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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第57章 チーム東海(2017年8月8日日曜)
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371手目 湖面の評定

 えー、というわけで、後発になったはず──なんだけど。

 火のついた炭が、熱気を運んでくる。

 私の向かいに立ったララさんは、手際よく串を回していた。

「わははは、ララのBBQテクを見るのだ~」

 そのとなりでは、設楽したらさんがノリノリで、

「ララちゃん、がんばれ~」

 とエールを送っていた。

 いや、あなたも焼いてくださいな。

 私は野菜を網に乗せながら、スペースを確保していく。

 そう、けっきょく合同でやることになってしまった。

 場所取りに、そもそも勘違いがあったのだ。

 焼き場は2ヶ所じゃなくて3ヶ所あって、そのうち2つは比較的近かった。

 というわけで、双方12時に集合。仲良くBBQ。

 ひとつの焼き場に、ふたつずつ網があって、担当者が調理。あとで配膳。

 大勢でむらがると、わけがわからなくなるから、その配慮。

 とくに女性がわりこみにくくなっちゃう。

 ここの網は、私、ララさん、設楽さん、藤枝ふじえさんで担当。

 となりの網は、松平まつだいら愛智あいちくん、それにせきさんと川根かわねさん。

 この8人が焼く係で、ほかのメンバーは、それぞれ別の準備をしていた。

 っていうか、もう飲んでるひとがいるような……。

 設楽さんはそれに気づいて、

「こらッ! 男子ッ! さぼるなッ!」

 と一喝した。

 お酒を飲んでいたメンバーは、クモの子のように逃散。

 一方、ララさんは串を一本持ち上げて、

「いい感じ~」

 と言ってから、トングでお肉と野菜をはずし始めた。

 私は、

「あれ? 串ごと配るんじゃなかった?」

 とたずねた。

 ララさんはニッシッシと笑って、そのままお肉をひとつ食べた。

「うーん、美味しい~」

「ちょっと、先に食べちゃダメでしょ」

「味見、味見ぃ」

 これを聞いた設楽さんは、腕組みをほどいて、

「あ、そうだねえ、味見大事」

 と言って、箸を取り出し、ひとつつまんだ。

 そのまま頬張る。

「おひひひ」

 むむむ……私もひとつ。

 はふはふ……あ、けっこういいお肉かも。

 東京の安い焼き肉食べ放題より、絶対いい。

 私たちが舌鼓を打つなか、藤枝さんだけは、のんびりと野菜を焼いていた。

 私は、

「藤枝さんも、ひとつ食べない?」

 とたずねた。

「んー、いいです」

 さっきから、ずっとこんな調子。反応の薄いタイプ。

 でも、雑用はちゃんとやるし、スタンスが謎。

 設楽さんも、瑠衣るいはこんな感じだからぁ、で済ませていた。

 とりあえず、松平をボコボコにしてたし、将棋の実力だけはわかった。

 S岡の県代表経験者らしい。

 ばんくんの話を振ってみたら、磐先輩とはあんまり話さなかったので~、という返事。

 磐くんの棋界における立ち位置。

 そうこうしているうちに、だいたいできあがり。

 串は大きなプレートに、それ以外は紙皿に。

 もうひとつの焼き場からは、風切かざぎり先輩の、

「おーい、こっちはできたぞ~」

 という声が聞こえた。

 木製のテーブルへ持ち寄る。

 丸太を半分にしたベンチに座って、いただきまーす。

 みんな朝ご飯を抜いたらしく、すごい勢いで食べていた。

 向かい席に座った平賀ひらがさんは、口いっぱいに頬張って、

「おいひ~」

 とご満悦。口から肉汁が垂れてますよ。

 一方、私の右どなりに座った大谷おおたにさんは、しばらく合掌したあと、玉ねぎとカボチャを食べ始めた。あいかわらずだな、と思った瞬間、大谷さんは、

「早々に負けてしまい、もうしわけありませんでした」

 と言った。

 いやあ、しょうがないんじゃないですかね。

 あとで聞いてみたら、最新形の角換わりで、研究にドハマりしたらしい。

 ってことは、アレなのよね。関さん、めっちゃビビってたってことでしょ。

 じゃなきゃ、虎の子を繰り出したりしないもの。

 大谷さんのつぶやきは、私の左どなりの松平にも、聞こえたようだ。

 松平は箸をとめて、

「ま、だれのせいでもないだろ。オールスター相手に3-2なら、むしろ上出来だ」

 と返した。

 そういうことを言うと、東海にまた目をつけられるでしょ。

 案の定、左向かいに座っている川根さんは、恰幅のよい体を揺らして笑った。

「アッハッハ、面目ない」

 松平も、失言だったことに気づいた。遅い。

「あ、すみません、そういう意味じゃ……」

「だけど、今回のメンツがオールスターっていうのは、違うよ。少なくとも俺は違う」

 これまた、返事のしにくい台詞。

 どうしたものかと迷っていたら、平賀ひらがさんがまったく空気を読まずに、

「え、じゃあ、だれが強いんですか?」

 とたずねた。

 こらこらこら。

 焦る私たちをよそに、川根さんは、親指でうしろのほうをさした。

 その先には、わきくんの姿があった。

 脇くんは小牧こまきさん、設楽さんと談笑していた。

