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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第64章 スーパー銭湯(2017年10月15日日曜)
426/487

412手目 レッドカード

 ふわあ、よく寝た。

 今日は日曜日。団体戦も終わって、イベントのない休日。

 男子は今日から個人戦。でも、女子に参加義務はない。

 個人戦は個人戦という、都ノみやこのの内部ルールだ。

 松平まつだいらたちにはもうしわけないけど、今日は休ませてもらう。

 歯をみがいて、SNSを返して、動画サイトを見て、それからブランチ。

 今日は、料理インフルエンサーに教えてもらった、簡単パスタを作ります。

 まず、スパゲティーニ100g、しめじ適量、焼きのり適量を用意。

 フライパンにオリーブオイルをしいて、しめじを炒める。

 炒め終わったら、フライパンにお水を300mlそそぐ。スパゲティーニも半分に折って入れて、めんつゆを30mlを加える。ふたをして、8分ゆでる。

 8分たったら、ふたを開けて、お箸で混ぜながら水気みずけを飛ばす。

 お皿に移して、焼きのりをまぶして、できあがり。

 キノコの和風パスタ。

 私はローテーブルに座って、お箸で食べた。うん、おいしい。

 さすがにお店のレベルじゃないけど、十分。

 とちゅう、焼きのりをふりかけなおして、完食。

 オレンジジュースを飲む。

 スマホをさわりながら、追加の連絡を確認。

 アクシデントは、なし。

 松平から、個人戦開始の連絡があったくらい。

 がんばってね~と返しておく。

 それじゃ、着替えましょ。

 今日は、気のおけないメンバー5人で遊ぶことに。

 私、大谷おおたにさん、穂積ほづみさん、ララさん、粟田あわたさん。

 穂積さんと粟田さんは、新宿の麻雀大会に出るらしく、実質的には、私と大谷さんとララさんで遊んだあと、お夕飯で合流、という流れ。

 このワンピースでいいかな。

 私はお出かけ用のバッグを持って、駅へ。

 集合場所は、新宿西口。

 到着したあと、すこし迷った。あいかわらず複雑すぎ。

 それにすごい人ごみで、先へ進むのも一苦労。

 目印のところで、大谷さんを発見。先に来てくれていて、助かった。

 穂積さんと粟田さんも、ぎりぎりの電車で到着。

 ララさんは先に新宿に来ていたらしく、改札とは違う方向からあらわれた。

 ララさんは、開口一番、

「よーし、出発だーッ!」

 と言って、先頭を切った。

 まずは、麻雀大会の会場へ。

 参加しないメンバーも、一応場所を押さえておく、ということに。

 夕方の集合場所としても、わかりやすいらしい。

 私たちは、ふだん行かない方向へ移動し始めた。

 地下街をどんどん進んで、そこから地上へ。

 高架橋の線路の近くに出た。

 このまま大通りを進むのかな、と思いきや、目の前のビルだった。

 私は、

「え、カラオケ?」

 と声を出した。

 看板に【カラオケ】と書いてあったからだ。

 穂積さんは、

「ここの3階」

 と言って、壁をゆびさした。

 プレートに、テナントの情報が書かれていた。

 ララさんは、

「麻雀動物園……すごい、caosそう」

 とつぶやいた。

 た、たしかに。

 穂積さんは、

「いざ、出陣」

 と言って、エレベーターに乗りこんだ。

 私は、

「じゃ、私たちはここで」

 と言って、解散しようとした。

 ところが、粟田さんは、

香子きょうこちゃ~ん、ちょっとくらい応援して~」

 と泣きが入った。

 私は困ったような笑顔で、

「観てもわからないから、ちょっと……」

 と返した。

「開始まではいて~あと15分だよ~」

 いやいや、私は大谷さんとララさんに、助けを求めた。

 すると、ララさんは、

「よーし、社会勉強だァ」

 と言って、エレベータに乗りこんでしまった。

 こら、そこは空気を読む。

 私は大谷さんのほうを見た。

 大谷さんは手を合わせて、目を閉じた。

「ギャンブルは煩悩ですが、人助けをせずに遊びたいという欲望もまた、煩悩。ここはひとつ、後者を取ることにいたしましょう」

 マジですかッ!


