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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第69章 2017年度王座戦関東選抜トーナメント2日目(2017年11月5日日曜)
460/487

445手目 貫禄

※ここからは、中禅寺ちゅうぜんじくん視点です。

 対局開始から、20分以上が経過した。

 偵察も終わって、今は観戦中、もとい勉強中。新田にったさんは、日高ひだかさんと古舘ふるだてさんの対局を観ていた。同じ学年だからかな。僕は来栖くるすさんを観戦中。


挿絵(By みてみん)


 難しいね。

 3四桂と打つか、4五桂と事前に跳ねておくかも悩ましい。

 なんて考えていると、うしろから声をかけられた。

「中禅寺くん?」

 振り返ると──知らない女性が立っていた。

 ロングのソバージュヘア。

 なんとなくだけど、社会人のような気がした。

「はい……どなたですか?」

「あ、ごめん、OGの高橋たかはしなんだけど、あなたが中禅寺くん?」

 タカハシ? ……あ、そういうひとがいたって聞いたな。

 たしか部長をしてたはず。

 僕は、

「はい、そうです」

 と答えた。

 高橋さんは、

「ダメだったみたいだけど、とりあえずおつかれさま」

 とねぎらってくれた。

「ありがとうございます……今日は、どういうご用件で?」

 高橋さんは笑って、

「応援のつもりだったんだけど、来たらもう終わっちゃってた」

 と答えた。

 準決勝の時点では、別用があって間に合わなかったらしい。

「すみません」

「準決勝まで来たんだから、オーケーオーケー」

 高橋さんは、来栖vs三和みわの観戦を始めた。

 今の会話のあいだに、局面は進んでいた。


挿絵(By みてみん)


 4五桂は入れないで、挟撃方針か。

 僕は、

「6四銀、8二飛ですかね」

 と提案した。

 高橋さんは、

「9六角と打たれても大丈夫か、よね」

 そのときは5一玉と引いて、耐える流れだろう。

 っと思いきや、これは全然当たらなかった。

 先手は6四銀に6五歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 また難解なかたちにするなあ。

 三和さんも来栖さんも、この局面を楽しんでいる雰囲気がある。

 三和さん、小考。

 3三銀と上がった。

 そっちかあ、という感想。

 僕は、

「6四歩の取り込み、相当怖いですけどね」

 とコメントした。

 高橋さんは、

「ヘタしたら寄りまでありそう」

 と言った。

 同意です。

 来栖さんも慎重になった。

 僕と高橋さんは、いろいろ議論する。

「6四歩は詰めろですよね」

「6三角以下……6二歩一択」

 そこで、どうするか。

 あんまり悠長なことをしていると、6七のと金が活きてくる。

 3三銀も、次の3四銀を狙ってるから、怖い。

 ただ、後手にもひとつ問題があった。

 僕は、

「6二歩のあと、6七金と手をもどせそうなんですよね。同角成の瞬間、6三角、同歩、同歩成、同玉、6五飛で抜けます」

 と指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 高橋さんは、

「6四飛、6七飛、同飛成に4五角で、王手龍か」

 と先を読んだ。

 かなり派手な応酬だけど、駒割りは水平。

 後手の角とと金による攻めは、帳消しになる。

 複雑な手もないし、見落とす可能性は低い。


 パシリ


 6四歩と取り込んだ。

 6二歩、6七金、同角成、6三角、同歩、同歩成。

 さっきのルートに入る。

 同玉、6五飛、6四飛、6七飛、同飛成、4五角、5二玉。

 来栖さんは6七角と引いて、清算を終えた。

 問題はここ。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 狭いところに打った。これは強い。

 来栖さんは6八銀打で、当然閉じ込めた。

 6六歩、8五角、3四銀、7三歩成。

 後手は桂馬を外して、左側に逃げる準備。

 先手は手順に角を逃げて、それを追うかっこう。

 僕は、

「4二玉、4一飛で王手金桂ですが、そのあとどっちを取るかは難しいです」

 と言った。

 予想通り、局面はそこまで進んだ。

 4二玉、4一飛、3三玉。

 ここで6一飛成よりも、2一飛成のほうが王様に近い。

 ただ、桂馬1枚で寄せられるかというと、疑問。

 と、そこまで考えて、5八玉で飛車を殺すのもアリだな、と思った。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ、でも、8七角と紐づける手があるのか。

