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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第57章 チーム東海(2017年8月8日日曜)
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369手目 BBQの権利

「それなら受けて立つぜ」

 ふりかえると、風切かざぎり先輩が立っていた。

 先輩は腕組みをして、食堂の入り口の柱に、背を乗せていた。

 こわもてくんは、

「ん、なんだおまえは……」

 とつぶやいたあとで、ぎょっとなった。

「げッ、風切ッ!」

小牧こまき、ひさしぶりだな。王座戦以来か?」

 こわもてくんは、どうやらコマキという名前らしい。多分、小牧かな。

 三宅みやけ先輩は、

「風切、知り合いか?」

 とたずねた。

「東海の会長だ。王座戦の打ち上げで会った」

 ん……あ、そっか、どこかで見たことあると思った。

 去年の王座戦で、紹介されてた気がする。

 小牧さんは、風切先輩の登場に、動揺を隠せないみたいだった。

「ど、どうして風切がいるんだ?」

都ノみやこのの学生なんだから、いるに決まってるだろ。で、こっちは俺が代表だが、東海はどうするんだ? おまえか? それとも副会長の設楽したらか?」

 小牧さんは、くちびるに親指をあてて、視線を逸らす。

 それから両手をあげて、ちょっと落ち着け、みたいなポーズをとった。

「チーム戦にしよう」

 これには全員ずっこける。

 風切先輩はあきれて、

「漫才じゃないんだぞッ!」

 とつっこみを入れた。

 これには、東海陣営のキノコヘアの少年も、

「ハハハ、会長、こうなったら全責任負うしか、ないんじゃない?」

 と笑った。

 そうだそうだ。いさぎよく風切先輩にボコられなさい。

 なんてわいわいやってると、入り口のところに、またひとが現れた。

 こんどは女性ふたりで、ひとりは、すごくおとなしそうなひと。全体的にほっそりしていて、黒い前髪をまっすぐに下ろしていた。背はちょっと低め。真っ白なオープンショルダーを着ていた。もうひとりは、ちょっと面長で、向かって右だけ前髪を垂らしたひと。ヘアピンでその髪型を固定していた。染めているらしく、全体的に赤い。うしろのほうだけ、緑が入っていた。

