平賀真理の探究
※ここからは、平賀さん視点です。
暑い暑い、7月だーッ!
1年生、全員集合ッ!
ここは都ノの近くにある喫茶店。
1年生4人組が集結。
ボクと覚が窓際。マルちゃんがボクのとなり、暖が覚のとなり。
それぞれ好きな飲み物を注文。
ボクはレモンスカッシュ。
覚はマスクをはずして、カフェラテを飲んでいた。
けっこういい男なんだよなあ。くちびるが薄くて、さわやか系。
ボクもひとくち飲んで、さっそく宣言。
「というわけで、期末試験対策をするぞーッ!」
「……」
「……」
「……」
「なんで黙り込むのッ!?」
ボクだけ滑ってるみたいじゃん。
怒るボクをよそに、覚は、
「試験対策と言っても、このなかに経験者いなくない?」
と言った。
「ぐッ、それは……」
暖は、
「しかも全員学部がバラバラだから、むずかしいんじゃない……かな」
と指摘。
ボク、工学部、覚、文学部、暖、法学部、マルちゃん、留学生専用学部。
「ぐぬぬぬ、マルちゃん、なんかアイデア出して」
「ララ先輩が言ってたけど、テストはめっちゃ簡単らしいよ」
それはララ先輩が日本語ペラペラだからでしょ。
ボクは話をもどす。
「先輩ルートもあるけど、情報は多いほどいいの」
これには、ほかの3人も賛同した。
覚は、
「とりあえず、語学は落とすとマズいらしいんだよね。必修だし」
と言った。
そう、語学大事。工学部でも、第二外国語がある。
ボクはみんなに、何語か訊いた。
覚は、
「フランス語」
と答えた。
「なんでそんなに難しいの取ってるの?」
「ドイツ語と悩んだんだけど、フランス語圏の哲学者のほうが、興味あるんだよね」
マジメくんだった。
ボクは暖にも訊いた。
「僕はドイツ語。法律だと、ドイツのイメージがあったから」
「そうなの?」
「うん……だけど、チャイ語*でもよかったかな。ドイツ語、むずかしい」
「ボクはチャイ語だよ」
「チャイ語って簡単?」
だと思うじゃん。ぜんぜんちがうんだな、これが。
ピンインがむずかしすぎて、まったく発音できない。
読める字も、そんなに多くなかった。
最後に、マルちゃんにも質問。
「僕は日本語だよ」
「え……それ意味なくない?」
マルちゃんは、おっきなお腹のうえで腕組みして、
「そうなんだよねえ。日本育ちの外国籍だと、楽勝かも。英語のほうがムズイ」
と答えた。
「ズルいじゃん」
「たださ、学費がムダな気もする……スキルつかないし……」
なるほど、そういう問題はあるのか。
っていうか、語学もバラバラじゃ、ますます参考にならない。
ボクは、
「先輩からお得な情報、入ってない?」
とたずねた。
覚は、
「それは平賀さんのほうが、よく知ってるんじゃないの? 松平先輩と同じ学部でしょ?」
と返してきた。
「レポートをコピペするな、って言われた」
ボクの返答に、覚は、
「そ、それは当たり前なんじゃないかな……」
とあきれた。
そう、当たり前体操。
覚は暖に、
「八花先輩も、法学部だよね。いろいろ教えてもらえるんじゃない?」
とたずねた。
「うん……だけど、ふたりで勉強してたら、お兄さんの圧がすごくて……気まずい」
ダメだなあ、あのシスコンは。
マジでなんとかしたほうが、いいと思う。
覚はカフェラテを飲みながら、
「ま、この4人だと、ほぼ情報共有できないんじゃないかな」
とまとめた。
ハァ、そうなるか。
僕はテーブルにひじをついて、窓のそとを見た。
カップルが通り過ぎる。
「……男子に質問したいんだけどさ、松平先輩って、彼女いると思う?」
「……」
「……」
「……」
「なんで黙るのッ!」
