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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第59章 香子ちゃん、北の大地へ(2017年8月22日月曜)
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382手目 伝説のゲーマー

「ノエル伝説って、知ってる?」

 私たちは表情を変えなかった。

 さすがのララさんも、これはスルーした。そっぽを向いて、ドリンクを飲む。

 すると、乙部おとべさんは、わざとらしくおどろいた表情で、

「あれ、知らないの?」

 とたずねた。

 さて、どうしたものか。

 大谷おおたにさんが対応した。

「関東でそのような悪党が出た、といううわさは聞きましたものの、詳しいことは存じあげません」

 絶妙なラインを引いたわね。

 聖生のえるを知らない、というのは、いかにもウソっぽい。

 近畿の御手おてくんが知ってたくらいだ。H海道まで伝わっていても、おかしくない。

 だけど、詳しいことは知らない、と言っておけば、深堀りされても無視できる。

 これで煙にまけるかな、と思いきや、まかれるのは私たちのほうだった。

 乙部さんは、

「アハハ、やっぱりそっちのノエルだと思うんだ」

 と笑った。

 これには、私を含めて3人とも、とまどった。

 大谷さんは、冷静さを失わずに、

「そっちのノエル、とは、どういう意味ですか?」

 とたずねた。

 乙部さんは、

「私が訊きたいのは、関東に出るノエルのことじゃないの。H海道のノエル」

 と答えた。

 え……どういうこと?

 もしかして、聖生のえるの活動範囲は、全国に広がっていた?

 私は驚きを隠せなかった。

 ララさんも、うっかり、

「なんか盗まれたの?」

 と質問してしまった。

 乙部さんは、ニヤニヤ顔にもどって、

「あ、ちがうちがう、そもそもさ、最近の話じゃないから」

 と、これまたよくわからない情報をつけくわえた。

 私はしびれを切らして、

「じゃあ、いつの話なんですか?」

 とたずねた。

 乙部さんは、

「30年前」

 と答えた。

 30年前? ……いや、待って、やっぱり同一人物じゃない?

 30年前って、バブル崩壊あたりでしょ。初代聖生のえるが現れたときだ。

 ところが、これも否定されてしまった。

 乙部さんは、奇妙な昔話を始めた。

「昔ね、ノエルっていう、伝説的なゲーマーがいたらしいんだよ。S幌のゲーセンを中心に、いろんなゲームでハイスコアを出してたんだって」

 ゲーマー? ゲーセン?

 いきなりあさっての方向になって、私たちはなにも返せなかった。

 乙部さんは、たんたんと先を続けた。

「ゲーセンには、ゲームの台が置いてあるじゃん。ああいうのを、アーケードゲームって言うんだよね。1971年にアメリカで、最初のアーケードビデオゲーム機が作られて、1973年には日本へ上陸。どんどん人気が出て、1983年には、『ダビウス』っていうシューティングゲームが大ヒットしたみたい。そのあと1980年代半ばに、『魔人村』や『ギャラディウス』みたいな、今でも続いているブランドも生まれたんだね。まあ、私は全然やったことないけど。私がやるのは、クレーンゲームくらいかな」

 私たちは、聞き手に回らざるをえなかった。

 ビデオゲームの歴史なんて、まったく知らないからだ。

「で、S幌に、そういうのがチョーうまいプレイヤーがいたらしいの」

 大谷さんは、

「そのかたのお名前が、ノエルだった、と?」

 と確認した。

「そうそう」

「なぜ、そのひとのお名前がわかるのですか? 名乗っていたのですか?」

「当時のアーケードゲーム機には、ハイスコアのひとが、名前を残せるシステムがあったんだよ。今みたいに、オンラインで紐づいてるわけじゃないけどね。そのときのハンドルネームが、NOERUあるいはNERだったから、みんな知ってるわけ」

「オンラインで紐づいているわけではない、とおっしゃられましたね? 本人確認は、どのようにおこなうのですか? だれでも好きな名前を、登録できるのではないですか?」

 乙部さんは、この点を認めた。

 どうやら、だれでもNOERUという名前を使えるらしい。

「私も、ノエルがひとりだとは言ってないよ……あれ、みんな、どうしたの?」

 いかん、顔に出たかも。

 むしろ、ひとりでないほうが気になる。

 あのハガキによると、ノエルは3人組の可能性があったからだ。

 乙部さんは、私たちの反応をさぐるように、話を再開した。

「そのノエルっていう人物、あるいはグループは、S幌のゲーセンに出没していて、目撃情報も、当時はけっこうあったみたい」

 ララさんは、

「じゃあ、顔割れてるじゃん」

 と言って、ゆびをはじいた。

 乙部さんは、残念、と返した。

「当時はスマホもなんにもないから、写真に撮ってるひとは、いなかったんだよ」

「ガラケもないの?」

 ガラケはもっとあと。

 それどころか、1985年だと、いわゆるインスタントカメラもメジャーじゃない。

 大ヒット商品『撮れルンです』が北岳きただけフィルムから発売されたのは、1986年。

 現代みたいに、だれでも気軽に写真や動画を撮れる時代じゃなかったわけだ。

 このあたりは、大学のメディア論の授業でやった。

 乙部さんも、そのあたりを説明した。

 ララさんは、

「Sinto muito em ouvir isso」

 と言って、なんだか残念がっていた。

「ん? それ何語?」

「ブラジルなまりのポルトガル語だよ~」

「ブラジル出身なの?」

「そうだよ」

 乙部さんは、なぜかそこで間を置いた。

 ブラジル人なのが、そんなにめずらしいの?

