。

 たしか、山寺やまでらさん。

 山寺さんは、

「こんにちは、学部生?」

 と訊いてきた。

「はい、首都工1年の伊能です」

「都ノ1年の平賀ひらがですッ!」

 折口先生とはどういう繋がりなのか、と、山寺さんは尋ねてきた。

 真理が研究室の手伝いで、オレがその友だち。

 それを説明すると、山寺さんは、

「ん……もしかして、高校の全ロボに出てた?」

 と訊いてきた。

 真理は、

「え、出てましたよ。お話ししましたっけ?」

 と驚いた。

 全ロボっていうのは、全日本ロボットコンテストの略。毎年、各ブロックの代表校が集まる一大イベント。オレと真理は同じ高校で、いっしょに出たんだよね。

 山寺さんは、スタッフで参加していた、と言った。

 そして、

「あなたたち、スイトールくんのチームじゃない?」

 と確認してきた。

 真理は、

「ですです。あれは自信作だったんですが、準決勝で敗退しちゃいました」

 と答えた。

 スイトールくんっていうのは、オレたちが大会で使ったロボ。

 毎年テーマがあって、オレたちのときは、フィールドに落ちたピンポン球100個を、より多く拾ったチームの勝ち、っていうルール。1対1のトーナメントで、1回の試合時間は3分。フィールドには障害物があるから、単純な床掃除ロボだと、回収できない。そこで、戦術が大事になってくる。

 まず、スキマに入るピンポン球を、拾いに行くのか、行かないのか。これは、拾いに行かないといけなかった。サンプル会場が事前に発表されていて、ピンポン球の半分くらいは、スキマに入っちゃってたんだよね。スキマに手を出せなかったら、負け確。

 オレは、

「実質的に、スキマのサーチをどれだけ効率化できるか、っていう課題でしたね」

 と述懐した。

 山寺さんも、

「回収方法は、ほとんどのチームが吸引式だったかな」

 とコメントした。

 まあ、当たり前といえば、当たり前。

 吸うより効率的なやりかたがあったら、とっくに家電で採用されてるって話。

 オレは、

「ひとつ面白かったアイデアは、長いアームで囲いを作ったあと、それを引き戻して回収するやつでしたね。素早く球を拾うんじゃなくて、あいてのロボットを妨害するのが目的で」

 とふりかえった。

 真理は、

「いたいた。でも、レギュレーションで全長のリミットがあるから、あんまり活躍してなかった」

 と返した。

 レギュレーションは、けっこう厳しかった。例えば、あいてのロボットを攻撃するのはダメ。ただし、回収の動作中に、部品が接触するのはアリ。だから、アームをめちゃくちゃ重くすれば、回収のついでに物理的ダメージを与えられる。けど、重量制限もあったから、本体とのバランスがとれなくなる。

 オレは、

「山寺さんは、折口先生とどういう関係なんですか?」

 と尋ねた。

「私の指導教授が、来年度のプロジェクトで共同研究者」

 なるほどね、ってことは、その顔合わせも兼ねてるわけか。

 オレたちがなおさら浮いちゃうな。

 ま、楽しんだほうが得だ。

 オレはコーラを片手に、

「折口先生って、ネットで記事になってるときと、ちょっとイメージが違いますよね」

 と指摘した。

 すると、山寺さんは、

「あ、佐藤さとうさん、おひさしぶり」

 と言って、その場を去った。

 そういうおとなの仕草、ずるいですよ、まったく。

 オレが額のゴーグルをなおしていると、真理は、

「この場に集まってるメンバーは、メカ愛で繋がってるッ!」

 と、目を輝かせた。

 どうだろう。

 工学部だからメカ好きっていうのも、偏見な気がするんだよなあ。

 オレは室内を一瞥した。

 ビールに切り替えた折口先生は、ホワイトボードをまえに熱弁していた。宇宙船のようなかたちをした、それでいてウイルスにも似た設計図が描かれていた。

「このスクリュー部分が、なんとタンパク質でできている。体内に金属を残さない配慮だ。どうやって動かすのか。最初は、血液中の成分と化学的に反応させて、回転を生み出す予定だった。しかし、変性がうまくいかなかった。この新しいモデルは、タンパク質を物理的にほどくことで、その部位が回転するのだ。血小板にヒントを得た」

 超早口。

 楽しそうだなあ。

 オレも混ぜてもらおっと。

 メリークリスマス、アーンド、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