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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第62章 2017年度秋季団体戦3日目・前半(2017年10月8日日曜)
414/489

401手目 第三の案

 3日目当日──オーダー会議は、朝から紛糾していた。

 愛智あいちくんは、いつもの黒マスクで、もうしわけなさそうな顔をしながら、

「すみません、やっぱり対策はできませんでした」

 と謝った。

 これはしょうがない。

 週の真ん中あたりで、だいたい予想がついていた。

 振り飛車対策対策を1週間でしてくれなんて、注文に無理があった。

 大谷おおたにさんも、それはわかっているから、

「承知致しました。その点も考慮して、オーダーを決めさせていただきます」

 と回答した。

 愛智くんは、その場を去ろうとして──ふと足をとめた。

 ふりむいて、ちょっとためらいがちに、

「あんまり軍師もどきはしたくないんですが……赤学あかがく政法せいほうでは僕を出さないで、立志りっしのときだけ出す、というのは、アリだと思っています。意外性があるので」

 と告げた。

 波光はこうさんと当たる可能性が高いですよ、と、大谷さんは言った。

「波光先輩とは、何回か指したことがあります。今回のメンバーでは、手のうちがわかりやすいひとです。僕に対してどういう対策をしてきそうかも、想像できます」

「具体的に、どのような対策と想定しますか?」

「僕が三間か四間なら穴熊、ゴキゲンなら超速です。波光先輩は、トリッキーなことはしてこないはずです」

「なるほど……それも考慮致します」

 愛智くんは、控えテーブルへもどった。

 私と松平まつだいらと大谷さんで、悩ましい会議が始まる。

 制限時間は、30分。

 大谷さんは、まず、

「松平さんは、調子がもどらなかったという結論で、よろしいですか?」

 とたずねた。

「すまん、昨日の仮ミーティングで伝えた通りだ」

 となれば、オーダー変更の必要性、大。

 当初の予定は、


 青葉 裏見 車田 大谷 風切 愛智 松平


 うしろふたりを変更すると、


 青葉 裏見 車田 大谷 風切 星野 南


 こう……なんだけど……私は、大谷さんに確認を入れた。

「これでイケそう?」

 大谷さんは、表情を変えなかった。

 ただし、暗にノーと言っている気配があった。

 理由も察しがついた。

 平均レーティングが、さすがに下がり過ぎている。

 いくら赤学が戦力不足とはいえ、厳しいものがあった。

 松平は、

「いっそのこと、上にズラすのは、どうだ?」

 と言って、別のオーダーを提案した。


 裏見 大谷 風切 穂積 平賀 星野 南


 意外とアリ?

 そう思いきや、大谷さんは否定的だった。

「この並びでは、上3人で2勝を確保できるものの、下4人が不安定です」

 うーん、たしかに、大谷vsわきになる危険性があるし、下の組み合わせも、有利とは言えなさそう。7番席は南vs桑原くわはらが濃厚で、そこはもとからあやしい。穂積ほづみさんのあいても、そこそこ強豪になりそうだった。

 とはいえ、メリットもあった。愛智くんが、レギュラーから降りたようにみえる。政法せいほう戦も出さなければ、立志のウラをかけるかもしれない。

 私は大谷さんに、じぶんの分析を伝えた。

 すると大谷さんは、出発点にもどろう、と言い出した。

「なぜ青葉あおば裏見うらみ車田くるまだを予定したかといえば、立志戦で出るメンバーを予想させたくなかったからです。車田くんが8回戦までに出ないと、裏見、車田の並びを、除外される可能性が高くなります。ここまでは、出ていただく機会がありませんでした。しかし、赤学戦では、十分にチャンスがあります」

