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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
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350手目 秘すれば花

 その週の金曜日、私たちは赤学あかがくのキャンパスに集まっていた。

 駅前に集合して、サークル棟の共同スペースへ移動。

 んー、なかなかおしゃれですね。

 きれいな木張りの床に、大きめの窓から光が射していた。

 天井は空色で、そこに白いはりが通っている。

 テーブルも白くて新しい、4脚の正方形だった。

 これを2つずつつないで、それぞれ2局できるように組んである。

 部屋の中には、けっこうな数の学生がいた。

 けど、3校とも全員、というわけではなかった。

 週末に来られるメンバーだけ集まりましょう、っていう形式。

 都ノみやこのも全員は来ていなくて、風切かざぎり先輩が欠席だった。例の()()()()()バイト。大学のプロジェクトだから、しょうがない。

 このあたりは、松平まつだいらわきくんに説明した。

「一番強いメンバーが来てなくて、なんか失礼になっちゃったな」

「いいよ、風切先輩の実力は、もうわかってるしね」

 ま、そうなのよね。

 仲良しグループの交流会、っていうのは、あくまでも建前。

 もちろん、そういう側面がないとは言えない。けど、打算もある。

 おたがいにどういう戦力状況なのか、それを知りたいわけだ。

 春に都ノvs赤学はやった。でも一発勝負だから、見えなかったことも多い。

 私がそんなことを考えていると、脇くんはパンと手をたたいた。

「それじゃ、始めようか。組み合わせは、さっきのクジ引きの通りで」

 私たちは着席。

 最初のお相手は、聖ソフィアのノイマンさん。

 いつものゴスロリファッションに、小さなシルクハットのアクセサリー。

 めちゃくちゃ目立つから、来るときも注目を集めていた。

「ウラミお姉さま、今日もかわいい~」

 なんですか? いきなりお世辞ですか?

 というわけでもなく、ノイマンさん、なんかノリが独特なのよね。

「ノイマンさんも、かわいいわよ」

「ありがとうございます。では、お姉さま、振り駒を」

 練習だし、ゆずり返す必要もないか。

 5枚集めて、サクッと振る。

「表がゼロ枚、私の後手ね」

「縁起が悪いのです」

 んなこたーない。

 むしろめずらしくていいでしょ。

 歩をもどして、あとは待つだけ。

 脇くんの声が聞こえた。

「準備はよろしいでしょうか……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、なのです」

 私がチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、6六歩。


【先手:ノイマン・ミラーカ(聖ソ) 後手:裏見うらみ香子きょうこ(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 矢倉模様。

 最近流行りの雁木かしら。

 とりあえず合わせていく。

 6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀、5八金右。

 このあたりはサクサク。

 3二金、7八金、4一玉、6九玉、7四歩、6七金右、5二金、7七銀。


挿絵(By みてみん)


 ふつうの矢倉だった。

 ずいぶんとオーソドックスな指し方だ。

 ノイマンさんの実践譜は、新人戦のものを確認済み。

 あのときもトリッキーなことはしてなかったし、正統派ってことか。

 じゃあ、私は最先端を追いましょう。

「7三桂」

 この手を見たノイマンさんは、

「速攻ですか?」

 とたずねてきた。

「ノーコメントで」

「ウラミお姉さまは、秘すれば花、というタイプではないのです」

 なにを言ってるんですかッ!

 将棋の話でしょ。っていうか、失礼だし。

「ノイマンさ~ん」

「あ、はい、指します」

 ノイマンさんが指したのは、2六歩。

 ほんとうにただの矢倉になりそう。

 私はどんどん組み替える。

 6四歩、9六歩、8五歩、3六歩、5三銀左。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうですか。これはちょっと変わってるでしょ。

 矢倉どころか、雁木でもない。

 ノイマンさんもすこし考えた。

「2筋は放置して、6筋から潰す作戦っぽいのです……では、殴り合いです」

 2五歩、9四歩に、2四歩が指された。

 同歩、同飛、2三歩、2八飛と撤退させてから、1四歩。

 先手は角を使うのかと思いきや、3七桂で追加した。

 いいか悪いかはともかく、こっちの意向は通せたんじゃないかしら。

 先手は角を使えていない。

 6三銀、1六歩、4四角。

「もう一回2四歩です」


挿絵(By みてみん)


 ん? これは? ……同歩、同飛、2三歩、2九飛ってこと?

