表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第62章 2017年度秋季団体戦3日目・前半(2017年10月8日日曜)
418/487

405手目 各校の正念場

 8回戦開始前の会場は、ひどくピリピリしていた。

 私たちのテーブルだけじゃない。

 重要な対局が、目白押しになっている。

 まず、京浜けいひんvs立志りっしの直接対決。

 現時点で、京浜は2敗(聖ソ●都ノみやこの●)、立志は1敗(聖ソ●)。

 京浜は、負けたら昇級争いから脱落する。

 次に、東方とうほう修身しゅうしんの降級争い。

 東方は、負けたらアウト、修身もすでに他力だった。

 もうひとつ、赤学あかがくvs聖ソの、強豪対決。

 聖ソがここで負けてくれれば──という、最後の砦になりそう。

 残っている川越かわごえvs電電理科でんでんりかも、降級争いに若干からんでいた。

 消化試合のない、最終戦前。

 松平まつだいら政法せいほうの主将が着席して、オーダー交換が始まった。

「都ノ、1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

 あいての主将は、ん、という感じで、くちびるをなでた。

「政法、1番席、副将、3年、池田いけだ吉隆よしたか

 予想通り。1番席からガチンコに。

「2番席、四将、2年、大谷おおたにひよこ

「2番席、三将、4年、宮崎みやざきまこと

「3番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「3番席、四将、1年、島村しまむらひろし

「4番席、八将、1年、愛智あいちさとる

「4番席、五将、1年、竹部たけべしん

「5番席、十一将、2年、星野ほしのかける

「5番席、七将、3年、山田やまだ史明ともあき

「6番席、十二将、2年、みなみララ」

「6番席、八将、2年、山極やまぎわ大二郎だいじろう

「7番席、十三将、3年、穂積ほづみ重信しげのぶ

「7番席、九将、3年、大屋おおや健一けんいち


 オーダー交換が終わった。両陣営ともに、ざわついている。

 そしてどちらかといえば、政法のほうが意外性をもって受け止めていた。

 おそらく、政法が予想していた布陣は、


 A 青葉 裏見 大谷 風切 愛智 ?? ??

 B 裏見 車田 大谷 風切 愛智 ?? ??

 C 裏見 大谷 風切 愛智 ?? ?? ??


 の3パターンだったはず。

 政法のエースは、副将の池田さん。

 その池田さんが1番席か2番席だから、私と当たるか、青葉くんと当たるか、車田くんと当たるか、大谷さんと当たるかの4択になる。政法としては、私vs当て馬、池田vs大谷が最悪だから、池田さんを1番席に固定したくなる。都ノはこれを読んだうえで、青葉くんを出して、春と同じかたちにする。だからパターンA──という、あいての読みを外した。私が池田さんと勝負する。

 政法としては、パターンAで、1、5、6、7番席の4勝を狙いたかったはず。もともと戦力差があって、政法も大勝は期待していないからだ。すると予想されるのは、愛智くんに対振りが得意なひと、6番席と7番席にレギュラー上位、という布陣。この裏をかいて、下3人を楽にした。穂積先輩を当て馬にして、セカンドエースの大屋vs南を回避。愛智くん対策をしていたであろう山田さんには、星野くんが当たる。

 この作戦の善悪は、評価がむずかしかった。

 政法のほうからも、

「こっちに有利なんじゃないか?」

「1、4、5、6、7で5-2まで狙える。がんばれよ」

 という、小声の会話が聞こえてきた。

 私は松平と交代して、1番席に座った。

 池田さんも、すぐに来た。

 すらりとした、長身細身のタイプ。

 メガネはかけてなくて、全体的に線が細かった。

 熱血タイプでもない。どこかクールな印象を受ける。

 盤をならべて、チェスクロをセットして、池田さんの振り駒。

「政法、奇数先」

「都ノ、偶数先」

 あとは、対局開始を待つ。

 幹事のひとも、スマホから顔をあげた。

「対局準備は、よろしいでしょうか? あと30秒です」

 ゴホンと、咳払いの音だけが聞こえた。

「……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:池田吉隆(政法) 後手:裏見香子(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 居飛車で勝負する。

 振り飛車で奇襲も考えたけど、池田さんは対振りが得意なようだった。

 もしかすると、愛智くんに一番ぶつけたかった人材かもしれない。

 6八銀に、私は4四歩。角交換を拒否する。

 池田さん、ここですこし小考。

 7八金、3二金、9六歩、9四歩、4六歩、4二銀。

 雁木の進行へ。

 4八銀、6二銀、4七銀、5四歩、3六歩、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 こっちの予定は、速攻。