ボクは覚に詰め寄った。
「い、いや、そんなのわかんないし、憶測で言ったら、マズいでしょ」
「男子のほうが、雰囲気はわかるでしょ」
「えぇ……」
ボクは暖にも訊いてみた。
「松平先輩と、そういう話をしないからなあ……」
「え? 恋バナとかしないの?」
「しない。松平先輩の口から、恋愛系の話を聞いた記憶がないよ」
「そっか……じゃあ、マルちゃんの意見は?」
マルちゃんは頭をかいて、うーんとうなった。
「松平先輩に彼女いないって、ありえるのかなあ。1年生の春ならともかく、2年生の夏でしょ。先輩かっこいいし、絶対に声かけられてるよ」
なかなか痛いところを突いてくる。
ボクは咳ばらいをして、
「でもさ、松平先輩がだれかと付き合ってるシチュ、だれも見たことないよね?」
と指摘した。
男子3人は、べつべつの反応を見せる。
マルちゃんは、
「ふつう、わざわざ見せびらかさなくない?」
と言った。一理ある。
暖は、
「松平先輩って、工学部っぽくないよね……あ、ごめん、これは偏見かな。なんか商学部とかにいそうなイメージがあって……おあいては、リケジョじゃないんじゃない? 女子大のひととかさ」
と予想した。それはずばり偏見でしょ。
覚は、ちょっと考え込んだ。
「……いるとしたら、将棋関係者だと思う」
これには、ボクたちもびっくり。
理由を訊いた。
「松平先輩って、土日の試合とかイベントに、全部来てるよね。将棋関係者じゃなかったら、理解が得られないんじゃないかな。平日も、わりと遅くまで部室に残ってるし」
マルちゃんは、指をはじいて、
「覚、冴えてるね。さては彼女持ちだな」
と口笛を吹いた。
「いや、彼女いたことないんだけど……」
「あ、ごめん」
将棋関係者? だれ?
ボクは思考をめぐらせた。
「……大谷先輩?」
「……」
「……」
「……」
ギロリ。覚をにらみつける。
「お、大谷先輩と松平先輩がつきあってるのは、ちょっと想像しがたいような……平賀さんの恋愛センサーに、僕はデカルト的懐疑をいだくね……」
ギロリ。マルちゃんをにらむ。
「僕もそれはノーチャンスだと思う」
「ララ先輩は?」
「あ、それはちがうよ、ララ先輩は彼氏いるし。二股だったら知らないけど」
ギロリ。暖をにらんでみる。
暖は、びくりとしてから、
「つ、つきあってるとしたら、裏見先輩じゃないの?」
と言ってきた。
「え、なんで?」
「だって同郷なんでしょ?」
「同郷だったら、三宅先輩と裏見先輩も、そうじゃん」
「三宅先輩は、彼女いるらしいよ」
「え? そうなの?」
「今年入ってきた子で、そのひともH島出身なんだって」
H島恋愛ネットワーク?
ボクは、
「いや、でもさ、裏見先輩がのろけてるところ、見たことないんだけど」
と反論した。
これには、ほかの3人も同意した。
マルちゃんは、
「たしかになあ、いやあん、松平ったらあ、とかいうの、聞いたことないや」
と言った。
そんなあからさまなの、言うかなあ。
覚もこれには否定的で、
「そもそもさ、裏見先輩ってデレるタイプなの?」
とたずねた。
ツンツンツンツンのあと、デレるかもしれない。
だけど、そのデレを一回も目撃したことがない。
暖は、
「まあ、この話は危ないから、これくらいで……」
と、話題をむりやり閉じにきた。
ボクがなにか言うまえに、マルちゃんは、
「で、真理ちゃんは松平先輩のこと、好きなの?」
と訊いてきた。
「ちょ、ちょっと待って、なんでそうなるの? 今の会話に、その要素あった?」
「……」
「……」
「……」
黙らないでッ!
*中国語のこと。