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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
475/487

459手目 ギリギリ

※ここからは、志邨しむらさん視点です。王座戦2日目の第1局になります。

 熱気が伝わってくる。

 ふぞろいな熱気が。

 私は晩稲田おくてだのブースで、壁ぎわに座っていた。

 右足を左のふとももに乗せて、じっと耳を澄ませる。

 騒々しさのなかに、静けさがある。

 単調な音が、意識から消えていく。

 それから聞こえた最初の音は、太宰だざいさんの、

「さて」

 という声だった。

 太宰さんは会場に背をむけて、チームを一瞥した。

「昨日の打ち合わせ通りだけど、現時点で異議のあるひとは?」

 返事なし。

 というか、変えようがないんだよね。

 うまくやられたといえば、やられたし、こっちがうまくやったといえば、やった。

 待ちかまえているのは、結果論だ。

 私がそんなことを考えていると、浮宮うきみやが話しかけてきた。

「志邨ぁ、もっとヤル気出そうぜぇ」

 浮宮は、いつもの意地の悪そうな顔で、ニヤニヤしていた。

 スタイリング剤で固めた髪が、妙に光っていた。

「出してるよ」

「まあ、今回はオーダーで不利だからな」

 ずいぶん率直に言うね。

 1番席に御手おて、2番席に宗像むなかた

 6番席に藤堂とうどう、7番席に吉良きら

 ベストメンバーでぶつかると、端がかなりきつい。

 最悪4敗する。

 だから大きくずらして、私が6番まで下がるしかなかった。

 7番まで動ければ──って感じだったけど、これも結果論。

 浮宮は、

「俺の負担は軽いから、そこは任せといてくれ」

 と言った。

「自信満々だね」

「俺は東京2位だぜ」

「そんなの自慢しても、しょうがないっしょ」

 しかも、高校3年生のときだけ。

 決勝で、生河いがわにボコボコにされたらしいじゃん。

 浮宮はあいかわらずニヤニヤしながら、ひとさしゆびを振って、

「チチチ、層の厚さが違うんだよ」

 と返した。

「性格悪」

「ギャハハ、俺の評判は、これ以上は下がんねーからな」

 やれやれと、私は前髪をさわった。

 こういう、ひらきなおったひねくれものって、いるよね。

 これも個性なのかな。

 私にも個性があるみたいに。

「オーダーを返却します。各校、オーダー交換をしてください」

 私は腰を上げて、対局テーブルへと向かった。

 1番席で、太宰さんと御手さんが、向かい合って座っていた。

「御手くんから、どうぞ」

「先制どうぞか。そのままいくぜ」

 御手さんは、オーダーをひらいた。

申命館しんめいかん、1番席、副将、2年、御手おてあつし

「晩稲田、1番席、大将、大熊おおくま航平こうへい

「2番席、4将、2年、宗像むなかた恭二きょうじ

「2番席、副将、2年、太宰だざい治虫おさむ

「3番席、6将、3年、於保おぼかなえ

「3番席、3将、4年、村下むらした冬生ふゆき

「4番席、7将、2年、紋川もんかわ拓海たくみ

「4番席、4将、2年、又吉またよし長介ちょうすけ

「5番席、8将、3年、皆上みなかみつばさ

「5番席、6将、1年、浮宮うきみや慎二しんじ

「6番席、10将、4年、藤堂とうどうつかさ

「6番席、8将、1年、志邨つばめ」

「7番席、12将、1年、吉良きら義伸よしのぶ

「7番席、10将、3年、朽木くちき爽太そうた

 完全に予想通り。

 御手さんは、

「ま、晩稲田はそうするしかないよな。じゃ、よろしく」

 と言って、部員を配置させた。

 私も移動する。

 オールバックの眼鏡をかけた男性、藤堂さんは、腕組みをして先着していた。

 私が椅子に手をかけた瞬間、

「やはり志邨さんだったか」

 と言った。

「オーダー交換、見てなかったんですね」

「あそこにいようがいまいが、変わりはないからな」

 藤堂さんらしいな、と思った。

 同時に、異論もあった。

 いずれにせよ、今は関係ない。着席する。

 振り駒は、1番席ですぐにおこなわれた。

「申命館、奇数先ッ!」

「晩稲田、偶数先」

 振り駒も負けか。

 裏目裏目に出る。

 会場は、だんだんと静かになった。

「準備はよろしいでしょうか?」

 司会は、少しタメを作った。

「では、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 藤堂さんは、チェスクロを押した。

 私は7六歩。

 2手目、8四歩。

 そっちか。

 7八金、3二金、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 さてと……角換わりからの、右玉かな。

 雰囲気、そう感じる。

 私は前髪をちょっとずらして、構想を練った──オッケー。

「6八銀」

 4四歩、4六歩、4二銀、6九玉、6二銀。

 手によどみがない。

 だてに近畿七将じゃないか。

 3八銀、4三銀、4七銀、7四歩、5六銀。

 藤堂さんは、5四歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 雁木模様を見せてる。でも、王様は5二だろう。

