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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第63章 2017年度秋季団体戦3日目・後半(2017年10月8日日曜)
424/488

410手目 メイクドラマ

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 長嶋ながしまさんは、7九金で角も取った。

 駒を補充して、一気に寄せるつもりのようだ。

 私は受けを考える。

 2一香が第一感。

 でも、4四歩と突かれるのが痛かった。

 取れないし、そこで7九馬とするようでは、間に合っていない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は先に7九同馬とした。

 長嶋さんは3三歩で、いよいよラストバトルに。

 周囲には、ひとが集まり始めていた。

 決勝席なのでは──そういう余計な考えを、一切振り払う。

 とにかく勝つ。

 同玉、2四銀成、4二玉、3三角、5二玉。

「5一角成だッ!」


挿絵(By みてみん)


 決めにきたッ!

 私は慎重に59秒使う。

 こちらは詰まない──けど、5三銀と置かれたかたちが、ほぼ必至に見える。

 先手玉を詰ませるしかない。

 詰む? わからない。7八銀から入るか、7五桂から入るか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同玉。

 長嶋さんはノータイムで6三銀と置いた。


挿絵(By みてみん)


 最悪。7四香の王手を消しにきた。

 受けもな……い?

 王手ラッシュしてれば、飛車を抜く順が成立するのでは?

 私は歯を食いしばって、懸命に読んだ。

 1分将棋の中、7八銀の王手にしぼって読む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7八銀と打つ。

 長嶋さんはノータイムで7六玉。

 8三飛……8三飛が王手で銀抜き、というルートがあれば、助かる。

 だったら、6七角は不適切。8五玉にならないから。

 反対側から打つ? 8七角とか……いや、全然ダメか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 こっちッ!


挿絵(By みてみん)


 私はチェスクロを押した。

 銀捨てじゃない。同玉なら5八角で即死する。

 これで8五玉と上げさせる。

 以下、8三飛、8四金、6三飛で、銀を抜く。

 長嶋さんは、8五玉と上がりかけた。

 手を止める。

「これは……」

 お願い、上がって。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ダメだ、予定通りにいかない。

 こっちだけ一方的な詰めろになっている。

 私は攻防の手を考えた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5五飛ッ!」

 5筋を受けつつ王手。

 私はチェスクロを押した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ……ああッ!

 5三桂なら詰んでたッ!

 背中がカッと熱くなった。激しく動揺する。

 長嶋さんは、6四玉と立った。

 ま、待って、これでも詰むんじゃない?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………つ、詰まない。

 完全にミスった。勝ってたのに。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 怒ったように5三金と置く。

 方針転換だ。自玉をとにかく安全にする。

 7三玉、6四角、8三玉、6三金。


挿絵(By みてみん)


 この局面で、長嶋さんはノータイム指しをやめた。

 明らかに詰まないから、時間を使ってもいいと判断したようだ。

 私も読み続ける。

 気持ちを支えるのが、とにかく大事。

 裏見うらみ香子きょうこ、くじけるな。

 高校竜王戦の決勝は、もっと大変だったでしょ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6五桂。

 飛車の横利きを消しつつ、馬に当ててきた。

 私のほうも、持ち駒が乏しい。馬は渡せない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! これだッ!


「7四銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車を消す。

 それだけじゃない。

 この飛車を入手すれば、大駒4枚全部こっちのもの。

 先手は点数負けする。

 長嶋さんも、あッとなった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同飛成、同桂、8二銀。

 長嶋さんは、8二銀をかなりためらっていた。

 もちろん、これが最善。受けないと先手が詰む。

 だけど、後手玉が寄る可能性もなくなった。

 6六桂で、上部を開拓する。

 5三歩、5二歩、3三成銀、4二金、2四金。

 長嶋さんは、必死に寄せようとしてきた。

 6五飛、7三歩、6二玉、7二歩成、5三玉。


挿絵(By みてみん)


 絶対的安全圏へ。

 4二成銀、5四玉、9一銀不成、7五飛、8二銀不成。

 長嶋さんは、まだなにかを狙っている雰囲気だった。

 4七銀成に、4九香と打ってきた。


挿絵(By みてみん)


 これは……二歩狙いか。

 4八歩だと反則。

 私は3七角成と入った。

「7六歩」

 ん? 叩き?

