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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
368/487

357手目 耳打ち

 あとかたづけも終わり、近場のファミレスへ。

 何人かはそのまま帰ったけど、だいたいみんな出席していた。

 大人数で乾杯すると迷惑だから、もうばらばらにレクリエーション。

 私は火村ほむらさん、ノイマンさん、平賀ひらがさんといっしょに、4人席。

 ウーロン茶を飲んで、ひと息ついた。

「はぁ、疲れた」

 私がそう言うと、ノイマンさんは、

「ウラミお姉さま、人生に疲れるには、ちょっと早いのです」

 と返してきた。

 いえいえ、人生には疲れてませんよ。

 一方、となりに座っている平賀さんは、

「ボクは人生に疲れてきました」

 とぼやいた。

 なぜ? まだ20歳にもなってないでしょ。

 ノイマンさんはグラスをあげて、

「お酒を飲んで気をまぎらわすのです」

 となぐさめた。

 これには平賀さんもびっくり。

「え、ちょっと待って、それなに?」

「赤ワインなのです」

「ダメでしょ、未成年なのに飲んじゃ」

 ノイマンさんは、やれやれという感じで、

「わたしはお子様ではないのです」

 と返した。

 そうなのよね。ノイマンさんは、どうも私より年上らしい。

 この東欧美魔女軍団、何者なのかしら。

 私がいぶかしがっていると、ノイマンさんは手を挙げて、

「というわけで、こんどからノイマンお姉さまと呼ぶのです」

 と提案した。

 いやいや、日本では学年順だから。

 そこはシビアに行かせてもらいます。

 私がそんなことを考えていると、料理が届いた。

 ひとり一品じゃなくて、ポテトフライを分け合うことに。

 3時にお菓子を食べちゃったものね。

 私は小皿に入れて、

「ノイマンさんも、どうぞ」

 と勧めた。

 ところが、ノイマンさんは、

「わたしにはコレがあるから、いいのです」

 と言って、ワイングラスを示した。

「え……お酒だけじゃ厳しいでしょ」

「そんなことはないのです」

 ノイマンさんはグイっと飲んで、デカンタからもう一杯そそいだ。

 そして、トマトジュースを飲んでいる火村さんに向かって、

「Noroc」

 と言い、グラスをさしだした。

 火村さんはちらっと見たあと、グラスをあげて、

「Egészségedre」

 と言ってから、カチンと合わせた。

 ノイマンさんはグイっとまた飲んで、もう一杯そそいだ。

 の、飲み過ぎでは?

 お酒のことはよくわからないけど、ハイペースな気がする。

 私が心配する中、平賀さんは小声で、

「このふたりを分析したら、アンチエイジングの秘訣とか、わかりませんかね?」

 と耳打ちしてきた。

 これをノイマンさんは耳ざとく聞きつけた。

 グラスを置いて、両手のひとさしゆびを私たちに向けてきた。

「マリちゃん、ウラミお姉さま、わたしたちの美しさの秘密を、知りたいのですか?」

 ぐッ……知りたい。

 その完璧な肌年齢は、どこから来ているんですか?

「カミーユお姉さま、このふたりに話しちゃっても、いいですか? いいですか?」

「んー、好きにすれば」

 ノイマンさんは、ずずっと前に出て来た。

「わたしとカミーユお姉さまの美しさの秘密は……」

 秘密は?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「腹八分目と適度な運動、そして十分な睡眠なのです」

