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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第62章 2017年度秋季団体戦3日目・前半(2017年10月8日日曜)
420/487

407手目 詰めろ飛車取り

挿絵(By みてみん)


 ぐッ……そっちだったか。

 残り2分13秒。

 私は30秒使って、同銀不成。

 5九金、4七歩成、同歩。

 私は迷った。

 同桂成? それとも同成桂?

 直感的には前者なんだけど……6筋を解放するのが怖い。

 7七の角も、このまま封印したほうが、いいように思えた。

 例えば、4七成桂、7一銀、3二飛、4九金、5七成桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 このかたちにできない?

 初手7一銀じゃなかったら、飛車をスライドさせる余地が生じる。

 私は椅子に手をついて、読みふけった。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4七成桂。

 チェスクロを押して、姿勢をただす。

 池田さんは、スーッと息を吸って、7一銀。

 私は3二飛のスライド。


挿絵(By みてみん)


 ここから縦に飛び出せれば、勝てる。

 池田さんも、最後の時間を使った。


 ……ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5四馬。

 飛車に当ててきた。

 4九金だと思ったんだけど……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。

 私は飛車を飛び出して、敵陣に成り込めるかどうか、検討を始めた。

 3五飛に6二銀不成で、決めてきそう?

 3九飛成、7三銀成、同玉、5五角は、敗勢かもしれない。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これがダメなら、3九飛成じゃなくて──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! 時間がないッ!


 私は3五飛と飛び出した。

 池田さんは、上半身をぐッと前に出した。

 私のほうは、6二銀不成について、考えがまとまらない。

 3九飛と打って、5五角に同飛……はムリか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 え? 3六歩? ……あ、時間稼ぎか。

 もう1分欲しかったみたい。

 私は2五飛と逃げた。

 6二銀不成、5八銀成、同金、2九飛成。

 成れたッ!

 5九金打、5八成桂、同玉。


挿絵(By みてみん)


 あ……れ……そんなに良くならない。

 次に5五角と出られたら、劣勢なのでは。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は6六歩と突いた。

 池田さんはノータイムで同角。

 ま、マズい、先手も優勢を意識している。

 思ったより飛車成りの意味がなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4七金、同銀、同桂成、同玉。

「4二飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 銀を抜く。

 池田さんは4六桂合を選択。

 6二飛に6三歩。

 飛車の逃げ場所が……あるけど、隠居してしまう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8二飛と逃げる。

 6四金くらいで、かなりきつい。

 私は攻めを読んだ。

 2七龍、3七合駒、3八銀は、そのあとが続かない。

 受けて6五銀打なら、先手の攻めが遅れない? これはありそう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ!


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ッ!

 私は背筋が伸びた──背中が熱くなる。

 妙手過ぎる。激痛だ。

 池田さんは、ペットボトルを開けて、水を飲んだ。

 この手に満足しているような表情。

 私はしばらくのあいだ、くちびるをゆがめた。

 か、考えれば考えるほど、きつい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は8四銀と打った。

 銀桂交換を誘う。

 池田さんはそれに乗らないで、7一銀と打った。

 4二飛、6二歩成、6三歩、同と。


挿絵(By みてみん)


 分岐点だ。粘るか、攻めるか。

 両方は読めない。攻める。

 攻めるなら、5九龍じゃない。それは悠長過ぎる。8二金、同飛、同銀成、9三玉に7三とで、受けなしになって終わる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は2七龍と引いた。

 池田さんは、スッと5八玉。

 私は4六飛と、再度飛び出す。

 7三と、同銀。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 池田さんは、ひとさしゆび一本で、5五角と上がった。


挿絵(By みてみん)


 飛車取りッ! しかも詰めろの可能性、大ッ!

