450手目 共通点
次の日、私は原宿の駅前で、歩美先輩と待ち合わせた。
先輩は昨日と違って、ちょっと普段着よりのコーデ。
カーキ色のトッパーカーディガンに、紺のデニムパンツ。
宗像くんの付き添いはなくて、ひとりで改札を出てきた。
「お待たせ」
いえいえ、と言いたいところだけど、実際10分くらい待った。
まあ、ホスト役がまだ来てないし──あ、来た。
学ラン姿の、よく日焼けした人物が、こちらに手を振っていた。
冴島先輩だった。
「おーっす、ひさしぶりぃ」
冴島先輩は、片手をポケットに突っ込んだまま、私たちにあいさつした。
私は、
「おひさしぶりです」
と返した。
歩美先輩は、
「夏休み以来ね」
と言った。
「だなあ。しかもこの3人で遊ぶの、大学だと初めてじゃん」
ですね。
歩美先輩は、
「円ちゃんと香子ちゃんは、よく遊んでるんじゃないの?」
とたずねた。
「いや、全然」
「大会で会うでしょ?」
「会場で他大とつるんでたら、スパイと思われるだろ」
いやあ、そんなことないのでは。
どちらかというと、応援団を掛け持ちしているのが、大きいと思う。将棋大会のときも、来てないことが多いし。今日だって、わざわざ平日に集まったところをみると、土日はおそらく用事があるのだろう。
「それじゃ、パーッと遊ぶか」
私たちは、竹下通りへ繰り出した。
あいかわらず、ひとが多い。
冴島先輩は、
「やっぱクレープ食べ歩きだよなあ」
と言って、クレープ屋さんに並んだ。
歩美先輩は、最後尾につくなり、
「晩稲田に、志邨って子が入ってるでしょ。彼女、どう?」
と、いきなり話を振った。
「どうって、なにが?」
「どれくらい強くなってる?」
冴島先輩は、歩美先輩の肩をポンポンと叩いて笑った。
「今日くらい将棋のことは忘れろ」
そうそう、今日は楽しくいきましょう。
というわけで、このパフェなのかクレープなのか、よくわからない豪華スイーツを買いまして──うん、美味しい。最近、美味しいしか言ってない気がする。でも、しあわせ。
冴島先輩は、チョコアイスとバニラアイスのWトッピングを頬張りながら、
「予定なんにも立てなかったが、どうする?」
と訊いてきた。
歩美先輩は、
「そのへんぶらぶらしましょ」
と返した。
「それでいっか。この3人で映画、って雰囲気でもねえしな」
「映画は昨日観たからいいわ」
うおおおおおおッ。
相手が冴島先輩じゃなかったら、彼氏と来てるって、バレてたわよ、これ。
いきなり趣味が変わってたら変でしょ。
冴島先輩は、クレープをぺろりとたいらげて、
「さーてと、スポーツシューズでも見るかね」
と言って、手近なスポーツブランドショップへ入った。
そ、そういう流れなんだ。
とりあえず、私も入る。
ふむ……元陸上部だから、なんとなく楽しめる。
一方、歩美先輩は、
「こういうの、なに履いてもいっしょなんじゃないの?」
と首をかしげた。
違います。
冴島先輩は、
「AI使うときのパソコンスペックくらい、重要だぜ」
と返した。
んー、どのAIを使うかっていう表現のほうが、しっくりくるような。
まあ、些末な点なので、おいておく。
歩美先輩は、
「いい靴を履くと、パワーアップするの?」
と訊いた。
「そ、そういうわけじゃないが、運動するとき、靴は重要だぞ」
歩美先輩は、ふーんと言って、男性用シューズを物色し始めた。
だから、バレますってば。
私がはらはらする一方で、冴島先輩は店内をぐるっとしたあと、出て行った。
私たちも退店。
そこからは、アクセサリー店、輸入雑貨店、コスメを順番に回った。
冴島先輩は、
「裏見、原宿はわりと来てるの? けっこう詳しいじゃん?」
と訊いてきた。
「たまに友だちと……あと、オープンキャンパスのときも来てます」
あのときとは風景がけっこう違いますけど、と付け加えた。
冴島先輩は、
「なんかうまいカフェない?」
と質問してきた。
「どういうタイプがいいです?」
「スカっとできるソーダがいい」
「あ、それなら、いいお店がありますよ」
というわけで、移動。
ビルの2階にあって、カフェというよりも、バーに近いスタイルの店舗。
ちょっと特殊なのは、カウンターにフルーツがたくさん並んでいること。
秋だから、ブドウや梨が多かった。
冴島先輩は、壁のメニュー看板を一瞥して、
「ここ、酒じゃね?」
と驚いた。
「お酒も売ってますけど、ノンアルもあります」
というか、私はノンアル以外を飲んだことがない。