 私は2五歩と打診した。

 3三角、7九玉、5三銀。

「4八飛」


挿絵(By みてみん)


 右四間にする。

 藤堂さんは、ここで手がとまった。

 勝負形にするのか、という、心境の現れだろう。

 後手にもチャンスのある進行だ。

 けど、後手も方針は変えないと予想する。

 藤堂さんは1分使って、9四歩と突いた。

 5九金、7三桂、3六歩、6二金、3七桂、1五角。


挿絵(By みてみん)


 やっぱりね。

 これは、千日手のお誘い。

 3八飛、3三角、4八飛、1五角以下だ。

 先後入れ替えて、先手番の研究がある。ここまでがワンセット。

 そうはさせませんよ。

「4七飛」


挿絵(By みてみん)


 攻めさせる。

 藤堂さんは、また手がとまった。

 正直、この手はそんなによくない。

 AIに読ませたら、たぶんマイナスなんじゃないかな。

 だけど、後手は攻めざるをえなくなった。

 3三角とは、できなくなったから。

 それは4五歩以下で、先手がいきなり良くなる。

 藤堂さんは30秒ほど考えて──気持ちの間合いが、少し前にきた。

 表情はそのままで、気持ちだけ切り替えたみたい。

 扇子をひらいて、パタパタとあおぎ始めた。

 目を閉じて、集中している。

 合計3分使って、3三桂と跳ねた。

 1六歩、2六角、9六歩、5二玉。

 私は4九金。

 角にプレッシャーをかける。

 藤堂さんは、5五歩と開戦した。


挿絵(By みてみん)


 3分の結論は、これ、と。

 私も本命で読んでいた。

 同銀に7五歩、同歩、8六歩の全面攻勢。

 捨て切って6五桂で、どうか、という流れ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は志邨さんの脳内イメージです。)


 6六角とは上がれない。

 8六飛、8七歩に6六飛の即切りが生じる。

 同銀、2九角で飛車を狙われると、後手良し。

 よって、8八角。

 これは8六飛、8七歩、8一飛に、3八金が間に合い始める。

 けど、5四銀左と上がられるのが気になった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は志邨さんの脳内イメージです。)


 銀を入手して、7六銀。

 狙いは単純。効果は高い。

 8六銀と受けても、7七歩、同桂、同桂成、同金、同銀成で藪蛇。

 面白くない。

 攻めさせたのは、攻め切らせるためじゃない。

 私は背中を曲げて、しばらく沈思した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………受け流すか。

 私は5五同銀と取った。

 7五歩、同歩、8六歩、同歩。

 藤堂さんは10秒ほど確認して、6五桂とはねた。

 8八角、8六飛、8七歩、8一飛。

 藤堂さんは、飛車を引くとき、やや首をかしげる仕草をみせた。

 後手良しの進行になってるから、かな。

 私は構わず3八金。

 5四銀左に、準備してきた6六銀。


挿絵(By みてみん)


 角の処置を訊く。

 単刀直入にいえば、切ってください、と。

 切る理由もある。7六桂が両取りだ。

「……」

「……」

 なにか入れてきそう。

 単に7六桂だとダメ、というのは気づくだろう。

「……」

「……」

 藤堂さんが動いたのは、残り時間が15分を切ったところだった。

 読みを打ち切ったようなタイミング。

 選択は──6四歩だった。

 桂馬を支えた。

 若干、9五歩を本命視していたところだけど……ま、いっか。

「4九飛」

 飛車の位置を調整。

 藤堂さんは、3七角成と切った。

 同金、2五桂、3八金、7六桂。


挿絵(By みてみん)


 端は最後まで絡めず、か。

 先手玉は狭くなってきた。

 流れを持って行かれないように、慎重に読む。

 8八桂成とでもしてくれれば、簡単なんだけどね。

 このクラスだと、さすがに期待できない。

「2九飛」

 桂馬を狙う。

 藤堂さんは、2四歩と受けた。

 私は2六歩と置いた。

 藤堂さんは、ん、という反応。

 さすがに遅いだろ、ってことかな。

 遅いけど、間違えさせるには、これが一番いい。

 桂馬が死ぬ前に、なにか動くはず。

 この予感は当たった。

 6八桂成、同玉、3七銀、3九金、7七歩。


挿絵(By みてみん)


 さあ、ギリギリになってきた。

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