432手目 先回り
「このなかに、銀行へ電話をかけたかたがいませんか?」
全員、無表情になる──なろうとした。
なりきれない。
磐くんなんかは、あからさまに目が泳いでいた。
田嶋さんは、私たちをぐるりと見回した。
「どうしました?」
どうしましたも、こうしましたも──激烈にマズい状況なのでは?
私は加担してないけど、電話をかけたメンツがいるっぽい。
おそらくはあのとき*、お店に残ったメンバーだ。
案の定、氷室くんが仕掛けた。
「銀行へ電話というのは、どういう意味ですか?」
田嶋さんは、
「そのままの意味です」
と返した。
氷室くんは、なにも奇をてらわずに、
「そんなことを訊いて、どうするんですか?」
とたずね返した。
これは強いと思った。
私だったら、窓口かネットくらいしか接点がないのでぇ、とかなんとか、のらりくらりしたかもしれない。ただこうしてみると、ストレートに訊き返したほうが、いいように感じた。
田嶋さんも一瞬、間合いをとった。
「……最近、イタズラ電話がかかってきたとの情報があり、調査しています」
「イタズラ電話くらいで、警察が捜査するんですか?」
「その質問には、お答えできません」
微妙過ぎる回答。
今度は、氷室くんが攻めた。
「行きがかりで容疑者さがしをするのは、変だと思いますけど」
「そうですね……そこは失礼しました」
さすがというか、食えないというか、田嶋さんはなにも弁明しなかった。
あくまでも情報は明かさない、というスタンスらしい。
氷室くんも引き下がった。
「とりあえず、僕たちは友人を捜しますから、このあたりで」
田嶋さんは、
「呼び出しに応じないとなると、心配ですね。私も手伝いましょう」
と申し出た。
これをどう受けるのか、が問題になった。
正直なところ、手伝ってもらうのもアリ──というか、そうしたほうがいいんじゃないか、という気さえした。太宰くんの安全は、なにも保証されていないのだ。聖生(?)がそう言ってただけ。
氷室くんも、ここは独断しなかった。
私たちに話を振った。
「みんな、どうする?」
松平は、
「この建物はだいぶ捜したし、正直、目星が……」
と口ごもった。
磐くんは、
「屋外じゃないのか? 駐車場は見てないぜ」
と言ってから、私に、
「裏見は?」
とたずねた。
考えがまとまらない。
「……万が一のことを考えるなら、お願いしたほうがいいと思う」
氷室くんは反対だった。
最終的に磐くんも反対に回って、断るという結論に。
「承知しました。事件性を感じた場合は、すぐに警察へ連絡してください」
田嶋さんはそう言い残して、表の入り口から消えた。
捜す場所を、分担しなおす。私と松平は、建物の上層でまだ捜していないところを、氷室くんと磐くんは、屋外を回ることになった。
私と松平は、早速エレベータへ向かった。
松平は、
「屋内じゃないと思うが……」
とつぶやいた。
勘だけど、たぶん屋内じゃない。
とはいえ、確証もないから、念入りに──ん?
「そういえば、大谷さんたちは?」
「警備員と交渉中だろ」
長過ぎじゃない? と思った途端、うしろから声をかけられた。
火村さんだった。大谷さんも一緒だった。
「香子、さっきのは?」
「さっきのって……もしかして、見てたの?」
「ごめん、隠れてた」
あのさぁ。
「で、さっきのは?」
答えるよりも先に、エレベータがついた。
とりあえず乗りこんで、事情を説明する。
火村さんは、
「警察? 大円の件?」
「大円銀行かどうかは、わかんなかった」
よくよく考えてみたら、聖生の貸金庫の話だとは、限らない。
たまたま質問された私たちに──特に氷室くんと磐くんに──うしろめたいことがあっただけ、というパターンかも。
ひとまず、太宰くん捜しを優先。私と松平が奇数階、火村さんと大谷さんは偶数階を担当した。どんどん上がっていく。
……………………
……………………
…………………
………………全然ダメ。見つからない。
しかも、入れない場所が多過ぎる。
商業用オフィスや区のオフィスには、当然入れないし、なにに使われているのか、よくわからない部屋も多かった。ノックもできない。
しょうがないから、話しかけられるひとに、手当たり次第話しかけた。
これもダメ。
1階で大谷さんたちと合流したときには、なんの手掛かりもなかった。
4人で相談。
火村さんの意見は、
「騒ぎになってないところをみると、人目につく場所には、いないと思うのよね」
だった。
たしかに、ひとが倒れてたり監禁されてたりしたら、とっくに発見されていそうだ。
松平は髪をくしゃくしゃにして、
「やっぱ屋外か」
と言った。
一方、大谷さんは思案顔で、
「そのタジマというかたは、本当に警察官なのですか?」
と確認を入れた。
私と松平は、顔を見合わせる。
松平は、
「まあ……警察手帳もあったし……」
と説明した。
火村さんは、
「聖生が逃げるための時間稼ぎをしてた、って可能性は?」
と疑った。
なくはなかった。あのひとが現れて、捜索が中断したのは事実だ。
気まずい空気が流れる。
大谷さんは、
「ひとまず、駐車場へ行ってみませんか? 人を隠すなら、車は有力候補です」
と提案した。
全員が賛成して、移動しかけたとき──
「きみたち、さっきからなにしてるの?」
制服を着たおじさんに、声をかけられた。
どうやら警備員さんっぽい。
松平は、
「え、その……」
と言いよどんだ。
「階を上がったり下がったりしてるよね? どうしたの?」
監視カメラに映ってて、あやしまれたくさい。
松平もそれに気づいて、
「友だちが迷子になって、捜してるんです」
と返した。
「迷子? ……きみたち、将棋の学生さん?」
「あ、はい、そうです」
「きみたちが使ってる会場にいるんじゃないの? 15階」
まあ、そう思われるわよね。
大学生が、こんな都会の建物で迷子なんて、普通ないし。
どうしたものかな、と悩んでいると、警備員のおじさんは、
「いつ迷子になったの?」
と、妙に調子を変えた。
なんというか、心配そうな感じになった。
松平は、
「正確な時間は、ちょっと……」
と答えた。
「何時間も前?」
「今日はまだ顔を見てなくて……」
おじさんは、急に深刻そうな顔をして、
「2時間ほど前に、救急車で運ばれた子がいるんだけど、その子?」
と言った。
私たちのあいだに、衝撃が走った。
松平は、
「救急車? ケガですか?」
と、早口でたずねた。
「車のなかで、急病人が出てね」
「車? だれの車ですか?」
わからない、とおじさんは答えた。
所有者が不明なせいで、救急隊員が困ってしまい、その対応をしたのが、このおじさんらしかった。鍵がかかっていなかったから、最後は無断でドアを開けた、とのこと。倒れていたひとは、容姿からして、太宰くんの可能性が高かった。
だけど、病院の行き先がわからなかった。
私たちは、近隣の病院へ電話をすることに。
4人ともスマホを取り出した瞬間、火村さんの目が光った。
「所有者不明ってことは、だれが通報したの?」
「え……ああ、警察のひとだよ」
「どんな警官?」
「若い男のひとだけど……メガネをかけた私服の……それがどうかしたのかい?」
……………………
……………………
…………………
………………ハメられたッ!
*358手目 解散
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