408手目 フルスイング
※ここからは、香子ちゃん視点です。
最終戦、私たちは会場に集合。
A級は、ひとつ早く終わっていた。観戦者が増えている。
太宰くんや又吉くん、それに奥山くんの姿もあった。
応援ではなく、来期のようすをうかがいにきているのだろう。
幹事のひとは、入り口の野次馬をかきわけて、入ってきた。
「観戦者は、奥に寄ってください。これからオーダー交換です」
野次馬は、教室のうしろへ移動した。
私たちのテーブルでは、松平と、立志の長嶋さんが、代表に出た。
立志から読み上げが始まる。
「立志、1番席、副将、3年、長嶋貞」
「都ノ、1番席、副将、2年、裏見香子」
「2番席、四将、2年、押坂彦人」
「2番席、四将、2年、大谷雛」
「3番席、六将、3年、田口雅春」
「3番席、五将、3年、三宅純」
「4番席、八将、4年、伊集院究」
「4番席、六将、3年、風切隼人」
「5番席、九将、1年、安西惇平」
「5番席、七将、2年、穂積八花」
「6番席、十将、2年、波光大輝」
「6番席、八将、1年、愛智覚」
「7番席、十二将、1年、鈴木完」
「7番席、九将、1年、平賀真理」
……ハマった。完全に作戦通り。
あいての長嶋さんは、うーん、という表情だった。
けど、そこまで気落ちしていないらしく、他の部員に声かけを始めた。
松平は席を立って、
「これで互角だと思う。あとは頼んだ」
と言った。
私たちはうなずいて、着席。
長嶋さんは、部長として1番席に座っていたから、そのまま対峙するかっこうに。
幹事のひとは、
「オーダー交換が終わったところから、振り駒をお願いします」
と指示した。
私は振り駒を一度ゆずった。
長嶋さんは、
「それじゃあ」
と言って、そのまま振った。
歩が3枚。
「立志、奇数先」
「都ノ、偶数先」
びみょう。
もともと棋力で優位な大谷さんと風切先輩が先手。
いい勝負の穂積さんと平賀さんが後手。
私も後手。これはうれしくなかった。というのも、長嶋さんの将棋は楽観主義で、ポンポン攻める傾向があるからだ。幹事会で話したことがある、という三宅先輩の情報によると、事務方としては慎重派。つまり、普段の性格と、指し手が一致しないタイプだ。仮に私が先手番なら、長嶋さんにムリ攻めをさせる計画もあった。そうならなかった以上、長嶋さんの攻めに私がどう対応するか、という流れになりそう。
教室内は、じゃっかんざわついていた。
私語が完全にやんだのは、開始1分前の宣言のときだった。
「私の時計で、あと1分です。準備はだいじょうぶですか?」
返答はなかった。
緊張感が高まる。
泣いても笑っても、秋の団体戦は、これで決まる。
幹事のひとは、スマホをじっと見つめていた。
「……それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押した。
長嶋さんは、ノータイムで7六歩。
気負いもなにもない。
私は8四歩と応じた。
7八金、8五歩、7七角、3四歩、6八銀、7二銀。
居飛車を選択。
1六歩、1四歩、3八銀、7七角成、同銀、4二銀。
これは……棒銀含み?
私はちょっと警戒した。
でも、杞憂だった。
長嶋さんは2六歩と突いて、普通のかたちにもどっていく。
3二金、3六歩、6四歩、3七桂、3三銀。
あ、もしかして、6五歩からの突っかけを警戒された?
ありえた。
秋の団体戦で、私は後手速攻を披露したからだ。
この時点では、7四歩~7三桂が間に合わなくなっていた。
仕方がないから、手なりで応じる。
6八玉、4二玉、4六歩、7四歩、9六歩、9四歩。
先手に攻めさせるしかない、か。
4七銀、7三桂、2九飛、6三銀、4八金、8一飛。
長嶋さんは、4五歩と突き越した。
後手が受け身になった。
もちろん、無策だったわけじゃない。
ここまでの指し手で、だいたいの方針は決めた。
「6二金」
千日手を狙う。
長嶋さんの棋風からして、打開してくるはず。
そこでカウンター。
6六歩、3一玉、5六銀、5四歩、2五歩、4一玉。
王様をうろうろする。
4七銀、5二玉、5六銀、4一玉、6七銀、3一玉。
ん? 千日手を受けそう?
