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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第59章 香子ちゃん、北の大地へ(2017年8月22日月曜)
394/489

381手目 S幌観光

 地平線まで広がる、緑の大地。

 レンタカーを借りた私たち3人は、高速道路を爆走していた。

 運転席のララさんは、ワイヤレスイヤホンをはめて、ノリノリの運転。

「へいへーい、ニッポンのハイウェイ、へなちょこだね。もっとスピード出せ~」

 やめてえ、これ100キロ近く出てるでしょ。

 窓の風景が、びゅんびゅん変わる。

 助手席に座っていた私は、

「ララさん、日本の高速は80キロよ」

 と注意した。

「ん? なんか言った?」

「日本の高速は80キロ!」

「じゃあプラス10キロいける」

 プラス10キロ超えてるでしょッ!

 私は、後部座席の大谷おおたにさんに助けを求めた。

 大谷さんは、ガイドブックから顔をあげた。

「どう致しました?」

「スピード違反よ。大谷さんもなにか言って」

「しぃちゃんのハーレーのほうが、速いですよ」

 そういう問題じゃなーいッ!


  ○

   。

    .


 ハァ……というわけで、なんとかS幌に到着。

 3時間くらいかかった。とちゅうで、クラーク像のある展望台に寄ったのだ。そこで、ホテルのサンドイッチを食べた。本州とは全然ちがう眺めで、爽快だった。

 さっそく観光。市内もレンタカーで移動する。

 まずは、銘菓、黒い愛人のテーマパークへ。

 レンガ造りの、お洒落な建物だった。

 ただのお菓子工場かな、と思っていたら、全然ちがった。

 アンティーク食器の展示場とか、歴史館とか、見どころがいっぱい。

 まずは、お菓子作りの体験。

 チョコレートクッキーを作れるのだ。

 会場は、キッチンというよりも、学校の調理場みたいな感じ。

 手洗いをするところとか、消毒液のマシンとか、いろいろあった。

 生地は用意されていて、私たちは伸ばすだけ。

 型抜きをして──よし。

 オーブンで焼く。30分くらいかかるから、そのあいだに施設をぐるり。

 時間通りに厨房へもどって、クッキーを回収。

 一枚食べる。うん、サクサクしてて美味しい。

 ララさんも一枚食べながら、

「黒い愛人ってさあ、名前が勝負してるよね」

 と言った。

 たしかに、と思ったら、大谷さんは、

「漢文の『愛人』に、もともと今のような意味はありません。恋人と同義です」

 と教えてくれた。

 なるほどね、創業が昔だから、意味が変わっちゃったのか。

 クッキーはていねいに包んで、退館。

 お次は、あの有名な時計台へ行く。

 日本三大がっかり観光地らしいけど──到着。

 写真でよく見る、白い時計台が、目のまえにあった。

 ふむ……なるほど、ビルに囲まれちゃってるのか。

 それに、思ったより大きくないかも。

 ただ、がっかりってほどじゃないかなあ。

 入場料を払って、中も見学した。

 なぜかクラーク博士の銅像が置かれていた。

 展望台で見たのとはちがって、椅子に座っている。

 ララさんは、

「Boys, be ambitious……このひと、有名なんだね」

 と言って、なんだか感心していた。

 時計台を出ると、お昼の3時。お茶の時間。

 ララさんは、スマホを確認しながら、

「ほむほむと合流するの、何時だっけ?」

 とたずねた。

 私は、

「18時に、S幌駅」

 と答えた。

「んー、時間あるね。ちょっとコーヒーでも飲も」

 大通公園を散策する。

 ここはここで、いろいろ観光スポットがあるのよね。

 テレビ塔とか。あと、純粋に公園としてキレイだった。

 とはいえ、3時間も過ごせないから、喫茶店をさがした。

 どうやら、たくさんあるみたい。迷う。

 だいたい南のエリアにあるから、そこへ移動した。

 すると、ララさんは突然立ち止まった。

「あ、見て見て」

 ララさんがゆびさした先には──コンセプトカフェ?

 いわゆるメイド喫茶っぽいものが。

「ララさん、メイド喫茶がいいの?」

「ちがうちがう、この看板」

 ララさんは、入り口の立て看板をゆびさした。

 将棋で勝ったら、コーヒー無料。席料なし。

 え、ほんと?

 私は疑った。でも、ララさんはノリノリの雰囲気。

「ひよこなら100パー勝てるっしょ」

 ふーむ、私でもけっこういけそう。

 ところが、大谷さんは両手を合わせて、目を閉じた。

「このような宣伝文句には、えてして罠が多いものです。じつはとても強いメイドさんが待ち構えていて、負けたら席料を払わされるのかもしれません。今日も日本のどこかで、腕におぼえのある大学生が、餌食になっているのでしょう」

 なるほど、一理ある。

 商業施設だから、損になるような経営は、していないはず。

 ってことは、けっこう強い子がいるんじゃないかしら。

 なんて考えていると、うしろのほうから、女の子の声が聞こえた。

「にっしっし、そのとおりだよ~」

 ふりかえると──ん、だれ?

