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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第55章 解けなかった暗号(2017年6月21日火曜)
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348手目 ノーパン焼肉事件

 最初に噛みついたのは、ばんくんだった。

《のえるの正体を知ってる? ふたりが? だれなんだ?》

 太宰だざいくんは、

《それはわからない……けど、聖生のえるの正体に気づいてるんじゃないか、と感じた》

 と答えた。

 磐くんは、

《ただの勘じゃないか》

 と一笑に付した。

《まあ順番にいこう。まず氷室ひむろだ。暗号は、数学の一種だよね。それに全然興味を示さなかったのは、あやしいと思わない?》

 磐くんは、それだと理由が弱い、と返した。

 ここで火村ほむらさんが口をはさんだ。

《あたしは、太宰の勘が正しいと思う》

 磐くんは、へぇ、と言って、理由をたずねた。

《氷室って、風切かざぎりファンでしょ。あれだけべったりなんだから、風切がピンチになった瞬間、首をつっこんでくるはずなのよね。なのに、これまで一度も助けてないじゃない》

 あ~、それは盲点だった。

 風切先輩に迷惑をかけるやつは、僕が突き止めます、とか言ってそう。

 じつはこっそり調査している、というのは、ありえた。

 氷室くんの才能からして、解読している可能性も。

 磐くんは、

《なるほど、ちょっとは信ぴょう性があるな。じゃあ、速水はやみ先輩は?》

 と、話題を変えた。

《プライバシーに触れるところもありそうだけど……公開情報だから、問題ないか。速水先輩のお父さんが検察官なのは、みんな知ってるよね》

 私たちはうなずいた。

 火村さんは、

《S台高検の検事長らしいわね。めちゃくちゃ偉いんでしょ》

 とつけくわえた。

 太宰くんは、

《ただ、速水検事長の出世は、おそらくここで終わりだ。検事総長にはなれない》

 と返した。

 私は、

「検事総長ってなに?」

 とたずねた。

《日本の検察のトップだよ。検事総長には、帝大出身者しかなれないのが慣例。速水検事総長は日センのOBだから、それより上に出世するのはむずかしい》

 大谷おおたにさんは、

「速水検事長の出世が、どこで聖生のえると関係してくるのですか?」

 とたずねた。

 そうそう、さっきから話がどんどんズレている。

 太宰くんも、それは認めた。

《おっと、ごめん、速水検事長がこれ以上出世できるかどうかは、あまり関係ないんだ。ただね、速水検事長はもともと現場のたたき上げで、そこからの出世としてはほぼ最高。そうとうなヤリ手だった。ところが、そのキャリアに一点だけ、ミスがあった……ノーパン焼肉事件って知ってる?》

 のおぱん焼肉? 聞いたことのないチェーンね。

 私が首をかしげていると、磐くんは、

《パンツを履いてないって意味か?》

 とたずねた。

 そんなわけないでしょ、と思いきや──

《そう、そのノーパン。女性店員がミニスカートで、下着を履かずに給仕するお店で……ちょっと待って、これはほんとに本題と関係あるから。でね、昔、銀行が官僚をそういうお店で接待して、すごいスキャンダルになった》

 大谷さんは、

「不衛生だと思うのですが」

 とコメントした。

 そ、そこがポイントじゃないような。

 たしかに不衛生な気がするけど。

 とりあえず、そこからどうつながるのか、みんなで太宰くんを問い詰めた。

《この事件では、日円にちまる銀行がホスト、大蔵省の官僚がゲストだった。接待の目的は、大蔵省からの定期検査を甘くしてもらうため。この検査の不徹底が原因で、総会屋への利益供与が発生し、日円銀行の頭取が逮捕されるという、一大事件に発展した》

 火村さんは、

《総会屋って、株主総会で騒ぐのが仕事だったひとのこと?》

 と、確認を入れた。

《あ、よく知ってるね……火村さん、ほんとに留学生?》

《そこは今関係ないでしょ。で、総会屋に金を渡したのは、ようするに株主総会で黙らせるためよね。逮捕されたってことは、それに会社の金を流用したわけ?》

《正解。幹部が個人的にお金を渡したんじゃなくて、銀行のお金を渡していた。10人以上が逮捕されて、このときの担当者のひとりが、東京地検特捜部の速水検事だった》

 え、そこでつながるの?