パシリ
私は意表を突かれた。
この打開策は、まったく読んでいなかった。
5六歩、4一玉、7九玉、5二玉、5七角くらいかな、と。
んー、4六角……あまりいい手にみえない。
私は5五角と打った。
同角、同歩で手得する。
パシリ
もう一回打ってくるのか。
長嶋さんは、こんなもんでしょ、という感じで、チェスクロを押した。
私は口もとに手をあてた。
すこし考え込む。
打開を誘ったのは、こっちだ。
だから、予定通りではある。
問題なのは、打開の手が意外だったこと。
手損したうえで、さらに角打ち。
狙いは読める。4六に大砲をすえて、1筋だ。
バットをぶんぶん振り回すような棋風。
細かい話はおいておいて、当たればいい、というノリだ。
ボールを投げているがわとしては、不安になる。
「……」
ううん、棋理でいきましょう、棋理で。
いい手とは、やっぱり思えない。
ムリに打開してきたらカウンター、という作戦だったのだから、一貫させる。
私は5四銀と上がった。
7九玉、5一飛。
長嶋さんは、端に着手した。
さて……カウンターのカウンター。
先手は歩がないから、1五同歩に垂らす歩がない。
3五歩、同歩、同角が金当たりで、このあたりをいじってきそう。
以下、6三金、7五歩が予想される。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これが本命かな。
7四歩まで決められたら、後手陣は崩壊してしまう。
……………………
……………………
…………………
………………意外と通ってるか。
7筋のキズを消し去る方法は、なさそうだ。
でも、4六角がいい手に思えない、という自説は、揺るがなかった。
私は残り時間が20分を切ったところで、1五同歩とした。
3五歩、同歩、同角、6三金、7五歩。
ここで変化球を投げる。
「8三角」
これで受ける。
後手も角を使って、一見、イーブンの展開。
じっさいには、利きが違う。私の角のほうが利いている。
長嶋さんは、7四歩。
フルスイングモード。
私も全力投球。
同角、2六飛、3六歩、同飛、3四歩、2六角、2九角成。
先着ッ!
だけど、長嶋さんが待っていたのは、このタイミングだった。
「1五香だッ!」
突っ込んでくる。
1四歩、同香、同香、1五歩。
「5六歩ッ!」
さすがにこっちのほうが速い。
同銀、3九馬で、金取りに当てる。
長嶋さんは、4六飛とガードした。
8六歩、同歩を入れてから、5五香。
駒得を活かして、一気に攻勢へ。
長嶋さんは、ひげの剃り跡をなでた。
「うーむ」
やれるだけやって、あとで困るタイプ?
現時点では、後手に指しやすさを感じた。
私はお茶を飲む。
まだ気は抜けない。
4六角がトリッキーだったように、ここでもなにかしてくるかもしれない。
長嶋さんは3分使って、持ち駒の歩にゆびを伸ばした。
「こうかな」
パシリ
よし、これは読んであった。
私は5六香と突っ込む。
7三歩成、5五銀、6三と、4六銀。
おたがいに猪突猛進。
長嶋さんは、イケる、と読んだらしい。
力強く6二角成とした。
私は8一飛と逃げる。
長嶋さんは、7二馬。
また千日手っぽくなってきた。
飛車と馬を往復すれば、簡単に千日手。
でも、今は後手が指しやすい。
私は残り時間を確認した。先手が15分、後手が14分。
千日手に誘導するなら、時間差はないほうがいい。
あんまりひらいたら、指しなおしが選択肢に入ってくるからだ。
「……5一飛」
組み立てを工夫する。
長嶋さんは、6二馬。
私はノータイムで8一飛と寄りなおした。
千日手誘導に見えない?
長嶋さんの性格からして、打開してくれるんじゃないかしら。
長嶋さんは30秒ほど考えて、7二馬。
5一飛に、7三馬と変えてきた。
私は喜んで、7一飛とスライド。
長嶋さんは、一瞬、7二歩と打ちかけた。
手を引っ込める。
もう30秒ほど考えて、7二と。
私は飛車を見捨てる。
「4八馬」
5一飛としないで、8一飛のまま見捨てる順もあった。
けど、こっちの順は、と金がそっぽになる。
長嶋さんはあまり気にしていないらしく、即座に7一とと取った。
5七馬、8八玉──あれ?
ちょっと待って。
これ、思ったよりよくなってないかも。
1二金がある。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
しまった……リスク軽視だった。
フルスイングの付き合いで、流されてしまった。
長嶋さんは、腕組みをして、堂々と座っていた。
まだまだ、という表情。
私はお茶を飲んで、いったん仕切り直す。
1二金を防ぐには……2二玉。
ただ、攻め合ってほんとうにダメなの?
4八飛、1二金、6七金なら、ギリギリ攻め倒せそうな気がする。
私はその筋を読んだ。
4八飛、1二金、6七金。
6七金は詰めろだ。
6一飛、4一銀、5三桂なら、7八飛成から詰む。
7九歩といったん受けても、同馬、8七玉、7八飛成。
問題は、6八桂の受け。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これだ。これも寄るなら、1二金は怖くない。
私はこのルートを潰すため、読みに入った。