表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第66章 聖生復活(2017年10月23日月曜)
450/487

436手目 決勝のその先

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。

 こうして、秋の個人戦は終わった。

 閉会式は、いつもより微妙な空気だった。

 暗いとか険悪とかじゃなくて、疲れたような、ホッとしたような感じ。

 一番安堵しているのは、運営だと思う。

 男子も決着がついたし、太宰だざいくんも命に別状はないようだった。

 エレベータ前のスペースに、全員集合。

 日高ひだかくんは表彰状を持って、前に出た。

「それでは、表彰式です。男子の部、風切かざぎり隼人はやとさん」

 風切先輩は、はい、と言って、日高くんの前に立った。

 おたがいに気をつけ。

「2017年度、関東大学将棋連合、秋季個人戦男子の部優勝、都ノみやこの大学3年、風切隼人殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

 拍手ぅ。

 次は志邨しむらさん。

 日高くんは風切先輩とバトンタッチ。

 志邨さんは、ちょっと猫背のまま、先輩と向かい合った。

「2017年度、関東大学将棋連合、秋季個人戦女子の部優勝、晩稲田おくてだ大学1年、志邨つばめ殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します。関東大学将棋連合会長、風切隼人」

 志邨さんは、両手で賞状を受け取った。

 パチパチパチ。

 そのあとは、男子準優勝の朽木くちき先輩、女子準優勝のたちばな先輩が表彰された。

 ギャラリーからは、

「4人中3人が晩稲田か」

「完全に晩稲田の時代だなあ」

 という声もあった。

 こらこら、男子の優勝は風切先輩ですよ、お忘れなく。

 風切先輩はうしろにさがって、また日高くんが登場。

「それでは、2017年度、秋の個人戦を終わりたいと思います。なにか連絡事項はありますか?」

 ふたりの手が上がった。

 八千代やちよ先輩と……あれ? 三和みわさん?

 三和さん、さっきまでいたかしら?

 日高くんは、

「あ、えっと……」

 となったので、三和さんは、

「八千代ちゃんが先で」

 とゆずった。

「では傍目はためさん、お願いします」

「すでに連絡があったかと思いますが、来週日曜日から、王座戦の出場校を決める予選が始まります。シードでない大学のかたは、よろしくお願いいたします」

 はーい。

 次は三和さん。

「トラブったって聞いて、さっき来たんだけど、なんかあった?」

 あっさりとしつつ、急所を突く質問だった。

 日高くんは、

「病人が出て、救急車で運ばれました」

 と答えた。

「ごめん、そこは聞いた。容体は?」

「わからないです」

「ま、そりゃそうか……対局中? 対局後?」

「正確な時間は不明です」

「不明? ……対局者が、病院に運ばれたんじゃないの?」

 いいえ、と日高くんは否定した。

 三和さんは、

「じゃあなんで、3位のひとがいなかったの?」

 と重ねて訊いた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ?

 そういえば、大谷おおたにさん、火村ほむらさん、氷室ひむろくんの3人、準決勝敗退組では?

 普通だったら、3位決定戦があるような?

 聖生のえるの件でバッタバタになってて、気づかなかった。

 日高くんは、

「3位決定戦は、やっていません」

 と答えた。

「なんで?」

「そういう取り決めになったので……ですよね、会長?」

 風切先輩は、意表を突かれたみたいで、

「……そうなのか?」

 と返した。

 周囲がざわつく。

 日高くんは、

「あ、すみません、会長は対局中でしたね。えーと……そうですよね、傍目さん?」

 と、確認先を変えた。

 八千代先輩は、

「私は日高さんから、それを聞いたように思いますが……」

 と返した。

 日高くん、挙動不審になる。

「あ、そうですね、すみません……えーと、ちょっと確認します」

 日高くんは、スマホを取り出した。

「……そうだ、思い出した。氷室からだった。氷室、いるか?」

 うしろのほうで、声がした。

 ギャラリーのあいだから、氷室くんが顔を出した。

「いるよ」

「氷室は、だれから聞いたんだ?」

速水はやみさん」

 会場が静まり返った。

 日高くんは、八千代先輩に視線を向けた。

 八千代先輩も戸惑っていたけど、すぐにメガネをなおして、

「すみません、話が長引きそうなので、役員と大谷さん、火村さん、大河内おおこうちさんだけ、残っていただけませんでしょうか?」

 と仕切り直した。

 その通りになって、私と松平まつだいらも離脱することになった。

 1階で待つ──どうしよう。

 閉館が近いのか、ひとはまばらになっていた。

 お店も閉まり始めている。

 松平は、

「先に帰っても、いいと思うが……」

 とつぶやきつつ、煮え切らない表情だった。

 理由はわかる。

 聖生のえるの話と、今回の運営のミス。重なり過ぎている。

 もし3位決定戦があったら、氷室くんと大谷さんと火村さんは、あの電話に立ち会わなかった。つまり……3位決定戦がおこなわれないことを、聖生のえるは知っていた。

 なぜ? 聖生のえるが仕掛け人だから。

 これ以外に、尤もらしい説明が見当たらなかった。

 けど……納得できない。

 辻褄の合わないところを、松平は代弁してくれた。

「犯人は、速水先輩ってことになるが……さすがに信じたくない」

 そう、速水先輩=聖生のえるって、ありえなくない?

