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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第67章 2017年度王座戦関東選抜トーナメント(2017年10月29日日曜)
452/487

437手目 正面突破

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。

 うーむ……。

 私はオーダー表とにらめっこしながら、部室で頭を悩ませていた。

 他のメンバーは帰っていて、がらんとしている。

 ときどき窓の外から、学生たちの声が聞こえた。

 正面に座っている松平まつだいらは、

「これはもう、読めないな」

 と言って、一枚の棋譜用紙をひらひらさせた。

 同感。

 王座戦の残り1枠を決める、大事な試合──っていうのはわかるんだけど、情報が不足し過ぎている。しかも、総当たりじゃなくてトーナメント。不確実性が高い。

 松平は、

帝大ていだい大和やまとはシードだから、当たる可能性があるのは、慶長けいちょう八ツ橋やつはし治明おさまるめい、首都工、日セン、聖ソフィア、房総ぼうそうの7校だ。実力も校風もバラついてて、読みようがない」

 と嘆息した。

 私は、

「そもそも、全勝条件なのよね」

 と返した。

 王座戦の選抜トーナメントは、2日かけてやる。

 オーダーは1日ごとに固定。

 つまり、1日目のオーダーと2日目のオーダーは、違っててもいい。

 2日目はメンバーがはっきりしている。

 1日目に勝ち残った1校vs大和やまとが準決勝、vs帝大ていだいが決勝。

 これじゃあ、オーダーもへったくれもなくない?

 爆発的に勝つしかないわけで。

 私たちが黙っていると、ドアがノックされた。

 大谷おおたにさんが顔を出した。

「遅くなり、失礼いたしました」

 いえいえ、ご苦労さまです。

 大谷さんは、テーブルのもうひとつのへりに、腰を下ろした。

「いかがですか?」

 私は、

「出たとこ勝負かな……」

 と返した。

 大谷さんは顔色を変えず、

「クジで決めても同じ、という結論ですか?」

 と確認してきた。

 さすがにそれは、と言いたいところだけど、半分くらいは同じだと思う。

 松平も、

「ズラせるようにだけしておけば、あとはクジでも変わらないかもしれない。いつもの団体戦みたいに、2つも3つもズラすって状況は、まず発生しない……というか、実力順で上から7人出し続けることになりそうだ」

 と答えた。

 私もここまでの議論で、ズラして1枚、という意見だった。

 Bのときみたいに、当て馬2人で残り5人が4勝、という作戦は、A級校には通用しそうにない。

 大谷さんは、

「では、現状で上から7人出すとして、どなたになりますか?」

 と重ねて尋ねた。

 松平は、

風切かざぎり先輩、大谷、裏見うらみ愛智あいち穂積ほづみ平賀ひらが……と、もうひとり」

 と答えた。

「7人目について、松平さんのご意見は?」

「ここ数日指した感じだと、俺」

「裏見さんのご意見は?」

「松平……かな。ララさんと星野ほしのくんは、あんまり調子良くなさそう」

 大谷さんは目を閉じて、しばらく思案に耽った。

 1分ほどして、

「他校は、風切先輩を避けてくると思いますか?」

 と訊いた。

 私と松平は、顔を見合わせた。

 私は、

「その点も議論したんだけど……避けてこないと思う」

 と伝えた。

「……やはり、そうですか」

 大谷さんも、同じ結論に達していたらしい。

 ようするに、ひとりくらい強豪がいても、A級校はそんなの気にしない、と。過去のデータを見ても、上位校は下位校をパワープレイで潰す、という方針を取っていた。なんのてらいもなく、上から7人出してくるだろう。

 大谷さんは、まぶたをあげた。

「承知しました。奇策は通じないようです。正面突破します」


  ○

   。

    .


