表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第63章 2017年度秋季団体戦3日目・後半(2017年10月8日日曜)
425/487

411手目 夢

挿絵(By みてみん)

 表彰会場。

 教室がごった返す中で、大谷おおたにさんは教卓の前にいた。

 表彰役は、八千代やちよ先輩だった。

 風切かざぎり先輩は、自分の大学ということで、辞退。

 副会長の速水はやみ先輩は、引退しちゃったから、八千代先輩はその代理。

「2017年度秋季団体戦、Bクラス準優勝、都ノみやこの大学将棋部殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰し、2018年度春季よりAクラスに所属することを認めます。関東大学将棋連合、副会長代理、傍目はため八千代やちよ

 パチパチパチ、拍手ぅ。

 そのあとは風切先輩がもどって、C級の表彰へと移った。

 最後の賞状を配ったところで、風切先輩は、

「えー、傍目さん、なにか連絡事項はありますか?」

 とたずねた。

 八千代先輩は、

「みなさん、おつかれさまでした。大会の運営につき、ご協力ありがとうございました。連絡事項が、ふたつあります。ひとつ、王座戦の出場校を決めるトーナメントは、11月上旬に2週かけておこないます。Cの優勝校、Bの優勝校、Bの準優勝校、Aの4位から8位までは、1週目からです。勝ち上がった大学は2週目へ進出し、Aの3位と当たります。そこで勝った大学が、Aの準優勝校と出場枠を争います」

 Aの準優勝校は帝大ていだい、3位は大和やまと

 そこから4位の慶長けいちょう、5位の八ツ橋やつはし、6位の治明おさまるめいと続いた。

 7位の首都工と8位の日センは、A級陥落。

 だけど、予選の参加資格はあった。

 Bの優勝校は聖ソフィア、準優勝は、うち。

 Cの優勝校は房総ぼうそう

 以上、10校のうち、慶長以下が1週目から。

 八千代先輩は、さらに事務連絡を続けた。

「もうひとつ、個人戦ですが、これも昨年通り、来週から男子が、再来週から女子が開始となります。以上です」

 風切先輩は、ほかになにかありませんか、とたずねた。

 特に返事はなかった。

「それでは、2017年度秋季団体戦を終了します。おつかれさまでした」


  ○

   。

    .


