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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第64章 スーパー銭湯(2017年10月15日日曜)
429/487

415手目 ポニーテール

 新宿の夕暮れどき。

 最後のお寺を回った私たちは、駅のほうへもどってきた。

 学生や買い物客は帰宅して、おひとりさまが増えてくる時間帯。

 外は秋めいていた。だんだんと暗くなりかけている。

 風が心地よい。街の匂いを運んでくる。

 ララさんは、テイクアウトのアイスコーヒーを片手に、

「というわけで、日本に来た。OK?」

 と締めくくった。

 私はなんというか──あっけに取られていた。

 聞いちゃマズかったかな、という気すらした。

香子きょうこ、どうしたの?」

「え……あ、ううん、日本に来るまで、けっこう大変だったんだな、って」

 私がそう答えると、ララさんはひとさしゆびを眉間にそえて、目を閉じた。

「んー、大変だったかって言われると、ビミョー。大学入るの簡単だったし」

 なんですか、自慢ですか。

 とはいえ、ララさんの話が盛られていないなら、じつは受験エリートなのでは。

 親がサンパウロ大学を推したってことは、合格ラインだった可能性が高い。

 私がそんなことを思っている横で、大谷おおたにさんは、

都ノみやこのでの学業は、簡単だと感じられますか?」

 とたずねた。

 ララさんは、外国人専修日本文化学科。

 日本語や日本の文化を学ぶところだ。

 テストやレポートの話を聞いた限り、専門性はそこまで高くない。

 ララさんは、ストローを口に含んだまま、しばらく考えた。

「……簡単じゃないと言ったら、ウソになるかな」

「ややセンシティブな質問かもしれませんが、大学というものは、専門知識を深める場だと、拙僧は考えております。日本語がおぼつかない学生や、日本文化をよく知らない学生にとっては、専門性があるかもしれません。しかし、南さんは、どちらにも該当していないのではありませんか」

