398手目 ハマったオーダー
ウーラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァ!
【先手:裏見香子(都ノ) 後手:永井直之(東方)】
東方戦、撃破ァ!
だいぶ調子がもどってきた。どうやら、スランプを抜けたらしい。
次は京浜戦。ここが第2の山場。
チームの雰囲気は悪くない。
だけど、新たな問題が。
役員は、控え室で作戦会議。
なるべく人目につかないように、すみっこに集合した。
松平は、
「すまん、こんどは俺がスランプだ。星野か平賀に代わってもらったほうがいい」
と、自己申告した。
大谷さんは、
「承知いたしました。そのようなお約束でしたので、松平さんアウト、平賀さんインといたします。裏見さんも、それでよろしいでしょうか?」
と、私に確認をとった。
「ええ、そこは異論ないんだけど……」
「どうかなさいましたか?」
私は、愛智くんから相談を受けたことを伝えた。
2連敗しているから、京浜戦は外してもらってもいい、というのだ。
たしかに、聖ソの細川戦を落としたのは、こちらとしても予想外だった。
それを聞いた松平は、
「愛智以外が出たら勝ててた、ってわけでもないんじゃないか」
と言った。
「それはそうなんだけど、本人は気にしてるっぽいの」
松平はちょっと考えて、
「……穂積に、京浜戦で出る可能性がある、とは伝えてある。だけど、交代する必要はない。大谷、風切、愛智で、中央の3枚看板だ」
と答えた。
むずかしい。メンタル的なところが、どう出るか。
私は、大谷さんにも意見を求めた。
「愛智さんの連敗には、理由があると考えています」
「理由? ……愛智くんもスランプってこと?」
「これは拙僧のカンですが、各校で、愛智さん対策が進んだのではないかと。愛智さんは東京の上位層とはいえ、全国大会には出場されたことがありません。春は、他の大学からマークされていなかったのだと思います。いったんマークされると、振り飛車党ということもあり、対策が立てられやすくなってしまいます」
なるほど、そういうことか。
対振りは、居飛車側に主導権がある。
速攻するか固めるかは、居飛車側が決めることだからだ。
私は、
「じゃあ、そのことを愛智くんに伝える?」
とたずねた。
「あくまでも、拙僧の予想です。今から伝えたところで、どうにもなりません」
フォームを崩されるだけ、か。
「了解、愛智くん続投で」
メンバーに伝達。
そこからはスムーズに、オーダー交換へ移行した。
あいての主将は、体格のいい、ぽっちゃりめの男子。
ふちの目立つメガネをかけていた。
松平は、オーダー交換の順番をゆずった。
「それでは、京浜、1番席、大将、3年、上尾大貴」
「都ノ、1番席、大将、1年、青葉暖」
「2番席、副将、1年、昭島桃花」
「2番席、副将、2年、裏見香子」
「3番席、三将、1年、柏航大」
「3番席、四将、2年、大谷雛」
「4番席、五将、3年、藤沢亮太」
「4番席、六将、3年、風切隼人」
「5番席、七将、2年、平塚勇佑」
「5番席、八将、1年、愛智悟」
「6番席、八将、2年、秦野央典」
「6番席、九将、1年、平賀真理」
「7番席、十将、4年、川口光毅」
「7番席、十二将、2年、南ララ」
……………………
……………………
…………………
………………ハマった。
おそらく、会心の作戦勝ち。
京浜のトップツーを、青葉くんと南さんが担当。
あちらの予定では、裏見vs上尾、松平vs川口だったはず。
松平も口にこそ出さなかったけど、表情には自信がみえた。
とはいえ、こちらが端で勝つのは、むずかしくなった。
中央の5人で4勝が求められる。気は抜けない。
各自、着席。
相手の昭島さんは、今年の新人戦で見かけた記憶。
小柄な女性で、ショートヘア。
おしゃれっぽくはなく、着ているものもシンプルだった。
1番席で、上尾さんが振り駒をした。
「……京浜、奇数先」
「都ノ、偶数先」
先手を引いた。
あとは対局開始を待つ。
幹事のひとは、3局目で疲れているのか、教卓で頬ひじをついていた。
30秒前になって、姿勢をもどす。
「対局準備は、よろしいでしょうか?」
オッケーです。
「それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
昭島さんは、チェスクロを押した。
7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角。
角換わりへ。
3四歩、6八銀、4四歩。
っと、角換わらない。
ムリヤリ矢倉か雁木っぽい。
私は7八金とあがった。
昭島さんは4二銀。
しばらくは手なりかな。
事前調査のかぎり、昭島さんは研究派でもないっぽい。
4八銀、3二金、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩、4六歩。
私はふつうに、腰掛け銀を目指す。
6二銀、4七銀、5四歩、2五歩、3三角、6九玉、4三銀。
雁木か、了解。
さすがにこの可能性は読んである。
5四歩自体が、あやしかったし。
私は3六歩と突いて、攻めを構築する。
7四歩、5八金、5二金、7九玉、7三銀、3七桂。
昭島さんは、6四銀。
うーん、居玉のまま速攻くさい。
どうやっても主導権をとりたい、ってわけか。
前局の私の方針を、こんどは対局相手が選択している。
「……6六歩」
昭島さんは、7五歩とつっかけてきた。
んー……攻めが細くない?
