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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第65章 2017年度秋季個人戦2日目(2017年10月22日日曜)
435/487

421手目 大差

挿絵(By みてみん)


 大塒おおとやくん、だいぶ考えている。

 私はその光景を見て、

西海にしうみくんとは対極か……」

 とつぶやいた。

 平賀ひらがさんは耳ざとく、

「え、なぎさがどうかしました?」

 とたずねた。

 私は、さっきの対局の話をした。

 平賀さんは、

「あー、風切かざぎり先輩対策ですか。渚は凝り性だからなあ」

 と返した。

 西海くんの居飛穴即指し作戦は、失敗した。

 大塒くんも、その情報は聞いているだろう。

 私は、

「西海くんの工夫がダメだったから、正攻法を採用したのかしら? ここまでは普通の相振りだし、時間攻めもしてないわよね」

 と自問自答した。

 すると平賀さんは、

「そこまで考えてないと思いますよ」

 と言った。

「そう?」

「そんなに気にするタイプなら、今どき飛車振ってませんって」

 一理ある。


 パシリ


 あ、指した。


挿絵(By みてみん)


 2七金か。

 無難な手だと思う。

 風切先輩は30秒ほど考えて、6四歩。

 こちらも収めた。

 1六歩、1四歩。

 じりじり展開──かと思いきや、大塒くんは、いきなり3四歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 同飛なら3五歩、3二飛、3六金の流れか。

 これは2七金の時点で考えてたわね。

 風切先輩は、この順に乗らなかった。1五歩と再開戦した。

 平賀さんは、

「これ続きます? 金がいるから突破できないような……」

 と首をかしげた。

「端の突破じゃなくて、5五歩と突く準備じゃない?」

「あ、そっか、5五歩は厳しいですね」

 身内びいきになるけど、この時点で風切先輩が指しやすいと思う。

 相振りは力戦に近いから、棋力差がそのまま出やすいのよね。

 まあ、さっきの話と同様で、そんな細かいことを振り飛車党は考えないだろう。指しやすいとか指しにくいというレベルで気にするなら、AIが不利と判断している戦法を指す必要がない。

 現に、大塒くんも全然平気そうなようすだった。

 1五同歩、5五歩、同銀直、同銀、同角、同角、同銀。


挿絵(By みてみん)


 清算完了。

 中央がさっぱりした。

 風切先輩は、ここで1五香。

 味付けが効いてきた。

 同香なら1八銀だ。

 平賀さんは、

「なるほど、こうやって破るんですね」

 と感心した。

 同香、1八銀、3六金、2九銀不成。


挿絵(By みてみん)


 さあさあ、このままだと後手が一方的に攻める展開だ。

 大塒くんもそれを嫌って、8四歩と突いた。

 同歩に4一角を決める。

 残り時間は、先手が13分、後手が15分。

 風切先輩は露骨な時間攻めをしないから、こんなもんかな、と。

 4二飛、2三角成、5二飛。


挿絵(By みてみん)


 平賀さんは、

「手順に当たるの、痛いですね。これがなきゃ3三歩成なのに」

 と言った。

 まあそうなんだけど、それならもっと別の局面になってるわけで。

 大塒くんは1分使って、5六香。

 単に4六銀は、ジリ貧と見たっぽい。

 ただ──

「これ、5四歩と打たれたら、めんどくさくならない?」

 平賀さんも同意した。

「たしかに、香車が活きなくなりますね」

 風切先輩も、ここで考えた。

 5四歩と打たないなら、単に1八角だと思う。

 んー……けっこうむずかしいか。

 よくよく読んでみたら、5四歩にもデメリットはある。

 それは飛車が活用できなくなること。

 5四歩は先手の攻めを遮断する代わりに、後手の飛車筋も遮断してしまう。

 だったら1八角で攻めたほうが、いいかも。

 風切先輩は、さっきよりも真剣な表情だった。

 難解だと評価している証拠だ。

「……こっちか」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻めた。

 今度は大塒くんが考える番だった。

 大塒くんはその高い背をすこし曲げて、盤全体を見回した。

 そして、1四馬と引いた。

 平賀さんは、

「バランス勝負にしましたね」

 と言った。

 風切先輩も2二飛と回って、便乗した。

 この瞬間、大塒くんが反応した。

 親指でくちびるをなでで、歩を手にした。

 そのまま固まる。

 平賀さんは、

「歩? ……歩を使うところ、あります?」

 と言って、怪訝そうだった。

「8三歩じゃない?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「王様の吊り出しですか?」

「ううん、叩き続けたら、銀を吊り出せるでしょ」

「……あ、そこで6四銀か」

 そうそう、8三歩、同玉、8五歩、同歩、8四歩、同銀、6四銀。

 同玉なら回避できるけど、それは王様の位置が悪い。

 先手は豊富な歩を使うことで、敵陣を一気に崩せる。

 ただ、反動も大きそう。

 大塒くんは残り10分を切るまで考えて、8三歩と打った。

 ギャラリーの誰かが、ルビコン川だな、とつぶやいた。

 たしかに、渡ったら引き返せない攻めだ。

 風切先輩もこの順は覚悟していたらしく、すぐに取った。

 同玉、8五歩、同歩、8四歩。

 どっちで取る? 銀? 玉?


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 さあ、6四銀。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? 指さない?

 大塒くんは腕組みをして、高みからまっすぐ盤を見つめていた。

 風切先輩も、それに違和感をおぼえていないようだ。

 私は読みなおす──もしかして、そんなに良くならない?

