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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第60章 2017年度秋季団体戦1日目(2017年9月24日日曜)
405/487

392手目 雨天決行

 マズい──流れもマズいけど、それ以上に立て直す時間がない。

 休憩タイムは、簡単なミーティングで終わった。

 松平まつだいらの司会も、えー、負けてしまいましたが、から始まる簡単なものだった。

 出場メンバーの調整が急務。

 控え室のすみっこで、私と大谷おおたにさんと松平は、悩みに悩んでいた。

 松平は、

「当初の予定では、1回戦のメンバーをそのまま出すことになってるが……」

 と言って、口ごもった。

 1回戦と3回戦で、メンバーを同じにする。

 都ノみやこのはフレキシブルじゃないのかな、と周囲に思わせる。

 その状態で2日目に入れば、聖ソ、東方とうほう京浜けいひんを混乱させられる。

 という作戦だったんだけど、すでに破綻寸前。

 チームの雰囲気は、すでに雨模様だった。

「……」

「……」

「……」

 い、いかん、空気が。

 私はなにか言おうとした。

 けど、先に大谷さんが口をひらいた。

裏見うらみさん、ご自身の調子は、いかがですか?」

「……よくないと思う」

 橋爪はしづめくんに勝って、スランプは脱したはずだった。

 けど、梅田うめださん相手にあんな読み間違いをしているようじゃ、全然ダメだ。

 1回戦の大物喰いは、フロックだったと考えざるをえなかった。

「私をいったん外して、三宅みやけ先輩をイン、もアリ」

 ここで松平は口を挟んだ。

「裏見を1番席に上げて、三浦みうらに当てるのは、どうだ?」

「上にずらすってこと?」

青葉あおばvs三浦は、棋力的にはいい勝負だ。春は青葉負けだったが……いずれにせよ、裏見が当たれば、勝てる可能性は高い」

 いや、その理屈が成り立つなら、梅田さんには負けない。

 私はこれに反対した。

「全体の組み合わせが変わっちゃうと、みんなが混乱しない?」

「まあ……それもそうか……」

 大谷さんは、私たちのやりとりを聞きながら、しばらく黙っていた。

 そして、決断した。

「青葉さんと裏見さん、どちらを外しても、席順への影響が大き過ぎます。よって、当初の予定通りでいきます。2回戦のことは、ご放念ください」

 全体に周知。

 出る予定だったひとは出る、出ない予定だったひとは出ない、という結論で、全体的に納得感は出たみたい。少なくとも、エッ、という反応はなかった。

 大谷さんの冷静な判断に感謝しつつ、私たちは会場へ移動した。

 春と同じ主将のひとが、先に座っていた。

 松平も着席する。

川越かわごえからどうぞ」

「了解。1番席、大将、2年、三浦みうら義樹よしき

「都ノ、1番席、大将、1年、青葉あおばだん

「2番席、副将、4年、中原なかはらあたる

「2番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「3番席、五将、2年、引田ひきた二郎じろう

「3番席、四将、2年、大谷おおたにひよこ

「4番席、六将、1年、大江おおえひろし

「4番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「5番席、七将、1年、和田わだいさむ

「5番席、八将、1年、愛智あいちさとる

「6番席、八将、4年、梶原かじわら佑太ゆうた

「6番席、九将、1年、平賀ひらが真理まり

「7番席、十将、1年、今富いまとみりつ

「7番席、十将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ


挿絵(By みてみん)


 だいたい予定通り。

 3年の三田みたさんは不在で、1年生を代わりに出したようだ。

 そこだけ読みと違った。

 私たちはそれぞれの席についた。

 中原さんは春も出ていて、松平と当たったひとだ。

 がっしりしていて、なんというか、不動産の営業とかしてそう。偏見?

 1番席じゃないから、青葉くんたちの振り駒を待つ。

 結果は──

「都ノ、奇数先」

「川越、偶数先」

 さすがに3連続先手は、なかったか。

 私はチェスクロの位置を調整した。

 幹事は八千代やちよ先輩だった。

「15時から開始します。しばらくお待ちください」

 会場が静かになる。かすかに咳払いが聞こえた。

「……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 お互いに一礼して、私はチェスクロを押した。

 7六歩、3四歩、6六歩。

 中原さんは振り飛車党だ。私は対抗形を選択。

 8四歩、6八飛、8五歩、7七角、1四歩。


【先手:中原能(川越) 後手:裏見香子(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 いたって普通の出だしに。

