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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第60章 2017年度秋季団体戦1日目(2017年9月24日日曜)
401/487

388手目 前例

 私はかるくうなずいて、5八の金に指を添えた。

 ぐいッと上がる。


挿絵(By みてみん)


 これが、風切かざぎり先輩の対応だった。

 この金上がりで受け止められてしまったのが、私の経験。

 橋爪はしづめくんは、金髪の頭をかいた。

「なんか研究くさいんだよな……」

 研究じゃない。ただ、前例がある。身内で。

 一番の不安は、これが奨励会の常識かもしれない、という点だった。

 橋爪くんもよく知っている、というパターンだと最悪。

 今のようすだと、その懸念は払しょくされたようだ。

 橋爪くんは10秒ほど読みなおして、2二玉と入った。

 3六歩、4三金、4六歩、同歩、同金。


挿絵(By みてみん)


 後手は、過去の私と同じ感じで苦しんでいる。

 6四銀と上がったものの、突破口がないのだ。

 急戦を挑発されて乗ってみたら、急戦にできないという状態。

 ここまでは予定通り。

 ただ、楽観はできなかった。

 橋爪くんのオーラが、さっきまでとはがらりと変わっている。

 右手をひざのうえに立てて、真剣な表情で読んでいた。

 ちょっとゾッとするような気迫だ。

 私も負けじと読み返す。

 残り時間は、先手が23分、後手が20分。

 19分を切ったところで、橋爪くんは3二金と上がった。

 私は3七桂と跳ねる。

 2四角、4五歩。

 いったん収める。ただ、これは──

「1二香」


挿絵(By みてみん)


 いやあ、さすがの対応力。

 当たり前ではあるけれど、前例から大きく離れた。

 私のときは、2四角のところで7五歩と、攻めちゃったのよね。

 以下、同歩、7二飛、7四歩、8六歩、同歩、8八歩の進行だった。

 橋爪くんは、持久戦にもどした。

 これがいいのか、悪いのか。

 直感的には、穴熊に組めないと思う。

 だからこそ、橋爪くんも悩んでいたんだろうし。

 私は先手から攻勢に出る順を読んだ。

 2分使って、6五歩と突く。

 5三銀、7五歩、4四歩、同歩、同銀、4五歩、3三銀。


挿絵(By みてみん)


 うむむ、うまい。

 4四歩から手順で銀を回転させた。

 でもでも、1一玉とするヒマがない、っていう自白になってない?

 穴熊に組ませない方法、けっこうあるかも。

 私は7六飛で、さらに牽制をかけた。

 7五歩、同飛、7三歩、7六飛、1一玉。

 んー、さすがに潜らせないのは無理か。

 このままだと陣形差がひらくから、立て直さないといけない。

 私は5八銀とバックした。

「8六歩」

 一本入れてきた。

 同歩。

 橋爪くんは歩を打った。


挿絵(By みてみん)


 マ? 2二銀じゃないんだ。

 これは予想していなかった。

 うまく逆手さかてに取れないかしら?

 なんとなくチャンスな気がする。

 2二銀上とされたほうが、絶対困った。

「……7七桂」

 8九歩成、6四歩、同歩、8五桂、7二飛。

「6三歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 よしッ! うまく絡めた。

 橋爪くん、あからさまに動揺。

 しまったという顔をしている。

 舐めてもらっちゃ困りますよ。学生将棋歴は、こっちのほうが長い。

 30分という短時間の使い方。

 橋爪くんは、まだ慣れていない感じがした。

 もっと時間があれば、8六歩のところで考えたはず。

 橋爪くんは、行きがかり上、9九とと取った。

 ここで腰を落として考える。

 6二歩成、同飛、7三桂成が、第一感。

 というか、そういう方針で指している。

 ただ…んー……4二飛のあと、手がない?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 6三成桂~7一飛成は、そんなに痛くない。

 後手は4四歩、同歩、同金と盛り上がっていけば、逆襲できる。

 2四角が、意外と利いてるのか。

 私はこの順を、もう少し掘り下げてみた。

 4四歩、同歩、同金、5三成桂に4一飛なら、先手がイケそう。

 問題は、5三成桂に強く4五歩と打たれる順だった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 4二成桂、同銀上、7一飛成、4六歩……どう見ても先手がもたない。

