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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第60章 2017年度秋季団体戦1日目(2017年9月24日日曜)
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389手目 金銀の暴力

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「7五歩ッ!」


 同龍で勝てたかもだけど、さすがに避ける。

 橋爪はしづめくんは5一角打。


挿絵(By みてみん)


 めんどくさい連携。

 落ち着け、私。先手は寄らない。

 後手のほうが悪いはず。

 8四角以下の流れは、どう見ても勝負術だ。

 正確に対応すれば、勝てる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は3二金と引いた。これで駒得。

 3一歩、2二金、同銀、同桂成、同玉


挿絵(By みてみん)


 い、いかん、読めば読むほど、微妙かも。

 8四龍と切りたい。でも飛車を渡すと、先手が危なくなる。

 かといって、ぐだぐだしていたら、後手も援軍を繰り出してくる。

 8四龍と切るか、7二龍と王手するか。

 この2手の判断が、すこぶる難しかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8四龍ッ!」

 切る。ひよっていいことはない。持ち駒の金銀5枚に賭ける。

 橋爪くんは、この龍切りを予想していなかったらしい。

 眉間にしわを寄せた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同角。

 飛車を渡してしまったから、5七銀はできない。

 8八飛、6八歩、5六桂くらいで終わる。

 っていうか詰みそう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 まず王手。

 駒を使わせる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 橋爪くんは3三金。

 合い駒にかなり迷ったっぽい。

 桂合いだと詰んだんじゃないかな、と思うんだけど──

 金合いでも詰まない? 桂合いで詰むなら、金合いでも詰むと思う。

 私は詰みをさがした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同角成ッ!」

 これで金銀6枚。

 5三に成桂、4六に銀もいる。

 8枚で包囲したら、さすがに詰む。詰むと信じたい。

 橋爪くんはノータイムで同桂。

 直感的に詰む、と考えている証拠だ。

 私は俄然自信が出てきた。

 一心不乱に読む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 橋爪くんはノータイムで同歩。

 3一銀とさらに捨てて、同玉、4二金、2一玉、3二金、同玉、4三銀。


挿絵(By みてみん)


 金銀の暴力。まだ2枚ある。

 2二玉、3一銀、1三玉に1七香と走った。


挿絵(By みてみん)


 決まりッ!

 長手数だったけど、途中からはほとんど並べ詰みだった。

 橋爪くんは投了っぽい仕草を見せて、それから1四歩と打った。

 団体戦だから、投げられませんか。

 お付き合いする。

 同香、同玉、1五歩、同玉、2六金、2四玉、3五銀(!)

 勝ち将棋、鬼のごとしですね、これは。

 取られかけてた4六の銀が、詰みに利いた。

 1三玉、1四歩。


挿絵(By みてみん)


 橋爪くんは頭を下げた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 橋爪くんが投了すると、ギャラリーがざわついた。

「最後、頓死か?」

「んー、わかんね」

「合い駒は、金じゃなくて飛車だったんじゃないか?」

 ギャラリーの反応とはうらはらに、橋爪くんは終盤を問題にしなかった。

 たぶん彼の中では、完全に詰んでいたのだろう。

 感想戦は、1七歩成のところから入った。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 橋爪くんは、このあたりからおかしくしたと感じているようだ。

 それは、対局中の私の感覚とも一致している。

「先に3三銀打でしたかね?」

「5四角で本譜と合流しない?」

「1七歩成を入れずに、3七歩成、同歩、3一歩で、すぐ受けます」

 なるほど、端攻めが成立していなかった、と読むわけか。

 それは一理ありそう。

 私たちは、そこまで進めてみた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 うむむ……私は黙って3二角成と切った。

 同歩、3一銀、同銀、同龍。

 橋爪くんは10秒ほど考えて、1七歩成とした。

「攻めるの?」

「このタイミングなら、イケると思います。同歩、同香成が、本譜より厳しいです」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ん……なんとも言えない。

 私は王様をゆびさしながら、

「3八玉は?」

「2七成香です」

「同玉で?」

 と確認を入れた。

 橋爪くんは、無言で2九飛と打ちかけた。

 けど、手を引っ込めた。

 かるく首をひねって、

「2九飛、3八玉、2七角に、強く2九玉と取っていい……か」

 とつぶやいた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ほんと? いかにも死んでそうな引き方だけど──あ、そっか。

