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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第57章 チーム東海(2017年8月8日日曜)
385/487

372手目 連敗

 シャワーを浴びて、リフレッシュ。

 お昼を食べ過ぎちゃったから、夕食は各自任意、ということに。

 予定もだいぶ変更になった。

 東海との合同練習というかたちで、わいわいやる。

 大部屋に集まって、どんどん手合わせ。

 レクリエーション用のテーブルが、ちょうどいい大きさだった。

 で、その結果なのですが──


【先手:裏見うらみ香子きょうこ都ノみやこの) 後手:せき和正かずまさ(美濃)】

挿絵(By みてみん)


「に、2連敗……」

 関さんは後頭部で手を組み、椅子をうしろに倒した。

「一手違いだったねえ」

 ぐぅううう、その言い方が、またむかつく。

 私はお茶を飲んで、落ち着く。

 感想戦は簡単に済ませて、大部屋の端に移動した。

 ソファーがある。

 松平まつだいらも先に終えて、そこに座っていた。

「裏見、どうだった?」

「全然ダメ」

「相手のレベルを、下げてもらったらどうだ?」

 私は頬ひじをついて、しばらく考えた。

「……それはそれで、もったいないかなあ」

 ちょっと悪い言い方をしてしまうと、勝ってリズム調整は、部の定例会でもできる。風切かざぎり先輩、大谷おおたにさん以外の強豪と当たる機会は、なかなかない。

 そんなことを考えていたら、設楽したらさんの柏手かしわでが聞こえた。

「はいはい、どんどん手合わせ頼むよ。瑠衣るいちゃんと指したいひとッ!」

 設楽さんは、チラッとこちらを見てきた。

 りょーかい。

 私は席を立って、藤枝ふじえさんの待っているテーブルに座った。

 藤枝さんは、BBQのあとだからか、服を着替えていた。シャンプーの香りがする。白いキャミソールに、黒のカーディガン。あいかわらず、ヤル気のなさげな雰囲気。

 すぐに振り駒をして、チェスクロをセット。

 私が先手になった。

 藤枝さんはとくに前置きもなく、

「よろしくお願いします」

 と頭を下げて、チェスクロを押した。

 私もワンテンポ遅れて、頭を下げた。

 30秒将棋、開幕。

 7六歩、3四歩、2六歩、4二飛。


【先手:裏見香子(都ノ) 後手:藤枝瑠衣(S岡)】

挿絵(By みてみん)


 さーて、角交換型。

 松平から、事前に情報は入手してあった。

 振り飛車党で、わりと攻め将棋。

 2五歩、6二玉、9六歩、9四歩、6八玉。

 藤枝さんは、後手からの交換を選択した。

 8八角成、同銀、2二銀、7八玉、3三銀、5八金右、7二玉。


挿絵(By みてみん)


 後手は、ふつうに美濃かな。

 私のほうをどうするか、悩ましい。

 速攻か持久戦か、くらいは決めておきたい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は4八銀と上がった。

 8二玉、4六歩、5二金左、3六歩。

 この手に、藤枝さんはちょっとだけ考えた。

 7二銀で、美濃に。

 今の間合いから察して、振り穴もレパートリーにあるタイプかしら。

 私は8六歩と突いた。角交換型に対して、一番オーソドックスなルートを選ぶ。

 2二飛、4七銀、6四歩、8七銀。

 藤枝さんは、ここで手を止めた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


挿絵(By みてみん)


 んー、いきなり攻めてきた。

 6三金も4四角も入れずに、素で逆棒銀。

 8四歩で8筋の対策もしてこなかった。

 ぼんやりした感じのひとだけど、最短の攻めをいとわないタイプのようだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同歩。

 この攻めは、体感止まる。

 同銀、3七桂、2六歩、7七角、3三銀。

 銀を押しもどすことに成功。

 私は2五歩で、2筋を安定させた。

「2七角」


挿絵(By みてみん)


 ? 角が死ぬのでは?

 4八金~3八金で……あ、3五歩でギリギリ逃れてるのか。

 っていうか、角を打たないと、2六飛で単に歩損だものね。

 でも、3五同歩、5四角成、2六飛は、先手有利っぽくない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は4八金と寄った。

 とりあえず、4九角成を防ぐ。

 藤枝さんは、すぐには指さなかった。前髪をなおす。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 え……今度こそ角が死んで……ないか。

 でも、意図がよくわからなかった。

 3八金、同角成、同飛、2七歩成と誤解してる?

 私が動揺するなか、藤枝さんはテーブルのお茶を飲んだ。

 ちょっと眉をひそめて、湯呑みをもどした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は3八金と寄った。

 わからないなら、妥協せずに殺したほうがいい。

 藤枝さんは、静かに3五歩。

 これでいいと思ってるわけか。不気味になった。

 無視して2七金は、同歩成、同飛、3六歩が痛い。

 私はいったん3五同歩。

 藤枝さんは3八角成と切った。


挿絵(By みてみん)


 んー、手の動きに、よどみがない。

 ここまでは読みの範疇ってこと。

 だけど、先手の駒得は事実だ。受け切れば自然と良くなるはず。

 私は力強く同銀。

 以下、4四銀、2六飛、3五銀、1六飛と進んだ。

 1四歩なら1一角成で、なにも問題はない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4四歩。角筋を止めてきた。

 次に2六金がある。

 これを防ぐには──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 銀を叩く。

 同銀なら2六金が消える。

 藤枝さんも同銀。

 私は2三角で、相手の飛車をイジメにかかった。

 3三飛、5六角成なら、先手陣が安定する。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、そこまで攻め将棋なの?

