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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
473/487

457手目 王手金の罠

※ここからは、せきくん視点です。

 いやあ、始まった始まった。

 単なる役員参加は、もどかしい。

 出るなら、選手じゃなきゃなあ。

 僕はあちこちを回りつつ、乙部おとべvs太宰だざいに足を止めていた。


挿絵(By みてみん)


 なるほどねぇ。

 僕が感心していると、ファッショナブルな青年が現れた。

 わきこと、ワッキーだった。

「ワッキー、ひさしぶり」

「おひさしぶり。またずいぶんと、変わった対局を観てるね」

「それは、どういう意味で?」

「後手の変則将棋だよね、これ」

 さすがの分析力。

 東海のテーブルはあっちだよ、って、野暮なことでも言われるのかと思った。

「僕も途中からしか観てないけど、たぶん合ってる。殴り合いに持ち込んで、これ以上は組ませない、っていう作戦。かなりの賭けだけど」

 ワッキーは、

「そもそも、太宰が序盤から変化したんじゃないの。普通の角換わりからこうなった、とは思えない」

 とも言った。

 だろうね。

 ま、そのへんは一回置いといて、ここからは乙部さんの猛攻ってわけだ。

 僕は、

「6四同銀、同歩、4四銀、同角、同歩に4七歩成で、いい勝負ではある」

 と付け加えた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ワッキーが、たしかに、と返したところで、駒音が聞こえた。

 6四同銀、同歩、4四銀、同角、同歩、4七歩成、同金まで、スラスラと進んだ。

 そして、太宰の手が止まった。

 僕は、

「悩ましい。3八銀の直接手以外に、7七歩と一本入れる手もある」

 と指摘した。

 ワッキーは、

「7五歩もあるね」

 と補足した。

「7五歩……手抜いて7三歩成が入りそうじゃない?」

「自分で言っておいてなんだけど、7七歩、同桂、7五歩のほうが、可能性としては高い」

 なるほど、7六歩が桂当たり。

 今度は手抜けなさそうだ。

 太宰のやつ、ここで考えてるってことは、6四銀は見切り発車だったな──っと、指す。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 7七だった。

 太宰はお茶を飲んだあと、他の対局へ視線を向けた。

 あんまり自信ない感じかなあ。

 乙部は乙部で、ここから1分考えた。

 もちろん、同桂は確定。問題は、その先だ。

 僕は、

「同桂、7五歩、同銀は、7六歩でダメだよね。8五銀一択。となると、このかたちをどう評価するか、そこにかかってくる」

 とコメントした。

 ワッキーは、

「シンプルに3八銀が効けばいいけど、7一角の反撃がきつそうだ。7二飛、6一角、7一飛、5二角成、2九銀不成は、4三歩成で終わってる」

 と言った。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「だね。先手は9七~8六のスペースが大きい」

「となると、8五銀のかたちは、まだ乙部さんペースだと思う。もっと攪乱していかないと、乙部さんのセンサーは乱せない」

 とはいえ、そう簡単には……あ、指した指した。

 7七同桂。

 以下、7五歩、8五銀に、太宰は8六歩とひねった。


挿絵(By みてみん)


「どうですか、解説の脇さん」

「第一感、取りたくない。かえって王様が狭くなる」

「2五歩としますか」

「それも第一感」

 本譜もそうなった。

 2五歩、同歩、7一角。

 太宰は、ここで飛車を切った。


挿絵(By みてみん)


 9二飛はジリ貧だったから、しょうがない。

 それに、まだいい勝負だ。

 ちょっと立ち寄った対局にしては、面白い将棋になった。

 同桂、7六銀。

 乙部は、2五桂と反撃に出た。

 2四歩、3三桂成、同金、1四歩、同歩、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 これも厳しい。

 僕は、

「そろそろ反撃しないと、後手潰れるね」

 と言った。

 ワッキーは、

「6五桂じゃない?」

 と、反撃の糸口を端的に告げた。

 実際、それくらいしかないから、太宰も1分使って、6五桂。

 この時点で、先手と後手の残り時間は、それぞれ10分を切った。

 乙部、腰を落とし始める。

 タイミング的には、考えどころだけど、どうかな。

 多分、後手の攻めはギリギリなんだよね。

 8七歩成以下、先手は右へ逃げる展開になる。

 ただし、逃げるのが遅れたら、アウト。

 7九玉の早逃げが必要。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ワッキーは、僕の推測に賛成してくれた。