 ……あ、吊り出したあと、4七香、同馬、8八銀で、抜くつもりか。

 9回裏2アウト2ストライクの状況で、粘られている。

 観客からのあとひとつコールはない。

 盤のまえには、私しかいなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 同飛、7七歩、8六飛、8四歩、5九香成、4七香。


挿絵(By みてみん)


 長嶋さんは金銀を入手した。

 狙われているのは、8六の飛車だ。

 私は慎重に読んだ。

 あと一球。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同馬。

 長嶋さんは、9四玉。

 私は大きく息をついた──最後のボール。

「8四飛」


挿絵(By みてみん)


 追い回されていた飛車を差し出す──詰みだ。

 入玉狙いの変化球からの、ストレート。

 この手を見た長嶋さんは、腕組みをした。

 しばらく盤を見つめたあと、どこか納得したように、うなずいた。

「ホームラン打っても、勝てないときは勝てないね……僕の負けだ」

 うわあああ、と、周囲が沸いた。

 第一声は、知らない男子の、

「聖ソフィア、都ノみやこので確定だ」

 というひと声だった。

 そのあと、続々とチームメンバーの声があがった。

 でも、私の耳には、遠くからのざわめきのように聞こえた。

 きちんと入ってきたのは、長嶋さんの感想戦のほうだった。

「8三飛で王手銀取りをかけられたほうが、よかった?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 私は、

「これは先手に手がないので、後手優勢かな、と……」

 と返した。

「さすがにこれはないか。じゃあ、7八銀と打たれた時点で、悪いのかもなあ」

 そのあたりは、判断がつきかねていた。

 そもそも、どの段階で、どちらが良かったのだろうか。

 私はひとまず、詰み筋があったことを指摘した。

 長嶋さんは、だったら先手負けだね、とつぶやいた。

 けど、終盤の入り口のところは、後手が苦しかった。

 なにかあったと思う。

 ここで口を出したのは、慶長けいちょう児玉こだま先輩だった。

 児玉先輩は、今日は黒ぶちのメガネをかけていた。

「この対局、めちゃくちゃ難しかったよね。外野でも検討してたけど、よくわからなかったし……僕と公人きみひとが相談したのは、5一角成、同玉のあと、5二歩で一回叩く順」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同玉なら5三歩で追撃して、同玉、7三飛成。5三歩に4一玉は、5二金で、簡単に詰むからね。このとき、6三の合駒がなんであれ、詰むんじゃないか、って話」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 え……これで詰んでるの?

 私と長嶋さんも、にわかに気をとりなおして検討した。

 結論として、7三飛成の段階では詰んでいる、ということになった。

 一番難しかったのが、6三金の受け。4四銀と透間に捨てて、同歩に4三金と、送りの手筋を使うことになる。以下、同玉、6三龍と追っていけばいい。

 八ツ橋やつはし土御門つちみかど先輩は、扇子でパタパタしながら、

「この詰みを見つけなくとも、6五桂で王手馬取りをかければ、先手勝ち、という話じゃな。そもそも、わしと児玉がこの順を検討しとったのは、7三飛成~6五桂で馬抜き、という可能性を思いついたからじゃ」

 そっか、この抜きがあるなら──長嶋さんは、

「いや、これは見えなかった。教えてもらわないと指せないよ」

 と言った。

 先手の勝ち筋が、難解だったパターンか。

 一同、納得しかけたところで、別のひとの声が聞こえた。

 晩稲田おくてだ志邨しむらさんだった。

 志邨さんは、野次馬のすみっこのほうにいた。

「それ、危なくないですか」

 疑問形だったけど、どこか断言している響きがあった。

 土御門先輩は、

「む、その心は?」

 とたずねた。

「6九角で、先手が逆に詰んでると思うんですよね」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 え……これで詰んでるの?

 そんなことってある?

 タダ捨てなんだけど……志邨さんが言うなら、なにかありそう。

 児玉先輩は、

「同龍、7五桂?」

 とたずねた。

「ですね。8八玉に7七銀ともう一回捨てて、詰みだと思います」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これには、その場にいた全員がざわついた。

 土御門先輩は、うーむ、とうなりながら、扇子を閉じた。

「足りておるのか? 飛車香のみで、斜め駒はないが……」

 児玉先輩は、黙って読んでいた。

 私も読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、これ、同玉だと9七飛があるのか。

 そこで6八玉と引くのは、6七桂成、7九玉、9九飛成だ。

 5六の香車が、脱出をブロックしていた。

 9七飛に7八玉も、8七桂成、6七玉、5七香成、7六玉、7七成桂、7五玉、7四金で詰んでいた。上部の押さえは金1枚でいい。これに気づいた時点で、7七同玉のかたちは他も全部詰む、ということが理解できた。

