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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第9章 聖ソフィアへ潜入せよ(2016年5月2日月曜)
47/487

46手目 通信対戦

 パシリ パシリ パシリ

 

 何度目かの駒音が消えて、あたりは静かになった。

「勝ったか?」

 色黒の金髪少年は、相方のスマホをのぞきこんだ。

「ああ、ギリギリ詰んだ」

「ネット対戦なんだから、サクサク指せよ。時間切れしそうだっただろ」

 それじゃ練習にならないと、黒髪の少年は答えた。

 金髪少年は、あきれたように右手をあげた。

「10分切れ負けが練習になるってか?」

「まあ、それは一理あるが……おまえは練習しなくていいのか?」

 金髪少年は、ポケットからスマホを取り出した。

 ベンチに背をあずけて、親指でフリックする。

勇一ゆういちのID、なんだっけ?」

「おいおい……俺と指すのか?」

「いや、フレンド登録し忘れてるの思い出した」

 黒髪の少年はタメ息をついて、IDを口にした。

「オー、エイチ、ティー……」

 私は息を殺す。これって、あとで見つけられるんじゃないかしら。

 あの駒音とBGMからして、将棋バトルウォーズだと思う。

 松平まつだいら三宅みやけ先輩が、ゲーセンでやっていたやつだ。

 と、そのとき私は、穂積ほづみさんがなにかしていることに気付いた。

「なにして……」

「シーッ」

 穂積さんは、サッと画面をフリックした。

 その瞬間、ベンチのほうから、黒髪少年(ユウイチくん?)の声がした。

「おまえ、美少女アイコンなんか使ってるのか?」

「あ? なんのことだ?」

 ユウイチくんは、スマホの画面を相手にみせた。

「この挑戦者、おまえだろ?」

「ちげぇよ」

「そうか……わざわざ指名してきてるんだが、IDに見覚えがない」

 金髪少年はめんどくさそうに、両腕をベンチにかけた。

「どっかで負かされたとか、そういうオチだろ」

「リベンジってわけか……やれやれだな」

 ユウイチくんはそう返して、画面をフリックした。

「また指すのか?」

明石あかしが来るまでは、時間がある。ヒマつぶしだ」

 明石くんの名前が出た。まちがいない。

 このふたり、聖ソフィアの将棋部だ。

 私はユウイチくんの棋力が気になって、穂積さんのスマホをのぞきこんだ。


挿絵(By みてみん)


 横歩――私の苦手なのキタ。


 パシリ パシリ パシリ パシリ

 

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。

 双方、ノータイム指しの連続。

 10分切れ負けだから、指し手が強烈に速い。

 3四飛、3三角、3六飛、8四飛。

 

挿絵(By みてみん)


「8四飛型か……」

 ユウイチくんはそう言って、くちびるを撫でた。

「時間もったいないぞ」

「やみくもに指してもしょうがない」

「考える局面かね、これ」

 金髪少年が肩をすくめたとたん、パシリと駒音が鳴った。

 2六飛、2二銀、8七歩、6二玉、6八玉、2三銀、3八銀、7二銀。


挿絵(By みてみん)


 最新形だ。後手は美濃。

 先手のこのかたちも、松平と大谷おおたにさんの対局で、ときどき見かけた。

 穂積さんはあごに手を当てて、スマホをにらむ。

「角交換のタイミングがむずかしい……」

 シーッ、聞こえちゃう。

 

 パシリ

 

 先手は3六歩と伸ばしてきた。

 角に対するプレッシャー。後手から交換する流れになりそう。

 7一玉、3七桂、8二玉、9六歩、9四歩、3五歩。

 穂積さんは10秒ほど悩んだ。

 結局、8八角成と交換して、同銀に3三桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 今度は、ユウイチくんが小考する。

 持ち時間は、どちらもまだ9分近く余していた。

 1手3秒ペース。


 パシリ

 

 指されたのは8六歩だった。

 左側を広くする手だ。

 穂積さんは、機敏に反応した。

 

 パシリ パシリ パシリ


挿絵(By みてみん)


 うまい。香得確定。

「おい、馬作らせていいのか?」

「この位置ならオッケー」

 ふたりの会話が聞こえる。

 駒損は痛いと思うけどなあ。

 

 パシリ

 

 1八香。

 ほら、結局逃げてるじゃない。

 穂積さんは3六歩と打って、同飛に1九角成。

 1八馬が飛車当たりになるかたちへ誘導した。

 

 パシリ パシリ パシリ

 

 8五歩、2四飛(8五同飛は3四歩で困る)、5六角。


挿絵(By みてみん)


 あれ……こうなってみると、そこまで後手も良くない?

