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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第8章 2016年度春季個人戦3日目(2016年5月1日日曜)
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44手目 予期せぬお誘い

 散らばっていた参加者が、一同に会する。

 幹事全員が黒板のまえに並ぶと、おごそかな雰囲気になった。

 入江いりえ会長は、八千代やちよ先輩から賞状入りの箱を受け取った。

「それでは、表彰式に移ります。男子から。優勝、氷室ひむろ京介きょうすけくん」

「はい」

 例のクールな少年が、帝大のグループから前に出た。

「2016年度、関東将棋連合、春の個人戦男子の部優勝、帝国大学1年、氷室京介殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します」

 入江会長は、おめでとうございますと言って、賞状を手渡した。

「ありがとうございます」

 氷室くんは会釈して受け取った。すると、うしろからペンを持った手が上がった。

「なにか、コメントはありますか?」

 東方とうほう春日かすがさんだった。記者魂がうずくらしい。

 氷室くんは賞状を手にしたまま、あいかわらずの冷静な表情で、

「最終局は熱戦で、運よく勝てたように思います。途中で不戦勝になった局も、実際に指してみたら、僕が負けていたかもしれません……とにかく、運が良かったです」

 と答えた。

 えぇ……あの不戦勝に言及するんだ。なんだかKYな気もする。

 私はちらりと、風切かざぎり先輩のほうを盗み見てしまった。

 なんとも言えない表情――会場では、拍手が鳴りひびく。

「それでは、準優勝、朽木くちき爽太そうたくん」

「はい」

 晩稲田おくてだのほうから、朽木先輩が前に出た。

 継ぎはぎだらけのブランドものスーツで、やっぱり変にみえる。

「2016年度、関東将棋連合、春の個人戦男子の部準優勝、晩稲田大学2年、朽木爽太殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 さっきと同じように、春日さんがコメントを求めた。

 朽木先輩は賞状を脇にはさんで、なんとも貴公子然とした立ち方をした。

「そうだな……氷室くんも言っていたように、最後は熱戦だったけれども、こちらが一手足りなかったように思う。秋はより精進して望みたいので、またよろしくお願いする」

 パチパチパチ。

「女子の部に移ります。優勝、速水はやみ萠子もえこさん」

「はい」

 速水先輩は、颯爽と前に出た。

「もこっち先輩、日本一ッ!」

 奥山おくやまくん、ノリがいいわね。まるで自分のことみたい。

「2016年度、関東将棋連合、春の個人戦女子の部優勝、日本セントラル大学2年、速水萠子殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 定例のコメントタイム。

「氷室くんとおなじで、運が良かったという感想です。準決勝における三和さんとの戦いは、こちらが悪い局面もありました。今後も精進していきたいと思います」

「3連覇については? なにか感想はありませんか?」

 春日さん、食い下がる。

「そうですね……まだ実感が沸きません。以上です」

「後進については? 1年生のなかで、目立った選手はいましたか? あ、ちょっと」

 速水先輩、無視して日センのグループに帰還。

「それでは最後に、準優勝、カミーユ・ホムラさん」

 カミーユ? ……外国人だった?

 知っていた面子と知らなかった面子がいたようで、反応は半々だった。

 私はその中間。日本人にしては、色白過ぎると思っていたから。

「は〜い」

 間延びした返事。火村ほむらさんは、めんどくさそうに前に出た。

「2016年度、関東将棋連合、春の個人戦女子の部準優勝、聖ソフィア大学1年、火村カミーユ殿。あなたは頭書の成績をおさめられましたので、ここに表彰します。おめでとうございます」

「ありがとうございまーす」

 火村さんは、春日さんからコメントを求められるまえに、まくしたてた。

「今回は準優勝でかんべんしてあげるけど、次はそうはいかないんだからねッ! だいたいさっきのコメント、なんで決勝戦をあげないのよッ!? ディスってるつもりッ!?」

 はいはい。明石あかしくんが取り押さえて、奥に連行された。

 お子様ですか。

 三宅みやけ先輩は、

「あそこは、いつから聖ソフィア幼稚園になったんだ」

 と言いながらタメ息をついた。

 入江会長は、ぐるりと会場を見回した。

「なにか連絡事項はありますか? ……ありませんね。それでは、春の個人戦を終わります。お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」

 一気に解散――かと思いきや、土御門つちみかど先輩が声をかけてきた。

「さあさあ、打ち上げじゃ。パーッと飲もうぞ」

 土御門先輩は、まず風切先輩を誘ったあと、私たち1年生も誘ってきた。

「あの……月に2回は……」

「なにを言うておるんじゃ。大学生は毎週飲み会と、相場が決まっておる」

 そんなバカな。とはいえ、断れる雰囲気でもないし、前回は風切先輩の復帰祝い、今回は個人戦終了の打ち上げで、目的がちがう。前回よりも、大人数が集まるようだ。

「新宿でやるぞ。晩稲田と慶長も来る予定じゃ」

 ん? 晩稲田と慶長も?

