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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第60章 2017年度秋季団体戦1日目(2017年9月24日日曜)
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387手目 再チャレンジ

 秋の団体戦初日。

 私たちは電電理科大学に集合した。

 校舎で大会をひらく競技って、少ないわよね。

 オープンキャンパスかなにかで、高校生たちから、じろじろ見られた。

 講義室の一角を、荷物で占拠する。

 火村ほむらさんたちがとなりに来るかな、と思ったら、今日は来なかった。

 C級の2校と相部屋に。このほうが気楽でいい。

 慌ただしい準備の中、教室のすみっこで、オーダーの最終確認。


挿絵(By みてみん)


 ふむ……まあこんなもんか、という印象。

 正直なところ、すごくイケる、という気はしなかった。

 B級のレベルは、たぶん春よりも底上げされている。

 部員不足で困っていた大学が落ちて、修身しゅうしんと聖ソフィアが上がってきたからだ。

 都ノみやこのにとって幸いなのは、Aから落ちてきた大学が、春よりも弱いこと。

 日センと首都工を相手にしなくて、よくなった。

 とはいえ──松平まつだいらはオーダー表を片手に、頭をかいた。

速水はやみ先輩が抜けるなら、日センに残ってて欲しかったな」

 速水先輩の離脱で、日センは大幅戦力ダウン。

 秋はA級でダントツの降級候補、という噂だった。

 こういうのは広まるのが速いから、私たちの耳にも入っていた。

 私は、

「日センが残ってたら、そもそも私たちが上がってるんだけどね」

 と返した。

 ようするに、意味のないたらればだ。

 日センとうちが同時にBへ残るパターンは、なかったわけで。

 たしかに、と、松平は肩をすくめてみせた。

「ひとまず、並びを……」

「おーい、うちの悪口か?」

 私たちは飛び上がりかけた。

 ふりかえると、日センの奥山おくやまくんが立っていたのだ。

 松平はあいさつもせずに、

「オーダー会議のときに覗くのは、ご法度だろ」

 と返した。

 奥山くんは、メガネの奥でエッ?となった。

「オーダー会議だったのか? 堂々とやり過ぎだぞ」

 いやいや、いきなり都ノのブースに来るからでしょ。

 松平もそれを指摘した。

 奥山くんは、腕組みをして笑った。

「ハハハ、悪い悪い。だけど、日センの悪評が聞こえたもんでな」

「いや、まあ、それは悪かったが……そもそも、なんでここにいるんだ?」

「となりに用があった」

 よく見ると、Bの学生たちも、ちらほら出入りしていた。

 知り合いと談笑しているひと、幹事となにか相談しているひと。

 けっこう危ない場所で議論してたかも。

 奥山くんは腕組みをやめて、親指を立てた。

「もこっち先輩がいなくても、残ってみせるさ。今回だけの辛抱だ。来年また強いのが入ってくる」

「ああ、がんばれよ」

「そっちこそな。さっさと上がってこい」

 奥山くんはそう言い残して、去っていた。

 そしてそれと入れ替わるように、大谷さんがやって来た。

「定刻です。そろそろ参りましょう」

 というわけで、全員、出撃ッ!

