402手目 勝算
宮内さんは、すぐに同飛。
振り飛車党なら、このあたりは考えるところじゃない。
以下、同歩、3三桂、5五歩で、私から反発した。
ノータイムで5九飛が下ろされた。
2五桂や9五歩も考えられたところですが、さて。
宮内さんは穴熊に対して、シンプルな準備をしてきたようだ。交換して打ち合って、あとはごちゃごちゃやりながら、どうにかする、と。いかにも振り飛車党らしい考え方。
私は4一飛と打ち返す。
ここで9五歩と突いてきた。
典型的な、サイドと端からの攻め。
しばらくは、いなす。
同歩、2九飛成、5四歩、5九龍、7七銀。
私の銀引きに、宮内さんは小考。
同銀成、同金上、8五桂みたいなのは、そんなに続かない。
後手は6二銀一発で崩壊するからだ。
どこかで受けないといけないことに、宮内さんが気づくかどうか。
「……6五銀」
気づいたっぽい。
私は腰を落として考える。
この時点で、先手が指しやすい。
後手は銀交換からの6二銀を回避した。
でも、キズはもうひとつある。9筋だ。
こっちは無防備。
私は9四歩と伸ばした。
9二歩とできない。歩切れだから。
宮内さんは、遅まきながらの2五桂。
8六銀、9二歩──ん? ここで9二歩?
間に合ってなくない?
これが間に合ってないから、端は通ると踏んだんだけど。
というのも、4四角と飛び出す手があるからだ。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
5四龍、1一角成なら、先手がいい……はず。
宮内さんには、これが見えていない?
ありえなくはないけど……うーん。
私は、宮内さんの棋力から、思考を逆算しようとした。
でも、それはあんまりよくないことに気づいた。
あいての棋力と関係なく、この手が成立するかどうかは、決まっている。
それが棋理というものだ。将棋は超常現象じゃない。
丁寧に読みなおす。
……………………
……………………
…………………
………………なるほど、だんだん分かってきた。
4四角、5四龍、1一角成で、後手が即潰れになるわけじゃない。
押し返されたのをみて、持久戦にするつもりなのかも。
「4四角」
私は角を飛び出した。
すると、宮内さんは、あれ?、という表情。
……………………
……………………
…………………
………………もしかして、単に読み抜けですか?
とはいえ、困ったなあ、というようすはなかった。
あっさり同金と取った。
あ~、見落としてたんじゃなくて、軽視してたパターンか。
さらに、過去形でもなくて、現在進行形で軽視してるっぽい。
4二飛成、5四龍。
宮内さんは、これでだいじょうぶ、という手つきだった。
私は高速で読みを入れる。
後手がだいじょうぶとは、どうしても思えない……けど、即潰れは、まだなかった。どうやら宮内さんは、数手以内に即死していなければ問題ない、と判断するタイプらしい。
となれば、かえってやりやすい。
このまま優勢を拡大させてもらう。
まず5五歩と叩いて、4三龍、同龍、同金、4一飛と打ちなおす。
4二歩に1一飛成。
宮内さんは、7六桂で反撃に転じた。
そうはさせない。
「3五角」
6八桂成なら、6二香で先手勝ち。
7一金と逃げても、同龍と切って詰む。
宮内さんは、1分考えて、5三角と受けた。
同角成、同金、7四歩、6八桂成、7三歩成、同桂、6八銀。
宮内さんは、6九角と打った。
7九香で補強する。この手は、敵陣も見据えている。
残り時間は、先手が10分、後手が8分。
7四歩と受けられるのが、一番面倒。
宮内さんが、それを考えているかどうか。
「……2八飛」
私は3五角と、再度打った。
宮内さんは、ここで受けを選択した。4四金打──よし。
「6六歩」
銀を仕留める。この銀が妙に利いていて、邪魔。
宮内さんは10秒ほど考えて、3五金。角を取った。
「6五歩」
「……あ」
手拍子でしたね。
3五同歩は、7八角成、同香、6八飛成で、先手潰れだった。
おそらく、この攻めに期待していたのだろう。
でも、そのタイミングはこない。後手は詰めろになっている。
宮内さんは、考え込んだ。
7四歩なら詰めろを回避できるけど、6六桂の追い打ちがある。
そこで桂頭を守る方法がない。
宮内さんは、残り5分を切るまで考えて、7四歩と置いた。
ノータイムで6六桂と返す。
6五桂、7四桂、7三玉、7五銀。
一気に寄りがたちへ。
6四歩、3五歩、7一角、6二歩。
「7七歩」
もう受からないから、宮内さんは最後の攻めに出た。
私も最後の長考。
手拍子にならないように、慎重に読む。
なんでも勝てそう、っていうときが、一番危ない。
第一感、同桂。
放置で6一歩成は、7八歩成が詰めろ。