 池田さんも、その気配を察知しているかもしれない。

 駒組みを慎重にしてきた。

 5八金、7三銀、2五歩、3三角、6六歩。

 ここで仕掛ける。

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 池田さんは10秒ほど考えて、6七銀。

 べつに珍しい仕掛けじゃない。

 池田さんレベルの強豪なら、前例をおぼえてても、おかしくなかった。

 7四銀、5六銀右、6四歩、4五歩。

 むむむ、一直線に攻め返されるか。

 このかたちは、先手のほうにパンチ力がある。

 7六歩、同銀、7五歩はそんなに痛くないけど、4四歩~4五銀と出てくるのは、受けにくいからだ。

 私はいったん、4三銀と支えた。

 4四歩、同銀、2四歩、同歩、3七桂。


挿絵(By みてみん)


 5二金と締まるか、それとも7六歩と攻め返すか──3五歩もある。

 私は、それぞれの筋を比較した。

 7六歩、同銀、7五歩、6七銀左、5二金と上がるのは、最初に5二金と締まっておく順と、若干異なる。最初に5二金は、次のターンが先手だ。そこで指す手によっては、こちらからの7六歩が間に合わない可能性も生じる。だから、7六歩を優先させたい。

 問題は、3五歩の攻めだった。これも成立しそう。同歩とは取れないから、4五銀と出てくるだろう。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 んー……7六歩、同銀、7五歩、6七銀、4三歩くらいか。

 受けに回りそう。

 自分から危ないかたちにしたあとで、受ける流れになるのは、変だ。

 すくなくとも、私の好みではない。

 となれば、7六歩、同銀、7五歩、6七銀左、8六歩の攻めが本命。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 かなり強気ではある。

 私はこの筋を、じっくりと掘り下げた。

 8六同歩に8五歩の継ぎ歩をして、取られなければ、8六歩まで押し込む。8八歩の受けに、なにか手があれば──という感じなんだけど、その手が思いつかなかった。どうしても先手に逆襲されてしまう。

 攻め続けるのは、思ったよりむずかしい。

「……7六歩」

 同銀、7五歩、6七銀左。

 私は8六歩も入れた。

 池田さんは、この手に長考した。

 本局のポイントと判断したようだ。

 池田さんは考慮中に、きょろきょろするタイプじゃなかった。

 ペットボトルの水を飲むあいだも、視線を盤に向けている。

 かなり深く読まれている気配。

 池田さんはキャップを閉めて、同歩と取った。

 8五歩、6九玉、8六歩、8八歩。

 私は4三歩と、手をもどした。


挿絵(By みてみん)


 感触は……あんまりよくない。

 池田さんも、やや前傾になって、攻めの姿勢をみせた。

 1分使って、2五歩。

 私は5二金で、さらに受けた。

 2四歩、2二歩。

 この瞬間、先手に手がない……という読み。

 あったら、困る。

 祈るような心地だった。そして、それは吉のほうに出た。

 池田さんは、2九飛と引いた。手がないのを認めた。

 私も6一玉で、手待ちする。

 池田さんは、小首をかしげた。

 なにかあるはずだ、という仕草。

 同意したくないけど、同意せざるをえない。

 プロかアマ高段なら、なにか見つけるはずの局面。

「……」

「……」

 重苦しい空気が流れる。

 私も冷たいお茶を飲んで、ひと息ついた。

 攻めてくるなら、4五銀かな。

 池田さんは、もういちど水を飲んで、天井を見上げた。

 決断フェーズに入っている。

 ペットボトルが置かれて、次の手が指された。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 チェスクロが押される。

 会場内の駒音が、思考から消えていく。

 この手に対しては……反撃したい。

 ここで先手の攻めを素直に受け入れるのは、おかしい。

 手がないはず、という理由で、この局面に誘導したのだ。

 4五銀も成立しないというのが、私の考え。

 私がメインで読んだのは、同銀、2三歩成に3八銀の強硬策。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ただなあ……うーん、4五同銀に2三歩成とは、限らない。

 同桂、5五角という進行も、当然にあった。

 それに、3五歩を入れるかどうかも、悩ましい。

 一例として、3五歩、同歩、4五銀、2三歩成or同桂。

 優劣のよくわからない分岐が、連続で登場する。

 細かく読めば読むほど、思考がまとまらなくなった。

 私は息苦しくなって、ふと顔をあげた。

 すると、腕組みをして眉間にしわを寄せる、池田さんの顔があった。

 あたりを見る。他のメンバーも、都ノ、政法を問わず、険しい顔をしていた。

 苦しいのは、私だけじゃない。

 私は深呼吸をして、ふたたび読みの海に沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