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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第9章 聖ソフィアへ潜入せよ(2016年5月2日月曜)
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45手目 ナンパされた女子大生

 というわけで、四ッ谷駅へ集合することになったわけだけど――

「だれも来てないじゃないッ!」

 私は改札口まえの待ち合いスペースで悶絶した。

 コンビニの近くで、ひとの出入りが激しい。

 速水はやみ先輩の姿も穂積ほづみさんの姿もなかった。

「4時に待ち合わせなのにぃ……」

 私は腕時計を確認した。16時を2分過ぎている。

 穂積さんは、来るかどうか分からないみたいな返事だった。しょうがないのかもしれないけど……速水先輩から遅刻のメールが来ないのは変だし……騙された?

 でも、先輩が私を騙すメリットってないわよね。

「あ、いたいた」

 ん? 声をかけられた?

 私は顔をあげた。頭頂部で髪をゆった女の子が手を振っていた。

香子きょうこちゃん、お待たせ」

 私はホッとする。スマホをしまった。

「こんにちは、穂積さん」

「どうしたの? なんか浮かない顔してるね?」

「待ち合い時間を過ぎたのに、だれも来ないから心配してたのよ」

 穂積さんは首をかしげた。

「こんなもんじゃない? まだ3分過ぎでしょ?」

 うむむ、時間にルーズ。学生将棋界は、こういうタイプが多い。

 あきれる私のまえで、穂積さんはキョロキョロした。

「ところで、速水ってひとは?」

「まだ連絡がないの」

 穂積さんは、エーッと悲鳴をあげた。

「おちょくられてるんじゃない?」

「そんなことないわよ。法学部のマジメなひとだし」

「あたしも法学部なんですけどぉ」

 ぐッ、そうだった。

「とにかく、先輩は約束をすっぽかすタイプじゃないと思うから……」

「私なら、ここにいるわよ」

 おどろいて振り向くと、サングラスに帽子をかぶった女性が立っていた。

 長めの青いスカートに、春っぽいベージュのカーディガンを着ていた。

「は、速水先輩ッ!」

 先輩はサングラスをはずして、ちらりと私たちに視線をむけた。

「ふたりとも揃ったわね」

「先輩、いついらしたんですか?」

「さっきからいたわよ」

 えぇ……気付かなかった。

「こちらが穂積さん?」

 速水先輩は、穂積さんを見つめた。値踏みするような感じだった。

「あ、はい……速水はやみ萠子もえこさんですか?」

「はじめまして、日本セントラル大学2年の速水よ」

都ノみやこの穂積ほづみ八花やつかです」

 速水先輩と穂積さんは、手早く自己紹介を済ませた。

「それじゃ、移動しましょ」

 私は、どこへ移動するのかとたずねた。

「もちろん聖ソフィアよ」

「え? 正面から入るんですか?」

 速水先輩はサングラスをかけなおした。

よ」 

 うーん、かっこいい。

 まるで刑事ドラマに出てきそう。

「キャンパスは、どこに?」

「すぐそこ」

 私たちは速水先輩について行く。

 階段をのぼりきると、右手のほうにそれっぽい建物がみえた。

 高層ビルと教会の組み合わせ。いかにもキリスト教系の大学だった。

 私たちは横断歩道を渡って、入り口をさがした。

「あそこね」

 先輩は、無機質な金属製のゲートを指さした。警備員室もみえる。

「なんだか裏口っぽいような……」

「どこから入ってもおなじよ」

 速水先輩はそう言って、先頭を歩いた。

 サングラスのまま? マズくない?

