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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第58章 こちら申命館大学将棋部(2017年8月9日月曜)
388/487

375手目 平和教育

 うえええ……参った。

 平和記念資料館から出て来たメンバー、全員グロッキーに。

 駒込こまごめだけ平気そうな感じだった。

 強烈な平和教育を受けてしまった。

 藤堂とうどうはメガネを直しながら、

「さすがにショッキングだったな」

 と言って、スマホを確認した。

「17時か……まだ回ってないのは、H島城と、マヅダスタジアム……ん?」

 スマホが振動している。

 藤堂は、電話に出た。

「もしもし……ああ、藤堂だが……前迫まえさこか。なんだ?」

 藤堂は、しばらくのあいだ、相手の話を聞いていた。

 それから、スマホの保留ボタンを押した。

「すまん、中四国の前会長から電話があって、会いたいらしい」

 於保おぼは、

「え? 観光案内してくれるんですか?」

 と笑顔になった。

「いや、事務の引継ぎの件だ」

 於保は、眉間にしわを寄せた。

「そんなのほっときましょうよ」

「しかし、付き合いも長いしな……」

 っていうか、たぶん話が逆なんだよなあ。

 藤堂に個人的に会いたいから、仕事の引継ぎってことにしてるんだよね。

 とはいえ、遠距離の知り合いが来てるとき、会いたい気持ち、わかる。

 俺は気をつかって、

「俺たち大学生ですし、観光ならバラバラでもできますよ」

 と返した。

 藤堂は難色を示したけど、最後は折れた。

 夕食のときにまた会おう、ということに。

 藤堂は、平和記念公園のほうに消えて行った。

 残った4人で、観光先を決める。

 駒込は、

「私はどこでもいいわよ」

 とのこと。地元だもんな。

 宗像むなかたは、もう疲れた、と言い始めた。あいかわらずスタミナがない。

 於保は、

「どこかで休憩しない? コーヒー飲みたいんだけど」

 と言った。

 また? さっき飲んだじゃん。

 だけど、コーヒー好きの於保は、どうしても飲みたいっぽい。

 そろそろ於保の機嫌をとっておかないと、あとでなにか言われそうだ。

 俺はこれに賛成した。

 が、宗像と駒込は、喉が渇いてない、と言い出した。

 喧嘩にならないうちに、俺は収拾をつける。

「もう自由行動で、よくないですか?」

 これには全員賛成。

 というわけで、俺と於保、駒込と宗像のグループに分かれた。

 俺と於保は、スマホで喫茶店をさがして、そちらの通りへ移動。

 あとちょっと、というところで、於保が俺を引き留めた。

「ねえねえ、あのお店、変わってない?」

 俺は視線を移した──メイド喫茶じゃん。

 黒っぽい壁に、白いラインが入った、洋風のお店。

 ところどころ、ツタが生えていた。

「於保さん、ああいうのが好きなんですか?」

「ちがうってば。あの看板」

 於保は、出入口のところにある、黒いチョークボードをゆびさした。

 将棋で勝ったら、コーヒー無料。席料なし。

 お、マジか。

 俺たちは、窓から中をのぞいてみた──うん、あやしくはないな。

 先客もそこそこいるし、ぼったくり喫茶ってことは、ないだろう。

 ドアを開けて、入ってみる。

 内装も、わりとシックな感じ。

 以前行った店は、椅子がショッキングピンクだった。

 あ、興味本位で、知り合いといっしょに一回だけだぞ。

 鈴の音が鳴って、奥から声が聞こえた。

「いらっしゃいませ~」

 メイドさんが、ふたり登場。

 なんだか、変わった髪型のひとたちだった。

 ひとりは、猫耳みたいに尖らせたヘアメイク。

 もうひとりは、触角みたいにピンと伸ばしたのが2本。

 猫耳さんは、明るくてさばさば系、触角さんは、おっとり系に見えた。

「ニャハハ、ご主人さま、いらっしゃいませ~」

 俺は、外の看板を見た、と告げた。

 猫耳さんは、おや、という顔で、

「あ、チャレンジャーですね。腕に自信がおありで?」

 とたずねてきた。

 ちょっと将棋が強い、全国制覇しちゃったお兄さんたちだぜ。

 なーんて答えると、拒否されるかもしれないから、

「ちょっとは指せます」

 と、あいまいに返事をした。

 猫耳ヘアのお姉さんは、長い犬歯を見せて笑った。

「ニャッハッハ、ではでは、ナメちゃん、始めましょう」

 どうやら、猫耳さんがアイさん、触覚さんがナメさんというらしい。

 アイは普通だけど、ナメって名前、めずらしくね?

 本名じゃ、ないんだろうけどな。

 俺たちは、奥のテーブルへ案内された。

 安そうな木製の盤と駒──ん? チェスクロもあるのか?

 本格的だ。

 長考して、居座るやつがいるからか。

 俺は、

「盤、ひとつしかないんですか?」

 とたずねた。

 アイさんは、そうです、と答えた。

 んー、時間的に、どうだ。2人分指せるか?

