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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第70章 裏見香子、学業に励む(2017年11月8日水曜)
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450手目 共通点

 次の日、私は原宿はらじゅくの駅前で、歩美あゆみ先輩と待ち合わせた。

 先輩は昨日と違って、ちょっと普段着よりのコーデ。

 カーキ色のトッパーカーディガンに、紺のデニムパンツ。

 宗像むなかたくんの付き添いはなくて、ひとりで改札を出てきた。

「お待たせ」

 いえいえ、と言いたいところだけど、実際10分くらい待った。

 まあ、ホスト役がまだ来てないし──あ、来た。

 学ラン姿の、よく日焼けした人物が、こちらに手を振っていた。

 冴島さえじま先輩だった。

「おーっす、ひさしぶりぃ」

 冴島先輩は、片手をポケットに突っ込んだまま、私たちにあいさつした。

 私は、

「おひさしぶりです」

 と返した。

 歩美先輩は、

「夏休み以来ね」

 と言った。

「だなあ。しかもこの3人で遊ぶの、大学だと初めてじゃん」

 ですね。

 歩美先輩は、

まどかちゃんと香子きょうこちゃんは、よく遊んでるんじゃないの?」

 とたずねた。

「いや、全然」

「大会で会うでしょ?」

「会場で他大とつるんでたら、スパイと思われるだろ」

 いやあ、そんなことないのでは。

 どちらかというと、応援団を掛け持ちしているのが、大きいと思う。将棋大会のときも、来てないことが多いし。今日だって、わざわざ平日に集まったところをみると、土日はおそらく用事があるのだろう。

