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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第59章 香子ちゃん、北の大地へ(2017年8月22日月曜)
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384手目 ジンギスカン

乙部おとべさんは、なにを隠してたの?」

 私の質問に、大谷おおたにさんは小声で答えた。

みなみさんの国籍です」

「……ララさんの国籍?」

「正確に言うと、南さんの国籍に対する反応です」

 私は、あのときの記憶を、よくよく掘り返してみた。

 そして、思い当たるシーンに気づいた。

「ララさんはブラジル人だ、って言ったとき、乙部さんは黙ったわね」

「そうです。拙僧は、そこが気になっていました」

 たしかに、言われてみれば、そうだ。

 外国籍の学生なんて、今じゃ全然珍しくない。

 もちろん、国籍に偏りはあるから、出身国によっては珍しい可能性もあった。

 例えばバルト三国の留学生には、まだ出会ったことがない。

 でも、ブラジル人は、日本にいる人数で5位くらいだったはず。

「だけど、聖生のえるとなにも関係なくない?」

「あの葉書を思い出してください。聖生のえるは外国にいた可能性が高いのです」

 私は唖然とした。

 まさか、そこで繋がるとは思わなかったからだ。

「つまり、聖生のえるの渡航先はブラジル?」

「拙僧は、そう予想しています。外国人というだけでは、反応するはずがありません。あの動作は明らかに、ブラジルというキーワードで起こりました」

「仮にそうだとしても、ブラジル繋がりってだけで、そこまで勘繰るかしら?」

都ノみやこのの学生だったからではないでしょうか」

「というと?」

聖生のえるの娘だと疑ったのでは?」

 そんなことあるかなあ、というのが、私の第一印象だった。

 けど、大谷さんは、この推理に自信があるようだった。

「H海道に広まっている聖生のえるの情報は、関東で広まっているものと異なるのかもしれません。聖生のえるがゲーマーだという噂は、太宰だざいさんの情報網にも引っかかっていませんでした。反対に、関東の学生ならば知っていることを、乙部さんは知らないのです」

「SNSの時代に、そんなことある?」

「太宰さんは、蝦夷えぞ大と連絡を取っていないと思われます。これには、ある程度確信があります。乙部さんの性格からして、情報を抜いたあと、いいように使う恐れがあるので」

 なるほど、煮ても焼いても食えない、ってことか。

 太宰くんは、どちらかと言えば慎重派だ。

「じゃあ、聖生のえるはH海道から東京へ移動して、そこからブラジルへ出た、ってことになるわね」

 私たちは、その意味を色々と考えてみた。

 結局、非合法活動なんじゃないか、という疑いが濃くなった。

 例えば、銃器や麻薬の密輸、人身売買、あるいは国内の不正資金のマネロン。

 私は、

「やっぱり、手を引いて正解だったみたいね」

 という結論になった。

 同時に、太宰くんたちが、少し心配になってきた。

 そんな心情を察したのか、大谷さんは、両手を合わせた。

「そう暗い顔をなさらないでください。ご一緒に読経など、いかがですか。気分が晴れますよ」

 遠慮しておきます。

 そのあと、私たちは2日間、めいいっぱい遊んだ。

 ホテルを拠点にして、車で行けるところを回った。

 3日目はO広。

 ここは自然が豊かで、公園や動物園が目玉だった。

 着いてすぐに入ったのは、小麦畑に囲まれたパン屋さん。

 焼き立てで美味しい窯焼きピザを食べた。

 それから動物園に行って、さらに車で移動。有名なお花畑を散策。

 そして夕食は、ジンギスカン!

 H海道と言えば、やっぱりこれでしょ。

 兜みたいな調理具に、どんどんお肉を乗せていく。

 ちょっと特有の匂いがあるわね。

 でも、みんな嫌いじゃないみたいで、良かった。

 野菜も焼いて、リンゴ入りのタレで食べる。

 美味しぃ。

 ララさんは、

「ニッポンにも、オリジナルのマトン料理あるんだね。焼き肉みたい」

 と言いながら、どんどん食べていた。

 いや、日本のオリジナル料理では、ないような。

 たぶん、どこかの国の料理を、アレンジしたものじゃないかしら。

 よくわかんないけど。

 箸を進める私たちの横で、火村ほむらさんは、リンゴジュースを飲んでいた。

「あんたたち、よく食べるわねぇ」

 いやいやいや、旅行で食べなくて、どうするんですか。

 さすがここは遠慮なく食べるわよ。

 ご飯が進む進む。はぐはぐはぐ。

 4日目はB瑛という有名な観光スポットへ。

 まずは、例の青い池から──すごいッ!

