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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第58章 こちら申命館大学将棋部(2017年8月9日月曜)
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377手目 もみじまんじゅう

 コーヒー飲んで、ダベって、藤堂とうどうたちと合流して、夕飯。

 飲みにするか、って案もあったが、それはF岡まで保留。

 ふつうにファミレスだった。財布の都合ね。

 9時を過ぎた頃に、ようやくビジホへチェックインした。

 3部屋に分かれる。

 藤堂がシングルルーム、俺と宗像むなかたがダブルベッド。

 女子ふたりもダブルベッドの別室。

 ツインがよかったなあ。格安のビジネスホテルでは、さすがにムリだが。

 藤堂がシングルなのは、部屋代をひとりで出してるから。

 俺と宗像は、ダブルの部屋代を折半している。

 カードキーで入室。室内は、ザ・ビジホ。

 狭い通路、ベッド、テレビ付きのテーブル。

 開けっ放しのカーテンから、H島の夜景が見えた。

「おーい、宗像、先にシャワー浴びていいか?」

「どうぞ」

 俺はシャワーを浴びて、新しい下着に着替えた。

 トランクスとシャツ一枚のかっこうで、浴室を出る。

 宗像は、ベッドで横になっていた。

 俺は、スタイリング剤の抜けた髪をととのえながら、テレビのリモコンをさがした。

 あれ、テレビのそばにないな。

「宗像、リモコンどこだ?」

「……」

「宗像?」

 俺は、宗像の顔をのぞきこんだ──寝てるのかよ。

 風呂はどうするんだ、風呂は。

 夏場に風呂入らないで寝るのはNGだぞ。

 とはいえ、俺もすぐに寝るわけじゃないから、起こさないでおく。

 30分くらい経ったら、どうせ起きるだろ。

 テレビのリモコンは、ティッシュ箱のうしろに隠れていた。

 つける。チャンネルを適当に変える。

 K都とは、番組がちがうな。って、あたりまえか。

 とりあえずニュースを見よう。

 キャスターが、今日のできごとを読み上げている。

 汚職、交通事故、株価。いつも通りだな。

 地元のローカルニュースは、よくわかんなかった。

歩美あゆみ……もっと……」

 ん? ……宗像の寝言か。

 こいつ、なんの夢見てるんだ?

 俺がいぶかしがっていると、宗像は寝返りをうった。

 ニヤリと笑って、

「詰めろだぜ……」

 とつぶやいた。

 なんだよ、駒込こまごめと将棋してる夢か。

 さっさと起きて、風呂入ってくれえ。俺も眠くなってきた。


  ○

   。

    .


 翌朝、俺は駐車場で、大きなあくびをした。

「ねみぃ」

 俺がそう言うと、宗像は、

「さっさと寝ないからだろ」

 とつっこんできた。

 おまえがさっさと風呂に入らなかったからだろ。

 藤堂は、いつも通りオールバックにキメていた。

 メガネを朝日に光らせる。

「よし、宮島へ行くぞ」

 レンタカーに乗って、西へ。

 平野を出て、海岸沿いの道を進む。

 すると、宮島口というところへついた。

 ちっさい港町。

 於保おぼは、

「ここから渡るんですか?」

 とたずねた。

「そうだ。フェリーに乗る」

 なんでも、車ごと乗れるらしいんだよな。

 けど、俺たちは車は乗せない。

 島の道が全然分かんないから、歩いたほうがいい。

 駐車場に停めて、チケットを買って、乗船。2階のデッキへ。

 潮風の香りがする。

 俺は、

「盆地のK都人からすると、新鮮だなあ」

 と言った。

 声が風でかき消される。

 となりに立っていた駒込は、

「なんか言った?」

 とたずねてきた。

「盆地の人間にとって、海はめずらしい、って言ったんです」

「そう……」

 その反応、やめてください。

 1年生のときから気になってる。

 とりあえず会話を続けるために、

「駒込さんは、瀬戸内海出身ですよね。海沿いって、どんな感じです?」

 とたずねた。なるべく声を張り上げる。

駒桜こまざくら市は海に面してないわよ」

 え、そうなの? ……あ、そりゃそうか。

 K都からF岡までのルート上に、ないもんな。

 奥へ行ったところ、ってのは、中国山地へ向かったほう、ってことだ。

 だとすれば、内陸だ。

 俺がそんなことを考えていると、宗像は、

「海沿いなんて、洗濯物が塩をふくし、あんまいいことないぜ。台風来るしな」

 と言ってきた。

 そうなのか──ん?