 パシリ


 3三桂成。金を取った。

 同銀、2三歩、1三玉、7九玉。


挿絵(By みてみん)


 そっちか……2三歩を入れないのも、アリだった。

 まあ、決めとく流れかも。

 太宰、ここで長考。

 難しいよ、これは。

 ヘタしたら後手が寄るし、うまくいけば先手が寄る。

 ただ──

「乙部はさっきの長考で、寄らないと思ったっぽいよね」

 僕の発言に、ワッキーは、

「自信は感じる……いずれにせよ、8七歩成が本命。7七桂成のトラップも捨てがたい」

 とコメントした。

「というと?」

「7七桂成、同金、同銀成は、先手がマズい。だから6九玉」

「それって、7八成桂に、同玉ってできないじゃん」

「5八玉と逃げる」

「……なるほど、3八金なら1四香、同玉、1八飛か」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 さすがは、ワッキー。

 やっぱり東海に残って欲しかったなあ。両親と仲直りして……ううん、この話をしたら、凄い目で睨まれたことがある。やめておこう。

 太宰、まだ指さない。

 ほんのわずかに、首をかしげるシーンもあった。

 どこかで切り上げてはくると思うんだけど──残り5分が、その合図だった。

 8七歩成。

 桂成じゃなかった。

 乙部は、ノータイムで同金。

 時間差をキープ。

 同銀成、6八玉。


挿絵(By みてみん)


 時間をかけなかったけど、最善……かな。

 さっきの局面は、6九玉との比較が難しかった。

 太宰、また考える。

 1分使って、7七成銀。

 5八玉、3八金。

 けっきょくこのルートになった。

 修正が利かなかったんだろう。

 乙部は、勢いよく1四香。

 同玉、1八飛。


挿絵(By みてみん)


 さて、どうなんだ、これ。

 僕は、

「正直、勝敗は決まってるレベルだと思う。どっちかはともかく」

 と予想した。

 ワッキーも、

「王手金取りの成否次第だね」

 と同意してくれた。

 けれど、どっちが勝っているかと訊かれたら、人間では難しい。

 そもそも、後手はここで、どうすればいいんだ?

 1五歩? 2三玉?

 安全なのは前者だな。受け駒も、歩だから安い。

 太宰も3分残して、1五歩とした。

 乙部はノータイムで、3八飛。さてさて。

 太宰、長考。多分、最後の長考。

 3分丸々使うか、1分だけ残すか。

 僕も読む。

 すぐに5五桂は、面白くなさそう。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なにが面白くないかというと、詰めろじゃない。

 だから、2二歩成で、詰めろをかけられてしまう。

 僕がそれを伝えると、ワッキーは、

「それでも、後手負けとはいえない」

 と返した。

 ま、それはそう。

 ただ、先手優勢な気が。

 太宰の残り時間は、1分を切った。

 これは、1分将棋になりそうだ。


 ……ピッ


 秒読み開始。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 太宰はギリギリで、6七成銀と寄った。

 乙部はこれを見て、座りなおした。

 左腕は、あいかわらずテーブルに乗せている。

 まだ5分ある。

 途中で、時間を節約していたから。

 ワッキーは、

「6七成銀は賭けだけど、うまい賭けだ。同玉、5五桂に、5八玉と下がれない。2二歩成が入ってないから、先手が一手遅い」

 と解説した。

 一手を銀で買ったパターン。

 乙部は1分、2分と考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? 後手勝ちになってる?

 深く読んでみると、急に後手が良くなったような?

