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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第66章 聖生復活(2017年10月23日月曜)
444/487

430手目 見落とし

※ここからは、大河内おおこうちくん視点です。

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 さて……先手に利があると思いますが、どうでしょうか。

 朽木くちき先輩が7五歩を選択した理由は、よくわかりません。

 5五同歩のほうが、安全だったはずです。

 となりに立っている日高ひだかくんは、

「先手有利じゃないか?」

 と言いました。

「すくなくとも、先手持ちではありますね」

「まあ、攻めが細いっちゃ細いか」

 5四同金、5三歩、5一歩、9五歩。

 ほぉ、こう繋げるのですか。勉強になります。

 同歩、同香、同香、同角、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 ……なるほど、この急所攻めが効く、と。

 どうでしょうか。

 残り時間は、先手が10分、後手は9分。

 風切かざぎり先輩がここで1分使って、そろいました。

 同歩、3五歩、4六銀。

 手堅い。

 もしかして、3~4筋の攻めは、見た目より厳しいのかもしれません。

 日高くんは、

「だけど、5四の金がなあ」

 と、金の位置を気にしていました。

「そこは同意です。狙っていきたいですね」

 案の定、風切先輩も目をつけました。

 3六歩に5七香。

 朽木先輩は、かまわず3四桂と打ち返しました。


挿絵(By みてみん)


 僕はメガネをなおして、

「そういうことですか」

 とつぶやきました。

「なにかわかったか?」

「途中から、攻め合いの方針だったようです。どこかの段階で、決めたのだと思います。5五同歩としなかった時点ではないでしょうか」

 今回の個人戦、図らずも、風切対策コンペの様相です。

 1年生組は全滅。

 最新研究でもダメ、時間攻めでもダメ、棋力のバイオレンスでもダメ。

 しかし、対策はしないといけない。

 この状況、かなりキツイです。

 僕も風切先輩と当たる可能性があったので、対策はしてきました。

 朽木先輩に負けて、それ以前の問題になってしまいましたが。

 日高くんは、

「風切さん対策なんて、可能なのか?」

 と、首をひねっていました。

「できないかもしれないです。そもそも、将棋で安定的な対策が可能なら、藤井ふじいくんは29連勝もしないって話です」

「たしかに……だったら、やる意味もないか。よく寝たほうがマシかもな」

 そういうわけじゃないから、むずかしいんですよ。

 勝てなさそうなあいてに、無意味かもしれない対策をする。

 苦行ですが、勝負ごとなら、どこかで求められる状況です。

 するしないは個人の自由ですが、しないひとはそこまでなんですよね。

 なぜでしょうか。よくわかりません。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 取り合うしかなかったみたいです。

 4六桂、同金、2五歩、3五歩。

 3五歩? ……意味深な手。

 日高くんは、

「3六金かと思ったが……」

 とつぶやきました。

「僕もそう思いました。このままだと、拠点が2ヶ所できます」

「2筋と3筋だな」

 僕は軽く小考──3六同金は、3五歩、同金、3二香を嫌った?

 だとすれば、3六同金、3五歩、4六金で、けっきょく拠点はできる流れでしたか。

 朽木先輩は30秒ほど考えて、2六歩と取り込みました。

 3六金、3四歩、5一角成。


挿絵(By みてみん)


 やはり、レベルが高い。

 すぐに3六同金なら、3五歩、4六金、2六歩、5一角成に、2四香が成立した、ということですね。今気づきました。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 本譜はこれが成立しないので、4二角とぶつけるくらいですか?

 しかし、後手も角が動き始めました。

 風切先輩の独壇場では、ないように思います。

 それとも?


 パシリ


 4二角、6一馬。


挿絵(By みてみん)


 日高くんは、

「7四飛か2七銀だな。銀交換するかどうかでしかないが」

 と言いました。

 2七銀、同銀、同歩成、同玉、7四飛──間に合っていないのでは?