 私と穂積さんは顔を見合わせて、あとについていく。

「……」

「……」

 私たち3人は、無事に警備員室のまえを通過した。

「呼び止められませんでしたね」

「大学の警備なんて、こんなものよ。女3人を呼び止めたりしないわ」

 へぇ、そうなんだ。警備がゆるゆる。

「ずいぶんと華やかな感じですね。キリスト教系だから、もっと地味かと思いました」

「校風よね……っと、ここかしら」

 速水先輩は、レンガタイル貼りの建物のまえで止まった。

 これまでの建物のなかで、一番モダンだった。

 躊躇する私たちをおいて、速水先輩は建物のなかに入った。しかたがないので、私たちも足を踏み入れる。都ノのサークル棟ほど新しくはなかったけど、おしゃれな雰囲気が漂う空間だった。国際色豊かで、英語のポスターも貼ってある。正面には階段があって、右手のほうにはエレベーターもついていた。そばには【階段はダイエット効果があります】の貼り紙。混雑対策かしら。

「将棋部の部室は……」

 私たちは、壁に飾られている部屋割りマップをみあげた。

「……あ、3階にありましたッ!」

 まっさきに見つけたのは、穂積さんだった。

 3階のフロアの端っこに、【将棋部】というシールが貼られていた。

「シールで上書きしているところをみると、物置かなにかを改装したのかしら」

 速水先輩の推理は、もっともだと思った。

 トイレのまえに位置していて、他のフロアだとそこは部室じゃなかった。

「どうします? 様子をみますか?」

 私の質問に、速水先輩は黙って階段をのぼりはじめた。

「ほんとに直接行くんですか?」

 先輩は足を止めた。ふりかえって、あごに手をあてる。

「そうね……3人いることだし……」

 先輩は、穂積さんのほうへ視線をむけた。

「あなた、高校のとき将棋大会に出てた?」

 穂積さんは首を左右に振った。

「じゃあ、あなたが先に偵察してきてくれない?」

 穂積さんは難色をしめした。

「先輩だからって、いきなりそれはないんじゃないですか?」

 うわッ――私はあせった。

 でも、速水先輩は動じなかった。

「無条件だと悪いから、10秒将棋で決めましょうか。どう?」

「えぇ……先輩が負けたら、どうするんですか?」

 いや、これは一方的に速水先輩が有利な提案。

 事故らない限り、穂積さんじゃ勝てないと思う。

 ただ、私はこのやりとりに反対した。

「こんなところで将棋を指してたら、あやしまれませんか?」

「そうね……将棋を指す時間ももったいないし、穂積さん、行ってくれない?」

 穂積さんは「あのさぁ」と毒づいた。

「あたしはパシリじゃありません」

「パシリをお願いしてるわけじゃないわ。あなたが一番身バレしないの」

「だから、それをパシリって言うんでしょ。どれだけ強いか知らないですけど、他大の、しかも1コ上のひとに、ああだこうだと命じられる筋合いはありません」

 しまった。ここまでの強い子だとは思っていなかった。

「ほ、穂積さん、ちょっと冷静に話し合いましょう」

「香子ちゃんこそ、日センにパシらされて、悔しくないの?」

「先輩だって、べつにパシらせてるわけじゃ……」

「なに言ってんの。駅でも変な現れ方したし、あたしたちを監視してたじゃない」

 いかんいかんいかん。都ノで仲間割れになってきた。

 速水先輩は腕組みをして、じっとこちらを見つめている。私は猶予をお願いした。

「5分よ。5分以内に話し合いがつかなかったら、今日はおひらきにしましょう」

「ほらぁ、おかしいですよ。自分が行くっていう選択肢はないんですかぁ?」

 前に出ようとする穂積さんを、私はひっぱった。

「穂積さん、あっちで話し合いましょう。あっちで……」

「お嬢さんたち」

 いきなり男の声がした。私たちは一斉にふりかえった。

 階段のうえから、二人組の少年が、ゆっくりと降りて来るのがみえた。

 ひとりは金髪色黒で、白いシャツに黄土色のジャケット、ひざの部分が破れたジーンズを履いていた。もうひとりは、柄付きのTシャツに紺のジャケットとグレーの長ズボン。ふたりとも首にネックレスをしていた。