 問題は、取らないときだけど……これも詰みそう。

 というか、銀を取って詰むんだから、残したらおおよそ詰む。

 児玉先輩は、

「なるほどねぇ、馬抜きはダメなのか」

 と感心した。

 じゃあ、私の勝ち……か。

 とはいえ、自力では、まったく気づかなかったと思う。

 長嶋さんも、この奇跡的な順については、もう評価をしなかった。

「今回は僕たちの負けだね。昇級おめでとう。立志りっしは不滅だから、また来期には戻ってくるよ。ありがとうございました」

 長嶋さんは、ふとももに手をあてて、深々と一礼した。

 私も、頭をさげた。

「ありがとうございました」

【2017年度秋季団体戦B級最終結果】

挿絵(By みてみん)


 1位 聖ソフィア大学

  チーム勝数8.5 勝ち星41.5

 2位 都ノ大学

  チーム勝数7.5 勝ち星38.5


 ── 昇級ライン ──


 3位 立志大学

  チーム勝数7 勝ち星37


場所:2017年度 秋季団体戦3日目 9回戦

先手:長嶋 貞

後手:裏見 香子

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △7二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲3八銀 △7七角成

▲同 銀 △4二銀 ▲2六歩 △3二金 ▲3六歩 △6四歩

▲3七桂 △3三銀 ▲6八玉 △4二玉 ▲4六歩 △7四歩

▲9六歩 △9四歩 ▲4七銀 △7三桂 ▲2九飛 △6三銀

▲4八金 △8一飛 ▲4五歩 △6二金 ▲6六歩 △3一玉

▲5六銀 △5四歩 ▲2五歩 △4一玉 ▲4七銀 △5二玉

▲5六銀 △4一玉 ▲6七銀 △3一玉 ▲4六角 △5五角

▲同 角 △同 歩 ▲4六角 △5四銀 ▲7九玉 △5一飛

▲1五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲同 角 △6三金

▲7五歩 △8三角 ▲7四歩 △同 角 ▲2六飛 △3六歩

▲同 飛 △3四歩 ▲2六角 △2九角成 ▲1五香 △1四歩

▲同 香 △同 香 ▲1五歩 △5六歩 ▲同 銀 △3九馬

▲4六飛 △8六歩 ▲同 歩 △5五香 ▲7四歩 △5六香

▲7三歩成 △5五銀 ▲6三と △4六銀 ▲6二角成 △8一飛

▲7二馬 △5一飛 ▲6二馬 △8一飛 ▲7二馬 △5一飛

▲7三馬 △7一飛 ▲7二と △4八馬 ▲7一と △5七馬

▲8八玉 △2二玉 ▲1四歩 △1八飛 ▲1三歩成 △同 玉

▲1九歩 △同飛成 ▲1四歩 △2二玉 ▲1三桂 △7六歩

▲5一飛 △3一金打 ▲2一桂成 △同 玉 ▲6四馬 △7七歩成

▲同 桂 △4二銀打 ▲同 馬 △同 銀 ▲1三銀 △1一歩

▲2四桂 △8七歩 ▲9八玉 △9七銀 ▲同 玉 △9九龍

▲9八金 △7九角 ▲8七玉 △2四歩 ▲2二香 △同金寄

▲同銀成 △同 玉 ▲1三銀 △3二玉 ▲9九金 △5一銀

▲7二飛 △6二桂 ▲7九金 △同 馬 ▲3三歩 △同 玉

▲2四銀成 △4二玉 ▲3三角 △5二玉 ▲5一角成 △同 玉

▲6三銀 △7八銀 ▲7六玉 △6七銀不成▲6五玉 △5五飛

▲6四玉 △5三金 ▲7三玉 △6四角 ▲8三玉 △6三金

▲6五桂 △7四銀 ▲同飛成 △同 桂 ▲8二銀 △6六桂

▲5三歩 △5二歩 ▲3三成銀 △4二金 ▲2四金 △6五飛

▲7三歩 △6二玉 ▲7二歩成 △5三玉 ▲4二成銀 △5四玉

▲9一銀不成△7五飛 ▲8二銀不成△4七銀成 ▲4九香 △3七角成

▲7六歩 △同 飛 ▲7七歩 △8六飛 ▲8四歩 △5九香成

▲4七香 △同 馬 ▲9四玉 △8四飛


まで202手で裏見の勝ち

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