 カラマツ林の中に、真っ青な池が広がっている。

 ララさんは、

「ほんとにブルーじゃん」

 と、感動していた。

 晴れて良かった。私たちは写真を撮りまくる。

 次に、温泉街のほうへ移動した。

 ホテルには温泉がなかったから、ここでゆっくり入りましょ。

 お湯は濁り湯だった。

 あ~、夏だから、洗い場も寒くなくていい。

 体を洗って、木でできた湯船につかる。極楽極楽。

 半露天で、壁はあるけど、上のほうからは外の景色が見えた。

 火村さんは、おじさんみたいにタオルを頭に乗せて、

「ここ、若返りの湯なのね。ますます若返っちゃうわ~」

 と、ご満悦。

 ララさんは、

「めちゃいいね~。これでラベンダーが見れたら、最高だったんだけど」

 と言った。

 大谷さんは、

「満ちた月が欠けていくように、満足のひとつ前がよろしいかと」

 と、なんだか達観してた。

 いずれにせよ、H海道旅行は大正解。

 いい息抜きになった。

 機会があったら、また来よ~っと。


  ○

   。

    .


 というわけで、夏休みを存分に満喫しました。

 東京へ戻った日は、そのまま自宅でゆっくり。

 翌日、部室へ顔を出した。

 ちょうど例会の日だったから、お土産をみんなに配る。

 紙袋を持参した私は、入り口のところで、松平まつだいらと出くわした。

裏見うらみ、H海道はどうだった?」

「ええ、楽しかったわ」

 私は、旅行先でのあれこれを、松平に伝えた。

 蝦夷大の人に会ったことも話した。

 けど、ゲーマー聖生のえるには触れなかった。

 部室で話すと危ないから、情報共有はあとで。

 私は『黒い愛人』の箱を、松平に渡した。

「お、サンキュ。これ好きなんだ」

「私たち4人の手作りよ」

 それを聞いた松平は、

「マジかあ、大事に食べるぜ」

 とニヤけた。

 そこへ、平賀ひらがさんが登場。

「あ、ボクにもください」

 まあまあ、そう慌てずに。

 私は、来たメンバーから順番に配った。

 と言っても、あげる一方じゃなかった。

 お盆休みなんかを利用して、みんな色々あったみたい。

 穂積ほづみ兄妹は、ハワイへ行ってたらしく、クッキーをくれた。

 穂積さんは、ずいぶんと日焼けしてた。お兄さんは、そうでもなかった。

 星野ほしのくんは、おまんじゅう。S玉の名物らしい。

 マルコくんは、ペルーのお菓子。

 アルファホーレスっていう、砂糖をまぶしたクッキーサンド。

 青葉あおばくんは、おじいちゃんおばあちゃんの家でもらった、ほしいもスイーツ。

 平賀さんと愛智あいちくんは、手ぶらだった。

 愛智くんは、

「気が利かなくて、すみません」

 と謝った。

 一方、平賀さんは、

「うわ、このペルーのスイーツ、めちゃうま」

 と言って、バクバク食べ始めていた。

 あのさあ、いや、そっちのほうが将棋部らしいのかもしれないけど。

 というわけで全員──揃ってないわね。もう定刻なんだけど。

 松平は、

三宅みやけ先輩は、まだ実家らしいぞ。彼女と帰省してるんだと」

 と教えてくれた。

 ってことは、風切かざぎり先輩だけか、まだなのは。

 大谷さんは、

「しかし、遅れられるという連絡は、いただいておりません」

 と、横合いから付け加えた。

 平賀さんは、口のまわりを砂糖だらけにしながら、

「数学のし過ぎで、倒れたんじゃないですか」

 と言った。

 そういう実際にありそうなのはNG。

 心配になってきたから、松平がMINEを入れることになった。

 ところが、5分経っても既読にならなかった。

 松平は、前髪をくしゃくしゃにして、

「参ったな。マジでマンションへ見に行ったほうがいいか」

 と言い出した。

 と、その瞬間、廊下から足音が聞こえた。

 誰かが走ってるみたいだった。

 ガラッとドアが開いて、風切先輩が飛び込んで来た。

「大変だぞッ!」

 え、それが第一声なんですか?

 いきなり過ぎて、私たちはびっくりした。

 大谷さんは、

「どうなさったのですか?」

 と尋ねた。

 まさか、数学の未解決問題を証明してしまった?

 みんなの好奇の視線が集まる。

 風切先輩は、肩で息をしながら、先を続けた。

「もこっちが引退するらしいッ!」

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