「Oh! ひよこ、今日はキビシイね」

「失礼なコメントであったのなら、謝ります」

「いやいや、正論ってやつだよ。正直ね、日本の大学、思ったより簡単すぎた。みんな勉強してないじゃん」

 だ、だいぶずけずけと言うわね。

 あんまり反論できないけど。

 ララさんはアイスコーヒーを飲んで、ちょっとタメ息をついた。

 そこには、憐憫をまじえた笑みがこぼれていた。

「ま、ニッポンの場合は、ちょっとsimpatiaあるけどね」

 シンパティアはシンパシーだろうな、と当たりがついた。

 私は、なにに同情してるのか、と尋ねた。

 ララさんは、

「だってさ、大学で勉強したおとなが、国をどんどん衰退させてるわけじゃん。大学で勉強する意味あるの、って下の世代は思うよね」

 と答えた。ララさん節、爆発。

 なんだか危ない話になってきたから、私は、

「そろそろ夕食を考えない?」

 と、話題を変えた。

 いろいろ相談して、パスタ屋さんに。

 とちゅうでショッピングをしながら移動した。

 お店は、すごくシンプルな店舗だった。

 テーブルが規則的に並んでいて、余計な装飾はなし。

 でも、口コミが良かったから選択。

 入店して、先にドリンクだけ頼む。

 6人掛けのテーブルへ通してもらえた。ラッキー。

 穂積ほづみさんと粟田あわたさんも、10分ほどして到着。

 テーブルのとなりに来られるまで、気づかなかった。

 穂積さんは、開口一番、

「はぁ~、疲れた」

 と言って、空いている席にどかりと座った。

 私は、

「お疲れさま、どうだった?」

 と尋ねた。

「4位」

 えーとですね、それがどれくらいのポジションなのか、わからないわけですが。

 私が訊きなおそうとするまえに、粟田さんは、

「あれだけの人数でベスト4は、すごいよ~」

 と、やたら感心していた。

 その感心のうらには、じぶんはダメだった、というオーラが出ていた。

 案の定、粟田さんは入賞しなかったらしい。

 どうやら、穂積さんの4位は、全体で4位。

 ホールにはたくさんひとがいたし、まあすごいのかな、と思う。

 穂積さんは、メニューを見ながら、

「だけどなあ、最後のアレ振らなきゃ、3位だったなあ」

 と、なにやらご不満のようす。

 私は、

「理不尽なことでも、あった?」

 と尋ねた。

「オーラスでハクの地獄単騎にぶっ刺さった」

 くッ、説明されてもわからない。

「将棋に喩えると、一番詰まないほうへ逃げたら、それだけ詰んだ、ってパターン……比較しても、あんま意味ないか。みんな、なに頼む?」

 横合いから、メニューをながめる。

 私は、ボロネーゼをチョイス。

 他の4人も、めいめいパスタを注文した。

 大谷さんは、キノコの和風パスタ。

 穂積さんは、ペペロンチーノ。

 ララさんは、ナポリタン。

 粟田さんは、たらこバター。

 前半の会話は、おたがいにどう遊んだのか、に集中。

 穂積さんと粟田さんも、スーパー銭湯には行きたかったらしい。

 穂積さんは、パスタを巻きながら、

「乙女にはスパが必要なのよ」

 と言い出した。

 みんな、うんうんとうなずく。

 ララさんは、

「いいヘッドスパのお店、知ってるよ」

 と言って、何件か教えてくれた。

 それから、私のほうを見て、

「とくに香子は通ったほうがいいと思う」

 と言ってきた。

 私は焦る。

 もしや、髪質が悪化している? 枝毛? ぱさぱさ?

「ど、どうして?」

「そのポニテは頭皮に悪い」

 なかなかのたまわってくれますね。

 とはいえ、このポニテ、じつはけっこうがんばってるのよ。

 結び方からして、頭皮をひっぱらないといけない。

 しかも重い。

 高めにむすんで、肩下まである。どうしても、うしろに重心が行く。

 首や肩の筋肉で、姿勢を調整しないといけなかった。

 粟田さんは、

「香子ちゃんレベルの綺麗なポニテ、校内でも他に見ないよね~」

 と言った。

 でしょ、むふふふ。

 一方、穂積さんは、じぶんの頭頂部のまとめ髪をさわりながら、

「私も変えよっかなあ。血流が悪くなってる気がする」

 と、あくまでも自分のことを心配していた。

 すると、ララさんは、

八花やつかが髪おろすと、印象けっこう変わるなあ」

 と言った。

「そう?」

「このまえの合宿で思った。香子もかなり変わる」

 こんどは私が、そう?、と尋ねる番だった。

「香子はめっちゃ変わるよ。毛の量が多いから、下ろしたらガチロングじゃん」

「ま、まあ、そうだけど……」

 穂積さんも、

「髪下ろしたときの香子、赤学あかがく慶長けいちょうにいそうな感じだった」

 とつけくわえた。

 それは褒めてるんですか?

 ああだこうだ言い合っていると、ララさんは、

「あれ、ひよこ、さっきから黙ってるね」

 と指摘した。

 大谷さんはすまし顔で、もくもくと和風パスタを食べていた。

「ひよこ~」

 大谷さんは箸をおいて、紙ナプキンで口もとをふいた。

「はい、なにか」

 ララさんは頬をふくらませた。

「なにか、じゃないよ~、話、聞いてた?」

「はい、多少は」

 返答がそっけなかったので、ララさんは不満げだった。

 ソファーのシートに、背中をもたれかからせて、

「こういうときは、ちゃんと褒めなきゃ。いよ、香子のポニテ、日本一」

 と注意した。

 なんで歌舞伎みたいなんですかね。

 大谷さんは、さようですね、と前置きした。

「たしかに、裏見さんのポニーテールは、なかなかよいものだと思います。が……」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………が?

 が、なに?

 私は思わず、

「私のポニテ、なんか変?」

 と尋ねてしまった。

「いえ、むしろご立派。しかし、世の中は広い。嘘も方便と言いますが、真理を追究するのも、これまた仏の道。拙僧といたしましては、日本一という言い方はできません」

 ???

 大谷さん、急にどうしたんですか?

 それじゃあまるで、日本一を知っているかのような──あッ!

 私は察してしまった。

 はあ、ふーん、なるほどね。

 じゃあ、私のほうが譲歩して──ってなるわけないでしょッ!

 なんで神崎かんざきさんに譲歩しないといけないのよ。

 あれこそ、ただうしろで結んでるだけ。

「裏見さん、今、邪念がありましたね」

「いえ、ありません」

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