伊能美絵の祝祭
※ここからは、伊能さん視点です。
クラッカーがはじけた。
火薬の匂いがただよう。
狭い研究室には、十数人のポスドク、院生、学部生。
ノンアルコールのシャンパンが開けられた。
眼鏡をかけた、白衣の女性──都ノの折口先生は、グラスを片手に、
「よーし、年末の大掃除、ご苦労だった。カンパーイ」
と音頭をとった。
カンパーイ。
喉を潤す。なかなか美味いじゃん、これ。
オレが感心していると、折口先生は、
「しかーし、なんで松平は来ないんだ。用事ってなんだ。せっかく日程をイブイブにしたんだぞ」
と、いきなり愚痴り始めた。
いやあ、イブ前日も忙しいでしょ。
一方、となりにいた真理は、
「くぅ、松平先輩、やっぱり彼女がいるのか……」
と、プルプルしてた。
なんだあ、失恋かあ。
オレは真理の肩を叩いて、
「ま、とりあえず食おうぜ」
と慰めた。
クリスマスといえば、フライドチキン。
シャンパンを飲み干して、コーラに切り替える。
最初にサラダを食べて……次にタンパク質。炭水化物は、あと。
チキンは、まだ熱々だった。
「真理も食うか?」
「ボクはナゲットがいい」
こっちにあるぞ。食え食え。
真理は貪るように食べたあと、
「それにしても、すごいメンツだなあ。『月刊メカ』で見かけたひとがいる」
と興奮した。
だなあ。
声をかけたいけど、1年生じゃ、ちょっとね。
なーんて思ってると、ひとりの女性が声をかけてきた。
厚めのセーターに、パンツルック。
肩まで伸ばした髪を、うしろでまとめていた。
おッ、このひと、知ってる。
今年の大学ロボコンの、日本代表メンバーじゃん。
たしか、山寺さん。
山寺さんは、
「こんにちは、学部生?」
と訊いてきた。
「はい、首都工1年の伊能です」
「都ノ1年の平賀ですッ!」
折口先生とはどういう繋がりなのか、と、山寺さんは尋ねてきた。
真理が研究室の手伝いで、オレがその友だち。
それを説明すると、山寺さんは、
「ん……もしかして、高校の全ロボに出てた?」
と訊いてきた。
真理は、
「え、出てましたよ。お話ししましたっけ?」
と驚いた。
全ロボっていうのは、全日本ロボットコンテストの略。毎年、各ブロックの代表校が集まる一大イベント。オレと真理は同じ高校で、いっしょに出たんだよね。
山寺さんは、スタッフで参加していた、と言った。
そして、
「あなたたち、スイトールくんのチームじゃない?」
と確認してきた。
真理は、
「ですです。あれは自信作だったんですが、準決勝で敗退しちゃいました」
と答えた。
スイトールくんっていうのは、オレたちが大会で使ったロボ。
毎年テーマがあって、オレたちのときは、フィールドに落ちたピンポン球100個を、より多く拾ったチームの勝ち、っていうルール。1対1のトーナメントで、1回の試合時間は3分。フィールドには障害物があるから、単純な床掃除ロボだと、回収できない。そこで、戦術が大事になってくる。
まず、スキマに入るピンポン球を、拾いに行くのか、行かないのか。これは、拾いに行かないといけなかった。サンプル会場が事前に発表されていて、ピンポン球の半分くらいは、スキマに入っちゃってたんだよね。スキマに手を出せなかったら、負け確。
オレは、
「実質的に、スキマのサーチをどれだけ効率化できるか、っていう課題でしたね」
と述懐した。
山寺さんも、
「回収方法は、ほとんどのチームが吸引式だったかな」
とコメントした。
まあ、当たり前といえば、当たり前。
吸うより効率的なやりかたがあったら、とっくに家電で採用されてるって話。
オレは、
「ひとつ面白かったアイデアは、長いアームで囲いを作ったあと、それを引き戻して回収するやつでしたね。素早く球を拾うんじゃなくて、あいてのロボットを妨害するのが目的で」
とふりかえった。
真理は、
「いたいた。でも、レギュレーションで全長のリミットがあるから、あんまり活躍してなかった」
と返した。
レギュレーションは、けっこう厳しかった。例えば、あいてのロボットを攻撃するのはダメ。ただし、回収の動作中に、部品が接触するのはアリ。だから、アームをめちゃくちゃ重くすれば、回収のついでに物理的ダメージを与えられる。けど、重量制限もあったから、本体とのバランスがとれなくなる。
オレは、
「山寺さんは、折口先生とどういう関係なんですか?」
と尋ねた。
「私の指導教授が、来年度のプロジェクトで共同研究者」
なるほどね、ってことは、その顔合わせも兼ねてるわけか。
オレたちがなおさら浮いちゃうな。
ま、楽しんだほうが得だ。
オレはコーラを片手に、
「折口先生って、ネットで記事になってるときと、ちょっとイメージが違いますよね」
と指摘した。
すると、山寺さんは、
「あ、佐藤さん、おひさしぶり」
と言って、その場を去った。
そういうおとなの仕草、ずるいですよ、まったく。
オレが額のゴーグルをなおしていると、真理は、
「この場に集まってるメンバーは、メカ愛で繋がってるッ!」
と、目を輝かせた。
どうだろう。
工学部だからメカ好きっていうのも、偏見な気がするんだよなあ。
オレは室内を一瞥した。
ビールに切り替えた折口先生は、ホワイトボードをまえに熱弁していた。宇宙船のようなかたちをした、それでいてウイルスにも似た設計図が描かれていた。
「このスクリュー部分が、なんとタンパク質でできている。体内に金属を残さない配慮だ。どうやって動かすのか。最初は、血液中の成分と化学的に反応させて、回転を生み出す予定だった。しかし、変性がうまくいかなかった。この新しいモデルは、タンパク質を物理的にほどくことで、その部位が回転するのだ。血小板にヒントを得た」
超早口。
楽しそうだなあ。
オレも混ぜてもらおっと。
メリークリスマス、アーンド、よいお年を。