細い攻めをした私が、言えたことじゃないけど。
とりあえず受ける。
6七銀、4一玉、6八角、4二角。
7筋に銀を進出して、そのまま銀交換、以下、8筋まで突っ込む、という作戦みたい。一直線に指すなら、次のターンで7六歩と取り込み、同銀、7五銀、同銀、同角、6七金右、8六歩。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
こんな感じかな。回避する方法は、ないと思う。いったん2四歩、同歩としても、その先が続かないから、7六銀と手をもどさざるをえない。ということは、8六歩以下の角交換も必然。全面戦争になりそう。
私は、総交換後の構想を練った。
……………………
……………………
…………………
………………8七歩で収めたあと、後手の逃げ方次第っぽい?
候補として、8二から8五まで、全部ある。
どれかが致命的に悪い、という気もしなかった。
例えば、8二飛、4五歩、6四角。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
プレッシャーはあるけど、先手も困ってはいない。
8五飛だけは、ちょっと特殊かな。これは9五歩をみせる引きだ。
端攻めが始まったとき、先手は8八玉と入っていない問題が生じる。
「……5六歩」
飛車の引き場所を、打診にむかう。
7六歩、同銀、7五銀、同銀、同角、6七金右。
昭島さんは、8六歩。さすがにここで分岐はしないか。
同歩、同角、同角、同飛、8七歩。
パシリ
そこ……か……たぶん、7一角を嫌った手だ。
4五歩から7一角の攻めは、このかたちだと定番中の定番。
そして、さっきから微妙に気になっていることがあった。
王様が7九のままで、いいのかどうか。
流れ弾に当たりそうな位置ではある。
飛車を渡したら、打たれて即王手になるからだ。
心配しすぎ?
いずれにせよ、先手は手が広い。これが私の思考を悩ませた。
4五歩以下で飛車をいじめる順だけでも、ふたつある。
ひとつは、7二角の直接手。もうひとつは、2六角と控える順。
2六角は4四銀打で止まるし、たぶん止めてくる。
どっちも成立しないとみるなら、8八玉で、後手から動いてもらう。
これはこれで、気が進まなくはないんだけど……うーん。
私はチェスクロを確認した。
残り時間は、先手が15分、後手が19分。
そこそこ差がついた。
あとは決心タイム──4五歩、同歩、7二角を選択する。
直接的にいく。
昭島さんは、8四飛。
私は2四歩、同歩を入れてから、7五銀と押さえ込みにかかる。
8二飛、6一角成、4四角。
ん? そっち?
7三角で、3七の地点を狙うかと思った。
本譜は王様に利かせた手だ。
私は読みなおす──ヌルいような。
まだ5九角のほうが厳しかったかな、という印象。
しばらく先手は攻め続けられそうだった。
私は30秒ほど使って、7三歩と垂らした。
同桂、4五桂、7二銀。
馬を殺しにきた。
そっちが狙いか。
昭島さんは、どこかで方針転換したようだ。
これは強く出る。
5二馬と切って、同銀、7四歩。
昭島さんは、待ってましたとばかりに、8五桂と跳ねた。
もちろん、読み落としじゃない。
私のほうが誘った筋だ。
「8八玉」
堂々と入城。
さあ、7七歩としてきなさい。
私はチェスクロを押した。