 手渡しくさいわね。継続手があるように見えないし。

 このへんは考えてもしょうがないので、あっさり同歩。

 同飛、2三歩、2九飛。

 私も8一飛と引いておく。

 この手があるから、手渡しは成立しないのよ。

 ノイマンさんは、

「むむむ、なのです」

 と言って、小考した。

 7九角は成立しないと思う。6五歩と即開戦して、同歩、同桂、6六銀、6四銀と支えておけば、自然と後手が良くなりそう。あるいは、8六歩、同歩、6五歩と畳みかけてもいい。

 ノイマンさんも同じ判断だったらしく、4六歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 ふーむ……8八に角がいるあいだは、6五歩と突けない。

 いや、もちろん突いて悪いってことはないんだけど、第一候補にならない。

 それなら2二角と引いたほうがマシだ。

 むしろ8六歩、同歩……5五歩?

 これで4六の歩を逆に狙えないかしら。

 例えば、8六歩、同歩、5五歩、同歩、同角、2四歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 このあと同歩、2五歩の継ぎ歩に……あ、全然ダメか。5六金で、角が死んでしまう。

 5五角のままにしとけば、いいっちゃいいんだけど……微妙。

 8六歩に代えて、7五歩と突っかけてみる? ……なにも起きないかも。

 4六歩、意外といい手だった?

 私は2分ほど悩んで、けっきょく8六歩を選択した。

 同歩、5五歩、同歩、同角。

 案の定2四歩になって、同歩、2五歩、5四銀直、2四歩、2二歩。


挿絵(By みてみん)


 ちょっと謝った感じになった。

 ノイマンさんは4七銀で、4筋を補強。

 私のほうから継続するなら、8五歩。同歩、同桂、8六銀に6五歩と突いて、どうか。これが通らないなら、いったん手仕舞にするしかない。

 私は8五歩以下を読んだ。6五歩に同歩なら後手有利になるけど、もちろんそうはならない。6五歩に8七歩と支えられて、これが難しい。

 簡単に破れない、という結論になった。

「……4四角」

 この手に、ノイマンさんも長考。

 残り時間は、私が16分、ノイマンさんが15分。

 まあこんなもんかな、という流れ。

 私のほうはもうちょっと考えた方がよかったかも。ここは反省点。

 とりあえず、続きを読む。

「……」

「……」

「……5八玉です」

 先手も難しかったか。

 これは助かった。

 私は1分読みを入れて、1五歩と仕掛けなおした。


挿絵(By みてみん)


「……角が邪魔なのです」

 でしょ。4四角の効果的な使い方だ。

 4五歩で反発してくるかなあ、と思ったけど、ノイマンさんは同歩を決断してきた。

 私は3三桂で角頭を補強した。

「5六銀です」

 んー、次に5五歩だと困るか。

 私から5五歩と先着しておく。

 4七銀に6五歩。

 これを同歩なら、同銀から一気に進出できる。

「ご、後手がちょこまかしてくるのです」

 左右に揺さぶるのは、将棋の基本。

 先手は王様が5八に立っちゃったから、そこを狙われるのはしょうがない。

「反撃しますッ! 1四歩ッ!」

 そのまま6六歩と突っ込む。

 同銀、1七歩、5三歩。


挿絵(By みてみん)


 おっと、そんな手があるのか。

 同角は5筋の駒が足りなくなる。5五銀、同銀に同角と飛び出されて厳しい。

 同金……は、あんまりしたくないかなあ。4五歩、同桂、同桂、同銀のあと、5五銀と前に出られたとき、王様の守りが薄い。

 となると、4二金右か。私はこれを選択。

 ノイマンさんは3五歩で、戦線を拡大してきた。

 これも同角は5五銀だし、同歩は3四歩があるからありえない。

 無視して1四香と走る。

 3四歩、1八歩成。

 さあ、端を破れた。間に合え。

 ノイマンさんの手も止まった。

 逃げる手は、ふつうにあると思う。例えば6九飛、1九と、3三歩成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ただ、これは後手がすこし指しやすい。それが私の読み。

 以下、3三同金直、4五桂、3四金と広げて行って、後手玉はほぼ安泰。

 一方、先手は玉飛接近になっているし、なによりも囲えていない。

 後手有利とまでは言わないけど、後手持ち。

 いずれにせよ、個性が出る局面だ。

 ひよるタイプなら、飛車を逃げると思う。

 ノイマンさんは、どっち? 性格診断、開始。

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