「それじゃ、パーッと遊ぶか」

 私たちは、竹下通りへ繰り出した。

 あいかわらず、ひとが多い。

 冴島先輩は、

「やっぱクレープ食べ歩きだよなあ」

 と言って、クレープ屋さんに並んだ。

 歩美先輩は、最後尾につくなり、

晩稲田おくてだに、志邨しむらって子が入ってるでしょ。彼女、どう?」

 と、いきなり話を振った。

「どうって、なにが?」

「どれくらい強くなってる?」

 冴島先輩は、歩美先輩の肩をポンポンと叩いて笑った。

「今日くらい将棋のことは忘れろ」

 そうそう、今日は楽しくいきましょう。

 というわけで、このパフェなのかクレープなのか、よくわからない豪華スイーツを買いまして──うん、美味しい。最近、美味しいしか言ってない気がする。でも、しあわせ。

 冴島先輩は、チョコアイスとバニラアイスのWトッピングを頬張りながら、

「予定なんにも立てなかったが、どうする?」

 と訊いてきた。

 歩美先輩は、

「そのへんぶらぶらしましょ」

 と返した。

「それでいっか。この3人で映画、って雰囲気でもねえしな」

「映画は昨日観たからいいわ」

 うおおおおおおッ。

 相手が冴島先輩じゃなかったら、彼氏と来てるって、バレてたわよ、これ。

 いきなり趣味が変わってたら変でしょ。

 冴島先輩は、クレープをぺろりとたいらげて、

「さーてと、スポーツシューズでも見るかね」

 と言って、手近なスポーツブランドショップへ入った。

 そ、そういう流れなんだ。

 とりあえず、私も入る。

 ふむ……元陸上部だから、なんとなく楽しめる。

 一方、歩美先輩は、

「こういうの、なに履いてもいっしょなんじゃないの?」

 と首をかしげた。

 違います。

 冴島先輩は、

「AI使うときのパソコンスペックくらい、重要だぜ」

 と返した。

 んー、どのAIを使うかっていう表現のほうが、しっくりくるような。

 まあ、些末な点なので、おいておく。

 歩美先輩は、

「いい靴を履くと、パワーアップするの?」

 と訊いた。

「そ、そういうわけじゃないが、運動するとき、靴は重要だぞ」

 歩美先輩は、ふーんと言って、男性用シューズを物色し始めた。

 だから、バレますってば。

 私がはらはらする一方で、冴島先輩は店内をぐるっとしたあと、出て行った。

 私たちも退店。

 そこからは、アクセサリー店、輸入雑貨店、コスメを順番に回った。

 冴島先輩は、

裏見うらみ、原宿はわりと来てるの? けっこう詳しいじゃん?」

 と訊いてきた。

「たまに友だちと……あと、オープンキャンパスのときも来てます」

 あのときとは風景がけっこう違いますけど、と付け加えた。

 冴島先輩は、

「なんかうまいカフェない?」

 と質問してきた。

「どういうタイプがいいです?」

「スカっとできるソーダがいい」

「あ、それなら、いいお店がありますよ」

 というわけで、移動。

 ビルの2階にあって、カフェというよりも、バーに近いスタイルの店舗。

 ちょっと特殊なのは、カウンターにフルーツがたくさん並んでいること。

 秋だから、ブドウや梨が多かった。

 冴島先輩は、壁のメニュー看板を一瞥して、

「ここ、酒じゃね?」

 と驚いた。

「お酒も売ってますけど、ノンアルもあります」

 というか、私はノンアル以外を飲んだことがない。

 冴島先輩は、もう一度メニューを眺めた。

「……なるほどね、サワーにフルーツぶちこんでるのがメイン、と」

 もうちょっと言い方を。

 私は、ノンアルの桃ジンジャエールを頼んだ。

 冴島先輩はコーラ、歩美先輩は炭酸マスカット。

 どれもちょっと高い。

 私、歩美先輩、冴島先輩の順で、窓際に座った。

 通りから、ひとの群れが見える。

 親密なようで、だれもかれもがよそよそしい。

 こういうのも、東京的な風景だと思う。

 冴島先輩は、すぐに3分の1ほど飲み干して、

「生き返るねぇ」

 と口もとをぬぐった。

 私は、

「コーラで良かったんですか?」

 と訊いた。

「いいのいいの、さっぱりしたかっただけだし、こういうのが一番安全。ところで、裏見は今年の王座戦、行く?」

 私は、ストローからくちびるを離した。

「あ、えーと……たぶん行かないです」

「去年、部で来てなかったか?」

「あれは下見です。出場経験者がいなかったので」

 歩美先輩は、

「私の華麗な即詰みを観てくれたのよね」

 と会話にわりこんだ。

 はい、いつものエンジンがかかってきた。

 冴島先輩は、コーラのグラスを片手に、

「ありゃ大した勝ちだったぜ。飛び入りオーダーだったろ?」

 と言った。

「ウォーミングアップは、常にやっておくものでしょ。っていうか、将棋の話はしないんじゃなかったの?」

「っと、忘れてた」

 そのあとは、それぞれの日常生活の話になった。

 なんだか高校時代へもどったみたい。

 ジュースの底がついても、歓談は続いた。


  ○

   。

    .


「じゃ、またな。歩美は王座戦で」

 冴島先輩はそう言って、別方向に去って行った。

 私と歩美先輩は、浅草あさくさまでちょっと歩こう、という流れに。

 浅草寺せんそうじの方向へ、観光しながら移動する。

 これまたすごい人混みで、歩美先輩は、

「K都はインバウンドがすごいけど、こっちも大概ね」

 と言いつつ、持ち前のステルスで、さくさく進んでいた。

 私はそのあとに続いた。

 信号待ちになったところで、先輩は、

「香子ちゃん、『ソナチネ』って観たことある?」

 と、いきなり訊いてきた。

「そなちね? ……映画ですか?」

「そう」

 歩美先輩が、後輩に映画の話を振っている。

 すっかり趣味が変わっちゃって、これが恋の力?

「すみません、観てないです」

「私も観てないのよね」

 観てないんかーい。

 なんだかホッとしてしまう自分がいる。

 歩美先輩は、ひとりで淡々と話し続けた。

北野きたのたけしの映画で、けっこう有名らしいの。恭二きょうじは、北野作品が好きみたい。全部観てるんだって。最近のやつは、あんまり評価してなかったけど。なんだったかしら、アウトなんとかってタイトル」

 はぁ、さいですか。

 私は一作も知らないから、相槌あいづちを打つしかなかった。

「北野映画って、やたらバイオレンスなの。ヤクザが殺し合うみたいな話が多くて……そうやって発散するのもいいけど、体をもうちょっと鍛えて欲しいのよね」

 うーん、どうだろう。

 彼氏の趣味には、あんまり干渉しないほうが、いいのでは。

 歩美先輩、こういうところがストレート過ぎるのよね。

 自分の要求を前面に出し過ぎというか。

 私はちょっと考えて、

「まあ、ひとそれぞれですし……宗像くん、病気がちじゃないですよね?」

 と、あいまいに返した。

 すると、歩美先輩は、

「病気はしなくても、なんか妙に体力がないのよね。私も体力に自信のあるほうじゃないけど、私より先にへばることがあるし。帝大ていだい氷室ひむろっているでしょ。御手おては恭二を氷室と比較してて、どっちもどっちだみたいに言ってた。氷室も、そんなに体力ないの?」

 とたずねた。

 これも答えにくい。

 私は氷室くんと、そんなに親しいわけじゃない。

「そうですね……走ったりすると息があがってますし、体力はないほうかな、と」

「関東と近畿の男子最強が、どっちも虚弱体質なの、なんだか妙ね。スポーツやってるプロ棋士も多いのに」

 それも、ひとそれぞれなんじゃないですかね。

 藤井くんは、やってなかったような?

 あと、関東の最強は氷室くんじゃなくて、風切かざぎり先輩ですよ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、それでも同じことになるのか。

 風切先輩、氷室くん、宗像くん。

 この3人には、将棋が強い、以外の共通点がある。

 謎に体力がない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ま、血が繋がってるわけでもないし、たまたまよね。

 っと、信号が青になった。

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