 チーン


 エレベーターのドアがひらく。

 こぎれいな白い壁が、視界に広がった。

 私たちは廊下に出て、ガラス製のドアへ歩み寄った。

 穂積さんが、遠慮なしに開ける。

 さまざまな雑音とともに、店員さんの声が聞こえた。

「いらっしゃいませー」

 ラーメン屋みたいな、威勢のいいあいさつ、かと思いきや、わりと丁寧。

 音楽も、なんだか落ち着いたものだった。

 どこかデジャブ。

 穂積さんは、

「へぇ、レディース仕様になってるんだ」

 と言った。

 はあ、さいですか。

 普段はこんな感じじゃないんだ。

 大会で貸し切られているらしく、すぐそばに受付があった。

 開始10分前だけあって、すでに着席しているひとが大半。

 よくこんなギリギリに待ち合わせたわね。肝が据わってる。

 受付には、女の人がふたりいて、笑顔をふりまいていた。

「あ、こんにちは~参加者のかたですか~?」

 穂積さんは、そうだ、と答えた。

「参加証をお願いしま~す。QRコードで~す」

 穂積さんと粟田さんは、スマホを提示した。

 受付のお姉さんたちもスマホを出して、専用のアプリで読み取った。

「はい、ありがとうございま~す。画面に出た番号の席に座ってくださ~い。では、次のかた~」

 お姉さんのひとりが、私のほうを見た。

 私は慌てて、

「あ、すみません、私たちは見学です」

 と答えた。

「あ~、ちょっと会場にスペースないので~」

 ですよねえ。

 じゃ、退散しましょ。

 粟田さんたちに、またあとで、と私は言いかけた。

 ところが、いきなりうしろで女性の声がした。

「はい、またお会いしたわね」

 げぇ、この声は──ふりむくと、スーツ姿の女性が立っていた。

 くわえタバコおばさん、もとい、麻雀プロの南原なんばらさんだった。

「香子ちゃんだっけ、あなた、ほんとに麻雀できないの? おばさんをからかってない?」

 いえ、違います、ほんとうにできません。

 私は愛想笑いをしながら、

「今日は、友だちの付き添いで……すぐに失礼します」

 と答えた。

 南原さんは、電子タバコをくわえて、カチリとやった。

 あたりに、ケミカルな香りが漂う。

「ま、ゆっくりしていきなさい」

 いえいえいえ、すぐに帰ります。

 私は大谷さんとララさんに、退店を促そうとした。

 ところがふたりは、麻雀用のテーブルのそばで、なにやら見物をしていた。

「ひよこ、これなんに使うの? 東って書いてあるけど?」

「風水でしょうか」

 こら、早く出る。

 私はふたりに、声をかけようとした。

 その瞬間、別の男性から声をかけられた。

 ディジットの和泉いずみさんだった。

 和泉さんは髪型から服装まで、今日もビシっとキメていた。ブランドものの白いシャツ、黒のズボン、黒のネクタイで、シャツはズボンから出していた。なんだかホストみたい。

 ララさんは、

「お、ちょ~イケメンじゃん」

 と騒いだ。

 お静かに。

 和泉さんは、私たち3人に微笑んで、

「いらっしゃいませ。もうしわけありませんが、観戦スペースはありませんので、開始後はお帰りいただくことになります。それまでは、おくつろぎください」

 と言った。

 今すぐ帰ります、と答えるよりも早く、南原さんは、

「べつにいいんじゃない、開始後も。そのルール、おじさんよけなんだし」

 と口を挟んだ。

 とにかく解放してください。

 麻雀観戦がどういうものかは、別の機会*に体験してる。

 知らないひとが見てても、わけがわからない。

「大谷さん、そろそろ……」

 そのとき、ドアがひらいた。

 スポーツキャップをかぶった少年が、ネクタイをなおしながら入室。

 麻雀界の2人目のプリンス、不破ふわあきらくんだった。

「おはようございまーす」

 ララさん、また反応。

「ヤバい、またイケメン発見。ねえねえ、きみ、渋谷に有縁坂うえんざかっていうカフェあるんだけど、こんど来ない? お姉さんが、お安くしてあげるよ」

 なんで逆ナンパ始めるんですか。

 私は頭をかかえた。

「ララさん、あなたカレシいるでしょ」

「香子、ピはお試し期間だよ。どんどん試さないと」

「大谷さん、なにか言って」

色即是空しきそくぜーくう空即是色くうそくぜーしき

 ララさんの煩悩パワーに、大谷さんが混乱しているッ!

 てんやわんやになっていると、パンと手を叩く音が聞こえた。

 見れば、南原さんが眉間にしわを寄せて、両手を合わせていた。

「はい、ここはナンパスポットじゃない。お客さんたち、レッドカード」

*165手目 又従兄弟のプリンス

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/165

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