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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第65章 2017年度秋季個人戦2日目(2017年10月22日日曜)
438/487

424手目 再会

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシーン


挿絵(By みてみん)


 ッ!?

 ギャラリー全員が硬直した。

 最初に事態を察したのは、土御門つちみかど先輩だった。

「詰みじゃな」

 生河いがわくんの表情にも血の気がもどって──頭をさげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 この短時間のやりとりに、ギャラリーは困惑した。

 私も詰むかどうか確認する──あ、そっか。

 言われてみれば、そうだ。

 同香はもちろん詰むし、同玉も8五桂がある。

 以下、8八玉、7七角成、同金、同桂成、同玉、7九飛成。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 明確な詰みだ。

 もっとも、持ち駒はけっこうギリギリ。

 ふんだんに駒が余るというかたちではなかった。

 児玉こだま先輩は、

「手の流れが生んだ罠だね。4四角は自玉の受け、4九飛は角の紐づけ。そういうふうに見える局面だった。単に4四角~4九飛なら、詰めろをかけにきてるって、簡単に気づけたと思う」

 と解説した。

 ほんとうにそうなのかは、私にはわからなかった。

 3二金と置いたとき、生河くんがなにを考えていたのか、判然としない。

 児玉先輩はさらに、

「それにしても公人きみひと、よく速攻で気づいたね」

 と褒めた。

隼人はやとの信用じゃな。局面からして、詰み以外に9七銀はない。詰むと確信して読めば、長手数とはいえ簡単じゃった」

 なるほど……けっきょくは、これも信用か。

 生河くんの感想戦は、

「すぐに3三金でしたか……?」

 から始まった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 風切かざぎり先輩は、数秒ほど考えたあと、

「こっちのほうが自信はなかった。同銀、同桂成、同角、3四銀、4四角、4五歩を避けた理由は?」

 と訊き返した。

「2二銀と打たれたら自信がなかったです」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これは……複雑すぎて、よくわからない。

 風切先輩と生河くんは、黙って2七龍、2六飛、4四歩、2七飛成と進めた。

 あたりに沈黙が漂う。

 1分ほど経って、風切先輩は、

「後手が悪い」

 と評価した。

「……そうですか?」

「6一角が詰めろになってる。6七龍と取れない」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 え、詰む? 5二角成に同玉は即詰みだけど、3一玉と引けば、詰まないような……あ、5三馬で王手できるのか。4二金、同馬……ん? やっぱり詰まないのでは?

 私が四苦八苦する中、風切先輩は、

「もう遅いし、これくらいにしておくか」

 と言って、感想戦を切り上げる発言をした。

 生河くんも、はい、と言って終わった。

 あとに残った事実は、男子の3日目進出者が風切先輩、朽木くちき先輩、氷室ひむろくん、大河内おおこうちくん、女子は大谷おおたにさん、志邨しむらさん、火村ほむらさん、たちばな先輩ということだけ。

