377手目 もみじまんじゅう
コーヒー飲んで、ダベって、藤堂たちと合流して、夕飯。
飲みにするか、って案もあったが、それはF岡まで保留。
ふつうにファミレスだった。財布の都合ね。
9時を過ぎた頃に、ようやくビジホへチェックインした。
3部屋に分かれる。
藤堂がシングルルーム、俺と宗像がダブルベッド。
女子ふたりもダブルベッドの別室。
ツインがよかったなあ。格安のビジネスホテルでは、さすがにムリだが。
藤堂がシングルなのは、部屋代をひとりで出してるから。
俺と宗像は、ダブルの部屋代を折半している。
カードキーで入室。室内は、ザ・ビジホ。
狭い通路、ベッド、テレビ付きのテーブル。
開けっ放しのカーテンから、H島の夜景が見えた。
「おーい、宗像、先にシャワー浴びていいか?」
「どうぞ」
俺はシャワーを浴びて、新しい下着に着替えた。
トランクスとシャツ一枚のかっこうで、浴室を出る。
宗像は、ベッドで横になっていた。
俺は、スタイリング剤の抜けた髪をととのえながら、テレビのリモコンをさがした。
あれ、テレビのそばにないな。
「宗像、リモコンどこだ?」
「……」
「宗像?」
俺は、宗像の顔をのぞきこんだ──寝てるのかよ。
風呂はどうするんだ、風呂は。
夏場に風呂入らないで寝るのはNGだぞ。
とはいえ、俺もすぐに寝るわけじゃないから、起こさないでおく。
30分くらい経ったら、どうせ起きるだろ。
テレビのリモコンは、ティッシュ箱のうしろに隠れていた。
つける。チャンネルを適当に変える。
K都とは、番組がちがうな。って、あたりまえか。
とりあえずニュースを見よう。
キャスターが、今日のできごとを読み上げている。
汚職、交通事故、株価。いつも通りだな。
地元のローカルニュースは、よくわかんなかった。
「歩美……もっと……」
ん? ……宗像の寝言か。
こいつ、なんの夢見てるんだ?
俺がいぶかしがっていると、宗像は寝返りをうった。
ニヤリと笑って、
「詰めろだぜ……」
とつぶやいた。
なんだよ、駒込と将棋してる夢か。
さっさと起きて、風呂入ってくれえ。俺も眠くなってきた。
○
。
.
翌朝、俺は駐車場で、大きなあくびをした。
「ねみぃ」
俺がそう言うと、宗像は、
「さっさと寝ないからだろ」
とつっこんできた。
おまえがさっさと風呂に入らなかったからだろ。
藤堂は、いつも通りオールバックにキメていた。
メガネを朝日に光らせる。
「よし、宮島へ行くぞ」
レンタカーに乗って、西へ。
平野を出て、海岸沿いの道を進む。
すると、宮島口というところへついた。
ちっさい港町。
於保は、
「ここから渡るんですか?」
とたずねた。
「そうだ。フェリーに乗る」
なんでも、車ごと乗れるらしいんだよな。
けど、俺たちは車は乗せない。
島の道が全然分かんないから、歩いたほうがいい。
駐車場に停めて、チケットを買って、乗船。2階のデッキへ。
潮風の香りがする。
俺は、
「盆地のK都人からすると、新鮮だなあ」
と言った。
声が風でかき消される。
となりに立っていた駒込は、
「なんか言った?」
とたずねてきた。
「盆地の人間にとって、海はめずらしい、って言ったんです」
「そう……」
その反応、やめてください。
1年生のときから気になってる。
とりあえず会話を続けるために、
「駒込さんは、瀬戸内海出身ですよね。海沿いって、どんな感じです?」
とたずねた。なるべく声を張り上げる。
「駒桜市は海に面してないわよ」
え、そうなの? ……あ、そりゃそうか。
K都からF岡までのルート上に、ないもんな。
奥へ行ったところ、ってのは、中国山地へ向かったほう、ってことだ。
だとすれば、内陸だ。
俺がそんなことを考えていると、宗像は、
「海沿いなんて、洗濯物が塩をふくし、あんまいいことないぜ。台風来るしな」
と言ってきた。
そうなのか──ん?