 私は背筋を伸ばした。

 そう簡単に崩れないわけか……ふむ。

 とりあえずお茶を飲む。

 しばらく考えたあと、橋爪くんの顔色をチェック。

 ちらッ──そんなにいい調子じゃ、なさそう。

 ということは……先手にいい手があるわけですね、はい。

 こういうのも活用していくわよ。

 左から攻めるのは、簡単じゃないっぽい。

 けど、攻め自体はありそう。でなきゃ、橋爪くんがこんなに困ってるはずがない。

 つまり……右からか。なるほど。

 ああして、こうして……うん、イケそう。

「1五歩」


挿絵(By みてみん)


 端攻め。

 よくよく考えてみれば、2二銀が入ってないんだから、端が弱いに決まっている。

 橋爪くんの反応からして、図星だったようだ。

 元奨のわりに、顔に出やすいのね。風切先輩と対照的。

 同歩、6二歩成、同飛、7三桂成、4二飛。

 左のほうもある程度決めておく。

 1三歩、同香、6三成桂。

「1二香ッ!」


挿絵(By みてみん)


 2段ロケット。

 てっきり7三歩と謝るかと思った。

 私は残り時間を確認。10分。

 7一飛成からいければ……っていうか、それくらいしかないか。

 私は飛車を成り込んだ。

 1六歩、1八歩、4四歩、8一龍、4五歩、同桂、2二銀引。


挿絵(By みてみん)


 なんというか、けっきょく固くなってしまった。

 4四歩は、5三桂成があるからいいとして、問題は6八の角だ。

 これに紐がついていない。

 4四歩~4五歩と伸ばされたとき、同金とできなくなっている。

 私はいったん5七角。

 橋爪くんは、このスキをついて、攻勢に転じた。

 5五歩。

 同歩とはできない。4六の金が不安定すぎる。

 4四金とプレッシャーをかけられるくらいで困る。

 私は泣く泣く4七歩と打った。

 5六歩、同金、5七角成、同銀、5五歩、4六金、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 い、いかん、固い、攻めてる、切れてないになってきた。

 このままだと一方的になるから、私も反撃する。

 5三成桂と寄せる。

 同金、同桂成。

「4六飛だッ!」

 切るのは予想済み。

 っていうか、飛車の逃げ場所がないし。

 同銀で3筋をガード。

 橋爪くんは、4八歩と打ってきた。

 私は反射的に3九金……ん? 待って。

 後手は2段ロケット。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………2五桂が詰めろだッ!


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 しま……った。

 さっきまでは左が広かったから、気にしてなかった。

 ごちゃごちゃやってるあいだに、王様が狭くなっている。

 4八同金は5六桂で、さらに狭くなる。

 私は5九金とした。

「4九金」

 ぐぅ、むりやり狭くするつもりか。

 私は苦悶した。

 悪くした感触がある。っていうか、たぶん悪い。

 チェスクロを確認する。残り時間は、先手が3分、後手が4分。

 寄せを考えると、ここで使い切るわけにはいかない。

「……8二飛」

 寄せ合いの可能性を残す。

 橋爪くんは3秒で2五桂と置いた。

 4九銀、同歩成、同金、3六歩、3八歩、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 同銀は3七角で即詰み。

 これは取れない。


 ピッ


 ぐッ、1分将棋ッ!?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3二飛成ッ!」

 もう切るしかない。

 同銀に3四桂。

 これは簡単な詰めろ。2二桂成、同玉、3一銀以下。

 橋爪くんは、先手玉を追い回すだけ追い回すルートを選択した。

 1七歩成、同歩、同香成、3九玉、2九飛、4八玉。

 ここで3三銀打と、手をもどした。


挿絵(By みてみん)


 え、なんかない? 後手は、追いかけ方をミスったのでは?

 安全になった気がする。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「ご、5四角ッ!」

 橋爪くんは頭に手をやり、背筋を曲げた。

 片目を細めて、盤を睨む。


 ピッ


 橋爪くんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 うわあ、めんどくさいのきた。

 同歩に3一歩だ。

 いっそのこと、5七玉から脱出しようかしら。

 私は入玉も視野に入れ始めた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 とりま同歩。

 橋爪くんはノータイムで3一歩。

 うーん、入玉もありなんだけど……入り切れるかどうかは、微妙。

 切る……ほうがいいか。

 1三歩と2二桂成は、届かない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3二角成、同歩、3一金。

 詰めろがかかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 えッ……あッ!? 王手龍ッ!?

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