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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
364/489

353手目 年下のような年上

 くッ、逃げられたか。

 同玉なら2八金で、ほぼ終わりだったんだけど。

 とりま3九金として、ごりごり寄せていく。

 岩井いわいさんは2五銀で、あくまでも綾を求めた。

 3八と、1七玉、2九と、3五歩、2八銀、1六玉。


挿絵(By みてみん)


 い、意外と寄らない。

 でも勝勢でしょ、さすがに。


 ピッ


 私も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3三金ッ!」

 圧殺する。

 岩井さんは、この手にうなった。

 大きく息をつく。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3四歩、2四桂、同銀、同金、2五銀。

 金がいるうちに、なんとかする。

「3八銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 とにかく馬が邪魔。どいてください。

 2八馬引、同と。

 この瞬間が王手じゃないから、岩井さんは最後の攻勢に出た。

 3三銀、同桂、同歩成、同玉、3四歩、4三玉。

 こっちは詰まない。

 2四銀、2七銀不成。


挿絵(By みてみん)


 岩井さんは、うーんという感じで、天井を見上げた。

 30秒を過ぎたところで、お茶をひと口飲み、頭をさげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 チェスクロを止める。

 いやあ、手数以上につかれる将棋だった。

 岩井さんは、

「なんか、とちゅうから酷くて……」

 と、自嘲気味のコメント。

「馬2枚で、こちらも寄せるのが大変でした」

「後手陣に、全然届かないんだよね。6六銀と出たほうがよかったか」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ここは岐路だったと思う。

 私がコメントしかけたところで、岩井さんは、

「いや、でもなあ、6六銀、6四歩のあとがよくわからないし……7五歩、同歩、同銀、7七歩で、けっきょく先攻されるから……同桂、同桂成、同金、7二飛、7八飛も、4四桂で先着されるか……」

 と、先を続けた。

 ひ、ひとり反省会タイプか。

 私はおとなしく聞き手に回った。

 岩井さんが後悔してる局面は複数あって、ひとつは、7三馬と寄ったところ。

 そこで1五歩と仕掛けるほうが、よかったんじゃないか、とのこと。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これはこれでアリかな。

 本譜の7三馬寄は、終盤に利いていた。けど、けっきょくは敗勢が長引くだけだった。

 それなら1筋に活路を求めたほうがいいんじゃないか、というのは一理ある。

 例えば、1五歩、同歩、1三歩、同香、2五金とか。

 これは後手玉もヒヤリとしてくる。

 もうひとつの岩井さんの反省点は、6九歩成の瞬間に、6三歩。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これも、言われてみればなるほど、という感じ。

 私が「そうですね」とあいづちを打っていたら、パンと手を叩く音が聞こえた。

 わきくんが席を立った。

「それでは、休憩にしましょう」

 私たちは、後方のテーブルを連結して、休憩スペースを作った。

 持ち寄ったドリンクやお菓子をならべる。

 私が紙コップにお茶を注いでいると、となりに火村ほむらさんが腰かけた。

「どっこいしょ、と」

 そんなおじさんみたいな日本語まで、精通しなくていいから。

 ますます日本語ネイティブ疑惑が深まる。

 火村さんは、

「アレ取って」

 と言って、トマトジュースのボトルをゆびさした。

「じぶんで取る」

 火村さんはテーブルにつっぷすと、

「届かな~い」

 と言って、バタバタした。

 ハァ~、これで年上とか、どういうことなの。

 私があきれ返っていると、脇くんがボトルを火村さんのまえに置いた。

「はい、どうぞ」

 火村さんはスッと背筋を伸ばして、ご満悦。

「ホホホ、さすがは脇、紳士ね」

 ここは放置。

 私は松平まつだいらのとなりに座った。

「お、裏見うらみ、どうだった?」

「2連勝」

「やるな。俺は1-1」

「だれに負けたの?」

 松平は親指で、脇くんを示した。

 そして小声で、

「またあとで情報交換しよう」

 とだけ言った。

 そこへ、ララさんとマルコくんが登場。

 ふたりともなんだかノリノリのリズム。

香子きょうこ、ララも次は指すよ~」

「そうね、手合いを調整してもらって……あ、そうだ」

 お金を払わないと。

 私はララさんに、ペットボトルの代金を訊いた。

「140円なり~」

 自販機料金ですね、はい。

 140円を渡す。

「まいどあり~」

 そのあとは、無難な会話が続いた。

 どこの学校も、あのひとが強かったとか、戦法がどうだったとか、そういう話はナシ。

 おたがいに警戒し合っている感がある。

 30分ほどで休憩時間も終わり、後半戦に。

 その第1局は──

「香子ちゃ~ん、トマトジュースの罪は重いわよ」

 火村さん。

 なんで当たるかなあ、と思ったけど、2連勝してるメンツは限られている。

 同じ学校では当たらないから、他大の強豪になるのは必然。

「火村さん、ひとにものを頼むときは、頼み方があるのよ」

「Száz évvel túl fiatal vagy az ilyesmihez, ifjú hölgy」

 こういうときだけ外国語に逃げるなあ。

 しかも何語かわかんなかったし。

 とりあえず振り駒──よし、歩が3枚で、先手。

 脇くんは、周囲を見回した。

「準備はよろしいですか……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 私たちは一礼して、対局開始。

 7六歩、3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。


【先手:裏見香子(都ノみやこの) 後手:火村カミーユ(聖ソ)】

挿絵(By みてみん)


