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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第67章 2017年度王座戦関東選抜トーナメント(2017年10月29日日曜)
454/487

439手目 斜光

挿絵(By みてみん)


 桂馬の先打ち……同銀に同銀?

 私は30秒ほど考えて、それだと後手有利なことに気づいた。

 同飛としてしまえばいいからだ。

 以下、2三歩成、同桂、2一銀には、4一玉と逃げる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これで追撃できない……はず。

 ただそうなると、意図がわからなかった。

 単純に読み間違え? 他の手がもっと悪かった?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、4四同銀じゃなくて、2三銀か。

 4二玉、4四銀なら、圧が違う。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は4二玉と、単に逃げた。チェスクロを押す。

 これで2三銀は回避。

 打ってきたら、8八金、9七玉と追いつめてから、2三桂でいい。

 2三銀に代えて2三歩成なら、同桂。これを同飛成とはできない。

 ただ、後者は後手がいいかと言われると、微妙な気も──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……えッ、切ってきた?

 同金に……こっちは8九飛で、詰めろをかけることができる。

 ってことは、同金に詰めろをかける自信があるってこと?

 あるいは、この時点で私の王様が詰み?

 私はちょっと──だいぶ不安になった。

 詰んではいないはず。だって、3二金と置いても詰まないでしょ。

 同銀、同桂成、同玉のあとが続かない。

 8四角が詰めろ? そっちのほうがありえる。

 でも、そんなに早くは……あッ、8九飛に一回受けるってこと?

 しまった。手を戻すパターンを考えてなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は同金。

 そのあと、8四角、8九飛、先手の受け、の順を読んだ。

 7七銀捨てがあることに、すぐ気づいた。

 同金、8九玉。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 マズい、これはこっちが負けっぽい。

 だけど、8九飛じゃなくて7九飛なら?

 この場合は7七銀が効かない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 あッ………………

 ……………………

 …………………

 ………………全然違った。

 私は前傾姿勢になる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰めろな気がする。

 っていうか、詰めろだ。4三角成以下。

 短手数じゃないけど、駒を取り合って詰む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は5一玉と逃げた。

 山名やまなくんはギリギリまで考えて、3二桂成。

 同銀、同角成。

 その指し方から見て、山名くんも読み切っていないっぽい。

 私は全集中する。

 攻めと受けが、複雑に絡み合っている。

 現時点で、詰めろじゃなくなってない?

 4一馬、同玉、3二銀、同玉、2三銀に、4二玉なら3二飛で詰むけど、4三玉なら3二銀打でも詰まない。問題は、4一飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これが詰むかどうかの判断がつかない。

 合駒問題な気もする。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 1分では読み切れない。

 私は詰まないほうに賭けた。

 7九飛と打ち込む。

 もしかすると、ここで7七銀かもしれない。

 読む量が多過ぎる。

 山名くんも真剣な顔で、じっと盤を見ていた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、予想してた手だ。詰むの?

 4一飛以下は、未だに分からない。

 詰みそうなルートのほうが多いから、ノータイム指しもできない。

 私は59秒まで読んで、同玉とした。

 3二銀、同玉。

 山名くんは、ここで軽く息を吸った。

 50秒のところで、手を動かす。

 アラートが鳴る前に、着手した。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 私は背筋が伸び、口が軽くひらき、それから──くちびるを結んだ。

 詰ん……で……る。

 同歩に4四桂と打ち直せば、詰んでる。

 同歩以外は? じつは右へ逃げられるのでは?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は同歩と取った。

 4四桂、4三玉、5四銀、同玉、5五飛。


挿絵(By みてみん)


 ここに飛車打ちで終わるのか──7五歩が詰みに利くなんて。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は頭を下げた。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 顔を上げた私は、しばらく憮然とした。

 最後、完全に詰んで……た? 詰んでたような気がする。

 どこで負けになった? 7九飛と打ったとき? 4二玉と逃げたとき?

