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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第62章 2017年度秋季団体戦3日目・前半(2017年10月8日日曜)
416/487

403手目 観戦する対局者

 ともかく応援に回る。

 風切かざぎり先輩は、

愛智あいちのところは、優勢だったと思う」

 と言った。

「ほんとですか?」

「振り飛車党の俺が言うんだから、少しは信頼してくれ」

 いえいえ、疑ったわけじゃなくてですね。

 驚いたときの、ほんとですか?、ですよ。

 早速、確認に行く。


【5番席 先手:愛智あいちさとる都ノみやこの) 後手:岩井いわい綾人あやと赤学あかがく)】

挿絵(By みてみん)


 この局面を見た風切先輩は、眉をひそめた。

「これは……互角だぞ」

「せんぱーい」

「いや、さっきまでは優勢だった。どこかで間違えたらしい」

 ぬおおおお、愛智くん、がんばって。

 愛智くんは、5三とと寄った。

 同金に6三銀成とバックする。


挿絵(By みてみん)


 ん、王手金取りだ。

「5二歩とも受けられませんし、痛くないですか?」

「飛車の打ち返しがある」

 飛車の打ち返し? ……あ、そっか。

 私が納得した瞬間、岩井いわいさんも飛車をつまんだ。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……龍が消える。

 愛智くんは、首をややかしげた。

 この流れを後悔しているような仕草だった。

 10秒ほど考えて、同龍。

 以下、同金、5三成銀、同金、6一飛。


挿絵(By みてみん)


 私は、

「王手成銀取りで、良かったような……」

 と尋ねた。

「6二飛は、5二金打のカタチが良すぎてダメだ」

 囲いが復活しちゃう、ってことか。

 岩井さんは6一飛の対応に、悩んでいるようだった。

 姿勢をただして、両手を頭にやり、それからまた猫背になった。

 息苦しい空気が続く。

「どう受けるのが最善です?」

「難しいな……3一金が第一感。節約するなら、4一香もアリだ」

 風切先輩が悩む局面か。

 できれば間違えて欲しいけど……うーん。

 岩井さんは最終的に、4一金を選択した。


挿絵(By みてみん)


 この手を見て、愛智くんの手が止まった。

 どうしたの? 6八飛成一択では?

 風切先輩も、最初は怪訝そうにしていた。

 数秒後、ハッとなって、

「5四歩を考えてるのか?」

 とつぶやいた。

 5四歩? ……4三金に6三角?

 一瞬、私はそっちのほうがいいんじゃないかと思った。

 でも、ある筋が気になり始めた。

「千日手の可能性がありません?」

「ああ、5四歩、4三金、6三角、5二歩、4一飛成、同玉、5三金、4二金打なら、千日手コースになる」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ただし、と、風切先輩は付け加えた。

「5二歩に同角成と捨てれば、千日手にはならない」

「捨てて4一角ですか? 駒損で攻めが通るかどうか……」

「そこが問題だな。2二玉~1三玉と逃げれば、すぐには寄らない」

 愛智くんの残り時間は、2分。

 岩井さんも2分残している。

 千日手にするなら、このタイミングで決めないといけない。

 風切先輩は、

「今回引き分けだと、どうなる?」

 と尋ねた。

「ちょっとマズいです。うちは勝ち星が伸びていないので……」

 2敗で京浜けいひん立志りっしに並ぶと、頭ハネになる可能性があった。

 風切先輩は、頭をかいた。

「愛智に現況を伝える方法は、ないんだよな……」

 それはルール違反になる。

 外部の助言があったら、一発負けだ。

 私たちが困惑する中、愛智くんは、いきなり椅子を引いた。

 立ち上がって、他の対局テーブルを、ぐるり。

 まだ終わっていないのは、星野ほしのくんのところだけだった。

 ララさんは感想戦。

 気配からして、ララさんが負けたのは分かる。表情が若干険しいから。

 だったら──3-2と気づくのでは?

