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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
470/487

454手目 先輩らしい

 大谷おおたにさんの信任投票は、あっさりと可決された。

 というわけで、最初の役員会──の前に、都ノみやこの将棋部も、役員交代。

 私と松平まつだいらは授業終わりに合流して、部室へと向かった。

 途中の廊下で、松平は、

「あー、ようやくこの仕事から解放される」

 と言って、大きく背伸びをした。

「おつかれ。なんだかんだ、いろいろあったわね」

「将棋以外に、手広くやり過ぎた」

 将棋部、会長補佐、聖生のえる探偵団etc

 松平は折口おりぐち研もあったし、ほんとうに手広くやり過ぎた感。

 私は、

「そう考えると、次のメンバーは、将棋に集中できそう」

 とつぶやいた。

「だな……っと、そろそろ黙るか」

 部室が近くなった。

 ドアを開けると、1年生が勢ぞろいしていた。

 松平は、

「よーし、みんな、集まってもらって、すまない」

 と言ってから、ホワイトボードの前に立った。

「次期役員なんだが、都ノでは、指名方式になってる。他大でも、ほとんどそうだ。というわけで、俺たちから指名させてもらって、いいか?」

 反対は特になし、と。

「じゃ、これで頼む」


 〔主将〕 愛智覚

 〔部長〕 平賀真理

 〔会計〕 車田マルコ

 〔幹事〕 青葉暖 ※4月から


「1年生は、4人しかいない。会計監査は引き続き、2年生の穂積ほづみにやってもらう。任期は、幹事だけ、来年の4月から、再来年の3月まで。他は、今年の12月から、来年の11月まで。異論があるひとは、この場で言って欲しい」

 これも特になし、と。

 事前に根回ししてあったというか、各人に声かけはしてあった。

 松平は、

「じゃあ、12月からよろしく頼む。わからないことがあったら、気軽に訊いてくれ」

 と言って、ミーティングを終わらせた。

 あっさり。

 そこからは、練習会に。

 私も3局指して、勝ち越し。

 青葉○ 平賀○ 松平●

 うーん、最後の一局もなあ、詰みを逃さなかったら、勝ってた。

 終わったあと、私は帰宅、松平は平賀ひらがさんと一緒に、折口研へ移動することになった。

 私は、サークル棟を出たところで、

「そういえば、折口先生、最近は呼び出しが減ってない?」

 と訊いた。

 松平は、

「嵐の前のなんとやら、だぞ」

 と、嘆息した。

「え、どういうこと?」

「でかいプロジェクトが、動いてるっぽい。そっちの打ち合わせと予算獲得で、時間を取られてただけみたいだ」

 マジかぁ。

 困ったなあ、と思う私の横で、平賀さんは、

「いよいよ、ボクたちの腕の見せ所ですッ!」

 と息巻いていた。

 あのですね、来年度は、将棋部にとって大事な年なんですよ。

 私は遠回しに、

風切かざぎり先輩は4年生になるし、大会向けの時間を、確保しないとね」

 と、牽制した。

 平賀さんは、

「文武両道、もとい、将棋メカ両道ッ!」

 と返した。

 両立できれば、それに越したことはないわけでして、はい。

 そのあとは、校舎と裏門の方向へ、それぞれ分かれた。

 自宅に辿り着いた私は、着替えをして、料理。

 ポトフを作る──ふむ、なかなかうまくできたんじゃない。

 でも、時間かかるなあ。圧力鍋が欲しい。

 お皿についで、着席。スマホで、ドラマを観ながら食べる。

 コンソメをちょっと多めに入れたのが、グッド。

 ネットのレシピって、薄味のものが多いわよね。

 あとで調整できるようになってるんでしょう、たぶん。

 食事のあいだも、今日のことについて、ちらほら考えていた。

 悩ましい状況になった、と感じる。

 今の1年生は、この部の立ち上げの経緯を知らない。

 これは、以前から気になっている点だった。

 それに、2年生のあいだでも、やっぱり温度差が出てきた──ように感じる。もちろん、手抜きをしているひとは、いない。だけど、王座戦になんとしてでも行きたい、というメンバーは、そんなにいないんじゃないだろうか。

 いずれにせよ、一番謎なのは、風切先輩の本音。

 王座戦に行くことが、入部の条件だった。

 今は? というか、次で4年生なんだし、行けなくても退部するタイミングがない。来年度の秋の団体戦で、王座戦出場の可否は決まる。だから、有言実行するとしても、最速で10月上旬。つまり、春にBへ落ちて、秋でBの1位にも2位にもなれませんでした、というパターン。もしAに残留できれば、関東の選抜トーナメント出場までは、確定。A級校は2位から最下位まで、全部出られるから。この場合は、10月下旬か、11月上旬に結果が出る。

 どのタイミングにせよ、4年生の引退と、ほぼ同時期。つまり、早期退部の意味はないのだ。まあ、先輩が出資してくれた、お金の問題は解決しないんだけど……たぶん、今の2年生が貯金を出し合ったら、足りると思う。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 迷走はしていない。

 むしろ、普通の部に着地しようとしている。

 お皿がスープだけになったとき、ドラマも終わりかけていた。

 最終回。

 一組の男女が、なにやら言い合いをしている。

 セカンドシーズンを予感させるような結末。

 なんとなくすっきりしない心地で、私はシークエンスを止めた。


  ○

   。

    .