冴島先輩は、もう一度メニューを眺めた。
「……なるほどね、サワーにフルーツぶちこんでるのがメイン、と」
もうちょっと言い方を。
私は、ノンアルの桃ジンジャエールを頼んだ。
冴島先輩はコーラ、歩美先輩は炭酸マスカット。
どれもちょっと高い。
私、歩美先輩、冴島先輩の順で、窓際に座った。
通りから、ひとの群れが見える。
親密なようで、だれもかれもがよそよそしい。
こういうのも、東京的な風景だと思う。
冴島先輩は、すぐに3分の1ほど飲み干して、
「生き返るねぇ」
と口もとをぬぐった。
私は、
「コーラで良かったんですか?」
と訊いた。
「いいのいいの、さっぱりしたかっただけだし、こういうのが一番安全。ところで、裏見は今年の王座戦、行く?」
私は、ストローからくちびるを離した。
「あ、えーと……たぶん行かないです」
「去年、部で来てなかったか?」
「あれは下見です。出場経験者がいなかったので」
歩美先輩は、
「私の華麗な即詰みを観てくれたのよね」
と会話にわりこんだ。
はい、いつものエンジンがかかってきた。
冴島先輩は、コーラのグラスを片手に、
「ありゃ大した勝ちだったぜ。飛び入りオーダーだったろ?」
と言った。
「ウォーミングアップは、常にやっておくものでしょ。っていうか、将棋の話はしないんじゃなかったの?」
「っと、忘れてた」
そのあとは、それぞれの日常生活の話になった。
なんだか高校時代へもどったみたい。
ジュースの底がついても、歓談は続いた。
○
。
.
「じゃ、またな。歩美は王座戦で」
冴島先輩はそう言って、別方向に去って行った。
私と歩美先輩は、浅草までちょっと歩こう、という流れに。
浅草寺の方向へ、観光しながら移動する。
これまたすごい人混みで、歩美先輩は、
「K都はインバウンドがすごいけど、こっちも大概ね」
と言いつつ、持ち前のステルスで、さくさく進んでいた。
私はそのあとに続いた。
信号待ちになったところで、先輩は、
「香子ちゃん、『ソナチネ』って観たことある?」
と、いきなり訊いてきた。
「そなちね? ……映画ですか?」
「そう」
歩美先輩が、後輩に映画の話を振っている。
すっかり趣味が変わっちゃって、これが恋の力?
「すみません、観てないです」
「私も観てないのよね」
観てないんかーい。
なんだかホッとしてしまう自分がいる。
歩美先輩は、ひとりで淡々と話し続けた。
「北野武の映画で、けっこう有名らしいの。恭二は、北野作品が好きみたい。全部観てるんだって。最近のやつは、あんまり評価してなかったけど。なんだったかしら、アウトなんとかってタイトル」
はぁ、さいですか。
私は一作も知らないから、相槌を打つしかなかった。
「北野映画って、やたらバイオレンスなの。ヤクザが殺し合うみたいな話が多くて……そうやって発散するのもいいけど、体をもうちょっと鍛えて欲しいのよね」
うーん、どうだろう。
彼氏の趣味には、あんまり干渉しないほうが、いいのでは。
歩美先輩、こういうところがストレート過ぎるのよね。
自分の要求を前面に出し過ぎというか。
私はちょっと考えて、
「まあ、ひとそれぞれですし……宗像くん、病気がちじゃないですよね?」
と、あいまいに返した。
すると、歩美先輩は、
「病気はしなくても、なんか妙に体力がないのよね。私も体力に自信のあるほうじゃないけど、私より先にへばることがあるし。帝大に氷室っているでしょ。御手は恭二を氷室と比較してて、どっちもどっちだみたいに言ってた。氷室も、そんなに体力ないの?」
とたずねた。
これも答えにくい。
私は氷室くんと、そんなに親しいわけじゃない。
「そうですね……走ったりすると息があがってますし、体力はないほうかな、と」
「関東と近畿の男子最強が、どっちも虚弱体質なの、なんだか妙ね。スポーツやってるプロ棋士も多いのに」
それも、ひとそれぞれなんじゃないですかね。
藤井くんは、やってなかったような?
あと、関東の最強は氷室くんじゃなくて、風切先輩ですよ。
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あ、それでも同じことになるのか。
風切先輩、氷室くん、宗像くん。
この3人には、将棋が強い、以外の共通点がある。
謎に体力がない。
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ま、血が繋がってるわけでもないし、たまたまよね。
っと、信号が青になった。