412手目 レッドカード
ふわあ、よく寝た。
今日は日曜日。団体戦も終わって、イベントのない休日。
男子は今日から個人戦。でも、女子に参加義務はない。
個人戦は個人戦という、都ノの内部ルールだ。
松平たちにはもうしわけないけど、今日は休ませてもらう。
歯をみがいて、SNSを返して、動画サイトを見て、それからブランチ。
今日は、料理インフルエンサーに教えてもらった、簡単パスタを作ります。
まず、スパゲティーニ100g、しめじ適量、焼きのり適量を用意。
フライパンにオリーブオイルをしいて、しめじを炒める。
炒め終わったら、フライパンにお水を300mlそそぐ。スパゲティーニも半分に折って入れて、めんつゆを30mlを加える。ふたをして、8分ゆでる。
8分たったら、ふたを開けて、お箸で混ぜながら水気を飛ばす。
お皿に移して、焼きのりをまぶして、できあがり。
キノコの和風パスタ。
私はローテーブルに座って、お箸で食べた。うん、おいしい。
さすがにお店のレベルじゃないけど、十分。
とちゅう、焼きのりをふりかけなおして、完食。
オレンジジュースを飲む。
スマホをさわりながら、追加の連絡を確認。
アクシデントは、なし。
松平から、個人戦開始の連絡があったくらい。
がんばってね~と返しておく。
それじゃ、着替えましょ。
今日は、気のおけないメンバー5人で遊ぶことに。
私、大谷さん、穂積さん、ララさん、粟田さん。
穂積さんと粟田さんは、新宿の麻雀大会に出るらしく、実質的には、私と大谷さんとララさんで遊んだあと、お夕飯で合流、という流れ。
このワンピースでいいかな。
私はお出かけ用のバッグを持って、駅へ。
集合場所は、新宿西口。
到着したあと、すこし迷った。あいかわらず複雑すぎ。
それにすごい人ごみで、先へ進むのも一苦労。
目印のところで、大谷さんを発見。先に来てくれていて、助かった。
穂積さんと粟田さんも、ぎりぎりの電車で到着。
ララさんは先に新宿に来ていたらしく、改札とは違う方向からあらわれた。
ララさんは、開口一番、
「よーし、出発だーッ!」
と言って、先頭を切った。
まずは、麻雀大会の会場へ。
参加しないメンバーも、一応場所を押さえておく、ということに。
夕方の集合場所としても、わかりやすいらしい。
私たちは、ふだん行かない方向へ移動し始めた。
地下街をどんどん進んで、そこから地上へ。
高架橋の線路の近くに出た。
このまま大通りを進むのかな、と思いきや、目の前のビルだった。
私は、
「え、カラオケ?」
と声を出した。
看板に【カラオケ】と書いてあったからだ。
穂積さんは、
「ここの3階」
と言って、壁をゆびさした。
プレートに、テナントの情報が書かれていた。
ララさんは、
「麻雀動物園……すごい、caosそう」
とつぶやいた。
た、たしかに。
穂積さんは、
「いざ、出陣」
と言って、エレベーターに乗りこんだ。
私は、
「じゃ、私たちはここで」
と言って、解散しようとした。
ところが、粟田さんは、
「香子ちゃ~ん、ちょっとくらい応援して~」
と泣きが入った。
私は困ったような笑顔で、
「観てもわからないから、ちょっと……」
と返した。
「開始まではいて~あと15分だよ~」
いやいや、私は大谷さんとララさんに、助けを求めた。
すると、ララさんは、
「よーし、社会勉強だァ」
と言って、エレベータに乗りこんでしまった。
こら、そこは空気を読む。
私は大谷さんのほうを見た。
大谷さんは手を合わせて、目を閉じた。
「ギャンブルは煩悩ですが、人助けをせずに遊びたいという欲望もまた、煩悩。ここはひとつ、後者を取ることにいたしましょう」
マジですかッ!