 3二角成、1六銀不成、同歩は、後手の駒損じゃないですか。

 まるで姫野ひめの先輩……いや、ちがう。姫野先輩は、細い攻めをつなぐ剛腕将棋。藤枝さんは、がむしゃらに前に出てくるタイプだ。攻められるなら、とりあえず攻める、というスタンスに見える。指し方のリズムも、そこまで深く考えている感じがしない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3二角成ッ!」

 1六銀不成、同歩。

 後手の角損になった──けど、陣形の差がある。

 後手は美濃が無傷だ。

 藤枝さんは3九飛で先着した。

 4七銀だと3七飛成で、馬銀両取りになってしまう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6八飛」


挿絵(By みてみん)


 駒得を活かす。

 藤枝さんは1九飛成で、香車を拾った。

 私は4四角と飛び出す。3三金は問題ない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4八歩と垂らされた。

 これはチャンス。4五桂と、さらに跳ねる。

 4九歩成、5三桂成、同金、同角成。

 さあ、6二金打と受けてください。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 藤枝さんは、と金を寄せた。


挿絵(By みてみん)


 え? 受けないの?

 私は反射的に、6二金と打ちかけた。

 手を引っ込める──いや、打っていいはず。

 そのまま置く。

 6九と、同飛、同龍、同玉。

 先手は裸玉になった。でも、寄らないはず。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ~~~~ッ! 寄せる気かッ!

 4八歩が間に合うなんて、許容できない。

 私は丁寧に対処する。

 同歩、5七金、7九玉、5八飛、7八桂。

「さすがに寄りませんか……」

 寄るわけないでしょッ!


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6二金。後手も受けた。

 同馬、6一金、4四馬。

 自陣に利かせる。さらに安全に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3八飛成。

 まあそうでしょうね、という手。

 私は29秒まで読んで、2一馬と入った。

 後手は、自陣龍を見ているのか、そうでないのか。

 そこは気になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ? ……? これはなに?

 私は前傾姿勢になった。

 6八金打くらいかな、と思ってた。

 手の意味が読めない。7七馬に4六香とか?

 そこには引かないんだけど──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5五馬と引く。

 引かされた……のかしら。それ以外に、香打ちを解釈できなかった。

 藤枝さんは6八金打。

 けっきょく打つのか。

 8八玉、6七金寄、9七玉。


挿絵(By みてみん)


 ここで耐える。

 7八金寄、同銀、同金、8七金。

 馬が利いているから、ある程度の耐久力がある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 藤枝さんは8九金と入った。

「6八歩ッ!」

 同龍なら7七銀で弾く。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 藤枝さんは、6八の歩を取らなかった。

 そのまま7八銀と打ってくる。

 7七銀、9五歩、同歩、9六歩、同金、4七龍、8七金。

 まだまだぁ。

 藤枝さんは、持ち駒の桂馬に触れて、動きを止めた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6三桂」


挿絵(By みてみん)


 こ、これが馬に当たるのか。

 しまった。こうなると、4一香に意味が生じてしまう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 1一……いや、6六馬ッ!

 ギリギリで指して、チェスクロを押す。

 6五銀。

 執拗に馬をイジメてくる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同馬引。

 せめて銀と相打ちにさせる。

 同歩、6七馬。

 藤枝さんは、前髪をなおしつつ、顔をすこし傾けた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 厳しい。

 8八桂、8七銀成、同玉、7五桂打、同歩、同桂。

 7六だと……詰むか。

 9八玉、8八角成、同銀、同金、同玉、8七金、7九玉。

 藤枝さんは、6七桂不成で王手した。


挿絵(By みてみん)


 私は持ち駒をそろえる。

「負けました」

「ありがとうございました」

 ああ……3・連・敗。

場所:N野のホテル

先手:裏見 香子

後手:藤枝 瑠衣

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲2五歩 △6二玉

▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲7八玉 △3三銀 ▲5八金右 △7二玉 ▲4八銀 △8二玉

▲4六歩 △5二金左 ▲3六歩 △7二銀 ▲8六歩 △2二飛

▲4七銀 △6四歩 ▲8七銀 △2四歩 ▲同 歩 △同 銀

▲3七桂 △2六歩 ▲7七角 △3三銀 ▲2五歩 △2七角

▲4八金 △3二飛 ▲3八金 △3五歩 ▲同 歩 △3八角成

▲同 銀 △4四銀 ▲2六飛 △3五銀 ▲1六飛 △4四歩

▲3六歩 △同 銀 ▲2三角 △2七銀不成▲3二角成 △1六銀不成

▲同 歩 △3九飛 ▲6八飛 △1九飛成 ▲4四角 △4八歩

▲4五桂 △4九歩成 ▲5三桂成 △同 金 ▲同角成 △5九と

▲6二金 △6九と ▲同 飛 △同 龍 ▲同 玉 △5六桂

▲同 歩 △5七金 ▲7九玉 △5八飛 ▲7八桂 △6二金

▲同 馬 △6一金 ▲4四馬 △3八飛成 ▲2一馬 △4一香

▲5五馬 △6八金打 ▲8八玉 △6七金寄 ▲9七玉 △7八金寄

▲同 銀 △同 金 ▲8七金 △8九金 ▲6八歩 △7八銀

▲7七銀 △9五歩 ▲同 歩 △9六歩 ▲同 金 △4七龍

▲8七金 △6三桂 ▲6六馬 △6五銀 ▲同馬引 △同 歩

▲6七馬 △7九角 ▲8八桂 △8七銀成 ▲同 玉 △7五桂打

▲同 歩 △同 桂 ▲9八玉 △8八角成 ▲同 銀 △同 金

▲同 玉 △8七金 ▲7九玉 △6七桂不成


まで124手で藤枝の勝ち

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