「宗像って、海沿いの出身なのか?」

「は? 一般論だ」

 ほんとか? ……今の、即答だったよな。

 変な間はなかった。じゃあ一般論なのか。

 会話のドッジボールになってきたから、海を眺めよう。

 風が冷たくて、なんだか気持ちがいい。

 とちゅうで、有名な赤い鳥居がみえた。

 海から突き出してるやつ。

 島までは、ほんとにすぐだった。10分でついた。

 降りると大きな建物があって、そこを突き抜けると、ちっちゃな通りに出た。

 正面は山になっている。なんにもねえ。

 それじゃ、地図を頼りに、寺院めぐりをするぜ、なんてはずもなく。

 飯だ飯。朝食抜きだったんだぞ。

 於保はスマホを見ながら、

「あなごめしを食べてから、もみじまんじゅうを食べましょ」

 と言って、店を検索した。あらかじめ決めておいたらしい。

 誘導に従って歩いていく。

 んー、ザ・観光地って感じ。

 土産物屋が、ずーっと並んでいた。

 あと、鹿がいっぱいいた。鹿はN良でお腹いっぱいだぜ。

 海沿いだから、景色はいい。

 藤堂は、

「一番有名な店は、宮島口のほうにあるみたいだが」

 とたずねた。

 於保は、

「こっちで食べたほうが、雰囲気あっていいでしょ」

 と返した。

 そんなもんか?

 あなごめしの弁当もあるみたいだし、あっちで買って、こっちで食べてもよかった。海岸に石垣があるから、座る場所にも困らない。

 於保の計画にうだうだ言うと、あとが怖いから、黙っておく。

 15分ほど歩いて、ようやく到着。

 もう行列ができてるじゃないか。また並ぶ。

 宗像は、

「あなごめしって、そもそもなんなんだよ」

 と訊いてきた。

 駒込は、

「うなぎの代わりにアナゴが乗ってる丼よ」

 と答えた。

 そう、めっちゃシンプルなんだよな、写真を見る限りでは。

 現物を拝む時間は、すぐにきた。

 店内に案内されて、人数分頼むと、すぐに出てきた。

 どんぶりに、木製の丸いふたが乗っている。

 開ける──ほーん、マジでこんなのなんだ。

 ごはんにアナゴをたくさん乗せて、タレをかけただけ。

 うまいのか? 俺は箸を割って、いただきますをした。

 ひとくち食べる──なるほど、アナゴの乗ってる飯だな。そのまんま。

 でも、思ったよりうまいぞ。

 於保は、

「うな丼ほどインパクトはないけど、あっさりしてて、おいしいわね」

 と言った。

 だな、そんな感じの食べ物だ。

 お新香もかじって、お茶を飲んで、満足。

 外には列ができていたから、長居せずに退店。

 もみじまんじゅうを食べに行く。

 またまた於保が案内役。

「お店がいっぱいあって、迷うわね……」

 藤堂は、

「元祖なんたら、にでもしておけ」

 と、テキトウなアドバイス。

「それは宮島口へもどらないといけないわ」

 マジかよ、と思ったけど、そっちのほうがいいんじゃね、ってことに。

 炭水化物を食べたばっかりだ。

 ちょこちょこ観光をして、フェリー乗り場へ。

 とちゅうで宗像が鹿に襲われていた。

 フェリーでもどったら、車で西へ少し進む。

 住宅街の細い道へ入って、お店の近くで降りた。

 店舗は、ドアのあるタイプじゃなかった。

 シャッターを開けて、通りに向かって開放するタイプだ。

 販売スペースの真ん中に、ばら売りの台があった。

 俺はそれをのぞきこんで、おどろいた。

 もみじまんじゅうって、1種類じゃないんだな。

 なんかいろいろある。

 こしあん、緑茶味、ミルク味、レモン味……ラムネ味?

 藤堂はメガネをなおしながら、

「ほぉ、ラムネ味か。K都の八ツ橋にも、似たものがある。H島はどうだろうな」

 と言って、それを買った。

 さすがは藤堂、初見は避けそうなやつを注文してきたよ。

 藤堂の家って、和菓子屋なんだよね。

 だから菓子にはうるさい。けど、伝統以外は評価しない、というタイプじゃない。

 アボガド巻きも認める老舗の寿司屋、みたいなイメージ。

 於保は、

「こっちの白練り餡と、ミルク餡で迷うわね……」

 と言ってから、両方買った。

 両取りは正義。

 藤堂と於保は、買ったらすぐに車へもどってしまった。

 俺は駒込に、

「先輩、おいしいのどれですか?」

 とたずねた。

御手おてが好きなので、いいんじゃない」

 あしらわれた。とはいえ、正論。

 俺は一番オーソドックスな、つぶあんを買うぜ。

 駒込は、こしあん。あとは宗像だけだ。早くしろ~。

 宗像はポケットに手をつっこんで、あんまり興味なさそうなかっこう。

「歩美、これどれがうまいの?」

「そうね……私も全部は食べてないけど、こっちの黒ゴマ餡は、おいしいわよ」

 え、なにその態度のちがいは?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 俺、駒込先輩に嫌われてる?

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