 私、大谷おおたにさん、風切先輩は、当たりからして、勝ちが見込めた。

 マルコくんとララさんの負けを察したら、現状は分かるはず。

 愛智くんは、星野くんのうしろで立ち止まった。

 なぜか観戦を始める。

 は、早くもどったほうが、よくない? 1分将棋になるわよ。

 ハラハラする中、愛智くんは、20秒ほど6番席を見つめていた。

 そして、ようやく席にもどった。

 すぐに指す。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 叩いた。

 岩井さんは、今の時間差を利用したいらしく、ノータイムで4三金。

 6三角、5二歩。

 愛智くんは、強い手つきで、4一飛成と切った。

 うわ、そっちか。

 岩井さん、一瞬だけ手が止まった。

「……同玉」

 愛智くんは、5三金と打ち込んだ。

 4二金打、4三金、同金、5三金、4二金打。

 以下、千日手コースに。

 愛智くんはもう決めていたらしく、全部ノータイムだった。

 同一局面が4回登場したところで、愛智くんは、

「千日手ですね」

 と言った。

「はい」

 残り時間は、愛智くんが1分、岩井さんが2分。

 対局規定では、少ないほうが10分になるように、時間を足す。

 つまり、愛智くんが10分、岩井さんが11分で、指し直しに。

 愛智くんはチェスクロを右に移して、駒を並べた。

「よろしくお願いします」

 チェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、2五歩、3三角、4八銀、3二飛。


【5番席 先手:岩井綾人(赤学) 後手:愛智覚(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 三間飛車に。

 9六歩、9四歩、6八玉、4二銀、5八金右。

 すごいスピードで手が進む。

 6二玉、7八玉、5二金左、7七角、7二玉。

 先手も後手も、態度をあいまいにしている。

 8八玉、8二玉。

 岩井さんは、9八香と上がった。


挿絵(By みてみん)


 風切先輩は、

「端で急戦を見せつつ、穴熊。早指しっぽい指し方だ」

 と指摘した。

「持ち時間がないから、固めてポン作戦ですね」

「愛智がどうするか……無策の千日手じゃ、ないと思いたいが……」

 その瞬間、9二香が指された。

 相穴だッ!

 9九玉、9一玉、6八金寄、5四歩、5六歩、5三銀、5七銀。

 ハッチを閉める順番も、テキトウだ。

 両者、細かいリスクを無視して囲っている。

 8二銀、8八銀、6四銀、7八金、6二金寄、7九金寄。


挿絵(By みてみん)


 典型的な相穴に。

 風切先輩は、

「すでに後手が勝ちにくいかたちだぞ」

 と懸念した。

 いやいや、それはプロの話ですよ。

 アマなら、この振り穴は全然アリ。

 ただ、これが千日手の代償かというと……うーん。

 愛智くんの狙いが読めない。

 さっきの局面をごちゃごちゃやっても、よかったような。

 局面に自信がなかったのかしら。

 7一金、2六飛、7四歩、3六飛、2二角、6八銀。


挿絵(By みてみん)


 動きが出てきた。

 次に3五歩が見える。

 愛智くん、ここで小考。残り時間は、5分。

 私は、

「いくら飛ばしても、さすがに時間が足りなさすぎですね」

 とささやいた。

「ああ、一手10秒で指しても、40手指したら400秒だからな」

 愛智くんは、4分を切ったところで、3五歩と突いた。

 岩井さんはノータイムで2六飛。

 今のは、4六飛と比較したいところだった。

 時間差を活かしたいのか、それとも前例があるのか。

 後者だと、ちょっと厳しい。

 3四飛、6六歩、3三角、4六飛。


挿絵(By みてみん)


 ん? ここでもどるの?

 風切先輩は、

「あんまり考えてないっぽい」

 と推測した。

 明確な方針があるわけじゃ、ないみたい。

 このあとも、じりじりした流れになった。

 7二金寄、1六歩、5三銀、6五歩、6二銀、2六飛、1四歩。

 おたがいに、開戦を避けてる?

 岩井さんは、もう一度4六飛ともどった。

 愛智くん、20秒ほど考えて、1二香。

 合わせるなら1八香だけど──動きそう。初めて長考している。

「5五歩」


挿絵(By みてみん)


 仕掛けた。

「先輩、どんな感じですか?」

「岩井が何回か、しくってる気はする。もうちょっとはっきりした攻めがあった。とはいえ、これでも先手持ちだ」

 5五同歩、同角、4五歩、同飛、5五角。

 空中戦に。

 同飛、4四飛、5二飛成、4七飛成。


挿絵(By みてみん)


 どちらも成り込んだ。

 体感的には、まだ互角。

 もちろん、ソフトにかけたら、先手に触れそうな気はした。

 どうしても振り飛車を低く評価する傾向があるからだ。

 岩井さんは1二龍で、香車を拾った。

 愛智くん、長考。そのまま1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5六歩。垂らした。

 岩井さんは5八歩と受けた。

 3三桂、5五角、4五桂。

 岩井さん、2度目の長考。

 角を切る……予感がする。

 5八歩は、このあと暴れる準備にみえた。


 ピッ


 岩井さんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)

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