 後手は詰めろなんだ。

 単に先手を追い詰める、だけじゃダメ。

 明確に詰ませるか、あるいは詰めろ逃れの詰めろをかけないといけない。

 私たちは、この局面を検討した。

 結論として、これは後手負けということになった。一例として、2九玉以下、1九香成、3九玉、6六角、5七銀打、同角成、同銀で、続かない。

 このルートもダメなら、橋爪くんのほうが、終始悪かったのでは?

 そう感じ始めたとき、松平まつだいらが現れた。

裏見うらみ、そろそろ昼飯にしないか?」

「ほかは終わってる?」

「ああ、みんな控え室に戻ってる」

 私は周囲を見回した。

 たしかに、ほとんど空席だ。

 橋爪くんはもうちょっと感想戦をしたいみたいだったけど、口にはしなかった。

 ただ漫然と、納得のいかない顔をしていた。

 私は駒をそろえた。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私は席を立った。

「チームは?」

「6-1。青葉あおばだけ負けた」

 ふむ……青葉くん、なかなか初日はつひが出ないわね。

 実力的に足りない、というわけじゃ、ないと思う。

 団体戦に慣れていないか、それとも公式戦の緊張からか。

 練習では勝てても、本番では勝てない、というひとは、どの競技でもいる。

 松平は、私の考えていることを察した。

「まだこっちからアドバイスするほどじゃ、ないと思うぜ」

「そうね……とりあえず、お昼にしましょ」

 都ノみやこののメンバーは、ばらばらに食事をとっていた。

 先にコンビニへ行ってる人もいたし、ファーストフード店へ寄った人もいた。

 私は松平、大谷おおたにさんと、軽食つきの喫茶店へ集合。

 電電理科戦に向けたオーダー会議。

 とりま、サンドイッチをもぐもぐ。

 まずは、修身戦の総括。

 4-3か5-2の予定だったから、順調な滑り出し。

 私が橋爪くんに勝ったのは、大きかったかな。

 夏休みの長い長いスランプを、ようやく脱出した気がした。

 卵サンドをひとつ食べ終えたところで、話は電電理科に移った。

 大谷さんは、

「当初の予定通りで、よろしいかと」

 と切り出した。

 私と松平も、異議を唱えなかった。

 つまり、青葉くんと平賀ひらがさんを一回アウトさせて、ララさんと星野ほしのくんをイン。

 1年生から2年生へのスイッチ。

 単に並びを変える、というだけじゃない。

 どの学年もレギュラーとして出られる、というアピールをする。

 これで3戦目以降の大学は、パターンを色々考えないといけなくなる。

 とまあ、ここまではポジティブに見たときの立案。

 ネガティブ要素もある。それは、下のほうをそんなに厚くできない、という点だ。

 電電理科のエースの矢追やおいくんは、7番席、入江いりえ前会長は6番席になりそう。

 ここを星野くんとララさんで拾えるかどうか──不確定要素だ。

 松平はコーラを飲みながら、

「電電で落とすと、あとがかなりキツい。気を引き締めていかないとな」

 と、1戦目の快勝を忘れる流れに持っていった。

 オーダー会議は、そこで終わった。

 お店を出て、キャンパスへ戻る。控え室で各選手に伝達。

 そのままB級の会場へ移動した。

 松平が座って待っていると、矢追くんはけっこうぎりぎりに現れた。

「ごめんごめん、トイレが混んでた」

「電電からでいいぞ」

「了解」

 矢追くんはオーダー表を広げた。

「1番席、電電理科大学、副将、3年、梅田うめだゆう

「1番席、都ノ大学、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「2番席、三将、3年、藤木ふじき武彦たけひこ