 6四銀、同金、同飛のあと、決め手に欠ける。

 平賀さんは、

「6四銀、同金、同飛、6三歩くらいでも鬼ムズですね」

 と分析した。

 ですね。そこから5四飛とスライドするのは、危険。

 4四桂くらいで痺れる。4六金は5四角成で抜かれるから、できない。

 そもそも、6四同飛の時点で4四桂が効くのでは、という疑惑も。

 3六桂と跳ねた手が王手だから、見た目以上に厳しそう。

 ギャラリーが見守る中、大塒くんは、残り5分で動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 え、玉引き?

 意図は分かる。4四桂~3六桂の筋を、回避したのだろう。

 でも、間に合う?

 風切先輩は、前髪をなおした。

 読みを外されたような気配。

 私は平賀さんに、

「この手、どう?」

 とたずねた。

「直接的には王手回避だと思いますけど……手渡しくさい気も……」

 なるほど、後手はなにか指さないといけない。

 でも4四桂は、現時点ではできないのよね。

 7三銀と戻るのは、意味がない。8四歩と、もう一回打たれるだけ。

 その一手がむずかしい、ってこと?

「……」

「……」

 両対局者、微動だにしない。

 風切先輩も、10分を切るまで考え抜いた。

 結論は、3八銀成。


挿絵(By みてみん)


 渋い。5九玉も渋かったけど、これもまた渋い。

 大塒くんは30秒使って、6四銀と出た。

 ここで攻めるのか。

 同金、同飛、6三歩、5四飛。

 今度こそ4四桂、と思いきや、2五歩だった。


挿絵(By みてみん)


 露骨な馬筋カット。

 大塒くんは5一飛成で、ついに大駒の成り込みを果たした。

 と同時に、私はあることに気づいた──これ、後手勝勢では?

 平賀さんも、

「なんか先手負けっぽくないです?」

 と、目を白黒させていた。

 いつの間にそうなった?

 風切先輩が指しやすいかな、くらいの印象はあった。

 けど、ここまで差がひらいているとは、予想していなかった。

 サッカーの試合で応援してたら、いつの間にか3-0になってた、みたいな展開。もちろん、応援してるほうが勝ってるからいいんだけど、なんでこうなった感が強い。

 風切先輩は、悠々と3六角成。

 大塒くんは6八玉。

 そう、これを上がらないといけない。

 でないと7八金で、必至が見えるかたちになってしまう。

 風切先輩は、当然に6六桂と追撃。

 6七銀打、5八桂成、同銀、4八成銀、6九金、8七金。

 だんだん手が速くなってくる。

 7九桂、5八成銀、同玉、7八銀打。


挿絵(By みてみん)


 この段階で、大塒くんは1分40秒ほど残していた。

 けど、

「一手一手ですね。投了します」

 と言って、あっさり投げた。

 風切先輩は、

「ありがとうございました」

 と一礼した。

 感想戦は、大塒くんの、

「2二飛と回られたところから、だいぶ苦しくて……」

 という一言で始まった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 風切先輩も、

「このへんは、俺がいいよな」

 と同意した。

 うーん、そうなのか、全然気づかなかった。

 先手もわりとイケるのでは、と思ってた。

 大塒くんは、

「どこが悪かったですか?」

 と素直に訊いた。

「5六香じゃないか?」

「単に4六銀でした?」

「いや、それは潰れる。俺だったら、5六銀で厚くする」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 なるほどね、5六香は、最後まで働いていなかった。

 一時的に飛車を射程に入れただけだ。

 大塒くんは、かるくうなずいた。

「完全に力不足でした。また挑戦します。ありがとうございました」

場所:2017年度 秋季個人戦2日目 男子3回戦

先手:大塒 俊琉

後手:風切 隼人

戦型:先手向かい飛車vs後手三間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3五歩 ▲7七角 △3二飛

▲8八飛 △3六歩 ▲2八銀 △3七歩成 ▲同 銀 △3六歩

▲2八銀 △4二銀 ▲4八玉 △7四歩 ▲7八銀 △3三銀

▲3八金 △6二銀 ▲8六歩 △4四銀 ▲8五歩 △7三銀

▲5八金 △7二金 ▲3七歩 △同歩成 ▲同 銀 △3六歩

▲4六銀 △5二金 ▲6五歩 △6二玉 ▲6七銀 △7一玉

▲9六歩 △5四歩 ▲9五歩 △8二玉 ▲2六歩 △5三金

▲5六銀 △6四歩 ▲同 歩 △同 金 ▲6八飛 △6三金引

▲2七金 △6四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲3四歩 △1五歩

▲同 歩 △5五歩 ▲同銀直 △同 銀 ▲同 角 △同 角

▲同 銀 △1五香 ▲同 香 △1八銀 ▲3六金 △2九銀不成

▲8四歩 △同 歩 ▲4一角 △4二飛 ▲2三角成 △5二飛

▲5六香 △1八角 ▲1四馬 △2二飛 ▲8三歩 △同 玉

▲8五歩 △同 歩 ▲8四歩 △同 銀 ▲5九玉 △3八銀成

▲6四銀 △同 金 ▲同 飛 △6三歩 ▲5四飛 △2五歩

▲5一飛成 △3六角成 ▲6八玉 △6六桂 ▲6七銀 △5八桂成

▲同 銀 △4八成銀 ▲6九金 △8七金 ▲7九桂 △5八成銀

▲同 玉 △7八銀


まで104手で風切の勝ち

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