 12月に入ると、大学もまったりしてきた。

 プライベートな時間を過ごすひとが、増えてるんでしょうね。

 私も屋内のカフェで、のんびりとくつろぐ。

 コーヒーを買いまして──あれ、愛智あいちくんがいる。

 すこし離れたところで、4人がけのテーブル席に、ひとりで座っていた、

 勉強してるっぽい。

 声をかけるのも……と思ってたら、目が合ってしまった。

 私はコーヒー片手に近づいて、

「おつかれさま……なにしてるの?」

 と尋ねた。

「フランス語の勉強です」

「課題?」

「いえ、自主勉です」

 えらい。

「がんばってね」

 と言って去ろうとすると、愛智くんは、

「あ、すみません、もしお時間があれば、主将の件について、ちょっとお話が」

 と言った。

 ん……なんだろう。

 まあ、急いでるわけじゃない。

 私は、愛智くんの対面の椅子に座った。

「主将の件っていうのは?」

「辞退したいとかじゃないんですが、僕、こういうのやったことないんですよね」

「大丈夫よ。別に経験が必要なわけじゃ、ないから」

 っていうか、主将や部長をやったことのあるひと、今の1年生にいない説。

 平賀さんだって、高校のときは会計かなにかで、リーダーはしていないらしい。

 車田くるまだくんと青葉あおばくんは、そもそも役員経験なし。

 だから、人格的・棋力的に、愛智くん一択なわけですよ。

 けれど、不安なのもわかる。

「ま、そのへんは、上級生でサポートするから」

「マニュアルみたいなものって、ありますか?」

 ないです。

 んー、作っとけばよかったかなあ、という気もするんだけど、部自体が立ち上げて2年目なわけで、作りようがないという。

 そこから愛智くんは、細かい部分をいろいろ訊いてきた。

 答えられる範囲で、答える。

 ひと段落したところで、私は、

「ところで、フランス語って、難しい?」

 と尋ねた。

「どうですかね……まだ始めて1年も経ってないですし……裏見うらみ先輩、二外はなんですか?」

「中国語」

「なんで中国語にしたんですか?」

 簡単そうだから、というひとは多い。

 けど、私は、

「英語と中国語ができれば、GDP1位、2位の国の言葉が、両方できるでしょ」

 と答えた。

「なるほど」

「愛智くんは、なんでフランス語?」

「フランス現代思想に興味があるんです」

「……ふらんすげんだいしそうって、なに?」

「サルトル、アルチュセール、ドゥルーズ、フーコー、バルト、デリダあたりです」

 専門用語を言われても、わからん。

「ひとことで言うと?」

「ひとことで……ちょっとムリです。僕がよくわかってないのもありますが、そもそも一枚岩の思想じゃないので」

「じゃあ、どういうところに惹かれるの?」

 愛智くんは、難しそうな顔をした。

「それが……自分でも、よくわかんないんですよね。高校のときの副読本で、なんか面白そうだな、と思ったんです……でも、大学に入って、いろいろ調べてみたら、ニーチェやハイデガーの影響もあるみたいで……けっきょく、ドイツ哲学を先にやらないといけないのかな、とか……ある先生は、外国語を先に勉強したほうがいい、って言ってました」

「理由は?」

「原書で読まないと意味がないから、です」

「げんしょ?」

「もとのテキストです。フランスの思想家たちは、フランス語で書いてるわけですよね」

 なるほど、原文のことか。

 ただ、それでも意味がよくわからなかった。

「日本語訳はないの?」

「あります」

「だったら、日本語で読めばよくない?」

「やっぱりそう思います? 経済学部だと、どうですか?」

 私は、ちょっと考えてみた。

「……例えば、マンキューっていうひとの入門書が有名なんだけど、あれを英語で読んでるひと、まずいないと思う。先生たちが、英語で読んだほうがいい、って言ってるのも、聞いたことない……かな。あくまでも、私の経験の範囲内で」

 愛智くんは腕組みをして、黒マスクのなかで嘆息した。

「哲学科の先生のアドバイスなら、正しいとは思うんですが……納得のいかないところもあって……僕、哲学に向いてないのかなあ」

 いやいや、まだ早いでしょう。

 私は、

「4年間あるんだし、じっくり勉強するのも、いいんじゃない」

 と伝えた。

「ですね……ところで、裏見先輩は、なんで経済学部を選んだんですか?」

「んー、お金に興味があるのよね」

「裏見先輩らしいですね」

 オホホホ、でしょ──ん? どういうこと?

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