 平賀さんは首をかしげて、

「脇さんが、どうかしたんですか?」

 と訊いた。

「脇くんは、M重の県代表3連覇。俺は一回も県代表になってない」

「あ、そういう……でも、今は赤学あかがくですよね?」

「うーん、きみ、東京出身?」

「はい」

「東京出身のひとには伝わらないかもしれないけど、地方出身のひとは、やっぱりその地方の代表だよ。プロだってそうだろう。どこに所属してても、出身地は話題になるよね」

 平賀さんは、そんなもんですかね、と言った。

 私はH島出身だから、なんとなく分かる。

 東京って、地方から人材を吸収してるのよね。でも、その自覚がない。

 例えば、関東女子の最強は、速水はやみ先輩。彼女はA田出身。

 関東男子の最強は……だれかな。決めかねる。

 いずれにせよ、関東の将棋界は、わりと雑多。都ノみやこのだってそう。

 川根さんは、

「都ノは、東京出身のひとが多いの?」

 とたずねてきた。

 私は指折り数える。

「……いえ、地方のほうが多数派ですね」

「そっか。俺と指した愛智あいちくんは、東京出身だって言ってたな」

「彼と平賀さんと、あっちで食べてる穂積ほづみ兄妹の4人だけです」

 この返答に、川根さんは、おや、という顔になった。

「風切くんは、東京出身だろう?」

「え、ほんとですか?」

「奨励会のリストで、出身地がそうだった」

 川根さんは、将棋雑誌で見た、と言った。

 あれ……そうなんだ。てっきり、東京じゃないと思ってたんだけど。

 なんかいろいろ勘繰って、損した感じ。

 と、まあ、この件はこれくらいにしておきまして。

 私は他の食材にも手をつける。

 海鮮なんか、よさそう。私はホタテをつまみあげた。

 バター醤油、ないかしら。見回してみたけど、調味料はあんまりなかった。

 そのまま食べる──ふむ、ぷりぷりしてる。

 そのあとわいわいやったあと、片付け。

 30人以上で分担したから、あっさり終わった。

 炭の処理は、ホテルのひとがやってくれるらしい。

 それからは午後の自由時間。

 私はボートで、湖を一周するグループに参加。

 白い小型のボートに4人ずつ乗って、いざ、出航。

 キャッチ・ロー! キャッチ・ロー!

 私と大谷さんで、掛け声をかける。

 漕いでいるのは、大河内おおこうちくんと松平。

 大河内くんは地元だけあって、経験者の模様。うまい。

 松平はちぐはぐな感じ。

 私は発破をかけた。

「松平、もっとちゃんと漕ぐ」

「ちょっと待て……これ思ったより難しいぞ……」

 松平は、右と左のオールが、バラバラな動きをしていた。

 大河内くんは、

「腕で漕いだらダメです。体全体を動かしてください」

 とアドバイスした。

 なんとなく安定してくる。まっすぐ進むようになった。

 風が心地いい。

 私たちはしばらくのあいだ、高原の涼しさに身をゆだねた。

 波紋が広がり、遠くで鳥が羽ばたく。

 湖の中央まで来たところで、大谷さんはふと、

「さきほどの対局、大河内さんは、どのようにご覧になられましたか?」

 とたずねた。

 大河内くんは、すぐには答えず、オールを何度か動かした。

「……その質問は、秋だけでなく、その先を意識してますね」

「はい」

 その先? ……A級ってこと?

 大谷さんは、大河内くんの言葉を待った。

 私もドキドキしてくる。

 大河内くんは、さらに数度、オールを動かした。

 風景が流れていく。

「率直に言って、厳しいです」

 歯に衣着せぬ物言い。

 私たち3人は、一様に押し黙った。

「Aは十分に狙えると思います。でも、Aに残るのはムリですね」

「どのくらい足りていませんか?」

「大駒1枚分ほど」

「大駒1枚……県代表レベルが、もうひとり必要、と?」

「強豪地域の上位陣でも、いいと思います。いずれにせよ、今のA級校は、そういうレベルで争っています。治明おさまるめいだって、3人は高校県大会優勝、2人は準優勝の実績があります。それでも、優勝は全然狙えません。残るのが精一杯です」

 都ノは、風切先輩が突出してて、大谷さんと私が、県大会優勝経験者。

 準優勝はいない。それに、私の県大会優勝は、運もあった。

 大河内くんは続けた。

「日センが、いい例だと思います。速水さんが絶対王者で、奥山おくやまくんがH海道代表ですよね。だけど毎回、降級候補です。都ノよりまさっているところがあるとすれば、A級での経験値と、中間層の厚さです。日センに競り負けるようでは、Aに残るのはムリです」

 シンと、湖底のような静けさが、あたりをおおった。

 ボートは、いつの間にか止まっていた。

 大谷さんは両手を合わせ、一礼した。

「率直なご意見、ありがとうございました」

 大河内くんは、ふたたびオールを動かそうとした。

 けど、そのまえに一言付け加えた。

「これはおせっかいですが、都ノはひとまず……」

 言い終えるまえに、大谷さんは口をひらいた。

 ゾッとするような気配が、あたりに漂う。

 大谷さんの眼光に、大河内くんは固まった。

「イヤな大学が来たと思っていただけるよう、秋は身命を賭して上がります」

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