 会場のあとかたづけも完了して、三々五々になった。

 外はすでに暗い。10月だし、関東の日没は早いのだ。

 私たちは帰るまえに、ファミレスで食事をした。

 ひとまずは、大谷さんと風切先輩のお祝い。

 それプラス、今日来たメンバーの慰労。

 私は4人席で、大谷さん、ララさん、穂積ほづみさんといっしょだった。

 4人で1枚のピザを注文して、各自好きな主菜を追加した。

 炭水化物+炭水化物になっちゃうけど、私はパスタにした。ボロネーゼ。

 フォークとスプーンでパスタを巻きながら、

「大谷さんのほうは、どういう感じだった?」

 とたずねた。

 大谷さんは、サラダを食べる手をとめた。

「拙僧は、1回戦が来栖くるすさん、2回戦が昭島あきしまさん、3回戦がノイマンさん、最後が三和みわさんでした」

 ヒュー、これまたすごいメンツだ。

 大谷さんは、

「三和さんは、最後の大会ということで、少々悔しがっていらっしゃいました」

 と付け加えた。

 私は一瞬、納得しかけた。

 でも、すぐに変だと思った。

「三和さん、医学部でしょ? 来年5年生じゃない? ルール的にダメってこと?」

「いえ、連盟の規約上、5年生でも良いそうです。しかし、国家試験も迫っているので、いたん引退するかもしれない、とおっしゃっていました」

 大谷さんは、そこで話をとめた。

 なにか続く言葉があるように、私には思われた。

 もしかすると……速水はやみ先輩の引退と、関係しているのではないだろうか。

 速水はやみ萠子もえこという絶対王者を中心に回っていた世界が、崩れた。

 どれほどの衝撃だったのかは、見当がつかない。雲のうえの出来事だ。

 ただ、ヤル気がなくなったひとだって、いるのかもしれなかった。

 私はパスタを食べた。トマトの味が、口いっぱいに広がった。

 そのあとは、お祭りムードでもなく、いつも通りの会食。だれかが優勝したわけでもないし、まあそうかな、という感じ。話題も、個人戦から王座戦の予選へと移った。

 2時間くらいして、解散。

 都ノみやこのの方面へ行くメンバーは、駅へと向かった。

 途中、笹塚ささづかで乗り換え。

 京王新線から京王線という、地方民には紛らわしいルートのひとつ。

 ホームに降りた時点で、なぜかごった返していた。

 松平まつだいらは、

「なんだこれ。溢れ返ってるぞ」

 とおどろいて、あたりを見回した。

 すると、ララさんが、

「Oh、遅れてるっぽい~」

 と言って、掲示板をゆびさした。

 たしかに、5分遅延の表示が出ていた。

 松平は、

「参ったな。全員乗れるか?」

 と嘆息した。

 ですね。始発は笹塚じゃなくて新宿だろうから、すでにひとが乗っているはず。そこへこの人数が殺到したら、ドアから溢れそうだった。

 そして案の定、そうなってしまった。

 電車は10分遅れで滑りこんでくると、数人残して満杯になってしまった。

 ドアの枠で体を支えながら、ララさんは、

「イケるイケる」

 と言ったけど、さすがにムリでしょ、ということに。

 次の電車をお待ちください、というアナウンスも入っていた。

 ドアが閉まる。

 私と松平と大谷さんと風切先輩が残った。

 一応、駅から自宅が近いメンバーなので、ゆずったかっこうに。

 ハーッという気持ちでもあり、大学生だからいいかな、という気持ちでもあり。

 愚痴ってもしょうがないので、雑談が再開された。

 松平は、

「そういえば、生河との一局って、どんなだった?」

 とたずねてきた。

 私は簡潔に説明しながら、ふとあることを思い出した。

 6一角が詰めろなのかどうか、わからなかったことだ。

「風切先輩、あの6一角、どうやって詰むんですか?」

「……」

「風切先輩?」

 先輩は、秋風に吹かれつつ、ホームの上り方面を見つめていた。

 私もそちらへ視線を向けた。

 そして、息が止まりかけた。

 電車の最後尾から降りたであろう、ひとりの女性が、こちらへ歩いてきた。

 秋ものの枯葉かれは色コートに、同じ色の、つばの広い帽子をかぶっていた。

 靴は黒のローヒールで、サングラスをかけている。

 だけど、その顔と雰囲気は、まちがいなく──

「ふぶき」

 風切先輩は、その女性の名を呼んだ。

 おそらくは、無意識のうちに。

 女性は、私たちのそばで止まった。

 サングラスを外す──宗像むなかたふぶきさんだった。

 元カノと元カレの邂逅かいこうに、緊張が走った。

 秋風が吹く。その束の間を縫うように、沈黙がおとずれた。

「ふぶき……俺……」

 風切先輩は、なにかを言いかけて、言葉を飲んだ。

 だけど、今度こそ自分の意志で、先を続けた。

「あのときのこと……すまなかったと思ってる……寄りをもどしたいとかじゃなくて、ほんとうにすまなかった、あんな急に……」

 風切先輩の台詞をとめたのは、ふぶきさんのくすりとした笑いだった。

「私は気にしてないわ。隼人も気にしないで」

「でも……」

「それに、私から別れ話をしてたかもしれないし」

 先輩は、えッと固まった。

「……どういうことだ?」

 ふぶきさんは片手にサングラスを持ったまま、真剣な表情になった。

「あの頃はもう、なんだかしっくりこなくなってたのよね。隼人から話がなかったとしても、私から切り出したと思う。私たち、どこか似合わない気がしてた」

 風切先輩は、乾いた笑いをもらした。

「ハハハ……そうか、そうだな……なんていうか……まあ、その……」

 ふぶきさんは、ふたたび歩き始めた。

 サングラスをかけなおして、先輩の横を通り過ぎる。

 そして数歩、靴音を鳴らしたあとで、ふと、

「そういえば、将棋はまだ続けてるの?」

 と、ふりかえらずにたずねた。

「……ああ」

「そう……なにもかも中途半端ね」

 ふぶきさんは、下り階段へと消えた。

 秋風よりも冷たい言葉をかき消すように、次の列車の警笛が鳴った。

場所:2017年度 秋季個人戦2日目 男子4回戦

先手:生河 ノア

後手:風切 隼人

戦型:後手三間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二飛 ▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △4二銀

▲7八玉 △7二銀 ▲7七角 △6二玉 ▲5六歩 △4三銀

▲8八玉 △7一玉 ▲5七銀 △5二金左 ▲7八金 △4二角

▲4六銀 △3五歩 ▲5八金 △8二玉 ▲1六歩 △3六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3七歩 △3四飛 ▲6六歩 △5四歩

▲6七金右 △4五歩 ▲同 銀 △3五飛 ▲3六銀 △3四飛

▲4六歩 △3三桂 ▲4五歩 △5三角 ▲6八角 △7一角

▲3八飛 △3五歩 ▲2七銀 △4五桂 ▲4六歩 △4四銀

▲6五歩 △4七歩 ▲4五歩 △同 銀 ▲7七桂 △4四角

▲7五歩 △3一飛 ▲5八飛 △3六歩 ▲3八飛 △4一飛

▲7四歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲2八飛 △3三角

▲8六桂 △8四歩 ▲3六銀 △同 銀 ▲2四角 △同 角

▲同 飛 △4八歩成 ▲3六歩 △4七飛成 ▲2一飛成 △4一歩

▲3二龍 △7三銀打 ▲7五歩 △5八と ▲7四歩 △6二銀

▲2八角 △3七歩 ▲同 角 △同 龍 ▲同 桂 △6九と

▲7三銀 △同 桂 ▲同歩成 △同銀左 ▲7四歩 △6二銀

▲5二龍 △同 金 ▲7三金 △同銀左 ▲同歩成 △同 玉

▲7四歩 △6二玉 ▲7三銀 △5一玉 ▲7二銀成 △7九と

▲同 金 △4八飛 ▲6八桂 △4二玉 ▲4五飛 △同飛成

▲同 桂 △4四銀 ▲2一飛 △3二銀 ▲2二飛成 △2三金

▲5三銀 △同 銀 ▲2三龍 △4四角 ▲5三桂成 △同 金

▲4三歩 △同 金 ▲5一銀 △3一玉 ▲2一金 △同 銀

▲4三龍 △4九飛 ▲4一龍 △2二玉 ▲2三歩 △1二玉

▲3二金 △9七銀


まで146手で風切の勝ち

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