 私は急戦を目指す。

 お昼休みの段階で、全大学のオーダーが判明していた。

 中原さんと当たることは想定できた。事前の準備もある。

 1六歩、4二玉、3八銀、6二銀、7八銀、7四歩。

 中原さんは、一寸考えて4八玉と上がった。

 こちらに穴熊はない、と見た手だ。

 私もさくさく指す。

 5四歩、3九玉、3二玉、2八玉、3三角、6七銀、5二金右、5八金左。


挿絵(By みてみん)


 私は4四歩で、角道を止めた。

 用意してきた急戦の構想をぶつける。

 5六歩、2二玉、6五歩、5三銀。

 中原さんからは、左美濃に見えるだろうし、実際に左美濃だ。

 そのあとに工夫があった。

 7八飛、6四歩。


挿絵(By みてみん)


「ん……」

 中原さんの手が止まった。

 首をかしげて、考え込む。

 おそらくだけど、読みは単に7二飛だったんじゃないかしら。

 6四歩といきなり反発されたのが、気になったのだろう。

 私の手が速かったこともある。研究を警戒されそう。

「……7五歩」

 同歩、6八角、7二飛、5七角。

 うまく展開してきた。

 川越大学は、B級の中堅。中原さんはそこの中堅。

 ようするに中堅オブ中堅で、このクラスでは平均的な棋力になる。

 春は松平が中原さんと当たって、負け。

 それぐらい強いということだ。

 私は3二銀で、左美濃を完成させた。

 7五角、7四歩、5七角、8六歩、同歩、6五歩。


挿絵(By みてみん)


 よし、後手が指しやすくなった。

 さすがに短時間で対応はできなかったみたい。

 中原さんの表情も、微妙に険しい。やや不利になったのを、自覚してる。

 中原さんは7七桂で、押し返す順を選択した。

 6四銀、6五桂、4五歩(6五同銀は6六歩がある)、6六歩、7五歩。

「4六歩」

 4筋からも反発してきた。あくまでも前に、か。

 この手のタイプは、委縮しないから厄介だ。

 研究範囲も、すでに外れている。

 私は30秒ほど考えて、8七歩と垂らした。

 7三歩、同桂、同桂成、同飛、4五歩、8八歩成、同飛、7六歩。

 中原さんは7八歩と謝った。


挿絵(By みてみん)


 うーん、そう簡単には突破できないか。

 私は4二金寄で、いったん態勢を整えた。

 8九飛、5五歩、6八角、7四飛、8五歩、8七歩。

 中原さんは頭をかいた。

 四苦八苦しているようすがうかがえる。

 おそらく、飛車と角の活用がままならないからだろう。

 とはいえ、私も攻めあぐねている。

 7筋にこだわるのは、よくないかも。別の突破口を探さないと。

 例えば、5六歩と伸ばして、同銀なら8八歩成、同飛、6六角。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ちょっと勝手読みかしら。

 でも、5六歩って、同銀以外なくない? 4七金~5六金とか?

 あ、先手から5五歩と取っておく手は、ありそう。

 同銀、5六歩、6六銀、同銀、同角、6九飛なら、先手の飛車が復活する。

 この路線が本命かな。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、そっちから動いてきたか。

 同歩に……2六桂っぽい。

 私は同歩と取って、2六桂に4三金と立った。

 王様が広くなる。先手の端攻めは、そう簡単には成立しない。

 けど、中原さんは通そうとしてきた。

 1四歩、2四歩、1三歩成、同桂、1四歩、2五桂、1三歩成。

 私は力強く同香と取った。


挿絵(By みてみん)


 先手は歩切れ。ただ、5筋に1枚落ちている。

 ギリギリの攻防かも。

 5五歩、2三銀、1四歩、同香、同桂、同銀。

 中原さんは4四香と打ち込んだ。

 先手の持ち駒は……なにもないわね。

 これは受かる。

 もちろん、放置はできない。同金と取って、同歩、同角のあとが問題だ。

 本命は4三金。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 5五角に2四角が見える。

 これを受ける手があれば、問題ない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、受けなくてもいいのか。3六桂の筋がある。

 以下、3九玉、2八歩、5六銀、2九歩成、同銀……ん? 後手も危ない?

 3七角成が詰めろじゃないから、3三角成、1三玉、4七金と当てる順がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これは……後手が勝ってそうだけど……1九馬じゃダメ?

 1九馬、3六金、3五香の串刺しで、いいんじゃないかしら。

 私はこの順を念入りに調べた。

 結論として、先手は寄る……はず。

 1三に逃げた王様は、意外と捕まらない。

 チェスクロを確認。残り時間は、先手が9分、後手が10分。

 私は深くうなずいて、4四の香車を払った。

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