 王座戦選抜、初日。

 私たちは慶長のキャンパスに集合した。

 集まった大学は少ないけど、控え室の数も減らされていて、相部屋に。

 私たちのとなりには、案の定というかなんというか、聖ソフィアが陣取った。

 火村ほむらさんは、開口一番、

「おはよ、昨日はよく眠れた?」

 と訊いてきた。

「ちゃんと寝たわよ。火村さんは?」

 火村さんはお嬢様スマイルで、

「オホホホ、あたしって眠りのプロだから」

 と返した。

 なんじゃそりゃ。

 とりあえず、準備準備。

 会場内は、いつもより緊張感があるといえばあるし、ないといえばなかった。

 練習将棋をするひと、談笑するひと、棋譜を調べているひと、色々。

 私は事務手続きを済ませて、しばらく待機。

 幹事のひとが来た。

「オーダーの提出時刻です。確認後、すぐに始めます」

 ぞろぞろと移動。

 ちょっと小さめの部屋で、司会は八千代やちよ先輩だった。

「これから、王座戦の関東選抜トーナメントを開催します。まずは抽選です」

 うーん、ドキドキする。

 A級上位から引いていく。

「慶長、3番」

 トーナメント表が埋まっていく。


挿絵(By みてみん)


 房総とは、さすがに当たらないか。

 この枠なら、7のほうがいい。日センが多分2番目に弱い。

 大谷さんが前に出た。クジ箱に手を入れる。

 7、来い。

「都ノ、6番」

 うーん……でも、結果はそんなに悪くない。

 全部埋まった表は、こう。


挿絵(By みてみん)


 会場からも、

「山が偏ってないか?」

「上のほうがキツイな」

 という会話が聞こえた。

 八千代先輩は、校名をもう一度確認したあと、

「それでは、オーダー表を返却します。オーダー交換をしてください」

 と告げた。

 私たちは、黒板から3列目を割り当てられた。

 都ノからは松平が、八ツ橋からは山名くんが出た。

「都ノから、どうぞ」

「八ツ橋からでいい」

 山名くんは、オーダーを読み上げた。

「八ツ橋、1番席、副将、2年、山名やまな由多加ゆたか

「都ノ、1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

 ぐぁあ、山名くんとか。

「2番席、三将、4年、中川なかがわ壮太そうた

「2番席、三将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「3番席、四将、1年、沖田おきたいさむ

「3番席、五将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「4番席、六将、3年、土御門つちみかど公人きみひと

「4番席、六将、2年、大谷おおたにひよこ

「5番席、八将、4年、野辺のべ光希みつき

「5番席、八将、1年、平賀ひらが真理まり

「6番席、十将、2年、関川せきかわ陽也ひなり

「6番席、十将、2年、穂積ほづみ八花やつか

「7番席、十二将、3年、木下きのした大輝だいき

「7番席、十二将、1年、愛智あいちさとる

 私は松平と交代して、着席した。

 目のまえには、澄まし顔の山名くん。

 山名くんは、後ろ髪がこのまえより、ちょっと長くなっていた。

 細いポニーテールみたいに結んでいる。

 駒を並べて、チェスクロをセットして、振り駒。

 ゆずり合って、私が振ることに。

「……都ノ、偶数先」

「八ツ橋、奇数先」

 あとは待つだけ。

 室内で咳払いが聞こえて、それから静かになった。

 八千代先輩は、スマホの時計から顔を上げた。

「準備はよろしいですか?」

 よし。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩。


【先手:山名由多加(八ツ橋) 後手:裏見香子(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 山名くんは、あごにこぶしを添えて、この局面を見据えた。

「角換わり……ね」

 少し考えて、7七角。

 私は3四歩と、角道を開けた。

 6八銀、7七角成、同銀、2二銀、3八銀、3三銀、7八金。

 ここで早速の奇襲。

「6四歩」


挿絵(By みてみん)


 山名くんは、ん、と声を発した。

 これは6三角のお誘い。

 もちろん、問題はない。

 打たせる罠、というわけでもなく、先手が悪くなるわけでもない。

 この手の意味は、攪乱。

 正面から受けて立つとはいえ、少しくらいは工夫が欲しい。

 案の定、30秒ほど時間を使ってくれた。

 6八玉、9四歩、6三角。

 私は7二角と打って、3六角成、同角、同歩、7二銀と進める。


挿絵(By みてみん)


 山名くんは、へぇ、と、意味深な笑みを浮かべた。

「変則的一手損か。裏見さんの研究か、僕の研究外しか……あるいは、その両方かな。受けて立つよ。4六歩」

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