 そのあと私たちは、電電理科の校舎で反省会。

 戦勝ムードで、にぎやかだった。

 そこから祝勝会へ移行。ファミレスで食事。

 わいわい食べて、2時間ほどで解散になった。

 1年生もいる手前か、上級生は飲酒を控えていた。

 けど、話題は尽きないから、大いに盛り上がった。

 秋の夜は早く、そして長い。

 すっかり暗くなった東京の街で、私たちは三々五々、解散した。

 オフィスの電灯と、信号機のランプが、お祭りの提灯のように見えた。

 風切先輩、三宅みやけ先輩、穂積ほづみ先輩の3人は、居酒屋へ行くことに。

 その去りぎわ、風切先輩はふりかえって、

「まさか、ここまで来るとはな。夢みたいだ」

 と言った。

 私たちは、背筋が伸びた。

「よく考えたら、バカな約束をしたもんだ。ありがとうには早いかもしれないが、言っておくよ。ありがとう」

 返す言葉はなかった。

 感謝のセリフを、ひとりひとりが、異なるニュアンスで受け止めていた。

 風切先輩はそれ以上なにも言わず、夜の繁華街へ消えていった。

 一気に緊張が解ける。

 松平まつだいらは、うんと背伸びをした。

「さーて、帰るとするか。眠くなってきた」

 すべてのイベントが終わって、一気に疲れがきたらしい。

 私もそんな感じだった。

 大学の近くに住んでいるメンバーは、固まって帰りましょう、という話になった。

 ところが、そこへ電話がかかってきた。

 火村ほむらさんからだった。

 私は奇妙に思いながらも、電話に出た。

「もしもし?」

《香子? さっきMINEしたんだけど、既読がつかなかったからさ》

「あ、ごめんなさい、ちょうど打ち上げが終わったとこ」

《あたしはこれから、ひとりでバーに行くんだけど、香子も来ない?》

 すごく限定した指名で、私はいぶかしんだ。

「バー? 私とふたりきりで?」

 どういう風の吹きまわしか、と私はたずねた。

 火村さんは、去年の秋の打ち上げをおぼえていないか、と返した。

「去年? ……あ、カクテルがどうこう*、の話?」

《励まし会にするつもりだったんだけどねえ、約束は約束だし》

 あんな約束、よく覚えてたわね。

 私はすっかり忘れていた。

《香子、20歳になったんでしょ?》

「ええ、まあ……ちょっと待って」

 私はスマホを押さえながら、松平に、

「火村さんが、私とふたりで飲みたい……って言ってるんだけど」

 と、小声で伝えた。

「飲みたい? なにを?」

「たぶん、お酒」

 松平は、なんだ、そんなことか、という調子で、

「いいんじゃないか。火村とは普段から、個人的に遊んでるんだろ」

 と答えた。

 私は、大谷さんにもたずねた。

「今宵は、無礼講でよいでしょう。楽しんできてください」

 そっか……じゃあ、お言葉に甘えて。

 私はスマホを耳にあてた。

「もしもし、オッケーよ」

《じゃ、先に行って待ってる》

 場所は、例のジャズクラブだった。

 火村さんは、常連客みたいな雰囲気で、カウンター席に座っていた。

 私は、その左どなりに腰を下ろした。

 バーテンダーさんは、蝶ネクタイをしたダンディなおじさんだった。

 私たちの顔を見て、

「お客さんたち、なにかいいことでもありましたか?」

 とたずねた。

 火村さんは、まあね、と返した。

「香子、お酒は慣れた?」

「ううん、20歳にはなったけど、まだ一度も飲んでない」

 火村さんは、そう、と言って、バーテンダーさんへ向きなおった。

「私には、ブラッディメアリーのトマト多め、ステアで。味付けはペッパーだけ。こっちのお嬢さんには、ジントニック、ジン少なめ、1:5くらい」

 なんだか、勝手に注文されてしまった。

 バーテンダーさんは、氷の入ったグラスに、お酒とトマトジュースを注いだ。

 それを細いスプーンでかき混ぜて、できあがり。

 最後に、なにやら粉をかけた。

 コショウの香りが鼻をついたから、コショウだとわかった。

 バーテンダーさんは、それを火村さんに出したあと、すぐに次のグラスへ。

 こんどは、2種類の透明な液体を混ぜた。

 カットしたライムを、グラスのへりに乗せて、できあがり。簡単。

「どうぞ」

 バーテンダーさんは、私にもグラスを出した。

 火村さんはグラスをあげて、

「おたがいの昇級を祝して、乾杯」

 と言った。

 私も、それをマネた。

 どれどれ……ちょっと緊張する。


 ゴク


 ……ん? 美味しい……っていうか、これってお酒なの?

 独特の香りと、甘味がする。

 最初は、ライムが溶け込んでいるのかと思った。

 でも、この大きさでグラス全体の味を変えるのは、ムリそう。

 私は、

「なんだか炭酸ジュースみたい」

 とつぶやいた。

 バーテンダーさんは、にっこりと笑って、

「炭酸ジュースみたいなものですよ。ジンというお酒に、トニックウォーターを入れるんです。トニックウォーターというのは、炭酸水に砂糖や柑橘類を混ぜたものですから、まさに炭酸ジュースです。はじめてのかたでもスッと飲めますが、アルコールはしっかり入っているので、がぶがぶ飲まないでくださいね」

 と教えてくれた。

 ふーん、よくわかんないけど、印象と中身は、だいたい一致していた。

 柑橘系ジュースは嫌いじゃないから、3分の1くらい、すぐに飲んでしまった。

 たしかに、これは危ない。

 お腹がいっぱいじゃなかったら、2、3杯は平気で飲めそう。

 私はグラスを置いて、火村さんにお礼を言った。

「ごちそうさま……でも、なんでおごる気になったの?」

 火村さんは、飲みかけの手をとめた。

 天井を見上げて、椅子のうしろのほうへ、体重をかけなおした。

「そうねえ……あたしなりの賭け金の支払い、ってとこかしら」

 私は、どういう意味か、とたずねた。

 火村さんは、グラスをなでながら、

「都ノは上がれないと思ってた」

 と答えた。

 失礼な発言だとは、まったく思わなかった。

 聖ソフィアと京浜けいひんor立志りっしというのが、大半の予想だったっぽい。

 実際、電電理科に負けた時点で、アウトに近かった。

 火村さんは、

「ま、勝負は水ものだし、都ノの最終日は、素晴らしかったわ。戦力的に、じゃなくて、立ち回りが、ね」

 と、歯に衣着せぬ物言い。

 私はあきれつつ、

「このままだと、Aではきびしいと思う」

 と答えた。

「でしょうね。うちも、ひとのこと言えないんだけどさ」

 火村さんの言う通りだった。

 日センと首都工の出戻りから考えても、Aは異次元の強さだ。

 今回みたいな奇策は、まず通用しないと考えていい。

 火村さんは、

「来年度、戦力補強の予定、ある?」

 とたずねた。

 私は、

「それは各校、秘密でしょ」

 と返した。

「たしかーに」

 火村さんは、お酒を一気に半分ほど飲み干した。

 グラスを置き、嘆息する。

「とりあえず、王座戦を目指しましょ、王座戦。チャンスが来たんだから」

 そう、チャンスは来た──来てしまった、というほうが、正しいかもしれない。

 部を立てなおすとき、王座戦出場を約束した。

 もしかすると、あれはタテマエだったんじゃないかとも思う。

 あるいは、夢。

 夢は夢として語られている限り……なんといえばいいんだろう……安全?

 無害? 空虚? 妄想?

 どれもぴったりこない。ただ、王座戦出場は、ひとつの夢だった。

 心のどこかでは、叶わないと思っていたような夢だ。

 今、リアルになる可能性がひらいた。

 そのことがなぜか、無性に怖くなるのだった。

*210手目 キャラバン

https://ncode.syosetu.com/n0474dq/211

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