 7八歩は7九飛成、同銀、6七金、5九玉、5七金で危なくなる。

 6七金に4八玉と逃げられないのが痛い。

 そうなると………

 ……………………

 …………………

 ………………現局面は、めちゃくちゃ際どいってことか。

 深く読んでみて、かなり複雑なことに気づいた。

 先手即寄りの順も……いや、それは例外。

 おかしな逃げ方をすると詰む、というレベルだ。

 でも、先手が良くなる順は、あまりない。例えば、5八玉としないで6一飛成だと、6七金、同角、同歩成、同龍のあと、3六歩で防戦一方になる。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ここから先手が挽回するのは、難しい。

 来栖さんは、さっきよりも真剣な顔で読んでいた。

 背筋を伸ばして、右手をあごに、そのひじを左手で支えている。

 高橋さんは、

「後手ちょい良し……かな。私の棋力じゃ、正確には言えないけど」

 と評価した。

 たぶん合ってる。

 こういうのって、棋力差は大きく関係しないんだよね。

 初段のひとだって、プロの有利不利は、なんとなくわかることがある。

 この局面でいえば、後手に厳しい寄せをかけられない、という点が重要。

 棋力差が影響するのは、そこから有利のがわを持って勝てるか、だ。


 パシリ


 5八玉だった。

 三和さんは10秒ほど考えて、8七角。

 残り時間は、先手が10分、後手が13分。

 少しひらいた。

 三和さんは、ペットボトルのお茶を飲んでいる。

 この仕草、有利を意識してるな。

 来栖さんはさらに30秒考えて、飛車を成った。


挿絵(By みてみん)


 そっちか……まあ、2一飛成はもたないよね。

 6七金、同角、同歩成、同龍。

 さっきの防戦パターンだ。

 一ヶ所違うのは、5八玉が入っていること。これなら耐久力がある。

 後手有利と言っても、優勢じゃないな、たぶん。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あっさり切った。

 高橋さんは、

「8七に角がいるから、同銀も危ない感じ。7六角打があるし」

 と指摘した。

 来栖さん、また考える。

 苦しいパターンに入っちゃたな、これ。

 考えても打開できない状態だ。

 来栖さんは7分を切ったところで、同玉。

 三和さんは、すぐに7六角打とした。

 6二飛、2八金(詰めろ)、3九歩。

 ここで三和さんも長考。

 高橋さんは、

あまねちゃん、あいかわらず時間の使い方うまいなあ」

 と感心した。

 僕は、

「高橋さんって、新卒1年目ですよね?」

 と確認を入れた。

「そうそう」

「三和さんは1コ下ですか?」

「そうだけど、医学部だから、ちょっと感覚が違うんじゃない? 来年もまだいるんでしょ」

「5年生以上でも、出られるんですか?」

「もちろん。大学生なんだし」

 だったら、慶長けいちょうは来年度も戦力ダウンしない、ってことなのかな?

 いや、そうとも言い切れない。

 今年の時点で、三和さんは団体戦を欠席してるときがあった。

 つまり、忙しいのでは?

 っと、今は関係ないか。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 詰めろ? ……じゃないっぽい。

 いったん緩んだ?

 来栖さんも詰めろじゃないと気づいて、姿勢を動かした。

 ヤル気オーラが出てくる。

 詰めろ詰めろでこられたらキツかったけど、まだチャンスはありそう。

 外野が評価を変える中、5五角が置かれた。

 4四歩、5九金。

 飛車を使う場所が、なかなかない。

 三和さんは3八金、同玉に3六歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 馬を助けない?