以下、同香、同角成、7九金、8八金、同金、同馬、同玉、6八飛成。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これでも勝ちだろうけど、突っ込む必要のある順じゃない。
同様に、6一歩成のところで6一龍と切るのも、やや冒険。
私はいろいろな筋を読んだ。
結論、安全策。7七同桂。
同桂成、同銀、7八角成、8五桂、6三玉、7八香。
後手は同飛成とできない。4五角が王手龍になるから。
かといって、他に有効な手もなかった。
宮内さんは、残り時間を全部使った。
1分将棋になってから、4三金と寄る。
6一歩成、2九飛成。
思い出王手。
私は8八玉と上がった。
後手は、やることがなくなった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
勝った。任務達成。
持ち時間は、3分ほど残っていた。
宮内さんは、
「どこがおかしかったですか?」
と尋ねてきた。
応援に行きたいけど、感想戦ぶっちはできないので、対応する。
「そうですね……9二歩と受けないで、そのまま9六歩と垂らされたほうが、厳しかったかな、と」
【検討図】
「あ、そっか、本譜は攻めがなくなっちゃいましたもんね」
「同香、8四桂はイヤなので、5三歩成、同龍、1一飛成として、7六桂は受け入れる、みたいな感じだと思います」
9三歩成、同香、9四歩、同香、9五歩の順とか、あるいは5三歩成を入れずに1一飛成とする順も、ありそう。とはいえ、応援に行きたいので、細かい筋は回答から省いた。
次のセリフがなかったので、私は、
「では、チームの応援に行きます」
と言って、席を立った。
お茶のペットボトルを片手に移動。
いろいろ回ってみる。
【2番席 先手:脇聖司(赤学) 後手:車田マルコ(都ノ)】
【3番席 先手:大谷雛(都ノ) 後手:中野裕貴(赤学)】
終局
【4番席 先手:辻井保士(赤学) 後手:風切隼人(都ノ)】
終局
【5番席 先手:愛智覚(都ノ) 後手:岩井綾人(赤学)】
【6番席 先手:久石岳夫(赤学) 後手:星野翔(都ノ)】
【7番席 先手:南ララ(都ノ) 後手:桑原友助(都ノ)】
ざっと見て、2番席にもどる。
風切先輩と遭遇した。
「先輩、どうでした?」
「大谷と俺は勝ってる。裏見も勝ちだったよな?」
「はい」
この会話のあいだに、車田くんが投了。
3-1……だけど、残りが微妙。
ララさんは敗勢に見える。
星野くんは、いい勝負。
愛智くんのところは、すぐには形勢判断ができなかった。
風切先輩は腕組みをしながら、小声で、
「このオーダーの目的を、俺はまだ聞かされていないが……勝算は、あるのか?」
と尋ねた。
「あります」
ウソは吐いていなかった。
勝算はある──綱渡りをしているだけだ。
だけだ、と言っていいのかどうかは、分からないけれど。
その先に、勝ち筋はあるはず。
風切先輩は、しばらく私の目を見つめ返した。
そして、ほほえんだ。
「俺は団体戦のやりかたが、まだよくわかってない。裏見たちのほうが詳しいはずだ。そこは信頼している。お手並み拝見といこう」
場所:2017年度 秋季団体戦3日目 7回戦
先手:裏見 香子
後手:宮内 慶也
戦型:後手三間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛
▲2五歩 △3三角 ▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △6二玉
▲7八玉 △4二銀 ▲7七角 △7二銀 ▲5八金右 △5二金左
▲8八玉 △4三銀 ▲5六歩 △7一玉 ▲5七銀 △8二玉
▲7八金 △3五歩 ▲9八香 △5四銀 ▲9九玉 △6五銀
▲7五歩 △7六銀 ▲8八角 △5四歩 ▲6八金右 △4三金
▲2六飛 △4二角 ▲6六銀 △3六歩 ▲同 飛 △同 飛
▲同 歩 △3三桂 ▲5五歩 △5九飛 ▲4一飛 △9五歩
▲同 歩 △2九飛成 ▲5四歩 △5九龍 ▲7七銀 △6五銀
▲9四歩 △2五桂 ▲8六銀 △9二歩 ▲4四角 △同 金
▲4二飛成 △5四龍 ▲5五歩 △4三龍 ▲同 龍 △同 金
▲4一飛 △4二歩 ▲1一飛成 △7六桂 ▲3五角 △5三角
▲同角成 △同 金 ▲7四歩 △6八桂成 ▲7三歩成 △同 桂
▲6八銀 △6九角 ▲7九香 △2八飛 ▲3五角 △4四金打
▲6六歩 △3五金 ▲6五歩 △7四歩 ▲6六桂 △6五桂
▲7四桂 △7三玉 ▲7五銀 △6四歩 ▲3五歩 △7一角
▲6二歩 △7七歩 ▲同 桂 △同桂成 ▲同 銀 △7八角成
▲8五桂 △6三玉 ▲7八香 △4三金 ▲6一歩成 △2九飛成
▲8八玉
まで109手で裏見の勝ち