チーン
エレベーターのドアがひらく。
こぎれいな白い壁が、視界に広がった。
私たちは廊下に出て、ガラス製のドアへ歩み寄った。
穂積さんが、遠慮なしに開ける。
さまざまな雑音とともに、店員さんの声が聞こえた。
「いらっしゃいませー」
ラーメン屋みたいな、威勢のいいあいさつ、かと思いきや、わりと丁寧。
音楽も、なんだか落ち着いたものだった。
どこかデジャブ。
穂積さんは、
「へぇ、レディース仕様になってるんだ」
と言った。
はあ、さいですか。
普段はこんな感じじゃないんだ。
大会で貸し切られているらしく、すぐそばに受付があった。
開始10分前だけあって、すでに着席しているひとが大半。
よくこんなギリギリに待ち合わせたわね。肝が据わってる。
受付には、女の人がふたりいて、笑顔をふりまいていた。
「あ、こんにちは~参加者のかたですか~?」
穂積さんは、そうだ、と答えた。
「参加証をお願いしま~す。QRコードで~す」
穂積さんと粟田さんは、スマホを提示した。
受付のお姉さんたちもスマホを出して、専用のアプリで読み取った。
「はい、ありがとうございま~す。画面に出た番号の席に座ってくださ~い。では、次のかた~」
お姉さんのひとりが、私のほうを見た。
私は慌てて、
「あ、すみません、私たちは見学です」
と答えた。
「あ~、ちょっと会場にスペースないので~」
ですよねえ。
じゃ、退散しましょ。
粟田さんたちに、またあとで、と私は言いかけた。
ところが、いきなりうしろで女性の声がした。
「はい、またお会いしたわね」
げぇ、この声は──ふりむくと、スーツ姿の女性が立っていた。
くわえタバコおばさん、もとい、麻雀プロの南原さんだった。
「香子ちゃんだっけ、あなた、ほんとに麻雀できないの? おばさんをからかってない?」
いえ、違います、ほんとうにできません。
私は愛想笑いをしながら、
「今日は、友だちの付き添いで……すぐに失礼します」
と答えた。
南原さんは、電子タバコをくわえて、カチリとやった。
あたりに、ケミカルな香りが漂う。
「ま、ゆっくりしていきなさい」
いえいえいえ、すぐに帰ります。
私は大谷さんとララさんに、退店を促そうとした。
ところがふたりは、麻雀用のテーブルのそばで、なにやら見物をしていた。
「ひよこ、これなんに使うの? 東って書いてあるけど?」
「風水でしょうか」
こら、早く出る。
私はふたりに、声をかけようとした。
その瞬間、別の男性から声をかけられた。
ディジットの和泉さんだった。
和泉さんは髪型から服装まで、今日もビシっとキメていた。ブランドものの白いシャツ、黒のズボン、黒のネクタイで、シャツはズボンから出していた。なんだかホストみたい。
ララさんは、
「お、ちょ~イケメンじゃん」
と騒いだ。
お静かに。
和泉さんは、私たち3人に微笑んで、
「いらっしゃいませ。もうしわけありませんが、観戦スペースはありませんので、開始後はお帰りいただくことになります。それまでは、おくつろぎください」
と言った。
今すぐ帰ります、と答えるよりも早く、南原さんは、
「べつにいいんじゃない、開始後も。そのルール、おじさんよけなんだし」
と口を挟んだ。
とにかく解放してください。
麻雀観戦がどういうものかは、別の機会*に体験してる。
知らないひとが見てても、わけがわからない。
「大谷さん、そろそろ……」
そのとき、ドアがひらいた。
スポーツキャップをかぶった少年が、ネクタイをなおしながら入室。
麻雀界の2人目のプリンス、不破煌くんだった。
「おはようございまーす」
ララさん、また反応。
「ヤバい、またイケメン発見。ねえねえ、きみ、渋谷に有縁坂っていうカフェあるんだけど、こんど来ない? お姉さんが、お安くしてあげるよ」
なんで逆ナンパ始めるんですか。
私は頭をかかえた。
「ララさん、あなたカレシいるでしょ」
「香子、ピはお試し期間だよ。どんどん試さないと」
「大谷さん、なにか言って」
「色即是空空即是色」
ララさんの煩悩パワーに、大谷さんが混乱しているッ!
てんやわんやになっていると、パンと手を叩く音が聞こえた。
見れば、南原さんが眉間にしわを寄せて、両手を合わせていた。
「はい、ここはナンパスポットじゃない。お客さんたち、レッドカード」
*165手目 又従兄弟のプリンス
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