 そんなことないと思うけど。

 だけど、話はすぐにノエルへもどった。

「そのゲーマーノエルは、1980年代後半になると、ぱったりいなくなっちゃった。その理由が、上京したからじゃないか、っていううわさ」

 だんだん話があやしくなってきた。

 疑わしくなってきた、という意味じゃなくて、こっちへ地理的に寄ってきている。

 大谷さんは、

「しかし、正体がわからないのですから、上京したかどうかも、わからないのでは?」

 と牽制した。

「それがね、S幌でゲーマーノエルを見たことのあるひとが、東京でも目撃したらしいんだよ」

「それは証拠があるのですか?」

「ううん、ただの伝聞。蝦夷えぞ大に伝わってる話」

 うーん、一気にトーンダウン。

 乙部さんは、口もとに手をあてて、にっしっしと笑った。

「まあまあ、そんな顔しないでさ。とりあえず、そっちにもノエルって悪党が出てるんでしょ。隠してもダメだよ。で、そのノエルとゲーマーノエルが同一人物なのか、ちょっち気になってるわけ」

 いやあ、どうだろう。

 なんか話が軽くなってるような。

 N資金がらみの陰謀から、街角のゲーセンに舞台が移ってしまった。

 大谷さんは、

「拙僧たちはゲームセンターに出入りしておりませんので、確認は難しいと思います」

 と言って、暗にこの話を打ち切った。

 そのあとは、蝦夷大将棋部の話になった。

 蝦夷大は国立大学で、H海道ブロック代表の常連だ。

 日本で一番大きなキャンパスを持っている。

 場所によっては、自転車で移動しないといけないらしい。

 乙部さんと檜山ひやまさんは、獣医学部とのこと。

 檜山さんは、なんかそれっぽいかな。乙部さんは、ずいぶんノリが軽いなあ、と思う。

 ただ、こういうひとのほうが、ワンちゃんネコちゃんの世話は、得意そう。偏見?

 あれこれ話しているうちに、5時半になった。

 火村ほむらさんと合流しないといけない。私たちは席を立った。

 乙部さんたちは、S幌駅まで見送ってくれた。

「なにか情報が入ったら、よろしくぅ」

 なんだかんだで、連絡先を教えてもらった。

 MINEのQRコード付き名刺。

 ふたりの姿が見えなくなったところで、大谷さんが話しかけてきた。

「乙部さんは、なにか情報をつかんでいると思います」

「え……どういうこと?」

「ただのゲーム名人をさがしているとは、思えません。お金が絡んでいるはずです」

 はあ、そうですか。

 乙部さん、第一印象からして、けっこう腹黒そうだったし、じっさいにそれっぽい。

 O阪の難波なんばさんと、いい勝負なのでは。

 とりあえず、私は名刺をポケットにしまった。

 その瞬間──

「フッフッフ……Girls, be ambitious!!」

 出たわね。

 ふりかえると、火村さんが変なポーズをして立っていた。

 クラーク像のマネじゃないですか。

 服装は、いつものように黒で統一されていた。

 黒の半そでトップス、黒のサマーカーディガン、黒いスカート、黒い靴。

 頭には、コウモリのヘアピン。

 ララさんは、

「Moda de Halloween fora do lugar」

 と口走った。

 火村さんは、犬歯を見せて、

「場違いで悪かったわね」

 と返した。

「Ups!! ポルトガル語わかるんだった」

「まったく、このパーフェクトなコーデを見なさい」

 火村さんは、その場で両手を広げて、つま先立ちでくるくる回った。

 こらこら、危ないでしょ。それに、スカートがひらひらしてるわよ。

 火村さんは回りながら、

「それじゃ、観光に行くわよ」

 と言った。

 私は、

「今からじゃ、帰りがきつくない?」

 と返した。

 というか、回転するのをやめなさい。

「行き先は、1ヶ所でいいわ」

「どこ?」

 火村さんは、ぴたりと止まった。

 ポーズを決めて、南のほうをゆびさす。

「すすきのラーメン横丁」

「火村さ~ん、ラーメン横丁は、すすきのに2ヶ所あるのよ」

「え……そうなの?」

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