 レインボーな髪色の女の子と、やる気のないフリーターみたいな男性が立っていた。女の子は、ちょっと背が低め。大きなふたつのおさげで、メイクもわりと奇抜。アイラインと口紅がピンクだった。けっこうイジワル系の顔をしている。なんというか、目つきがいやらしい。下ネタ的な意味ではなくて、なんだろう、値踏みしてくる感じ? 服装は、白いぶかぶかサマーニットに、厚手のズボン。

 男性のほうは、んー、20代後半っぽい? ひげの剃り残しがあった。髪型は、サイドを駆り込んだタイプ。前髪がちょこんとカーブしていた。服装はいたってシンプルで、白の長袖シャツに黒のジャケット、それに黒のズボン。

 女の子は、にっしっし、と笑って、右手をふった。

「ここのお店は、うちのテリトリーだから~」

 テリトリー? ……もしや、その筋のかたがたですか。

 逃げたほうがいいのでは、と思いきや、大谷さんはちょっとおどろいたような顔で、

乙部おとべさんではありませんか」

 と言った。

 女の子は、口もとに手を当てて笑った。

「おひさ~なにしてんの?」

「大学の同期と、旅行をしております」

 大谷さんは、女の子を紹介してくれた。

 乙部さんというひとで、蝦夷えぞ大の将棋部らしい。

 私たちの1コ上だから、3年生。

 元H海道代表。いつもの人脈。

 もうひとりの男性も、蝦夷大のひとで、檜山ひやまと名乗った。

「はじめまして、裏見うらみです」

みなみだよ~」

 私たちもあいさつをする。

 大谷さんは、

「よくお気づきになられましたね」

 といぶかった。

「一発でわかったよ」

 残当。

 お遍路さんのかっこうしてるひと、見渡すかぎりひとりしかいないし。

 乙部さんは話をもどして、

「あのお店は蝦夷のテリトリーだから、入らないほうがいいよ」

 と言った。

 大谷さんは、

「将棋部のアルバイト先、ということですか?」

 とたずねた。

「そそ、あ、でも、指したければどうぞ~」

 乙部さんはそう言って、大谷さんに上目遣いをした。

「いえ、遠慮致します」

「ん~、挑発されないか。ところで、観光中なんだよね?」

「はい」

「案内しよっか?」

 大谷さんは、ふたつ返事をしなかった。

 私たちに相談してくる。

 私は迷ったけど、ララさんは、

「あ、いいじゃん、美味しいお店、教えてもらお」

 と、乗り気だった。

 たしかに、今はフリータイムに近いのよね。

 喫茶店をさがしていたのも、そのため。

 ま、いいのかな、と思って、私も特に反対はしなかった。

 大谷さんは、すこしだけ間を置いた。

「……左様ですね。では、アイスクリームでも、食べると致しましょう」

 私たちは、その場を出発した。

 ララさんは乙部さんの横にくっついて、あれこれ質問をする。

 そのうしろに、檜山さん。

 私と大谷さんは、最後尾につけた。

 というのも、ちょっとしたアイコンタクトがあったのだ。

 大谷さんの動きからして、乙部さんと距離をとって欲しいっぽかった。

 案の定、大谷さんは私に耳打ちしてきた。

「乙部さんはふだん、見返りがないと、なにもなさらないかたです。ご注意を」

 ん……なんか企んでるってこと?

 急に不穏になってきた。

 あんまり軽く乗らないほうが、よかったかな。

 後悔先に立たず。

 とりあえず、乙部さんは、穴場の喫茶店を教えてくれた。

 蝦夷大の学生はよく使っている、とのこと。

 お洒落、っていうよりも、モダンな感じ。

 真っ白な壁に、シンプルな抽象画がかざられていた。

 テーブルは木製で、明るめの色。

 私たちは、ソフトクリームを注文した。

 これがまた美味しくて、ミルクの甘さがしっかりとしていた。

 乙部さんは、コーヒーを飲みながら、S幌名物の話をしてくれた。

 ララさんは、ラーメンの話に食いついて、根掘り葉掘り。

 30分くらいくつろいだところで、乙部さんはカップを飲み干した。

 そして、こうたずねてきた。

「3人とも、都ノみやこの大学なんだよね?」

 私たちは、そうだと答えた。

 乙部さんは、両手を口もとにあてて、ニヤニヤ笑った。

「だったらさ、ノエル伝説って、知ってる?」

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