381手目 S幌観光
地平線まで広がる、緑の大地。
レンタカーを借りた私たち3人は、高速道路を爆走していた。
運転席のララさんは、ワイヤレスイヤホンをはめて、ノリノリの運転。
「へいへーい、ニッポンのハイウェイ、へなちょこだね。もっとスピード出せ~」
やめてえ、これ100キロ近く出てるでしょ。
窓の風景が、びゅんびゅん変わる。
助手席に座っていた私は、
「ララさん、日本の高速は80キロよ」
と注意した。
「ん? なんか言った?」
「日本の高速は80キロ!」
「じゃあプラス10キロいける」
プラス10キロ超えてるでしょッ!
私は、後部座席の大谷さんに助けを求めた。
大谷さんは、ガイドブックから顔をあげた。
「どう致しました?」
「スピード違反よ。大谷さんもなにか言って」
「しぃちゃんのハーレーのほうが、速いですよ」
そういう問題じゃなーいッ!
○
。
.
ハァ……というわけで、なんとかS幌に到着。
3時間くらいかかった。とちゅうで、クラーク像のある展望台に寄ったのだ。そこで、ホテルのサンドイッチを食べた。本州とは全然ちがう眺めで、爽快だった。
さっそく観光。市内もレンタカーで移動する。
まずは、銘菓、黒い愛人のテーマパークへ。
レンガ造りの、お洒落な建物だった。
ただのお菓子工場かな、と思っていたら、全然ちがった。
アンティーク食器の展示場とか、歴史館とか、見どころがいっぱい。
まずは、お菓子作りの体験。
チョコレートクッキーを作れるのだ。
会場は、キッチンというよりも、学校の調理場みたいな感じ。
手洗いをするところとか、消毒液のマシンとか、いろいろあった。
生地は用意されていて、私たちは伸ばすだけ。
型抜きをして──よし。
オーブンで焼く。30分くらいかかるから、そのあいだに施設をぐるり。
時間通りに厨房へもどって、クッキーを回収。
一枚食べる。うん、サクサクしてて美味しい。
ララさんも一枚食べながら、
「黒い愛人ってさあ、名前が勝負してるよね」
と言った。
たしかに、と思ったら、大谷さんは、
「漢文の『愛人』に、もともと今のような意味はありません。恋人と同義です」
と教えてくれた。
なるほどね、創業が昔だから、意味が変わっちゃったのか。
クッキーはていねいに包んで、退館。
お次は、あの有名な時計台へ行く。
日本三大がっかり観光地らしいけど──到着。
写真でよく見る、白い時計台が、目のまえにあった。
ふむ……なるほど、ビルに囲まれちゃってるのか。
それに、思ったより大きくないかも。
ただ、がっかりってほどじゃないかなあ。
入場料を払って、中も見学した。
なぜかクラーク博士の銅像が置かれていた。
展望台で見たのとはちがって、椅子に座っている。
ララさんは、
「Boys, be ambitious……このひと、有名なんだね」
と言って、なんだか感心していた。
時計台を出ると、お昼の3時。お茶の時間。
ララさんは、スマホを確認しながら、
「ほむほむと合流するの、何時だっけ?」
とたずねた。
私は、
「18時に、S幌駅」
と答えた。
「んー、時間あるね。ちょっとコーヒーでも飲も」
大通公園を散策する。
ここはここで、いろいろ観光スポットがあるのよね。
テレビ塔とか。あと、純粋に公園としてキレイだった。
とはいえ、3時間も過ごせないから、喫茶店をさがした。
どうやら、たくさんあるみたい。迷う。
だいたい南のエリアにあるから、そこへ移動した。
すると、ララさんは突然立ち止まった。
「あ、見て見て」
ララさんがゆびさした先には──コンセプトカフェ?
いわゆるメイド喫茶っぽいものが。
「ララさん、メイド喫茶がいいの?」
「ちがうちがう、この看板」
ララさんは、入り口の立て看板をゆびさした。
将棋で勝ったら、コーヒー無料。席料なし。
え、ほんと?
私は疑った。でも、ララさんはノリノリの雰囲気。
「ひよこなら100パー勝てるっしょ」
ふーむ、私でもけっこういけそう。
ところが、大谷さんは両手を合わせて、目を閉じた。
「このような宣伝文句には、えてして罠が多いものです。じつはとても強いメイドさんが待ち構えていて、負けたら席料を払わされるのかもしれません。今日も日本のどこかで、腕におぼえのある大学生が、餌食になっているのでしょう」
なるほど、一理ある。
商業施設だから、損になるような経営は、していないはず。
ってことは、けっこう強い子がいるんじゃないかしら。
なんて考えていると、うしろのほうから、女の子の声が聞こえた。
「にっしっし、そのとおりだよ~」
ふりかえると──ん、だれ?