 ワッキーも、

「後手勝ちっぽい」

 とつぶやいた。

 乙部、ちょっと困ったような様子。

 あるよね、こういう急転直下。

 しょうがない。

 太宰の雰囲気も、うっすら望外、みたいな感じ。

 乙部は2分残して、同玉。

 以下、5五桂、5六玉、6七銀、4六玉、4五歩、同玉、4七桂成と進んだ。


挿絵(By みてみん)


 後手勝ち……だよね。

 手数はまだ長いけど、逆転の余地はなさそう。

 乙部は、残り20秒になるまで考えてから、

「しまったなあ、錯覚してた。負けました」

 と投了した。

「ありがとうございました」

 感想戦は、乙部の反省から始まった。

「3六角を過大評価してた。王手金しても、意味なかったね」

 太宰は、

「4七桂成に3六角のこと?」

 と確認を入れた。

「そう」

「そのあともちょっと難しいかな、と、5五桂の時点では思ってた。いずれにせよ、王様を6六へ逃げられるほうが、困ったと思う」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ふむふむ、入玉含みになって、やや気持ち悪い。

 乙部は、

「うーん、入れるかなあ。4七桂成が、即詰めろだし」

 と懐疑的。

 太宰は、

「僕のほうは、1分将棋。間違える可能性はある」

 と言った。

 検討した結果、4七桂成、7五玉、3八成桂、7三歩成に、8三歩の置き駒がうまいブロック、という結論になった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 1分将棋で気づくかどうか、微妙な手だ。

 乙部も意見を変えて、

「意外ともつれるっぽい……」

 と残念がった。

 けど、すぐに気を取り直して、

「そういえば、チームはどうなったんだろ」

 と、あたりを見た。

 すると、だらっとした感じの、無精ひげの青年が、

「1-6で負けたよ」

 と教えた。

 乙部さんは、大げさに天を仰いだ。

「ダメだこりゃ。今日の打ち上げは、関のおごり」

 なんでそうなるの。

場所:2017年度王座戦 1日目1回戦 蝦夷vs晩稲田

先手:乙部 愛菜

後手:太宰 治虫

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲7八銀 △8四歩

▲4八銀 △8五歩 ▲4六歩 △3二金 ▲6八玉 △5四歩

▲5八金右 △4二銀 ▲4七銀 △6二銀 ▲9六歩 △5三銀右

▲7九玉 △7四歩 ▲5六銀 △4三銀 ▲4五歩 △4一玉

▲3六歩 △4五歩 ▲2二角成 △同 金 ▲3七桂 △6四角

▲3八飛 △3三桂 ▲6五銀 △5五角 ▲7七銀 △7五歩

▲6六銀 △4四角 ▲7八金 △8六歩 ▲同 歩 △5二金

▲7五歩 △8六飛 ▲8七歩 △8二飛 ▲7四歩 △3一玉

▲3九飛 △9四歩 ▲3五歩 △同 角 ▲8八玉 △2一玉

▲1六歩 △4六歩 ▲2五歩 △4四角 ▲2九飛 △3二銀

▲2四歩 △同 歩 ▲4五歩 △3五角 ▲1五歩 △2三金

▲7五銀 △2二玉 ▲7六銀 △6四銀 ▲同 銀 △同 歩

▲4四銀 △同 角 ▲同 歩 △4七歩成 ▲同 金 △7七歩

▲同 桂 △7五歩 ▲8五銀 △8六歩 ▲2五歩 △同 歩

▲7一角 △8五飛 ▲同 桂 △7六銀 ▲2五桂 △2四歩

▲3三桂成 △同 金 ▲1四歩 △同 歩 ▲4五桂 △6五桂

▲3三桂成 △同 銀 ▲2三歩 △1三玉 ▲7九玉 △8七歩成

▲同 金 △同銀成 ▲6八玉 △7七成銀 ▲5八玉 △3八金

▲1四香 △同 玉 ▲1八飛 △1五歩 ▲3八飛 △6七成銀

▲同 玉 △5五桂 ▲5六玉 △6七銀 ▲4六玉 △4五歩

▲同 玉 △4七桂成


まで122手で太宰の勝ち

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