 その点については、私たちも理解していた。

 理由は単純で、脇くんの次の席の当て馬が、級位者だからだ。

 たぶん、じゃなくて、確実にそう。初段は明らかになかった。

 だから、車田vs当て馬、になれば、ここを拾える可能性が出てくる。

 脇くんの前の席の当て馬は、青葉くんといい勝負。

 以上を総合して、青葉、裏見、車田が初期案だった。

 私は、

「だったら、その並びでいく?」

 と確認した。

 大谷さんは、

「いいえ、現状は、当初の予定から大幅にズレが生じています。これはあくまでも、6番席を愛智くん、7番席を松平さんとし、下を安定させられることが前提でした」

 と返した。

 私は混乱した。

「初期案もダメ、松平案もダメ、となると?」

 大谷さんは、ペンを持った。

「拙僧の案を述べます。残り時間で、この案を検討します」


 開始定刻──


 オーダー交換終了後、対局会場には、ひとがごった返していた。

 最終日だけ見に来る部外者が、ちょっと混ざっているっぽい。

 そんな中、私は1番席で、赤学の宮内みやうちさんと対峙していた。

 ふっくら顔の、気の優しそうなひとだった。

 脇くんは2番席。あたらなかった。

 その脇くんは、テーブルのうえの小物を整理したあと、駒箱を仕舞った。

 そして、こう言った。

都ノみやこのは、なにか企んでいるのかな?」

 その言葉は、対局相手の車田くんに対してではなく、私に向けられていた。

 3番席の大谷さんとも考えられたけど、やや距離があった。

 私は答えなかった。

 赤学戦の並びは、最終的に──


 1番席 裏見うらみ香子きょうこ(副将・2年) vs 宮内みやうち慶也きょうや(大将・3年)

 2番席 車田マルコ(三将・1年) vs わき聖司せいじ(四将・2年)

 3番席 大谷おおたにひよこ(四将・2年) vs 中野なかの裕貴ゆうき(五将・1年)

 4番席 風切かざぎり隼人はやと(六将・3年) vs 辻井つじい保士やすし(六将・1年)

 5番席 愛智あいちさとる(八将・1年) vs 岩井いわい綾人あやと(八将・3年)

 6番席 星野ほしのかける(十一将・2年) vs 久石ひさいし岳夫たけお(十将・1年)

 7番席 みなみララ(十二将・2年) vs 桑原くわはら友助ゆうすけ(十一将・1年)


 こう。

 大谷vs脇ができるリスクを負ったうえ、下でさらにガチンコ3つを作った。

 結果は最悪にはならず、私と大谷さんは、当て馬とぶつかることに。

 1、3、4で3勝を見込んで、2、5、6、7の誰かが勝てばいい、という図式。

 ただ、2番席は難しいし、5、6、7番席の力関係も、微妙。

 風切先輩が5、愛智くんが6、南さんが7のほうが、噛み合わせはよかった。

 愛智くんは、春の団体戦で岩井くんに負けている。

 星野くんの相手の久石くんも、なかなかの実力者。

 脇くんは、

「愛智くんと松平くんの調子がよければ、赤学は大幅に不利だったからね。勝負形にしてもらったということで、満足しようか」

 と言い、それっきり黙った。

 会場が静かになる。対局準備は終わった。

 振り駒も済んでいて、都ノの奇数先。

 教壇で、幹事が声を上げた。

「えー、こちらの時計で10時から開始します」

 私は呼吸を整える。

 勝たないといけない席になった。そのプレッシャーは大きい。

「……始めてください」

「よろしくお願いします」

 一礼して、宮内さんはチェスクロを押した。

 7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、3二飛。


【先手:裏見香子(都ノ) 後手:宮内慶也(赤学)】

挿絵(By みてみん)


 宮内さんは、三間飛車を採用。

 振り飛車党なのは分かっていたから、私は方針通りに指す。

 2五歩、3三角、9六歩、9四歩。

 端を突き合ってから、6八玉と上がる。

 6二玉、7八玉、4二銀、7七角、7二銀。


挿絵(By みてみん)


 さすがに警戒されてるか……端歩を突いたら急戦、なんて、勘違いしてくれるわけもない。私の作戦も、今回は持久戦だ。穴熊でガチガチに固めて、棋力差で押し潰す。

 5八金右、5二金左、8八玉、4三銀、5六歩、7一玉。

 宮内さんの手も速い。

 時間差をつけられないようにしているのだろう。

 当たるとしたら、青葉くんか私だったのだから、対策も考えてきたはず。

 とりあえず、穴熊へ。

 5七銀、8二玉、7八金、3五歩、9八香、5四銀、9九玉、6五銀。


挿絵(By みてみん)


 さあ、間に合った。

 銀の単独突撃じゃ、さすがに潰れないわよ。

 私は7五歩の手筋。

 7六銀、8八角で、銀の突進をかわした。

 とはいえ、8八銀と上がれなくなった。

 宮内さんはこれを良しとして、5四歩と整備し始めた。

 6八金寄、4三金、2六飛、4二角、6六銀。

 宮内さんは30秒ほどの小考で、3六歩。


挿絵(By みてみん)


 ふむ、いきなり攻めてきましたか。

 私は腕まくりをする。

 他のメンバーの横顔を見渡した。

 みんな真剣に指している。

 このオーダーが正しかったのかどうかは、わからない。

 わかっているのは、私が勝たなきゃいけないことだけ。

 私は深くうなずくと、意を決して同飛と取った。

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