 私は前傾姿勢になった。

 息をとめて読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………チャンスボールだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6六桂」


挿絵(By みてみん)


 池田さんは、6七玉と逃げた。

 5六銀と追撃する。

 池田さんの顔色が変わった。

 まだ後手が悪い。でも、勝負形になった。

 さっきまでは、先手がまったく寄りそうになかった。今はちがう。

 7七玉、7六歩(詰めろ解除)、8六玉、8五歩、9七玉。

 私は5七龍と寄った。


挿絵(By みてみん)


 王手。

 逆転の感触は、まだない。

 私のほうは、詰めろ状態の懸念があった。

 池田さんは、8七桂と合駒しかけた。手を引っ込める。

 持ち駒を温存したいみたい。

 桂馬を手放すと、後手の詰めろが消える可能性もあった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7七歩。

 池田さんはチェスクロを押したあと、頭に手をやって、髪をつかんだ。

 私は猛烈に読みを入れる──やっぱり後手が寄りそう。

 長手数の詰みがありそうな局面だった。

 先手に即詰みはない。

 受けるなら8一桂。攻めるなら──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は7八桂成とした。

 受けても一手一手と判断したからだ。

 池田さん、鬼気迫る表情。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 ひるん……だ? それとも、飛車があれば寄るってこと?

 7三角成からの寄せは読んだけど、こっちは読んでなかった。

 ここからは、猛烈な叩き合いになった。

 同龍、8一飛、8二桂、同銀成、同銀、8四金。

「9二玉ッ!」

 端で耐えろ~ッ。

 先手は8六銀、9八玉、8七角、同歩、8八金までの詰めろ。

 池田さん、手が止まる。


 40……50……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ここで粘る……のか……二枚腰。

 8二飛成で暴発して欲しかった。

 私は深呼吸する。

 この局面は、もう逆転している。後手優勢だ。

 あとは、私がまちがえないようにするだけ。

「……7五角」

 開き王手を狙う。

 池田さんは、ノータイムで7六馬。

 8四角、7四桂、8一玉、8二桂成、同玉、7四桂、8三玉。

 ぐぐッと8五馬が指された。


挿絵(By みてみん)


 尊敬に値する手順だ。

 皮肉ってるわけじゃない。

 団体戦で、もう昇級の芽はないのに、ここまで粘るなんて。

 春もそうだった。当て馬の青葉あおばくんあいてに、全力で指していた。

 このひとは、あくまでも個人として対局しているのかもしれない。

 ひとりの将棋指しとして。

 たとえその舞台がアマ大会であっても、それはひとつの信条だ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7五金」

 介錯する。

 8四馬、同玉、5一角、7三歩、8二銀。

 私は8六金打と重ねた。


挿絵(By みてみん)


 詰み。

 池田さんは水を飲んで、腕組みをした。

 ななめに天井を見上げている。

 後悔の念が感じられた。先手は、とちゅうまで勝っていた。

 どこで逆転したのかは、判然としない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 フーッ、勝った。

 気づけば、周囲にはいくばくかの観戦者がいた。

 向こうがわで観ていた風切かざぎり先輩は、親指でグッドの仕草。

 チームも勝ったっぽい。

 決勝席というほどの人数じゃないから、まだやっているところもありそうだった。

 池田さんは、しばらくのあいだ、反省タイムを続けた。

 目を閉じて、あれこれ考えている。

「……5五角がダメだったな」

 盤面は、動かされなかった。

 けど、どの局面かは、すぐにわかった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これだ。

 池田さんは、

「詰めろっぽい飛車取りに、目がくらんだ。やるならまだ5五馬だった」

 と、ひとりで先を続けた。

「そうですね……ただ、5五角のあとも、後手が悪かったと思います」

 私たちは、そのあとをひと通り調べた。

 5五角自体は致命傷ではなく、7三角成からの詰みを逃したのが敗着だった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 同玉、6四金、8三玉、7五桂以下、長手数だけど詰む。