 次に3四歩と突き出されたら、桂馬が死んでしまう。

「めんどくさいなぁ……」

 穂積さんはそうつぶやいて、1八馬と取った。迷ったような手つき。

 2七歩、5四歩、3四歩。

 穂積さんは、すばやく5五歩と突き返す。


挿絵(By みてみん)


 んー、むずかしくなったわね。

 3三歩成、5六歩、3二と(2三と?)もありそうだし、攻め合いを避けるなら一回角を逃げる手も……あ、逃げるのはないか。6五角しかないけど、それは3四銀と歩を払われて損になる。3参歩成の攻め合いが本線かしら。

「勇一、やばくね?」

「黙ってろ」

 黒髪少年はそう一喝して、画面にタッチした。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 えぇ!? 角のタダ捨てッ!?

「は? それ成立してんの?」

「黙ってろって。アド禁」

「べつにアドバイスしてるわけじゃねぇだろ」

 ユウイチくんは金髪少年を無視して、穂積さんの指し手を待った。

 穂積さんもこれは面食らったらしく、目を白黒させていた。

 考え過ぎッ! 持ち時間ッ!

 

 パシリ パシリ パシリ

 

 8三同銀、3三歩成、5六歩、同歩、1七馬。


挿絵(By みてみん)


 穂積さんは、さっき長考してしまった分を取り返すように、早指しした。

 とはいえ、ユウイチくんも早指しだ。

 即座に2三とと取って、3五歩の止めに1六飛と滑り込ませた。

 これも押し売りで、同馬、2四との取り合い。

 穂積さんは、2六歩と畳み掛けた。

 

 パシーン

 

挿絵(By みてみん)


 画面のエフェクトがはじけて、桂馬が置かれた。

 穂積さんの顔色が変わる。

「うッ……」

 私も、この手の厳しさに気付いた。

 7四銀みたいな手は、8四歩の突き出しで潰れてしまう。

「へぇ、勇一、いい手知ってるじゃん」

「おまえと違ってな」

「ああ……って、おいッ!」


 パシリ パシリ パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 8六角、7七銀、7五角、同歩……ムリヤリ抜いた。

 駒割りが、銀香交換で逆転してしまった。

 穂積さんは、残り2分のうち20秒ほど考えて、2七歩成とした。

 8四歩、同銀、8三歩、同玉。

「さーて、勇一のお手並み拝見といきますか。どう寄せる?」

「……」

 ユウイチくんは沈黙。

 持ち時間は、彼のほうが40秒ほど多い。

「……こうか」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 過激な寄せ。同金に6一角が放たれた。

 穂積さんは7二桂と受ける。

 以下、8五歩(痛打)、9三銀、8四飛(!)。

 よ、寄せに来てる。飛車を捨てた。

 同銀、同歩、同玉、7二角成。


挿絵(By みてみん)


「ぐッ……」

 こ、これは負けっぽい?

 けど、まだ時間切れ勝ちの可能性が……って、穂積さんのほうが少ないッ!

 

 パシリ! パシリ! パシリ!

 パシリ! パシリ! パシリ!

 

 【時間切れ負け】

 