レインボーな髪色の女の子と、やる気のないフリーターみたいな男性が立っていた。女の子は、ちょっと背が低め。大きなふたつのおさげで、メイクもわりと奇抜。アイラインと口紅がピンクだった。けっこうイジワル系の顔をしている。なんというか、目つきがいやらしい。下ネタ的な意味ではなくて、なんだろう、値踏みしてくる感じ? 服装は、白いぶかぶかサマーニットに、厚手のズボン。
男性のほうは、んー、20代後半っぽい? ひげの剃り残しがあった。髪型は、サイドを駆り込んだタイプ。前髪がちょこんとカーブしていた。服装はいたってシンプルで、白の長袖シャツに黒のジャケット、それに黒のズボン。
女の子は、にっしっし、と笑って、右手をふった。
「ここのお店は、うちのテリトリーだから~」
テリトリー? ……もしや、その筋のかたがたですか。
逃げたほうがいいのでは、と思いきや、大谷さんはちょっとおどろいたような顔で、
「乙部さんではありませんか」
と言った。
女の子は、口もとに手を当てて笑った。
「おひさ~なにしてんの?」
「大学の同期と、旅行をしております」
大谷さんは、女の子を紹介してくれた。
乙部さんというひとで、蝦夷大の将棋部らしい。
私たちの1コ上だから、3年生。
元H海道代表。いつもの人脈。
もうひとりの男性も、蝦夷大のひとで、檜山と名乗った。
「はじめまして、裏見です」
「南だよ~」
私たちもあいさつをする。
大谷さんは、
「よくお気づきになられましたね」
といぶかった。
「一発でわかったよ」
残当。
お遍路さんのかっこうしてるひと、見渡すかぎりひとりしかいないし。
乙部さんは話をもどして、
「あのお店は蝦夷のテリトリーだから、入らないほうがいいよ」
と言った。
大谷さんは、
「将棋部のアルバイト先、ということですか?」
とたずねた。
「そそ、あ、でも、指したければどうぞ~」
乙部さんはそう言って、大谷さんに上目遣いをした。
「いえ、遠慮致します」
「ん~、挑発されないか。ところで、観光中なんだよね?」
「はい」
「案内しよっか?」
大谷さんは、ふたつ返事をしなかった。
私たちに相談してくる。
私は迷ったけど、ララさんは、
「あ、いいじゃん、美味しいお店、教えてもらお」
と、乗り気だった。
たしかに、今はフリータイムに近いのよね。
喫茶店をさがしていたのも、そのため。
ま、いいのかな、と思って、私も特に反対はしなかった。
大谷さんは、すこしだけ間を置いた。
「……左様ですね。では、アイスクリームでも、食べると致しましょう」
私たちは、その場を出発した。
ララさんは乙部さんの横にくっついて、あれこれ質問をする。
そのうしろに、檜山さん。
私と大谷さんは、最後尾につけた。
というのも、ちょっとしたアイコンタクトがあったのだ。
大谷さんの動きからして、乙部さんと距離をとって欲しいっぽかった。
案の定、大谷さんは私に耳打ちしてきた。
「乙部さんはふだん、見返りがないと、なにもなさらないかたです。ご注意を」
ん……なんか企んでるってこと?
急に不穏になってきた。
あんまり軽く乗らないほうが、よかったかな。
後悔先に立たず。
とりあえず、乙部さんは、穴場の喫茶店を教えてくれた。
蝦夷大の学生はよく使っている、とのこと。
お洒落、っていうよりも、モダンな感じ。
真っ白な壁に、シンプルな抽象画がかざられていた。
テーブルは木製で、明るめの色。
私たちは、ソフトクリームを注文した。
これがまた美味しくて、ミルクの甘さがしっかりとしていた。
乙部さんは、コーヒーを飲みながら、S幌名物の話をしてくれた。
ララさんは、ラーメンの話に食いついて、根掘り葉掘り。
30分くらいくつろいだところで、乙部さんはカップを飲み干した。
そして、こうたずねてきた。
「3人とも、都ノ大学なんだよね?」
私たちは、そうだと答えた。
乙部さんは、両手を口もとにあてて、ニヤニヤ笑った。
「だったらさ、ノエル伝説って、知ってる?」




