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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第56章 蘇った初恋(2017年6月26日日曜)
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362手目 喧々諤々

 今日は、都ノみやこの大学将棋部の定例会。

 早めに集まった私と松平まつだいら大谷おおたにさんは、部室で相談をしていた。

 将棋について、じゃない。有縁坂うえんざか氷室ひむろくんに会った件について。

 松平の説明を聞き終えた大谷さんは、

聖生のえるたちをモデルに、小説を書いている人物がいる?」

 と、おどろいたようすだった。

 私たちはうなずいた。

 大谷さんは、

「事情がよくわかりません。テロリストというのは、どういうことですか?」

 とたずねた。

 松平は、

「正確に言うと、『UBASUTE』っていうネット小説のなかでは、だな」

 と、訂正を入れた。

「それが聖生のえるをモデルにしたものでは、ないのですか?」

 説明がむずかしい。

 ようするに、こうだ。

 あの日、デートが終わって帰宅したあと、私は晩御飯を作っていた。すると、松平から連絡があった。しかも電話で。なにかあったのかな、と思って出てみたら、『UBASUTE』というネット小説が、なんか変だ、という話だった。意味がわからなかったから、ちゃんと説明するように頼んだ。『UBASUTE』に出てくる設定が、聖生のえるに関する情報とかぶっている、と、松平は言い出した。

 具体的には、テロリストのメンバーが3人らしいこと、暗号がところどころ出てきて、それが古い郵便物と関係していること、相場操縦でテロ資金を集めたこと、そして、メンバーのひとりはチェスが趣味ということ、このあたりだ。

 もちろん、こんなの気のせいだ、と言えば、それで終わり。だけど、氷室くんがわざわざこの話をしてきた事実が、私たちに不信感をいだかせた。

 とはいえ、大谷さんは、

「偶然の一致で、話が済むような気もいたしますが……」

 と、慎重だった。

 まあ、当然といえば、当然。

 松平は、

「物を移動させてる、っていうのも気になるんだよな。大円だいまる銀行への電話で、なにか情報をつかんだんじゃないだろうか」

 とつけくわえた。

「口座番号がわからないと思います」

「そう言われると、そうなんだが……」

 大谷さんは、私のほうにも確認をとってきた。

裏見うらみさんは、どのていど信ぴょう性があると、お考えで?」

「氷室くんに会わなかったら、信じなかったと思う。否定的な証拠もあるし……」

「否定的な証拠とは?」

「執筆開始が、3年前なのよね」

 つまり、今回の聖生のえる騒動よりも前。

 となると、未来予知になってしまう。

 大谷さんは、

「なるほど、それならばやはり……」

 と言いかけて、耳をそばだてた。

 廊下から、ひとの声が聞こえる。

 私たちはこの会話を中断した。

 ガラリとドアが開いて、風切かざぎり先輩たちが入ってきた。

「お、早かったな」

 私たちはあいさつをして、ミーティングの準備。

 指定の6時半には、参加者全員が集まった。

 穂積ほづみ兄妹は家の用事で、不参加。それでもけっこうな人数。

 足りないところはパイプ椅子で補って、ホワイトボードを出す。

 だんだん窮屈になってきたわね。来年度は、別室でやらないとダメかも。

 まずは、主将の大谷さんからあいさつ。

「みなさん、おつかれさまです。本日はお忙しいところ、お集まりいただき、ありがとうございました。聖ソフィア、赤山学園との練習試合も終わり、秋の大会に向けて、準備を進めていきたいと思います」

 次に、松平から本題。

「えー、おつかれさまです。まず、秋の戦力予想について、説明します」

 松平は、ホワイトボードに序列を書いた。


 聖ソフィア>都ノ=京浜≧立志>赤学>修身


「これが、役員で話し合った結論です。先入観を与えるから、ほんとはよくないのかもしれませんが、叩き台として示します。なにかコメントがあれば、どうぞ」

 こういうときは、あんまり意見が出ないかも。

 と思いきや、愛智あいちくんが挙手した。

京浜けいひん立志りっしは、元Aですよね? Cから上がってきた聖ソフィアより、下なんですか? 直接対局したことがないので、比較もむずかしいと思うんですが……」

 いきなり正論をぶつけてくるタイプ。

 松平は、そうだな、と間をおいてから、

「立志と京浜に関しては、過去の棋譜から推測している」

 と回答した。

 愛智くんは、

「立志の波光はこう先輩は、高校時代に一回指したことがあります。その波光先輩が、京浜の3番手と同格だと聞きました。高校時代と棋力は違うかもしれませんが、京浜のレベルはそこそこ高いと思います」