「宗像って、海沿いの出身なのか?」
「は? 一般論だ」
ほんとか? ……今の、即答だったよな。
変な間はなかった。じゃあ一般論なのか。
会話のドッジボールになってきたから、海を眺めよう。
風が冷たくて、なんだか気持ちがいい。
とちゅうで、有名な赤い鳥居がみえた。
海から突き出してるやつ。
島までは、ほんとにすぐだった。10分でついた。
降りると大きな建物があって、そこを突き抜けると、ちっちゃな通りに出た。
正面は山になっている。なんにもねえ。
それじゃ、地図を頼りに、寺院めぐりをするぜ、なんてはずもなく。
飯だ飯。朝食抜きだったんだぞ。
於保はスマホを見ながら、
「あなごめしを食べてから、もみじまんじゅうを食べましょ」
と言って、店を検索した。あらかじめ決めておいたらしい。
誘導に従って歩いていく。
んー、ザ・観光地って感じ。
土産物屋が、ずーっと並んでいた。
あと、鹿がいっぱいいた。鹿はN良でお腹いっぱいだぜ。
海沿いだから、景色はいい。
藤堂は、
「一番有名な店は、宮島口のほうにあるみたいだが」
とたずねた。
於保は、
「こっちで食べたほうが、雰囲気あっていいでしょ」
と返した。
そんなもんか?
あなごめしの弁当もあるみたいだし、あっちで買って、こっちで食べてもよかった。海岸に石垣があるから、座る場所にも困らない。
於保の計画にうだうだ言うと、あとが怖いから、黙っておく。
15分ほど歩いて、ようやく到着。
もう行列ができてるじゃないか。また並ぶ。
宗像は、
「あなごめしって、そもそもなんなんだよ」
と訊いてきた。
駒込は、
「うなぎの代わりにアナゴが乗ってる丼よ」
と答えた。
そう、めっちゃシンプルなんだよな、写真を見る限りでは。
現物を拝む時間は、すぐにきた。
店内に案内されて、人数分頼むと、すぐに出てきた。
どんぶりに、木製の丸いふたが乗っている。
開ける──ほーん、マジでこんなのなんだ。
ごはんにアナゴをたくさん乗せて、タレをかけただけ。
うまいのか? 俺は箸を割って、いただきますをした。
ひとくち食べる──なるほど、アナゴの乗ってる飯だな。そのまんま。
でも、思ったよりうまいぞ。
於保は、
「うな丼ほどインパクトはないけど、あっさりしてて、おいしいわね」
と言った。
だな、そんな感じの食べ物だ。
お新香もかじって、お茶を飲んで、満足。
外には列ができていたから、長居せずに退店。
もみじまんじゅうを食べに行く。
またまた於保が案内役。
「お店がいっぱいあって、迷うわね……」
藤堂は、
「元祖なんたら、にでもしておけ」
と、テキトウなアドバイス。
「それは宮島口へもどらないといけないわ」
マジかよ、と思ったけど、そっちのほうがいいんじゃね、ってことに。
炭水化物を食べたばっかりだ。
ちょこちょこ観光をして、フェリー乗り場へ。
とちゅうで宗像が鹿に襲われていた。
フェリーでもどったら、車で西へ少し進む。
住宅街の細い道へ入って、お店の近くで降りた。
店舗は、ドアのあるタイプじゃなかった。
シャッターを開けて、通りに向かって開放するタイプだ。
販売スペースの真ん中に、ばら売りの台があった。
俺はそれをのぞきこんで、おどろいた。
もみじまんじゅうって、1種類じゃないんだな。
なんかいろいろある。
こしあん、緑茶味、ミルク味、レモン味……ラムネ味?
藤堂はメガネをなおしながら、
「ほぉ、ラムネ味か。K都の八ツ橋にも、似たものがある。H島はどうだろうな」
と言って、それを買った。
さすがは藤堂、初見は避けそうなやつを注文してきたよ。
藤堂の家って、和菓子屋なんだよね。
だから菓子にはうるさい。けど、伝統以外は評価しない、というタイプじゃない。
アボガド巻きも認める老舗の寿司屋、みたいなイメージ。
於保は、
「こっちの白練り餡と、ミルク餡で迷うわね……」
と言ってから、両方買った。
両取りは正義。
藤堂と於保は、買ったらすぐに車へもどってしまった。
俺は駒込に、
「先輩、おいしいのどれですか?」
とたずねた。
「御手が好きなので、いいんじゃない」
あしらわれた。とはいえ、正論。
俺は一番オーソドックスな、つぶあんを買うぜ。
駒込は、こしあん。あとは宗像だけだ。早くしろ~。
宗像はポケットに手をつっこんで、あんまり興味なさそうなかっこう。
「歩美、これどれがうまいの?」
「そうね……私も全部は食べてないけど、こっちの黒ゴマ餡は、おいしいわよ」
え、なにその態度のちがいは?
……………………
……………………
…………………
………………
俺、駒込先輩に嫌われてる?