 にわかに不穏な気配がしてきた。

 火村さんは、

《その総会屋が聖生のえる、あるいは聖生のえるの仲間?》

 とたずねた。

《いや、それは違う。そのとき逮捕された総会屋は、実名も素性もわかってる。聖生のえるには該当しない。僕が注目しているのは、逮捕者のなかでひとりだけ、不審な死に方をした人物がいる点だ》

 火村さんは、その死に方をたずねた。

《警察の発表は自殺になってる。事情聴取のあと、自宅のマンションから飛び降りた》

 沈黙がただよう。

 ひとの死というものは、言葉数を少なくさせるのだろう。

 太宰くんは、淡々と先を続けた。

《ある週刊誌によれば、争うような声が聞こえた、という住民の証言があるらしい。これはゴシップ扱いされた。警察が他殺の線でも捜査したかどうかは、わからない。わかっているのは、被疑者の自殺が検察の不手際とされたことだ》

 大谷さんは、

「速水検事ひとりの責任、というわけではないように思います」

 とコメントした。

《そうだね。日本の検察は極端な減点主義だから、速水検事ひとりの不祥事だと、そもそも今のポストにつけなかったんじゃないかな。まあ、これは憶測だけど……っと、また脱線して来たから、本題へもどろう。僕はその事件に興味を持って、ちょっと調べてみた。自殺したといわれる担当者は、日円銀行の審査担当専務だった》

 専務か──けっこう偉い。

 企業だと、社長の補佐役だ。ナンバー2かナンバー3なことが多い。

 だけど、まだつながりが見えてこなかった。

《この専務の経歴を調べたところ、1992年に銀座支店で支店長をしていた。銀座支店は、東京中央郵便局の最寄り銀行だよ》

 東京中央郵便局? ……あッ! 聖生のえるが葉書を出した場所だッ!

 つながったッ!

 松平まつだいらは、

「ってことは、そいつが聖生のえるの仲間か?」

 とわりこんだ。

《僕は可能性があると思っている。資金調達役は、どこかでマネロンをする必要があったはずだ。仮に相場で合法的に儲けたとしても、保管場所は必要になる。地銀や信金に預けるのは、額が大きすぎて目立つ。行員もあやしむだろう。だとすれば、大手銀行のどこかにこっそり預ける、というのが合理的だ》

 火村さんは、

《現金で自宅に保管するのが、一番安全じゃない?》

 と言った。

《以前はその可能性も考えていた……けど、今はそうじゃない証拠がある》

《証拠?》

宗像むなかた姉弟がきちんと相続をしている、ということだ》

 火村さんは、なるほどね、と画面の向こうでうなずいて、

《自宅に現金を隠したあと、相続のまえだけ金融機関に移した、ってのは、もっともらしくないわね。そんなことしたら、金融庁か税務署に目をつけられるわ。遺産の出所があやしすぎるもの》

 と説明した。

《火村さんの言うとおり。N資金は最初から、表に出てたんだと思う。その管理にだれかが協力していて、それが銀行の支店長だったっていうのは、ありえる。宗像姉弟の周辺を調べてわかった、最大の成果だ。前までは、非合法組織かな、と思ってたから》

 座が盛り上がる中、ひとしずくの冷や水がかけられた。

 大谷さんからだった。

「お待ちください。2点、疑問があります」

《どうぞ》

「まず、銀座支店が東京中央郵便局に近い、というだけでは、根拠が薄過ぎるかと」

《そこで出てくるのが、速水先輩の存在だ。速水先輩が聖生のえるに関心を持っている理由、そして僕たちよりも多くの情報を持っていそうな理由は、父親の件があったからだと思う》

「それは、推測を推測で補強しているだけではありませんか」

 太宰くんは、そこは認める、と譲歩した。

《だけど、僕の手札には、これより有力なものがない》

「承知しました……2点目です。どちらかと言えば、こちらのほうが重要だと思っています。専務が自死なさったのは、いつですか?」

《1997年》

「では、その後のN資金を、だれが管理しているのでしょうか?」

 あ、そっか、そういう問題があるのか。

 専務が聖生のえるの仲間だとしても、死後にはもう管理ができない。

 だれかが引き継がないといけなくなる。

 太宰くんは、ぱちりとゆびをはじいた。

《いい質問だ……それについては、目星がついてる》

 え、うそ。

 私は信じられなかった。

 大谷さんも、ややおどろいたようすで、

「どなたか、教えていただけますか?」

 と返した。

裏見うらみさんも知ってるよ》

 え? 私が?

 全員の視線が、こちらへ向いた。

 私はどぎまぎしてしまう。

「N資金の管理人なんて、心当たりが……」

 そのとき、ある記憶が、私の脳裏にフラッシュバックした。

 銀行、聖生のえるとのつながり、N資金。

 私は、おそるおそる口をひらいた。

「もしかして……ビジコンに来てた支店長?」

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