 すっごく遊び人っぽいオーラを出している。

「こんにちは、他大のひとですか?」

 金髪の少年が、にっこりと話しかけてきた。

 速水先輩は愛想笑いもせず、

「あなたたち、だれ?」

 と、ぶっきらぼうに返した。リアクションが強過ぎる。

 金髪少年はアハハと笑って、後頭部を掻いた。

 そして、となりのスマートな黒髪の少年に話しかけた。

「まいったな。いきなり嫌われちまった」

「馴れ馴れしい声を出すからだ……すみません、失礼しました。入り口で声が聞こえたので、道に迷っているのではないかな、と……たまたま通りかかっただけです」

「べつに迷ってないわ。ちょっと相談してただけよ」

「相談にしては、やや声が大きかったように思いますが?」

「あら、そこまで分かってるなら、なんで私たちが迷ってると思ったの? むしろ、会話の中身が聞こえてたんじゃない? そもそも、どうして他大だと判断したのかしら?」

 うーん、法学部っぽい詰問を見せつけられた。

 黒髪の少年も困ったように笑った。

「いやはや、ただの親切心だったんですが」

「ありがたく受け取っておくわ」

 ふたりの少年は、私と穂積さんにも手を振って、サークル棟をあとにした。

 ホッとしたのも束の間、先輩と穂積さんは舌戦を再開する。

「ほら、いきなり怪しまれてるじゃないですか。堂々と3人で行きましょうよ」

「それだと偵察にならないわ」

「だったら、じゃんけんで。丁半でもいいですよ」

 そう言って穂積さんは、サイコロを取り出した。

 速水先輩は右肩をすくめて、

「ずいぶんと用意がいいのね。重心が偏ってるのかしら?」

 と返した。これには、穂積さんの顔が赤くなった。

「イカサマだって言うんですかッ!?」

「いきなりサイコロを出してきたら、公平性に疑問が残るでしょう」

 穂積さんはギュッとサイコロをにぎりしめて、ひとこと。

「あったまキタ……帰る」

「ほ、穂積さん?」

 穂積さんは怒って、サークル棟を出て行ってしまった。

 私は先輩と彼女の背中をみくらべて、あわてて追いかける。

 走り去ったわけじゃないから、途中のお洒落な通りで掴まえることができた。

「ちょっと、追いかけて来ないでよ」

「穂積さん、ごめんなさい、すこしだけ話を聞いて」

「あんな女の話を聞く必要ないでしょ。絶対こっちを利用してるってば」

「それはお互いさまだから……うちも速水先輩の交友関係がないと困るし……」

 そのときだった。穂積さんは急に私のそでを引いて、大木のうしろに隠れた。

「ど、どうしたの?」

「シーッ」

 穂積さんはくちびるに指を当てて、近くのベンチを凝視した。

 私もそちらに視線を向ける。

「あッ」

 私は口もとを押さえた――あの二人組の少年だった。

 ベンチに座って、スマホをいじりながら会話していた。

「さっきのは失敗だったな」

 黒髪のスマートな少年は、スマホの画面を見ながら、そうつぶやいた。

「あんな強気なリアクションされるとは思わないだろ」

 金髪色黒の少年は、仕方ないといった感じで答えた。

「いかにも『ナンパしてます』って顔で声をかけるから、ああなるんだ」

「あ? おまえのほうがうまくできたってか?」

「できたね」

 金髪少年は、オーバーリアクション気味に空をあおいだ。

「へいへい、だったら、一言目はなんて言うんだ? いいお天気ですね、か?」

「しッ」

 黒髪の少年は金髪少年を黙らせて、スマホの画面に集中した。

 そして、サッとフリックした。


 パシリ

 

 ん? 今の音は?

 金髪少年は、相方のスマホを横目で見ながら、くちびるを動かした。

「詰んでなかったか?」

「アドバイス禁止だ」

「おっと、わりぃ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え……まさか……これってッ!?

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