「2番席、四将、2年、大谷おおたにひよこ

「3番席、五将、3年、橋本はしもと俊照としてる

「3番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「4番席、七将、1年、飯田いいだ琢磨たくま

「4番席、八将、1年、愛智あいちさとる

「5番席、八将、1年、佐藤さとうすすむ

「5番席、十将、2年、松平まつだいら剣之介けんのすけ

「6番席、十将、4年、入江いりえ直哉なおや

「6番席、十一将、2年、星野ほしのかける

「7番席、十二将、2年、矢追やおい康一こういち

「7番席、十二将、2年、みなみララ」


挿絵(By みてみん)


 松平は記入を終えて、席を移動した。

 特に打ち合わせる内容もないので、私も着席した。

 梅田さんは、なんというか、特徴がそんなにないひとだった

 メガネをかけていて、ウニクロで買った無地のシャツを着ていた。

 私は、よろしくお願いします、と言ったあと、駒を並べた。

 振り駒はゆずる。

 梅田さんはカシャカシャ振って、ポイ。

「電電理科、偶数先」

「都ノ、奇数先」

 私はまた先手だ。

 他の大学も振り駒を終えて、静かになった。

 幹事の声が聞こえる。

「準備はよろしいですか?」

 今回はみんな無言だった。

「それでは、私の時計で13時から開始します。今、12時58分37秒です」

 けっこう細かい系のひとだった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 梅田さんはチェスクロを押した。

 私は深呼吸して、7六歩と突いた。

場所:2017年度 秋季団体戦1日目 1回戦

先手:裏見 香子

後手:橋爪 大悟

戦型:先手四間飛車vs後手居飛車穴熊


▲7六歩 △8四歩 ▲6六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八飛 △6二銀 ▲7八銀 △1四歩 ▲1六歩 △7四歩

▲6七銀 △5四歩 ▲4八玉 △5二金右 ▲3八銀 △4二玉

▲5八金左 △3二玉 ▲3九玉 △5三銀 ▲5六歩 △3三角

▲2八玉 △4四歩 ▲7八飛 △4五歩 ▲6八角 △6四銀

▲5七金 △2二玉 ▲3六歩 △4三金 ▲4六歩 △同 歩

▲同 金 △3二金 ▲3七桂 △2四角 ▲4五歩 △1二香

▲6五歩 △5三銀 ▲7五歩 △4四歩 ▲同 歩 △同 銀

▲4五歩 △3三銀 ▲7六飛 △7五歩 ▲同 飛 △7三歩

▲7六飛 △1一玉 ▲5八銀 △8六歩 ▲同 歩 △8八歩

▲7七桂 △8九歩成 ▲6四歩 △同 歩 ▲8五桂 △7二飛

▲6三歩 △9九と ▲1五歩 △同 歩 ▲6二歩成 △同 飛

▲7三桂成 △4二飛 ▲1三歩 △同 香 ▲6三成桂 △1二香

▲7一飛成 △1六歩 ▲1八歩 △4四歩 ▲8一龍 △4五歩

▲同 桂 △2二銀引 ▲5七角 △5五歩 ▲4七歩 △5六歩

▲同 金 △5七角成 ▲同 銀 △5五歩 ▲4六金 △3五歩

▲5三成桂 △同 金 ▲同桂成 △4六飛 ▲同 銀 △4八歩

▲5九金 △4九金 ▲8二飛 △2五桂 ▲4九銀 △同歩成

▲同 金 △3六歩 ▲3八歩 △4五歩 ▲3二飛成 △同 銀

▲3四桂 △1七歩成 ▲同 歩 △同香成 ▲3九玉 △2九飛

▲4八玉 △3三銀打 ▲5四角 △3七歩成 ▲同 歩 △3一歩

▲3二角成 △同 歩 ▲3一金 △8四角 ▲7五歩 △5一角打

▲3二金 △3一歩 ▲2二金 △同 銀 ▲同桂成 △同 玉

▲8四龍 △同 角 ▲4四角 △3三金 ▲同角成 △同 桂

▲3二金 △同 歩 ▲3一銀 △同 玉 ▲4二金 △2一玉

▲3二金 △同 玉 ▲4三銀 △2二玉 ▲3一銀 △1三玉

▲1七香 △1四歩 ▲同 香 △同 玉 ▲1五歩 △同 玉

▲2六金 △2四玉 ▲3五銀 △1三玉 ▲1四歩


まで167手で裏見の勝ち

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