 完全に想定済みの出だし。

 火村さんは首をこきこきさせて、

「進化した火村さまを見せてあげるわ」

 と啖呵を切った。

 なーに言ってるんですか、こっちだってすこしはパワーアップしてるのよ。

 6八玉、5五歩、4八銀、3三角、3六歩、4二銀。

 どんどん進む。

 3七銀、5三銀、4六銀、4四銀。


挿絵(By みてみん)


 超速。ここから囲いへ移行。

 7八玉、7二銀、6八銀、6二玉、7七銀、7一玉。

 後手は美濃を選択した。

 持久戦か、速攻か。

 どういう戦い方にするのかは、一応、先手に選択権があるのよね。

 私は30秒ほど考えて、6六銀と出た。


挿絵(By みてみん)


 火村さんは、

「中央を圧迫……か」

 と言って、腕組みをした。

 そして、6四歩。

 私はここで2四歩と、すぐに仕掛けた。

 火村さんは、

「ん? それが研究ってわけ?」

 と、いぶかしがった。

 まあ、研究といえば研究、そうじゃないといえば、そうじゃない。

 正直なところ、先手が良くなる新定跡、じゃないのよね、これ。

 ただ、試してみたい仕掛けではあった。

 本番でやって爆死すると困るから、練習将棋でぶつける。

「ま、受けて立つわよ。同歩」

 こういうところであんまり考えないのが、火村さんらしい。

 私は3七桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 狙いは単純。

 4五桂~2四飛と一気に出てから、2九飛でいったん収める。

 以下、ごちゃごちゃやってどうか、というプラン。

 火村さんは8二玉で、美濃に入った。

 5八金右、3二金、4五桂、2二角、2四飛、2三歩、2九飛。

「手がなくない? 9四歩」

 うーん、どうだろう。

 部室で検討した範囲だと、そのうち後手が飽和するはずなのよね。

 火村さんの性格からして、打開してくるんじゃないかしら。

 そこが狙い目。ムリ攻めを誘いたい。

 私は9六歩と受けた。

 以下、1四歩、6八金直、5一飛、1六歩、5二飛。

 おたがいに様子見。

 私はもう一回2四歩として、同歩、同飛、2三歩、2九飛と、手渡しした。

 この手渡しを繰り返せるのが、4五桂の効果だ。

 火村さんはすこし考えて、5一飛。

 すぐには暴れてこないか。

 7七角、1二香、2四歩、同歩、同飛。


挿絵(By みてみん)


 案の定、火村さんは焦れてきた。

「なにそれ? 千日手狙い?」

 気の長いひとなら、千日手にするでしょうね。

 先後入れ替わるし。

 火村さんは席を立って、その場をうろうろし始めた。

 また悪い(?)癖が出てますね。

 これを見たとなりのノイマンさんが、

「お姉さま、動物園のトラみたいなのです」

 と、単刀直入なコメント。

 火村さんはぐるっと部屋を一周して、席にもどった。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 はい、きた。

 ここまでは、計画通り。

 あとはこの手を咎める順が、あるかどうか。

 私は長考に沈んだ。

場所:赤山学園キャンパス 赤学・聖ソ・都ノ合同研究会

先手:岩井 綾人

後手:裏見 香子

戦型:先手三間飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲6六歩 △3四歩 ▲7八飛 △1四歩

▲1六歩 △8五歩 ▲7七角 △4二玉 ▲4八玉 △5二金右

▲3八銀 △7四歩 ▲3九玉 △3二玉 ▲2八玉 △6二銀

▲5八金左 △6四歩 ▲6八銀 △9四歩 ▲5六歩 △7三桂

▲8八飛 △6三銀 ▲5七銀 △4二金上 ▲3六歩 △5四銀

▲2六歩 △8一飛 ▲6七金 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂

▲2二角成 △同 玉 ▲6八銀 △7三角 ▲3七角 △同角成

▲同 玉 △4四歩 ▲6六歩 △8六歩 ▲同 歩 △8七歩

▲同 飛 △7八角 ▲8八飛 △6七角成 ▲同 銀 △7七金

▲同 桂 △同桂成 ▲8九飛 △6七成桂 ▲7二角 △7一飛

▲8三角成 △4五桂 ▲2八玉 △5七桂成 ▲4六角 △4五銀

▲8二角成 △4一飛 ▲7三馬寄 △3六銀 ▲3七金 △同銀成

▲同 馬 △5八銀 ▲3九金 △6六成桂 ▲8七飛 △5六成桂寄

▲4八銀 △6七銀成 ▲5七銀 △同成銀 ▲4九桂 △5八成銀

▲8八飛 △6八歩 ▲5九歩 △4九成銀 ▲同 金 △6九歩成

▲8五歩 △6七歩 ▲8四歩 △6八歩成 ▲8五飛 △5九と寄

▲3九金 △5八と寄 ▲1五歩 △同 歩 ▲1四歩 △4五桂

▲2七馬 △4八銀 ▲1五香 △3九銀不成▲同 玉 △1二歩

▲8三歩成 △4八と ▲2八玉 △3九金 ▲2五銀 △3八と

▲1七玉 △2九と ▲3五歩 △2八銀 ▲1六玉 △3三金

▲3四歩 △2四桂 ▲同 銀 △同 金 ▲2五銀 △3八銀

▲2八馬右 △同 と ▲3三銀 △同 桂 ▲同歩成 △同 玉

▲3四歩 △4三玉 ▲2四銀 △2七銀不成


まで136手で裏見の勝ち

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