 と補足した。

「有益な情報だ。参考にする」

「逆に僕は、聖ソフィアがよくわからないんですよね。知り合いがゼロですし……最近急に復活したみたいですが、そんなに強いんですか?」

 なるほど、愛智くんのほうがわからないパターンもあるのか。

 松平は、

「ここまでの実績と、レギュラー層の厚さからして、昇級候補筆頭だと思う」

 と返した。

「たしかに、このまえの研究会で当たったひとは、けっこう強かったですね。ただ、Cで一回足踏みしているのは、気になります」

 んー、このようすだと、愛智くんは納得していないっぽい。

 去年からライバルとして競ってきた経験がないと、実感しにくいと思う。

 それとも、私たちが気にし過ぎ? 客観的に見れてない可能性。

 松平もそのあたりが気になったのか、ほかの1年生にも確認を入れた。

平賀ひらが青葉あおば車田くるまだは、どうだ?」

 まずはマルコくんが、

「僕は下のグループで指してたんですけど、僕と同じくらいのひとも、いましたね。全員がめちゃくちゃ強いチームって、ないんじゃないでしょうか」

 と答えた。

 平賀さんは、

「ノイマンちゃんがいるから、聖ソが怖いのはわかります。でも、京浜と立志のほうが強い可能性、ふつうにあると思います。関東の強豪で、このふたつに進学したひとは、多いので」

 と、関東コネクションを重視した発言。

 青葉くんは、

「僕が指した範囲では、はっきり言えないんですが……順位が大切なので、上にいる大学を気にするのが、セオリーのような……」

 と、暗に京浜と立志を推す発言だった。

みなみ星野ほしのは?」

 ララさんは、右手を大きくあげて、両足をパタパタさせながら、

「赤学はワッキーが鬼強だけど、テッパンなのは聖ソ。強いのいっぱいいるし。立志と京浜は、強いの3、4人しかいないんでしょ?」

 という回答。

 そうなのよね。聖ソは、火村ほむらさん、明石あかしくん、大友おおともくん、有馬ありまくんの4枚に、ノイマンさんが入って5枚。これは強い。

 ただし、非レギュラー層の実力は、京浜と立志のほうが上っぽかった。

 そもそも聖ソは部員が少ない、というのもある。

 星野くんは、

「うーん、ちょっとわかんない。相性とかの問題もあるし」

 と、いつものあいまいな態度。

 松平は水性ペンをくちびるに寄せて、しばらく考え込んだ。

 むずかしい状況になっているのは、私にもわかる。

 上級生と下級生で、判断が分かれているのだ。

 上級生は、聖ソが一番のライバルだと思っている。

 下級生は、聖ソをそんなに恐れていない。

 松平は、ペンをくるりと回して、

「風切先輩と三宅みやけ先輩は、どうですか?」

 とたずねた。

 風切先輩は、

「俺は事前に伝えたとおりだ。参加してないから、口出しできない」

 と答えた。

 三宅先輩は、

「そもそも、なんのための序列化なんだ?」

 とたずねた。

 これはこれで、訊かれてもしょうがないかな。

 松平は、全体像を示すことになった。

「では、次のテーマと絡めて話を進めます。京浜のオーダーには癖があって、必ず端に重点を置いてきます。つまり、1番席と7番席に、ナンバーワンとナンバーツーの選手がきます。当て馬でずらしてくることもあるので、2番席と6番席までは射程圏です」

 三宅先輩は、

「と見せかけて、今回は変えてくるんじゃないか?」

 と疑問を呈した。

「いえ、どうも固定してるみたいです。過去5年間に一度も変えていないので、特定の部員の方針、とも考えられません。留年しているメンバーもいませんでした。ちなみに、立志も気づいていると思います。春のA級で、立志は端に当て馬を出していました」