 わからない。けっきょく読み切れなかった。

 私は、

「どこで負けにした?」

 と素直に訊いた。

 山名くんは、

「僕もよくわからないかな。いつの間にか勝ってた」

 と答えた。

 私たちは、終盤を検討した。

 7九飛が敗着、ということになった。

 その時点で、後手に詰みが発生していたからだ。

 でも、そのまえが先手優勢だったのか後手優勢だったのかは、なかなか結論が出なかった。山名くんは、

「勝ったと思ったのは、5四角と最後に出れたとき。それまでは負けかもと思ってた」

 とのことだった。

 私は、

「後手の攻めが完全に切れたっていう感覚は、なかったのよね。だから、私のほうの攻め間違いじゃなくて、受け間違いかな、と思ったんだけど……」

 と、感想を漏らした。

 山名くんは、

「ちょっと思ったのは、6七金打だね。2五桂と跳ねられたほうが、困ったよ」

 と返した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ……なるほど、一理ある。

「そうね、こっちのほうが良かったかも」

「ただ、3五歩、6七金打、8九玉、7七金、3四歩が詰めろだから、先手指しやすいと、僕は思ってた」

 私たちはそのあと、中盤も色々と調べた。

 全体的に難解で、明確な結論は出なかった。

 山名くんは、

「ごめん、次の対局もあるから、そろそろいいかな」

 と言った。

「あ、ごめんなさい」

 私たちは一礼して、腰を上げた。

 すると、うしろに松平まつだいらが立っていた。

 私は、

「どうだった?」

 と尋ねた。

 正直なところ、いい返事は期待していなかった。

 顔色でわかる。

 松平は、嘆息すらせずに、

「1-6だ……勝ったのは、風切かざぎり先輩だけ」

 そのあと私たちは、控え室に戻った。

 なんというか、まあ……すっかり意気消沈している。

 ララさんは椅子を3つ並べて、そのうえで仰向けに寝ていた。

 1年生組は、なんだか気まずそうにしてる。

 最初に話しかけてきたのは、穂積ほづみ先輩だった。

「おつかれ、残念だったね」

 若干、他人事っぽい口調だった。

 でも、そのことがかえって、会話をしやすくした。

 私は、

「おつかれさまです。全体は、どうなりました?」

 と訊いた。

八ツ橋やつはし慶長けいちょう、日セン、聖ソフィアの勝ち」

 火村ほむらさん、勝ったのか。

 とはいえ、穂積先輩の話によると、チームレーティング通りらしかった。

 公式には発表されてないけど、独自に計算してあったみたい。

 松平は、

「風切先輩は?」

 と尋ねた。

「そういえば、トイレに行くって言って、帰って来ないね」

 私と松平は、教室を出て、男子トイレを捜した。

 トイレは簡単に見つかった──けど、先輩は見当たらなかった。

 買出しにでも行ったのかな、と思ったところで、階段のうえから声がかかった。

「どうした?」

 見上げると、風切先輩が、踊り場のところに立っていた。

 立っていたというより、階下を正面に、壁にもたれかかっていた。

 私と松平は、ちょっと返事に詰まった。

裏見うらみも終わったか。どうだった?」

 チームのことじゃ、ないと思う。

 1-6じゃあ、途中で結果はわかったはずだ。

 私は、自分の勝敗のことだと考えて、

「負けました」

 と答えた。

 風切先輩は、フッと笑った。

「もしかして、俺を捜してたのか?」

 松平は、ええ、まあ、と曖昧に返した。

 風切先輩は、上がって来るように促した。

 私たちは階段を上がった。

 踊り場で、窓から斜めに、光が射し込んでいる。

 休憩の学生たちも消えて、あたりは静かになった。

「おつかれさん。派手に負けたな」

 松平は、

「すみません、なんというか、無策で……」

 と返した。

「謝らなくていい。準備すればなんとかなる、ってもんじゃないからな、将棋は」

 風切先輩はそう言ったけど、どこか寂しげだった。

 あるいは、私の心情が、そう感じさせたのかもしれない。

 風切先輩は、壁から背中を離した。

 そして、ポケットに手を突っ込んだ。

「ま、いったん区切りはついた。それでいいと思う」

 松平は、

「とりあえず、2回戦からは戦型チェックを……」

 と言いかけた。

 風切先輩は、それに台詞をかぶせた。

「いや、みんなそっとしておいてくれ。奨励会のとき2連敗して、ムリにテンション上げて行ったら、次も2連敗したことがある。落ち込むときは、落ち込むほうがいい」

 私たちが答える前に、先輩は階段を降り始めた。

 その背中を見送ったとき、私の胸中には、なんとも言えない気持ちが生じた。

 それは、窓から射し込む明るさとはうらはらの──あるいは、明るさに裏打ちされたような、そんな感情だった。

場所:2017年度王座戦関東選抜トーナメント 1回戦

先手:山名 由多加

後手:裏見 香子

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲3八銀 △3三銀

▲7八金 △6四歩 ▲6八玉 △9四歩 ▲6三角 △7二角

▲3六角成 △同 角 ▲同 歩 △7二銀 ▲4六歩 △3二金

▲9六歩 △7四歩 ▲4七銀 △1四歩 ▲1六歩 △4二玉

▲5六銀 △7三桂 ▲4八金 △6三銀 ▲3七桂 △6二金

▲2九飛 △8一飛 ▲6六歩 △5四銀 ▲2五歩 △4四歩

▲7九玉 △4一飛 ▲8八玉 △3一玉 ▲7九玉 △2二玉

▲6九飛 △8一飛 ▲8八玉 △4一飛 ▲2九飛 △3一玉

▲6九飛 △8一飛 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 銀 △4一飛

▲5六角 △6五歩 ▲同 歩 △7五歩 ▲同 歩 △4五銀

▲同 桂 △5五銀 ▲4六歩 △5六銀 ▲同 歩 △6八歩

▲同 飛 △5九角 ▲5八飛 △4八角成 ▲同 飛 △6五桂

▲7六角 △7七桂成 ▲同 桂 △6九銀 ▲6八飛 △7八銀成

▲同 玉 △6三歩 ▲3三桂成 △同 桂 ▲4三銀 △5四桂

▲3二銀成 △同 玉 ▲5五銀 △5七金 ▲2八飛 △4三銀

▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △4七角 ▲6五角 △6七金打

▲8八玉 △6九角成 ▲2四歩 △2七歩 ▲同 飛 △7八馬

▲9八玉 △7七金 ▲2八飛 △3一桂 ▲4四桂 △4二玉

▲7八飛 △同 金 ▲2一角 △5一玉 ▲3二桂成 △同 銀

▲同角成 △7九飛 ▲4一馬 △同 玉 ▲3二銀 △同 玉

▲5四角 △同 歩 ▲4四桂 △4三玉 ▲5四銀 △同 玉

▲5五飛


まで133手で山名の勝ち

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