「さすがに遅くないですか?」

「清算しても遅いか?」

「4三銀と打たれて、負けだと思います」

 もっと強く攻め合うしか、ないですね。

 僕は別の案を考えました。

「……清算したあと、飛車を逃げずに、3五歩と出ませんか?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 日高くんは、しばらく考え込んで、

「これも遅い気がする」

 と言いました。

「そうですか?」

「ただの勘だ。俺じゃ読み切るのに時間が……いや、そもそも読み切れない」

「僕も読み切れません」

 3五歩、7二馬は、おそらく速度は逆転……するはずなんですが、具体的な手順が思い浮かびません。先手の玉形がいかにも危ない、というくらいです。感覚の話です。


 パシリ


 朽木先輩は、2七銀の打ち込み。

 同銀、同歩成、同玉、3五歩。

「大河内の言った通りだが……さて……」

 僕たちが議論するよりも早く、風切先輩は4六金と逃げました。


挿絵(By みてみん)


 周囲のギャラリーのなかには、

「飛車取ってもよくなかったか?」

 と言うひとも。

 こういう外野の意見は、そのひとの棋力がそのまま反映されますよね。

 もちろん、僕と日高のヤジも、七将から見たら噴飯ものなのかもしれませんが。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これが七将レベルの手──しかし、遅いと思います。

 僕はその直観を信じたい。

 僕は風切先輩のうしろにいるので、表情はよくわかりません。

 が、困っていそうなオーラは、出ていないです。

 風切先輩は1分ほど考えて、7二馬と取りました。

 中指で飛車をどけ、薬指で馬を引く、綺麗な動作。

 そのまま流れるようにチェスクロを押し、ふたたび朽木先輩のターン。

 4五歩、5六金。

 朽木先輩、また手が止まりました。

 僕は、

「遅いのを自覚してますね」

 とつぶやきました。

「ああ……でも思ったよりいい勝負だ」

 2六歩と叩くぐらいな気がします。

 同玉なら挽回できそうですが、3八玉と冷静に引かれて、どうか。

 朽木先輩、残り3分に。

 一度姿勢を正して、駒にさわりました。

 やはり2六歩ですか?


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 5五歩? ……同金に3三角?

 僕は、5七金と引いた場合を思考。

 5六香は一目です。

 でも、6七金とよけられて、5八香成、同金、5六歩は続かないでしょう。

 6二飛、3三角では、間に合わないように思います。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 3一銀と引っかけるくらいで、先手良し。

 ただ、5五同金と比較して、どちらがいいか、と言われると──

 そもそも論、5六香、6七金に5八香成としますかね?

 2六歩とか3六歩とか、いくらでもありそうです。

 風切先輩は、後頭部に手をあてて、結んだ髪をくるくるしました。

 いつもの手癖です。

 この癖も分析してみたのですが、イマイチわからなかったですね。

 好調でも不調でも出てくるので、単に心理的負荷の問題なのかも。

 っと、指します。


 パシリ


 同金。取りました。

 日高くんは、

「3三角としたいんだが、4四桂がある」

 と指摘。

「ええ、それが厳しいです」

 朽木先輩、また長考。

 日高くんは、

「ん? ここで長考するのか? なにか気づいた?」

 と、首をかしげました。

「勘で言ってもいいですか?」

「ああ、許可取らなくていいだろ」

「さっきの長考の読みが、ハズれてるんだと思います」

 日高くんは、なるほど、と言って、

「同金を想定してなかったか」

 と返しました。

「いえ、同金はさすがに読んでいたと思います。5七金の一点読みをしていたとは、思えないので。そのあとのルートで、見落としがあったんじゃないでしょうか」

「そうか、軌道修正の長考か。ありうるな」

 残り1分を切りました。

 僕の予想が当たってそうです。

 悪くないと思ってるなら、連続長考で時間を溶かす必要はありません。


 ピッ


 後手、秒読みに。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 朽木先輩は、ギリギリで角を上がりました。


挿絵(By みてみん)


 そっちですか? ……いや、変ではないか。

 3六歩で飛車当たり……でも、それって厳しいんですか?

 王手飛車になるわけもなく……ん、待ってください。

「これ、王手飛車の筋がないですか?」

 日高くんは、えッ、と眉をひそめて、

「後手は角を持ってないぜ」

 と言いました。

「3六銀、3八玉、3七銀成があります」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「……そうか、同玉だと、3六歩の連携で王手飛車か」

 そうなんです──けど、簡単に回避できますよね。

 風切先輩も、冷静に7五飛と浮きました。

 5七歩、6七銀、3四香。


挿絵(By みてみん)


 ……ん?

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