 ってことは、同郷の冴島さえじま先輩と三和みわ先輩に会うチャンスだ。

 顔合わせはしたけど、まだほとんど話せていない。

「会費は、いくらくらいですか?」

「OB・OGも来る。1年生はタダになる……はずじゃ」

 最後の伸ばしが気になるけど、私は参加を決めた。

 松平まつだいら大谷おおたにさんも、参加することになった。

 なんだかダメ学生になってる気もする――いやいや、いざ、打ち上げへ。


  ○

   。

    .


「関東の将棋バカども、今夜は四次会まで行くから、覚悟するのじゃッ!」

「おーッ!」

 土御門先輩の危ない檄のあとで、入江会長の挨拶になった。

 会長は立ち上がって眼鏡をなおすと、コホンと咳払いする。

「今年度は、大会も順調に進んで、いいスタートを切れたと思います。関東大学将棋保育園も、小学校くらいにはなったのではないでしょうか」

 会場から笑い声が漏れた。

「入賞した方々、選手のみなさん、そして大学将棋の将来を祝って、乾杯ッ!」

「かんぱーいッ!」

 がやがやと、すぐに宴会が始まった。

 私たち1年生はソフトドリンクを飲みつつ、おつまみに箸を伸ばす。

 今回はチェーン店だから、脂っこいものが多かった。

「おーい、飲んどるかぁ?」

 土御門先輩が、私と大谷さんのあいだに割り込んできた。

 狩衣かりぎぬのすそが、若干乱れている。足袋たびがのぞいていた。

 私たちと一緒に座っていた風切先輩はあきれて、

「おまえ、もう酔っぱらってるのか?」

 とたずねた。土御門先輩はビールのジョッキを持ち上げて、

「これが飲まずにおられようか。4位じゃぞ。4位」

 と、くだをまいた。

 4位でも十分に立派だと思うんだけど。関東の男子4位ですよ。

 なにが不満なのかたずねてみると、どうやら順位がふたつ下がったらしい。

「まったく、準優勝と4位では大違いじゃ」

「去年の優勝者は、だれだったんですか?」

 私は、なにげなく質問してみた。

 土御門先輩はジョッキを置いて、ふところから扇子をとりだした。

「そこにおる」

 その扇子で指し示されたのは、朽木先輩だった。

「あ、朽木先輩が優勝だったんですか。今の2年生って、層が厚いんですね」

「まあの」

 土御門先輩は、ご満悦な表情で自分の顔をあおいだ。

 気変わりの早いひとだと思った。お調子者。

 そんな感想をいだいていると、もうひとつ人影があらわれた。

公人きみひと、また後輩に絡んでるの?」

 なんと、速水先輩だった。私は無意識のうちにスペースをあけた。

 速水先輩はお礼を言って、そこに腰をおろした。

「もこっち、優勝おめでとうなのじゃ」

「ありがと。今日はおごってちょうだい」

「もこっちの酒量に付き合っておったら、破産してしまうぞ」

「大丈夫。明日は講義があるから、3次会で切り上げる予定」

 飲み過ぎだと思うんですが、それは。

 あきれる私に、速水先輩は顔を向けた。私はあわてて居住まいをただした。

「あ、えーと……優勝、おめでとうございます」

「どうも。裏見うらみさんこそ、1年生で準決勝進出はすごいわね」

 いえいえ、それほどでも。

「特に、晩稲田の可憐かれんちゃんを倒したのは、大きいんじゃないかしら」

「なんと言いますか、舐めプされてたみたいで……」

「将棋は結果がすべてよ。舐めプだろうがなんだろうが、勝てば官軍」

 うーん、ドライな世界観。嫌いじゃないけど、もやもやする。

 私はソフトドリンクに口をつけつつ、会場内を見回した。将棋を指しているグループはほとんどなくて、どこも歓談に夢中になっている。向かいの席では、今日の将棋、左隣の席では、全然関係のない携帯ゲームの話題だった。冴島先輩は晩稲田のグループ、三和先輩は慶長のグループに溶け込んでいて、話しかけにくかった。

「裏見さん、知り合いはそこそこできたかしら?」

 速水先輩は、お湯のようなものが入ったグラスを傾けながら、そうたずねてきた。

 多分、お酒なんでしょうね。お湯を飲んでるとは思えないから。

「H島出身のひと以外とは、なかなか……」

「あなた、高校から公式の大会に出始めたって聞いたわよ」

 えぇ、いったいどこでその話を?