「で、それがさっきの話と、どうつながる?」

 松平は、ホワイトボードにある京浜の名前を、ペン先でこつんとたたいた。

「京浜を1番のライバルと見るなら、都ノのオーダーも、それに対応させるつもりです。つまり、端をすこしゆるめて、中央を厚くします。立志も端をゆるめると思うので、そのときの中央のメンバーを予測して、うまくぶつけます」

 三宅先輩は、なるほどな、と言って、真剣な顔になった。

 足を組み、ホワイトボードを見つめる。

「……だけど、部長と主将は、聖ソのほうがライバルだと思ってるんだよな? そのときは、聖ソの布陣に対応させる、と。どういうシナリオになる?」

「聖ソは選手層が厚いので、真ん中に火村を置いたあと、左右に強豪をふたりずつ置くと思います」

 松平は、一例を書いた。


 選手 ノイマン 選手 有馬 選手 火村 選手 大友 選手 明石 選手


「こんな感じですね。先日見た限りだと、14人めいいっぱいでは来ない可能性もあります。聖ソに対しては、端をゆるめて中央に寄せると、突破される恐れがあります」

 三宅先輩は、これにも納得した。

「たしかに。うちが2将から5将、あるいは3将から6将までに固めても、そこで3勝確保、とはいかないか。端で稼ぐ必要がある」

「というわけで、京浜をライバル視する場合は、中央に寄せたいんですが、聖ソをライバル視する場合は、バランスを取りたいと思います。つまり、ベスト7を実力順に並べたとき……」


【対京浜オーダー】

 6 5 2 4 3 1 7


【バランスオーダー】

 4 2 7 1 6 3 5


「こうです。夏合宿までにどちらかを決めたうえで、模擬練習を予定しています」

 三宅先輩は、

「バランス重視じゃ、京浜には勝てないのか?」

 とたずねた。

「京浜の両端は大谷クラスで、ずらすときに使ってくる当て馬も、うちの6番手、7番手には、一発入る可能性があります。端でふたつ取って、中の5人の勝率は40%でいい、これが京浜の作戦です。B以下でも似た作戦を採用している大学はありますが、京浜は端がほんとうに鉄板という点で、ちがいます」

 三宅先輩は椅子に深く座って、ふむ、とうなった。

 ここで平賀さんが挙手。

「対京浜は、バランスが悪すぎると思います。端が噛み合わないリスクもあります」

「それはそうだが、チャンスの大きさがちがう」


【パターンA バランスオーダーで、京浜は当て馬なし】

 都ノ 4 2 7 1 6 3 5

 京浜 1 3 5 7 6 4 2


【パターンB バランスオーダーで、京浜は当て馬あり】

 都ノ 4 2 7 1 6 3 5

 京浜 8 1 3 5 4 2 9


【パターンC 対京浜オーダーで、京浜は当て馬なし】

 都ノ 6 5 2 4 3 1 7

 京浜 1 3 5 7 6 4 2


【パターンD 対京浜オーダーで、京浜は当て馬あり】

 都ノ 6 5 2 4 3 1 7

 京浜 8 1 3 5 4 2 9


「AとBは、ほぼ3敗スタート。CDは逆に、ほぼ3勝スタート……と、ここで最初の話に戻るが、役員間の結論では、バランスオーダーを第一候補にしている。理由は、京浜よりも聖ソが昇級ライバルだと考えているからだ。もちろん、京浜をライバル筆頭にしたうえで、それでもバランスオーダーを取る、という選択肢もある」

 沈黙が流れる。

 ここまでの説明以外にも、いろいろ要素はあると思う。

 とくに立志との関係が、むずかしい。

 松平は、大谷さんのほうを見た。

「あとで決めるか?」

 大谷さんも思案した。

 主将の負担が、ちょっと大きい状況に。

「……7月は、何度も集まれないと思います。今日意見をすりあわせるのが、本筋かと」

「そうだな……では、この点を今から詰めます。時間はだいじょうぶですか?」

 その夜、私たちはこの件について、喧々諤々の議論をした。

 聖ソフィアをどうみるかは、最後まで折り合わなかった。

 だけど、方針は決まった。それは──

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