 あーうー……負けちゃった。

 スマホの画面に、真っ赤な文字が出た。

 穂積さんは再チャレンジしたけど、反応がなかった。

 それもそのはずで、ユウイチくんたちはベンチを立っていた。

 ユウイチくんは肩を回しながら、

「ふぅ……なかなか強かったな」

 と言った。

「そうか? 最後圧勝だったろ?」

岡目八目おかめはちもく

「客観的と言って欲しいね」

「客観的な数値が欲しけりゃ、ソフトにでも解析させて……ん?」

 げげッ――目が合った。

 ユウイチくんは一瞬だけ無表情になり、それからすぐに微笑んだ。

「どうしました? やっぱり迷子ですか?」

「え、あの、その……」

 私は穂積さんを盗み見た。

 穂積さんは、背中に手をまわしてスマホを隠している。

 私たちはどぎまぎした。金髪少年も話しかけてきた。

「また会えるなんて、奇遇だね。もしかしてヒマ?」

「ヒマじゃ……ないです」

「またまた。これから勇一ゆういちとコーヒー飲みに行くんだけど、どう?」

 ナンパしてきたぁ。

 もうちょっと将棋部らしい性格してなさいよ。

 対応の仕方が分からない。

 あれこれ考えていると、いきなり穂積さんが口をひらいた。

「おごってくれる?」

 金髪少年は、目をぱちくりさせた。

「え……あ、もちろん、おごるよ。おごるおごる」

「やりぃ、じゃあ乗った」

 穂積さんは、ジャンプして指パッチンした。

 ところが、金髪少年は困ったような顔をして、私のほうを見た。

「きみも、どう?」

「……遠慮しときます」

「友だちは来るって言ってるよ。一緒ならいいだろ」

 なに? これ、なに?

 ナンパにしてはしつこ過ぎる気がしてきた。

「穂積さん……先輩が待ってるかもしれないし、一回もどらない?」

「えぇ、いいよ、あんなやつ」

「おまたせ」

 私たち4人は、一斉にふりかえった。

 速水先輩が、サングラスをかけたまま、腕組みをして立っていた。

「ごめんなさい、大学のなかを散策してたの」

 ユウイチくんと金髪少年は、おたがいに顔を見合わせた。

 ユウイチくんはまたにっこりして、

「どうやら、聖ソフィアに興味があるみたいですね。これからコーヒーを飲みに行こうと思うんですが、いかがですか? いろいろとご案内しますよ?」

 とたずねた。速水先輩は、このお誘いを拒否した。

「遠慮させてもらうわ。こう見えても忙しいから」

「忙しいのに散歩なさってたんですか?」

「あなたたちのほうこそ焦っているように見えるけど、なにか下心があるのかしら?」

 ユウイチくんはネックレスの位置をなおして、また表情を変えた。

「ないと言えば嘘になりますけど……不安なら、校内の喫茶店でもいいですよ」

「そこで将棋でも指す?」

「!?」

 ユウイチくんの顔から、愛想笑いが消えた。

 くちびるを結んで、速水先輩を見つめ返す。

 先輩は相手が黙ったのを確認して、きびすを返した。

「じゃ、行きましょ」

「先輩、おごってくれるらしいですよ? おごられ得じゃないですか?」

 また穂積さんがゴネ始めた。

 私は、彼女をなだめようとした。でも、とりつくシマがなかった。

香子きょうこちゃんは、行くよね?」

「私は……ちょっと……」

 穂積さんは「えぇ」と言って、それから、

「じゃ、あたしだけ行くね」

 と、ユウイチくんたちに歩み寄った。

 ところが今度は、ユウイチくんたちの態度が変わった。

「えーと……用事を思い出した……かな?」

「は?」

 穂積さんは思いっきり威圧した。ユウイチくんは笑ってごまかした。

「アハハ、ごめんごめん、友だちと会う約束してたんだ。また今度ね」

「なにワケわかんないこと言ってるの。さっきおごるって……ちょっとッ!」

 ユウイチくんたちは、小走りにその場を去った。

 私と穂積さんはポカンと口を開けたまま、彼らの背中を見送った。

場所:聖ソフィア大学の構内

先手:有馬 勇一

後手:穂積 八花

戦型:横歩取り8四飛型


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛

▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △6二玉 ▲6八玉 △2三銀

▲3八銀 △7二銀 ▲3六歩 △7一玉 ▲3七桂 △8二玉

▲9六歩 △9四歩 ▲3五歩 △8八角成 ▲同 銀 △3三桂

▲8六歩 △2五歩 ▲6六飛 △2八角 ▲1八香 △3六歩

▲同 飛 △1九角成 ▲8五歩 △2四飛 ▲5六角 △1八馬

▲2七歩 △5四歩 ▲3四歩 △5五歩 ▲8三角成 △同 銀

▲3三歩成 △5六歩 ▲同 歩 △1七馬 ▲2三と △3五歩

▲1六飛 △同 馬 ▲2四と △2六歩 ▲7五桂 △8六角

▲7七銀 △7五角 ▲同 歩 △2七歩成 ▲8四歩 △同 銀

▲8三歩 △同 玉 ▲5二銀 △同 金 ▲6一角 △7二桂

▲8五歩 △9三銀 ▲8四飛 △同 銀 ▲同 歩 △同 玉

▲7二角成 △3八と ▲7六桂 △7五玉 ▲6六銀 △7四玉

▲7五銀打


まで91手で先手の時間切れ勝ち

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