 私たちは会場へ移動した。

 初戦は修身しゅうしん大学。栗林くりばやしくんが主将で、橋爪はしづめくんがエースのところだ。

 栗林くんたちも、ほとんど同時に到着した。

 オーダー交換に入る。

 松平は紙を広げた。

「修身からでいいぞ」

「じゃ、遠慮なく。1番席、副将、藤田ふじた勇斗ゆうと

「1番席、大将、青葉あおばだん

「2番席、四将、橋爪はしづめ大悟だいご

 ぐッ、そこか。

「2番席、副将、裏見うらみ香子きょうこ

「3番席、五将、一ノ瀬いちのせさとし

「3番席、四将、大谷おおたにひよこ

「4番席、六将、俺」

 こらこら、名前を言う。

「4番席、六将、風切かざぎり隼人はやと

「マジかよ……5番席、八将、淵田ふちだ成二せいじ

「5番席、八将、愛智あいちさとる

「6番席、十将、大浜おおはまけい

「6番席、九将、平賀ひらが真理まり

「7番席、十二将、佐藤さとうみつる

「7番席、十将、松平まつだいら剣之介けんのすけ

 オーダー交換が終わった。

 相手の陣営からは、

「春とあんまり変えてこなかったな」

「栗林、がんばれよ~」

 うんぬんと、いろんな声が聞こえた。

 私たちのほうも騒がしくなる。

 松平は席から立って、

「裏見のところはきついが、がんばれよ」

 と声をかけてくれた。

「松平こそ、落とさないようにね」

 それぞれ席につく。

 橋爪くんは、先に座って待っていた。

 ガラもののシャツに、金のネックレス。

 椅子によりかかるようなかっこうで、ポケットに手を突っ込んでいた。

「あ、裏見先輩、おひさです」

「おひさしぶり」

 あいさつもそこそこに、駒を並べる。

 他の対局席も、静かになり始めた。

 1番席の青葉くんが振り駒。

「……都ノ、偶数先ですッ!」

 2、4、6番席が先手。私も含まれている。

 ここで幹事の声が聞こえた。

「えー、準備はよろしいでしょうか?」

 あちこちから、まだでーす、という返事。

 確認不足のチェスクロが、複数台あったみたい。

 電池を交換したり、本体ごと取り換えたりしていた。

 気持ちを落ち着けて、待つ。

「よろしいですか? ……OKですね。では、10時5分開始とします」

 会場が静まり返る。

「……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 7六歩、8四歩、6六歩。


【先手:裏見香子(都ノ) 後手:橋爪大悟(修身)】

挿絵(By みてみん)


 角道を止める。

 橋爪くんも反応した。

 私のことは、居飛車党と聞いてるんじゃないかな。

「……8五歩」

 7七角、3四歩、6八飛。


挿絵(By みてみん)


 振ります。

 橋爪くんは、たいして動揺しなかった。

 すぐに6二銀と上がった。

 7八銀、1四歩、1六歩、7四歩、6七銀、5四歩。

 後手は急戦くさい動き。

 4八玉、5二金右、3八銀、4二玉、5八金左、3二玉。


挿絵(By みてみん)


 橋爪くん、手が早い。ほとんどノータイムだった。

 穴熊一直線? ありうる。

 その路線は、ちょっとイヤなのよね。

 格上がじっくり指してくるのは、困る。

「3九玉」

 ひとまず深く入っておく。

「5三銀」

 持久戦っぽいか──じゃあ、例のプランで。

 力強く5六歩。

 3三角、2八玉、4四歩、7八飛、4五歩。

 な、なんと、角道を開けてきた。

 例のプランもダメか。今度は速攻っぽくなってきた。

 7四歩で急戦模様→5三銀で持久戦模様→4五歩で急戦模様。

 揺さぶってきている。

 ひとまず、6四銀と上がってくるのが本命だ。

 ただなあ、駒組みを再開する可能性もあった。

 例えば、2六歩に4三金とか。

 この手だけで急戦が確定するとは、まだ言えない。

 うーん……いっそのこと、こっちから仕掛けちゃおうかしら。

 7五歩、同歩、6五歩、7七角成、同飛とか。

 私は逡巡した。この順も、悪くはないと思ったからだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん、待ってよ。

 この局面、風切先輩と指したことがあるわね。

 完全に一緒じゃないけど、似ている。私が後手を持っていた。

 違うのは、9筋の端も突き合っていたことだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 っていうか、これ、私が試して全然ダメだった構想じゃない?

 いや、戦術が悪かったかどうかについては、自信がない。

 というのも、風切先輩の対応で、アテが外れる流れになったからだ。

 あのときの先輩の指し手は──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これ。さくっと挑発。

 橋爪くんは、初めて手が止まった。

 10秒ほど固まる。

 ペットボトルのキャップを開けて、水を飲んだ。

「……」

 キャップを閉めて、また考え始めた。

 中身は、なんとなく分かる。

 というか、私が誘導しているのだから、分かるのは当然。

 6四銀としてくれませんか、ってことだ。

 橋爪くんは、挑発されている自覚があるはず。

 それにどう反応するのか。これは性格の問題。

 ムカッとするひともいるし、全然平静なひともいる。

 私のときは、なんというか……困惑してしまった。

 直前の4五歩が工夫だったのに、一発でパーになったからだ。

「……」

「……」

 ん? 悩んでる? もう1分経った。

 橋爪くんは、首を斜めにかしげて、くちびるにひとさしゆびを添えた。

 さらに1分が経過する。

 もしかして、私のときと同じで、4五歩に2六歩が研究だった?

 外されて困ってる? それとも、6四銀以外に、なにかあるの?

 さらに1分が経過──腕が動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 来たッ!

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