 一度も考えなかった可能性だし、他の事件との整合性もない。

 そもそも、調べたらすぐバレる嘘を、速水先輩がつく?

 私は、

「氷室くんの自作自演だっていうほうが、まだありえそう」

 と、率直な感想を漏らしてしまった。

 松平は、

「あの場では言わなかったが、氷室の行動は、たしかに怪しかった」

 準決勝での敗退が、あっさりしすぎていたこと。

 太宰くんと最後に連絡を取っていたこと。

 あの刑事さん(?)もグルだとしたら?

 ありえる。あのひとが警察だったなんて、今となっては疑わしい。

 とはいえ、濡れ衣の可能性もあって、なんとも言えなかった。

 私は、

「仮に氷室くんの仕業だとしても、なにがしたいのか、意味不明なのよね」

 と指摘した。

 松平も同意した。

「とりあえず、保留だな。上でどうなったか待とう」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、みんな降りてきた。

 私たちに最初に気づいたのは、火村さんだった。

 けど、火村さんは周囲を警戒しているらしく、声をかけてこなかった。

 次に気づいたのは、大谷さんだった。

裏見うらみさん、松平さん、お待たせしました」

 いかにも待ち合わせしてました、という流れを装ってくれた。

 おかげで他のメンバーは、私たちの存在を不審に思わなかったっぽい。

 風切先輩も、

「すまん、待たせたな」

 と言って、気軽に合流してきた。

 そこからは、もうなにも議論はなくて、解散。

 暗くなり始めた屋外へ、私たちは出た。

 そのまま最寄り駅へと向かう。

 私は、

「けっきょく、なんだったんですか?」

 と、さりげなく尋ねてみた。

 風切先輩は深刻そうな顔──をするかと思いきや、快活に笑って、

「氷室の勘違いだった。もこっちとのやりとりで、3位決定戦は中止しろ、と誤読したらしい」

 と答えた。

 え……それだけ?

 これには、松平もあっけにとられて、

「証拠はあったんですか?」

 と訊いた。

「MINEを見せてもらった。普通なら、そういう誤読はしなかっただろうな。まあ氷室ってことで、許してやってくれ」

「はあ……」

 私は松平と、視線をかわした──やっぱり、氷室くんの自作自演?

 大谷さんは黙っているけど、同じ疑念をいだいているように感じた。

 もっとも、それ以上は追及できないから、この話題は打ち切りになった。

 太宰くんのことも訊いてみた。これも空振り。

 風切先輩も大谷さんも、詳しい情報は持っていなかった。

 地下鉄の入り口に到着。そのまま階段を降りた。

 改札を抜けようとしたところで、ふと声をかけられた。

「風切さん」

 女のひとの声だった。

 まさか……ふりむくと、志邨さんが立っていた。

 風切先輩は、一瞬ドキリとしたようで、すぐには返事をしなかった。

「晩稲田の志邨です」

「え、ああ、知ってるぞ」

 ぎこちない会話から、志邨さんは先を続けた。

「急いでます?」

「いや……帰るだけだが」

 志邨さんは、一瞬──ほんの一瞬だけ、溜めを作った。

「私と、将棋を指してもらえませんか?」

 風切先輩は、きょとんとした。

 それから、なんだそんなことか、という感じで、フッと息をついた。

「いいぜ。ただ、今からは……」

「個人戦の総合優勝を決めましょう」

 私は、風切先輩の横顔を見た。

 先ほどまでの笑みは消えて、勝負師の顔になっていた。

「本気で言ってるのか?」

「はい」

 ふたりの視線が、空中でぶつかった。

「どうして決めたいと思った?」

「むしろ、なんで決めないんですか? 私が女で、風切さんが男だからですか?」

 私には、その会話の意味がわからなかった。

 でも、風切先輩には伝わったようだった。

 嘆息して、目を閉じた。

「たしかに、なんで分けてるんだろうな……でも、機会はある」

「団体戦ですか?」

「それじゃ不満か?」

「風切さんは速水さんに負けたとき、個人戦の延長だと思ってました?」

 先輩は、ゆっくりとまぶたを上げた。

「……言いたいことはわかった」

「指してもらえます?」

「ダメだ」

 志邨さんは、ちょっとムッとしたようだった。

 一歩前に出かけた。

「どうしてです?」

「非公式で指しても、格付けにはならない」

 志邨さんは、さみしそうな眼をした──ように見えた。

 あるいは、もっとべつの感情だったかもしれない。

 スポーツシューズのつま先で、地面を蹴った。

「……真剣に受け止めてもらえたことは、わかりました」

「悪いな、めんどくさいやつで」

「いえ……こちらこそ」

 志邨さんは姿勢を変え、こちらに背中を向けた。

 そして、そのまま階段を上がっていった。

 そのうしろ姿を目で追いながら、風切先輩は、小さくつぶやいた。

「俺だって気づいてるさ。もこっちと決勝をやってたら、優勝してないかもって……な」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