 来栖さんは、ここで迷ったような仕草。

 先手は、入玉ルートがわずかにある。

 大駒3枚のアドバンテージは大きい。

 高橋さんは、

「6九金だと、王様の逃げ場所がなくなるから、困ってる?」

 とつぶやいた。

 違うと思う。

 3七歩成以下で、寄っちゃう危険性に躊躇してるんじゃないかな。

 寄らないと思うんだけど、それは外野だから気楽に言えることだ。

 来栖さんは残り3分まで考えて、6九金と取った。

 3七歩成、同玉、4九飛。


挿絵(By みてみん)


 そこ? ……詰めろ金取りか。

 来栖さんはこれを読んでいたらしく、5一角と打った。

 4二桂と一枚使わせて、3八金と手をもどした。

 3六歩、同玉、6九飛成。

 来栖さん、また手が止まる。

 先手は攻め手がない。


 ピッ

 

 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5九金。

 三和さんは堂々とした手つきで、4五金。

 そこからは、来栖さんの1分将棋に、三和さんのノータイム。

 3七玉、5九龍、同銀、5五金、6三飛、4五桂。

 高橋さんは、

「攻めてるほうがノータイムって、シビア」

 と同情した。

 ですね。普通は攻めるがわが59秒まで考えて、受けるがわがノータイム。後者は詰みを読む時間を与えないため。

 4八玉、6六歩、同飛成、同金、同龍、6五歩、同龍、2六角。


挿絵(By みてみん)


 先手負け……かな。

 大駒も2枚ずつになっちゃったし、反撃の余地がない。

 三和さんも途中から1分将棋だけど、ブレがなかった。

 5八玉、5七桂成、同玉、5九角成、5八金、5四銀。

 上部から押さえつける。

 来栖さんが6二龍と入ったところで、三和さんは59秒まで考えた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5六金」


挿絵(By みてみん)


 ……寄ったっぽい。

 来栖さんの体から、力が抜けた。

 あきらめたようだ。

 静かに同玉。

 以下、5五飛、6七玉、5八馬、7八玉、7六銀。


挿絵(By みてみん)


 来栖さんは、持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 まさに貫録勝ち。

 これで慶長は勝ち星1。

 他はどうなってる?

場所:2017年度王座戦関東選抜トーナメント 決勝

先手:来栖 莉帆

後手:三和 遍

戦型:相掛かり


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4二玉

▲5八玉 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲3六歩 △8四飛

▲2五飛 △2三歩 ▲3七桂 △7二銀 ▲3八銀 △6四歩

▲1六歩 △7四歩 ▲8七歩 △1四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △7五歩 ▲2五飛 △2三歩 ▲7五歩 △7三桂

▲2六飛 △6五歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲2二角成 △同 銀

▲8六飛 △同 飛 ▲同 歩 △6六歩 ▲7四歩 △9四角

▲7三歩成 △6七歩成 ▲4八玉 △7三銀 ▲3四桂 △5二玉

▲7四歩 △6四銀 ▲6五歩 △3三銀 ▲6四歩 △6二歩

▲6七金 △同角成 ▲6三角 △同 歩 ▲同歩成 △同 玉

▲6五飛 △6四飛 ▲6七飛 △同飛成 ▲4五角 △5二玉

▲6七角 △6九飛 ▲6八銀打 △6六歩 ▲8五角 △3四銀

▲7三歩成 △4二玉 ▲4一飛 △3三玉 ▲5八玉 △8七角

▲6一飛成 △6七金 ▲同 角 △同歩成 ▲同 龍 △4九飛成

▲同 玉 △7六角打 ▲6二飛 △2八金 ▲3九歩 △6七角成

▲同飛成 △6九角成 ▲5五角 △4四歩 ▲5九金 △3八金

▲同 玉 △3六歩 ▲6九金 △3七歩成 ▲同 玉 △4九飛

▲5一角 △4二桂 ▲3八金 △3六歩 ▲同 玉 △6九飛成

▲5九金 △4五金 ▲3七玉 △5九龍 ▲同 銀 △5五金

▲6三飛 △4五桂 ▲4八玉 △6六歩 ▲同飛成 △同 金

▲同 龍 △6五歩 ▲同 龍 △2六角 ▲5八玉 △5七桂成

▲同 玉 △5九角成 ▲5八金 △5四銀 ▲6二龍 △5六金

▲同 玉 △5五飛 ▲6七玉 △5八馬 ▲7八玉 △7六銀


まで144手で三和の勝ち

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