 これは、風切先輩が発見してくれた。

 池田さんは、

「6四金~7五桂は、見えなかった」

 と言って、この3手1組に気づかなかったことを告げた。 

 そのあと、チーム全体が終了した。

 結果は5-2。最後にララさんも拾った。

 私たちは集まって、おたがいにねぎらいあう。

 一方、べつの対局席でも、いろいろな動きがあった。

 まず、聖ソフィアは赤学あかがくに快勝。昇級決定。

 次に、京浜けいひんvs立志りっしは、立志の勝ち。京浜は5-3で脱落。

 立志は7-1で、2位を維持した。

 東方とうほうの降級も決定。もう1枠は、川越かわごえ修身しゅうしんで争うことに。

 いずれにせよ、これで繋がった。

 あとは、最終戦を待つのみ。

 飲み物の調達やお手洗いで、いったん解散。

 私は教室を出ようとしたところで、ふとだれかの視線を感じた。

 ふりむくと、ちょっと小柄な、白いTシャツを着た青年が、離れたところから、こちらを見ていた。眉毛の太い、物静かな感じのひとで、あごにかけてすとんと抜けるような顔立ちだった。だれだっけ、と思っていると、そばにいた愛智あいちくんが、

波光はこうさんです」

 と小声で教えてくれた。

 そっか、あのひとが立志の波光さんなんだ。

 波光さんは、私を見ているというより、都ノみやこのというチームを見ているようだった。

 そして、その視線は、ふいに断ち切られた。

 幹事のひとの声で。

「全対局、終了しました。第3局は、15時30分開始になります」

挿絵(By みてみん)


場所:2017年度 秋季団体戦3日目 8回戦

先手:池田 吉隆

後手:裏見 香子

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △4四歩 ▲7八金 △3二金 ▲9六歩 △9四歩

▲4六歩 △4二銀 ▲4八銀 △6二銀 ▲4七銀 △5四歩

▲3六歩 △7四歩 ▲5八金 △7三銀 ▲2五歩 △3三角

▲6六歩 △7五歩 ▲6七銀 △7四銀 ▲5六銀右 △6四歩

▲4五歩 △4三銀 ▲4四歩 △同 銀 ▲2四歩 △同 歩

▲3七桂 △7六歩 ▲同 銀 △7五歩 ▲6七銀左 △8六歩

▲同 歩 △8五歩 ▲6九玉 △8六歩 ▲8八歩 △4三歩

▲2五歩 △5二金 ▲2四歩 △2二歩 ▲2九飛 △6一玉

▲4五銀 △3五歩 ▲同 歩 △4五銀 ▲同 桂 △5五角

▲6五歩 △3七角成 ▲5三銀 △3八銀 ▲5九飛 △6五歩

▲5二銀成 △同 玉 ▲6四歩 △6二玉 ▲2三歩成 △同 金

▲4四歩 △3三桂 ▲4八金打 △4五桂 ▲3七金 △同桂成

▲4三歩成 △5五桂 ▲5六銀 △7三銀 ▲4四角 △7二玉

▲5三と △8三玉 ▲6三と △4六歩 ▲4八歩 △4九金

▲7三と △同 桂 ▲6三歩成 △同 銀 ▲5三角成 △7四銀

▲4九飛 △同銀不成 ▲5九金 △4七歩成 ▲同 歩 △同成桂

▲7一銀 △3二飛 ▲5四馬 △3五飛 ▲3六歩 △2五飛

▲6二銀不成△5八銀成 ▲同 金 △2九飛成 ▲5九金打 △5八成桂

▲同 玉 △6六歩 ▲同 角 △4七金 ▲同 銀 △同桂成

▲同 玉 △4二飛 ▲4六桂 △6二飛 ▲6三歩 △8二飛

▲7六桂 △8四銀 ▲7一銀 △4二飛 ▲6二歩成 △6三歩

▲同 と △2七龍 ▲5八玉 △4六飛 ▲7三と △同 銀

▲5五角 △6六桂 ▲6七玉 △5六銀 ▲7七玉 △7六歩

▲8六玉 △8五歩 ▲9七玉 △5七龍 ▲7七歩 △7八桂成

▲4六角 △同 龍 ▲8一飛 △8二桂 ▲同銀成 △同 銀

▲8四金 △9二玉 ▲8六桂 △7五角 ▲7六馬 △8四角

▲7四桂 △8一玉 ▲8二桂成 △同 玉 ▲7四桂 △8三玉

▲8五馬 △7五金 ▲8四馬 △同 玉 ▲5一角 △7三歩

▲8二銀 △8六金打


まで176手で裏見の勝ち

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