 赤髪の女性は、室内を一瞥して、

「朝から、なに騒いでんの?」

 とたずねてきた。

 小牧さんは、事情を説明した。

 赤髪さんの返答は、

「2時間ずつ使えばいいじゃん」

 だった。

 小牧さんは、眉をひそめて、

「2時間ずつ?」

 とたずね返した。

「昼の利用時間は、11時から3時だったでしょ。どっちかが先に始めて、1時に交代。これでよくない?」

 せ、正論。

 4時間も食べ続けないし。

 小牧さんは、三宅先輩のほうをちらりと見た。

 三宅先輩は、風切先輩に目配せした。

 風切先輩がうなずいて、決着。

 だけど、問題がひとつ残った。使う順番だ。

 三宅先輩は小牧さんに、

「どっちが先だ?」

 とたずねた。

 んー、なんだかどっちでもいいような。

 ようするに、11時から1時、あるいは1時から3時ってことでしょ。

 11時からなら、朝食を抜けばいいし、1時からなら、夕食を遅くすればいい。

 私はそう思ったんだけど、男性陣にはこだわりがあるっぽかった。

 三宅先輩も小牧さんも、先がいいと言い出した。

 最初は、理由がよくわからなかった。

 ところが、話を聞いていると、どうもかたづけの関係らしい。

 先発組は、炭や道具を残して行っても、無問題。後発組が使うからだ。これは確かに重要。しかも、あとのほうが絶対に汚い。

 微妙な調整が始まった。

 三宅先輩と小牧さんの話し合いが続く。

 すると、赤髪さんは、

「めんどいから、それこそ将棋で決めればいいじゃん」

 と言い出した。

 小牧さんは、

「なんだ、設楽が風切と指すのか?」

 と返した。

「小牧さ、それ自分で言ってて、恥ずかしくない?」

「いや、言い出しっぺは設楽だろ」

 あっちはあっちで、揉めている模様。

 食堂には、双方のメンバーがどんどん集まって来て、入り口付近はひとでいっぱい。上層部の議論だから、みんな遠目に観察していた。

 風切先輩は頭をかいて、タメ息をついた。

「ハァ、時間のムダだから、チーム戦でいいぜ。3-3か? 5-5か?」

 全員の視線が交差した。

 三宅先輩は、

「べつに将棋で決めなくても、いいと思うが……」

 と、難色を示した。

「どうせ東海はゆずらないし、都ノにとっても、いい練習になるだろ。負けたときのペナルティだって、かたづけがちょっと面倒なだけだしな。それに、分が悪いわけでもない」

 このひとことに、東海陣営の雰囲気が変わった。

 それもそのはずで、あっちは東海の合同合宿。

 こっちは東京から1校で、しかもB級。

 それで勝てますよ、みたいな台詞だったから、さすがに火がついたっぽい。

 小牧さんは、

「よし、5-5だ。こっちは俺、設楽、せき藤枝ふじえ……」

 と言って、キノコヘアの少年と、おとなしめの少女も指名した。

 キノコヘアの少年が関さん、おとなしめの少女が藤枝さんみたい。

 それからちょっと考えて、もうひとり、川根かわねという、恰幅のいい男子を選んだ。

「そっちは?」

 風切先輩は、

「俺、大谷おおたに裏見うらみ松平まつだいら愛智あいち

 と、レギュラー5人を指名した。

 ただなあ、ここはスランプの私より、平賀ひらがさんを出してくれたほうが、いいような。

 とはいえ、責任逃れに見えるから、さすがに言わなかった。

 テーブルを動かして、将棋盤とチェスクロが運び込まれた。

 小牧さんは、

「さくっと終わらせるぞ。20秒将棋だ」

 と宣言した。これまた微妙な。

 風切先輩は受けて立った。

 くじ引きで、順番決め。風切先輩が小牧さん、大谷さんが関さん、私が赤髪さん、松平が藤枝さん、愛智くんが川根さん。

 赤髪さんはニヤリと笑って、

「設楽だよ。よろしくぅ」

 と自己紹介した。

 漢字も教えてくれた。え、そういう読み方があるの?、とおどろいた。

 駒をならべ終えて、20秒にセット。

 振り駒の結果、都ノの奇数先になった。3番席の私は先手。

 小牧さんは肩の関節を回しながら、

「だれか審判を頼む」

 と言った。

 ギャラリーが牽制し合うなか、入り口から声が聞こえた。

「僕たちが担当しようか」

「そうですね。到着早々、意外なことになっていますが」

 ふりかえると──わきくんと大河内おおこうちくんッ!?

 脇くんは、いつものファッショナブルな衣装で、そこに立っていた。

 大河内くんは、長ズボンに半袖シャツという、いたってシンプルな服装。

 なんで? と一瞬思ったけど、脇くんはM重、大河内くんはN野出身なことを思い出した。脇くんはモロに東海地方出身だし、大河内くんは地元だ。合宿と聞いて、遊びに来たのだろう。

 案の定、小牧さんも、

「両方に顔が利いて、公平か。よし、開始の合図をしてくれ」

 と、あっさり受け入れた。風切先輩も反論しなかった。

 脇くんは、パンと手をたたいて、ほほえんだ。

「では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩。


【先手:裏見うらみ香子きょうこ(都ノ) 後手:設楽したら寧々(ねね)(三河)】

挿絵(By みてみん)


 8四歩から横歩っぽくなったら、なんとか回避で。

 そう考えた直後、設楽さんは角交換をしてきた。


挿絵(By みてみん)


 うへぇ、舐めプっぽい感じがする──けど、こっちを警戒してる可能性も。

 関東の、しかもB級校の選手を、いちいち調べていないはず。

 私がどういう棋風で、なにが得意なのかも、わかんないんじゃないかしら。

 この角交換は、力戦形にしましょう、という誘いに見えた。

「同銀」

 とりあえず乗るしかない。

 2二銀、7七銀、6二銀、6八玉、3二金、3八銀。

 私は攻めに重点を置く。

 6四歩、2五歩、3三銀、3六歩、6三銀、5八金右。


挿絵(By みてみん)


 あからさまに3七銀~4六銀~3五歩を狙う。

 後手がどういう反応を見せてくるか。

 設楽さんは、ここで初めて19秒まで考えた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7四歩を選択。

 7三桂からの速攻? さすがに間に合わないと思う。

 私は予定通り3七銀。

「攻めっ気の強い子か。6二玉」

 うわ、右玉。

 攻めて来なさい、ってことだ。

 受けに自信のあるタイプと見ました。

 以下、9六歩、9四歩、7九玉、5二金、4六銀。


挿絵(By みてみん)


 お互いに変則的だけど、開戦準備は整った。

 設楽さんは7三桂。

 私は19秒まで読んで、3五歩と突いた。

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