 私たちはずっこけた。

 平賀さんは、

「当たり前でしょ、そんなのッ!」

 と抗議した。

 ところがノイマンさんは、2本のひとさしゆびを平賀さんに向けて、

「だったら、今日食べ過ぎていないのですか?」

 とたずねた。

「ギクッ」

「最近運動していますか?」

「ギクギクッ」

「昨日ちゃんと寝ましたか?」

「ギクギクギクッ」

 平賀さんは弁明を始めた。

「いや、ほら、メカとか作ってると、カロリー消費しちゃうし、1時間に1回くらいは椅子から立ってるし、4時間くらい寝れば、まあ十分かな、アハハハ」

 不摂生ですね──と内心で思った瞬間、平賀さんはテーブルをドンと叩いた。

「ちょっと待ったぁ、やっぱりおかしいでしょ」

「なにがですか?」

「ノイマンちゃん、めっちゃお酒飲んでるじゃん。アルコールは美容の敵のはず」

「ギクッ、なのです」

 今度は平賀さんが前に出て、食い下がった。

「で、真実はなんなの? サプリメント? 化粧水? エステ?」

 ノイマンさんは火村さんに助けを求めた。

「カミーユお姉さま、このひと怖いのです」

「んー、毎日トマトジュース飲んでたら、つやつやになるわよ」

 ダメだ、こりゃ──っていうか、ポテトが冷めてるじゃないですか、もったいない。

 私はひとつ頬張った。

 店内を見回す。

 松平まつだいらは、わきくんと同じ席にいた。

 赤学あかがく桑田くわたくんと、都ノみやこの青葉あおばくんもいっしょ。

 陽気な話題なのか、ときどき笑い声が聞こえた。

 今日集まった情報の整理は、後日かな。

 そう思った矢先、入り口のほうで鈴の音が鳴った。

 たまたまそちらへ目が行って、私はアッと驚いた。

 立っていたのが、風切かざぎり先輩だったから。

 そのとなりには氷室ひむろくんもいた。

 風切先輩はこちらに手を振って、

「よお、遅くなってわりぃ」

 と笑顔だった。

 比較的近かった私と平賀さんは、席を立った。

「先輩、どうしたんですか?」

「バイトの帰りだ。打ち上げしてるっていうから、寄った」

 なるほど、そういうことか。

 氷室くんも同じバイトだったんでしょうね。

 平賀さんは、手を合わせて、

「すみません、今度作ったロボット、電磁誘導ノイズで動かないんですよ。計算手伝ってもらえませんか?」

 と拝んだ。

 こらこら、いきなり先輩をこき使うのはNG。

 だけど、風切先輩は、

「よし、飯食いながら計算するか」

 と言って、新しい席を取った。

 平賀さんもそこへ移動。

 私は火村さんたちのところへもどった。

「ハァ、疲れる」

「ウラミお姉さま、人生に疲れるには、ちょっと早いのです」

 この会話、さっきもしたでしょ。

 ちゃんと覚えてるからね。

 私は、

「聖ソフィアは、秋に昇級を狙ってるの?」

 と、話題を変えた。

 火村さんは、

「もちろん」

 と返した。

 口調に、けっこうな自信を感じた。

「都ノこそ、どうなの?」

「もちろん狙ってる。だけど昇級の壁が、けっこう厚いのよね」

 春はそのことを、まざまざと思い知らされた。

 秋もその壁にチャレンジしないといけない。

 ただし、チャレンジの内容は、けっこう変化している。

 春は、明らかに地力が足りなかった。

 首都工業と日本セントラルの昇級は、妥当だったと認めざるをえない。

 でも、次はちがう。Aから落ちてきた京浜けいひん立志りっしは、都ノといい勝負っぽい。首都工、日センとはちがって、格上相手になんとかしないといけない、というわけじゃない。これはある程度の好材料だ。

 懸念は、下に昇級候補がいること。聖ソフィア。駒がきちんとそろっている。

 B全体のレベルは、春よりも秋のほうが高そうだった。

 なんとも頭の痛い状況だ。

 私はもう一本、ポテトをつまんだ。

 そのあとは、みんなでわいわい雑談。

 暗くなり始めたところで、解散になった。

 レストランから出て、家に帰るひと、二次会へ行くひと、ばらばらに。

 私は松平が会計を終えるまで、外で待っていた。

 すると、氷室くんがひとりで出てきた。

裏見うらみさん、お先に」

「氷室くんも、おつかれさま」

 氷室くんは、私の横をすり抜けようとして──そっと耳打ちしてきた。

聖生のえるのハガキ、発見おめでとう……そんな顔をしなくてもいいよ。じつはね、僕も少し情報を掴んでるんだ。もし共闘する気があるなら、連絡して欲しい。速水はやみ先輩が出し抜かないうちに、ね」

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