 俺たちが迷っていると、アイさんは、

「ペア将棋で、一気にカタをつけますか?」

 と訊いてきた。

 え、いいのか、乗っちゃうよ。

 於保も反対しなかった。そのまま席につく。

 於保が壁ぎわ、俺が通路がわ。俺のまえにナメさん、於保のまえにアイさん。

 パパッと並べる。メイドさんたちは、変なつまみかただった。

 素人っぽい。

 於保は最後に香車を置いて、

御手おて、順番はどうする?」

 とたずねた。

「どっちでも」

「じゃあ、じゃんけん」

 じゃんけん、ぽん。俺が勝った──どっちだ?

「御手が先ね」

 そうなのか? まあ、いいや。

 このやりとりを聞いていたアイさんは、

「男性のかた、オテさんって言うんですか?」

 と確認してきた。

「そうですよ」

 アイさんは、右手をさしだした。

「はい、御手」

 俺は手を乗せる──おい、客だぞ、客。

 タダ飯しようとしてるけどな。

 アイさんは、

「まあまあ、そう怒らずに、お客さんたちからで、いいですよ~」

 と、先手をゆずってくれた。

 俺は了解して、

「何秒でやります?」

 とたずねた。

「このあとシフト上がりなので、10秒で」

 マジかあ。

 反則勝ちで終わりそう。

「お姉さんたち、その機械の使い方、オッケーです?」

「もちろん」

 よし、容赦しないぜ。

 指す順番は、俺→アイさん→於保→ナメさんで決定。

 よろしくお願いしまーす。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。


【先手:御手・於保チーム 後手:アイ・ナメチーム】

挿絵(By みてみん)


 横歩っぽい出だし。

 最近は、この戦法も下火だ。でも、アマならなんだってあり。

 於保は7八金と上がった。

 3二金、2四歩で、すぐに仕掛けが始まる。

 同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、4二玉。


挿絵(By みてみん)


 この瞬間、於保は、

「お姉さんたち、このかたち知ってるんですね」

 と言った。

 それは、俺に向かって言っているようにも聞こえた。

 たしかに、なんだか違和感をおぼえる。

 ちょっと警戒しよう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 俺は5八玉と上がった。

 アイさんは、

「ニャハハハ、リラックスして指しましょう」

 と笑いながら、7二銀。

 さっきと手つきが違うぞ。めっちゃ手慣れてるじゃん。

 猫かぶりだったか。騙された。

 俺は、

「お姉さんたち、悪い猫だったんですね」

 と指摘した。

 アイさんはびっくりして、

「ニャ、ニャンでわかったんですか?」

 と変なポーズ。

 ナメさんは、

「アイちゃん、肉球かなにか、出てるんじゃないですか?」

 と、よくわからないことを言い出した。

 アイさんは頭に手を当てたり、お尻のところを調べたり、手のひらを見たりした。

 このスキに、於保はこっそり9六歩を指していた。

 音がしないように、チェスクロを押しておく。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 チッ、切れなかったか。

 アイさんは右手をふりあげて、

「あなた、さては、わんころですねッ! オテなんて名乗っちゃってッ!」

 と怒り始めた。

 ちょっと待て、それが客に言う台詞かよ。

 しかも意味わかんねーぞ。この店のスタッフ教育は、どうなってるんだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 とりあえず3六飛と引いておく。

 8二飛、8七歩、2五歩、3八金、6三銀、2六歩、8五飛。


挿絵(By みてみん)


 俺は口もとに手をあてた。

 マズいな──有段者だぞ、これ。

 H島のメイド喫茶、恐るべし。

 於保は、

「御手、将棋に集中しなさい」

 と言ってきた。

 わかってますって。

 2八銀、7二金、1六歩、1四歩、2二角成、同銀。

 角交換に入った。激しくいく。

 7七桂、8二飛、2五歩、3三桂。

 於保は両手の五指を組んで、甲を反らせた。盤をにらむ。

 なにかする気だ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 端攻めか。

 相手チームも、真剣な感じになった。

 これは放置してると、一方的になる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ナメさんは、5四角と打ってきた。

 うーん、いい手だ。

 なんて感心してる場合じゃない。

 俺は5六飛と逃げた。

 7四歩、1四歩、7五歩、1三歩成。


挿絵(By みてみん)


 よし、端を突破した。

 さすがに7六歩とは突っ込めないから、アイさんは同銀とした。

 同香成、同香、2四角。

 露骨に1三の香車を狙う。

「うな~」

 猫撫で声でも、容赦しない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 2三金、3五角、3四歩、2四歩。

 押し込む。

 3五歩、2三歩成なら、さすがに先手がいいはず。

 於保もそう判断してるから、この手に文句は言わなかった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ナメさんは2二金。冷静だな。

 だけど、ここは技がある。

 於保、ちゃんと指せよ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ!


挿絵(By みてみん)

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