 不気味に思ったのが顔に出たらしく、速水先輩は釈明をいれた。

「こういう業界では、同郷出身の選手に聞けば一発よ」

「はぁ……そうでしたか……」

「裏見さんの場合は、全国大会経験がないし、もうすこし顔を売ったほうがいいわ」

「大学将棋界にいれば、自然と顔見知りになれませんか?」

 それはそうだけど、と先輩は前置きしたあとで、

「うちもひとのことは言えないけど、東京の西にある大学はアクセスが悪いの。そういうところでは、どうしても情報不足になるし、他大と交流しておいて損はないわ」

 と付け加えた。

「他大って、例えばどこですか?」

「そうね……」

 先輩は、会場をぐるりと見渡した。

「聖ソフィアなんて、どうかしら?」

「ぶッ!」

「あら? いや?」

 私は咳き込みながら反論した。

「聖ソフィアって、うちのライバルですよ?」

「ちょうどいいじゃない。同じクラスだし、強い子もいるし」

 そういう問題じゃないと思った。というのも、聖ソフィアは、この打ち上げにだれも参加していない。火村さんも明石くんも、いつの間にか姿を消していた。

「これじゃ、交流のしようがありません。連絡先も分からないです」

「簡単よ。聖ソフィアへ遊びに行けばいいじゃない」

「え? ……マズくないですか?」

「どうして? ほかの大学に行くのは違法でもなんでもないわ。もちろん、そこのサークル棟を訪問するのも違法じゃないし、ドアをノックするのも違法じゃないでしょうに」

「いや、まあ、そうかもしれないですけど……どう挨拶すればいいのか……」

 そんなのは適当にごまかせばいいと、速水先輩はアドバイスした。

 私は先輩の剛胆さにおどろいたあとで、ふとイヤな予感がした。

「先輩、気を悪くしないでいただきたいんですが……都ノみやこのを利用してません?」

 速水先輩は、うれしそうに眉を持ち上げた。

「関東一の女流に嫌疑をかけるなんて、なかなか勇気があるわね」

「いえ、そういう意味では……」

「気に入ったわ。嫌疑を晴らすために、私も一緒に行きましょう」

 これにはおどろいた。私はしばらく無言になった。

「速水先輩も聖ソフィアに行くってことですか?」

「そうよ。駄目?」

「メンバーは?」

 速水先輩は、すばやく都ノの席に視線を走らせた。

 松平と三宅先輩、風切先輩と土御門先輩はそれぞれ話し込んでいて、男性陣はだれも気付くようすがなかった。大谷さんは手洗いなのか、席をはずしていた。

「……都ノには、ほかにだれもいないの?」

「大谷さんはダメですか?」

「彼女は服装としゃべり方が目立ち過ぎるわ。『拙僧』なんて一人称、東京でも滅多にいないわよ。できれば、将棋界に顔が売れていない子にして欲しいの」

 顔が売れていない子――思い当たる節があった。

「だれかいるのね?」

「まだ入部は確定してませんけど、ひとり……」

 名前を教えたものかどうか、私は迷った。

 すると、速水先輩のほうから察してくれた。

「個人情報は、あとでいいわ。もし決まったら、ここに連絡してちょうだい」

 速水先輩は、名刺を一通取り出した。

 先輩の名前とアドレスが書いてあるのはいいとして、肩書きに目がとまった。

 将棋部主将かと思いきや、べつのものになっていたからだ。

「日本セントラル大学、法学会、副会長……?」

「学生団体よ。サークルみたいなものね」

「はぁ……分かりました。決まったら、ここに連絡させていただきます」

 私がそう答えると、速水先輩はべつの席へ移動した。慶長の三和さんと話し始めた。

 私は三宅先輩のそでをひっぱって、こちらへふりむかせる。

「なんだ? もう帰るのか?」

穂積ほづみさんのアドレス、教えていただけますか?」

 三宅先輩は、オッという顔をして、急にマジメな表情を浮かべた。

「入部させるアイデアを思いついたか?」

「どうなるか分かりませんけど、声をかけるきっかけはできました」

 三宅先輩は、だまってメモ帳に走り書きをし、それを破った。

「俺のメールに対しては、どうも反応が悪い。頼んだ」

「はい」

 私はアドレスがきちんと読み取れることを確認して、ポケットに忍ばせた。

 なんだかんだで速水先輩に乗せられちゃった気もするけど――ま、いっか。

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